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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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21 立ち上がる市民革命(上)

 ひとまず移動することを開始したアレスタたちは、近場にあるというカズハのアジトに向かうことにした。

 そこはつい最近までカロンとカズハが二人で隠れ住んでいた住居であり、また、彼らがマフィア相手に盗みを働いていた秘密のアジトでもあった。

 秘密のアジトとはいいつつも、そこはいたって普通の通りに存在しており、外から見た限りでいえば偽装している風でもなかった。

 なんら変哲のない古びたアパート。

 マフィアの目を欺くといえば、三階建てアパートの外観が年季に薄汚れていて目立たず、路地の奥まったところに入り口が隠れこんでいるくらい。

 こそこそと身を潜めながら案内するカズハが向かうのは正面玄関とは別の、さらに奥まった側面にひっそりと開いたアパートへの扉。

 これは地下への出入り口だ。その先に続く地下階こそが、マフィアを相手取るカロン盗賊団として広く市民に知られていたカズハらのアジトである。


「さぁ、こっちだぜ」


 先陣を切るカズハは嬉しそうな足取りを隠しきれていない。久しぶりの我が家なので、喜ぶのも無理はないだろう。アレスタもイリアスも、そんな彼女を微笑ましく眺めながら案内にしたがって地下へと続く細く短い階段を下りた。

 ドタドタバタッと慌しい音を立てて、最後尾のニックが転げ落ちたことは言うまでもない。

 一応、アレスタはテレシィの助けを借りてニックに治癒魔法をかけておいた。


「……って、お、お前、誰だ!」


 いかにも慣れた足取りで地下室にたどり着き、いつものように魔法仕掛けで動くランプに明かりをともしたカズハだったが、直後、ぼうっと浮かび上がった部屋の隅にいる先客の姿を発見して慌てふためいた。

 そこにいたのは招かれざる先客――つまり怪しい人物である。


「あぁいえ、お静かになさってください。名乗るほどの者ですから、こちらから名乗らせていただきますゆえ」


 その男は身を縮めて背を預けていた壁から離れると、丁寧にお辞儀をして柔和な笑顔を浮かべた。

 他人のアジトに不法侵入している不審者としての印象を打ち消したいのかもしれない。


「私の名はハルフルート。現在このアヴェルレスにてブラッドヴァンを壊滅させるべく、市民革命の準備を進めているその代表者となっています。以後、お見知りおきを」


 恭しくハルフルートと名乗った男は市民革命の代表者であり、革命を熱望する多くの同志を扇動する責任者の一人である。

 年齢は明かさぬが、まだ三十代は半ばといったところ。

 しかし、むやみやたらに堂々として落ち着いた物腰、いやみに聞こえるほど言葉の端々から感じられる知的な雰囲気から、彼が只者ではないことが窺われる。侵入者でありながら悪びれていないところを見るに、肝が据わっていることだけは確かに違いない。

 マフィアに対抗する市民革命のリーダーとして、一定の求心力があるのは事実だろう。


「なるほど市民革命ですか。いいでしょう、いいでしょうとも。……しかしそれがどうしてこんなところに?」


 威圧的に言いながら剣の柄に手をかけたイリアスは警戒心をむき出しにして男に迫った。

 相手の答え次第によっては切り捨てんばかりの気迫である。


「お迎えに上がりました……というのは冗談です。……おお、冗談ですから警戒なさらず! 実はこうしてあなたたちとお会いすることができたのは偶然に過ぎず、驚いているのは私のほうなのです。いえもう、まったく」


 さすがに殺されてはならぬと動揺したらしい男は、気取りつつも大げさな仕草で肩をすくめてみせた。背筋には恐怖による冷や汗が伝っていたとしても、表面上は取り繕ったようなクールさを崩そうとしない。なかなかの演技派なのかもしれない。

 少なからずマギルマのフレッシュマンと似通ったところもありそうな男だが、こんな街に暮らしていると大なり小なり皮肉屋になってしまうのも無理のない話なのかもしれなかった。

 組織の上に立つ者としての気苦労が窺える。


「ただの偶然でこんな地下室にこもってたのか、お前は」


 少女ゆえに空気を読まないカズハの辛らつな意見である。

 見知らぬ男に対する敬意などなく、自己紹介されたところで完全に不審者扱いである。まったく同感であると言外に匂わせて、うなずくイリアスもさらに警戒心を強める。

 隅々までは整理の行き届かない雑然とした地下室はそう広くないので、彼女の高速化魔法と二刀流剣術では自由に大暴れするわけにもいかず、相手の実力次第では苦戦する可能性があった。

 それがまた彼女の警戒心を強めてしまうのだ。


「ええまったく、こんなところでお会いしたのは偶然です。あなたがたがいらっしゃるとは思わなかった。わかっていれば入り口でお待ちしたものを。それなら最大級のおもてなしだって可能だったことでしょう。いや本当に。

 ……しかしながら、当然ここへやって来たのには私なりの目的があります。そうでなければ空き巣か変態ですからね」


「すでにそのどちらかだろうに」


 とは、半分くらいは愉快に思っているのか挑発的に苦笑したニック。もちろん彼にしてみれば考えなしに適当なことを言ってみただけで確信はないのだが、それでもハルフルートは恐縮する。

 どうやらこちらの心証を悪くすることだけは避けたいらしい。

 あくまでも敵対するつもりはないようだ。


「とりあえず話を聞いてみようよ」


「おお、ありがとうございます! さすが、いえもう、まったくさすが! 話の通じないマフィアの連中とは大違いだ! こちらの話を聞いていただけるとは!」


 ここまで言われてしまっては、まさか話を聞かないわけにもいかない。どうやら本当にマフィアの関係者ではないらしいので、アジトへの無断侵入を責めるのは後回しにして、アレスタたちは彼から話を聞くことにした。

 当然なのかなんなのか、険しい表情をしたイリアスだけは一歩引いたところで身構えるのを忘れない。さながらボディガードだが、本人もそのつもりだろう。元騎士団員のプライドは伊達じゃないのだ。

 ハルフルートと名乗った男は形式を重んじる性格なのか、改めて自己紹介から丁寧に始めた。

 よくもわるくも理想主義者である者の常として、市民革命を夢見る彼も自分語りが大好きなようだ。

 頼んでもいないのに市民革命の理念やこれまでの苦労話まで、あたかも吟遊詩人であるかのように抑揚たっぷりに語り始めたので、さすがに痺れを切らしたアレスタが早く本題に入るようにと促す。


「そうでした、そうでした。急ぎの話があったのです」


 なら早く本題を始めてよ――と辛らつに言いたくなったところを我慢して、神妙なる聞き手に徹したアレスタは柔和な笑顔で爽やかに相槌を打つ。

 ここで余計な言葉を挟むと、また話が脱線してしまいかねない。

 ちらりと横目で確認すると、すでにカズハは長話を黙って聞いているのに退屈したらしく、涙目になってあくびを噛み殺していた。ちょうど口が半開きになったときアレスタと目があったことに気付いたらしく、えへへと照れ笑いで誤魔化すがもう遅い。

 くいくいっとアレスタの袖を引っ張ってくるので、いったい何かと思えば、アレスタの背中に乗って眠りたいと耳打ちするカズハである。ついアレスタは承諾しそうになるが、さすがにハルフルートとの真面目な会話中に女の子を背負うわけにもいかない。

 ここは鬼になって断腸の思いでカズハを諦めさせた。

 拗ねてしまうカズハは口をへの字にして横を向く。

 さて、そんな二人の間が抜けたやりとりの一方で、次第に熱を帯びるハルフルートの話は意外にも緊急性の高いものだった。

 つまり、おしゃべりな彼の無駄に長い話を要約すればこうなる。


「マフィアに追われていたため、ひとまず私はここに逃げ込ませていただきました」


 だから明かりもつけずに一人で地下室の奥に縮こまっていたのか、と妙に納得したアレスタたちである。純粋にハルフルートの言い分を信じるなら彼は革命派の指導者らしいので、それだけマフィアに狙われることも多いのだろう。

 それならもう少しここで身を潜めているといいよ――と、太っ腹で寛容なカズハは申し出たものである。

 ……次の言葉を聞きさえしなければ。


「残念ながら実際のところ、もう追い込まれている可能性が高いのですがね。はっはっは」


「……え?」


「袋の中のネズミというわけです。私が――いえ、私たちが」


 ちょうどそのとき、突発的に激しい衝撃音が響いた。

 爆発か、あるいは魔法どうしの衝突か。

 音源はアパートの外からだったが、そう遠くない場所で何かがあったらしい。

 ほとんど間を置かず、混乱の様相が広がっている気配。恐慌に陥った人々の逃げ惑うような喧騒も伝わってくる。

 それを聞き、その場で飛び上がったハルフルートはパッと顔をほころばせた。


「ああ、助かった! どうやらおとりとなってくれた部下のおかげで、狙い通りマフィアの同士討ちが始まったようです!」


 まるで話が見えず、彼の出方を窺いながら困惑するしかないアレスタやイリアス。

 さすがに状況に対する説明不足を自覚したのか、浮かれっぱなしのテンションを落ち着かせたハルフルートは簡単に事態を説明した。

 今しがた彼の身を追っていたのは東部と西部を支配する、なにかと対立しがちな二つのマフィアであり、アパートの地下に逃げ込んだハルフルートを取り囲んだのはよいものの、どちらが先に突入するかでもめていたらしい。

 それもそのはず、もしもブラッドヴァンに敵対する革命派リーダーの首を手に入れれば、その功績は計り知れないものとなる。

 対立する東西マフィアにとっては、今後の上下関係が決まってしまうようなものだ。

 こうなってはどちらも相手側にみすみす手柄を明け渡す気はなく、かといって協力するのは無理な相談、しかるにハルフルートを追っているマフィア同士でにらみ合い、一触即発の状況となっていたらしい。

 そこへ一石を投じたのがハルフルートの部下達で、彼らはボスが逃げ出すチャンスを作り出すためにマフィア同士の衝突を画策したという。具体的にどのような工作が行われたのかは説明されなかったが、どうせ血の気の多いマフィア同士のことだ、どんな些細なことでもきっかけになっただろう。

 魔法による容赦のない戦いは本格的に火蓋を切って落としたらしく、外の喧騒は激しさを増している。もはやアヴェルレスではいつもの光景と言っても過言ではない有様だが、逃げ出すならこのタイミングをおいて他にない。


「さぁ、今のうちにここを離れたほうがよいでしょう。どちらが優勢で決着をつけたとしても、きっと次は私たちが標的になります。いや、ならないほうがおかしいでしょう」


「そうですね、でしたら急ぎましょう」


「……ううむ、もうさよならか」


 折角こうしてアジトまで戻って来たばかりなのに早くも立ち去らなければならなくなったカズハは名残惜しそうにしていたが、さりげなくアレスタが腰を落として背中を向けてあげると、迷うまでもなく喜んで飛び乗った。

 もはや少女専用の移動手段として確立されたも同然だが、それも悪くないとアレスタ。なんであれ頼られて嬉しく思う少年である。


「では安全な場所まで私が案内いたしましょう。みなさんは遅れることなく後に続いてください。もちろん、戦闘に巻き込まれないよう東西マフィアには気をつけてくださいね」


 カズハはまだヘブンリィ・ローブを使えるほどには魔力が回復していなかったので、ここは魔法の力に頼らずに逃亡を図るしかなかった。

 もっとも、当のマフィアは同族同士の“喧嘩”に夢中だったようで、誰一人として彼らの逃亡には気が回らなかったようである。







 軽やかな足取りをもってしてハルフルートが案内したのは、すっかり人通りの少なくなった街外れである。

 そこには朽ちかけた巨大な廃墟があって、そこが目的地だったのか、安全確認もなしに彼はためらうことなく入り込んだ。

 黄昏世界ユーゲニアの赤茶けた空が照らし出す廃墟は不思議な趣があって、人の手よりも自然の手が勝りつつある独特の風景には絵画じみた芸術性さえあった。これで今にも崩壊しそうな危うさがなければ秘密のアジトとして完璧なのだが、それは欲張りすぎというものだろう。


「遅かったじゃないか、ハルフルート。待ちくたびれたぞ」


「いやぁ、すまない。ちょっと命を狙われてしまってね」


「おいおい、たとえちょっとだろうが命は誰だって一つ限りなんだから、狙われたとなれば笑い事じゃないぜ。いつも豪快に開いているからって、うっかり間違えて地獄の門をくぐるなよ?」


 いかつい悪人面で笑いかけてハルフルートを出迎えたのは、彼の盟友でピアナッツという男だった。

 これもまた三十代、ハルフルートとは古くからの知己の仲であるように見える。


「それで、そちらさんは? ここらじゃ見かけない顔だが……」


 濃いヒゲ面のピアナッツは胡散臭そうなものを見る疑いの目つきでアレスタたちを一瞥する。


「そう深刻な顔をするな。心を安らかに、ピアナッツ。彼らは私の客だよ。つい先ほどマフィアから逃げるついでに、ちょうどいい機会だからと我々の本拠地にご招待したのさ。まだ詳しいことは何も話していないが、きっと我々の力になってくれるだろう。

 ……さぁ、早く彼らを奥に案内しよう」


「そういうことなら致し方ない」


 いかにも仰々しい態度ではあったものの、ピアナッツは不承不承うなずいた。あまり部外者には好印象を持たない保守的なタイプの人間なのかもしれない。

 マフィアを警戒しているがゆえの排他性なのだろうから、彼ばかりを責めるわけにもいかないだろうが。

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