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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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18 協力関係

 さて、一度はカズハを力ずくで捕らえてしまおうとしたフレッシュマンが態度を改めて、交渉という名の下にカズハらに協力を呼びかけたのには理由がある。


「まったく、残念なくらい女の子の扱いが下手ですな」


「下手で結構、上手であってたまるか。マギルマを幼年学校にした覚えはない」


「そのときは私が校長でしょうな。マギルマ学院。いい響きじゃありませんか」


「いい響きだろうが、アヴェルレスではむなしく反響するだけだよ」


 フレッシュマンとその頼れる参謀ブリーダルは、このとき互いが所有する連絡用の魔道具を使って会話していた。

 時はフレッシュマンがカズハを逃がした直後である。

 大事な場面で若さが先行しがちなフレッシュマンは完全なる自信家ではなく、たまには迷ったり悩んだりするときもある。そんなとき決まって彼は、老齢の紳士によるアドバイスを求めたのだった。


「急いで追いかけて、彼女をマギルマに取り入れるべきでしょう。私が予測するところによれば、彼女はしばらくアヴェルレスに滞在するつもりに違いないですからね」


「そう思って部下に追わせた。どこに行っても居場所はわかる。……だが彼女を我々の仲間に取り入れろとは?」


「そのままの意味ですよ。マギルマに協力してもらうのです」


「……驚いた。まさか本気で組織を若返らせるつもりか? そうなったら俺はもうフレッシュマンとは呼ばれなくなりそうだ。明日からはオールドマンかな?」


 皮肉で言ったつもりのフレッシュマンだが、ブリーダルはいたって冷静だ。


「いえいえ、驚くには値しません。冷静に考えれば当然の帰結ですよ。まず彼女の魔法の才能と度胸には目を見張るものがありましょう。なにしろブラッドヴァンからハクウノツルギを盗み出した実績がありますからな。今後とも活躍してくれるに違いありませんとも」


「それは認めよう。……今の私には通用しなかったがね」


「あなたが特別なだけです。彼女が未熟なせいばかりではありますまい」


「……ああ、ちゃんと成長していたよ。彼女はすでに一人前の魔法使いだ。ただのいたずらっ子ではない」


 通信用の魔道具を握りなおしたブリーダルは老婆心からか、穏やかに声を落として語りかける。

 自分たちが最悪のマフィアと戦争中だということも忘れて。


「そのカズハという少女、あなたにとって妹のようなものなのでしょう? 本当は守ってやりたいと思っているはずだ。ならば最低限、もう一度会って直接あなたの言葉をぶつけるべきです。大切な身内と喧嘩別れするなんて……悲しいですからな」


「身に染みる言葉だ」


「でしたら追いかけなさい」


「しかし彼女には仲間がいたようだが……。それも外部の人間が三人もだ」


「いじけていないで、彼らにも助太刀を願えばよいでしょう。こんな異世界にやってくるくらいなのですから、そこらの人間とは違って肝も据わっているはず。今は使える人材が多ければ多いほど助かるのは、我々のほうです。背に腹は変えられないのですし、変える必要もありません」


「簡単に言ってくれるね。さすが人生経験が豊富なだけはある」


「オドレイヤという絶対の悪役がいる限り、我々は彼に恨みのある人間となら誰とでも、いつでも自由に手が組めるものです。お互いの主義信条に関する多少の違いなどには目をつぶって、最大の悪を倒すためには協力せずにいられないのですから。

 共通の敵の存在は、反発しあう水と油さえ美味しいジュースにしてしまうでしょう」


「そう願いたいものだな。……それは飲みたくないが」


 などなど、そういったやり取りがあって、彼はカズハを追いかけることとなったのである。

 そして酒場で交渉することになり、なんとか彼女らの協力を取り付けることにも成功したのであった。







 しかしこれに反対する人があった。

 不愉快そうな態度で腰に手を当てたナツミである。

 アレスタたちと酒場での交渉を終えたフレッシュマンが近くに設けていた隠れ家に帰ってみると、そこにはアジトの留守を預かって見張り番をしていた彼女がいて、カズハと協力することになった事の顛末を聞かせてみたところ、膨れっ面をしたナツミは怒り心頭といった様子でこう言い捨てたのだ。


「信じられない」


 その一言には、あらゆる感情が込められていたに違いない。でなければフレッシュマンが苦虫を噛み潰したような顔をする必要もなかっただろう。

 いかんせん彼は勝手にカズハを巻き込んだことに対する気まずさを覚えていたのだ。

 だから釈明する羽目になる。

 まるで浮気が発覚した情けない亭主のような滑稽さを漂わせて。


「まぁ聞いてくれ」


「ほら出た! お決まりの“まぁ聞いてくれ”っていう常套句! いかにも冷静で頭のいい男の振りをした話の繰り出し方ね。女を馬鹿にしている感じが伝わってくるわ」


「馬鹿にしているだなんてとんでもない。私は君を尊敬しているよ」


「本当に?」


「そして……そう、愛してる」


「……ふん」


 真剣な目をしてそう言われれば、一応は拗ねて顔をそむけるが満更でもない反応である。結局この二人はのろけているだけなのだ。犬も食わない喧嘩とはこういうもののことだろう。本人らは大真面目でやっている。

 ――男女の喧嘩はベッドの上でやれ。きっとその夜のうちに解決する。

 とは、これもまたブラッドヴァンのマフィアに広まるくだらない格言の一つだ。程度の低い笑い話の一つでもある。どんなトラブルでさえも強引に笑い話に変えてしまうのは、ことごとく悪趣味なマフィアに共通した文化だった。

 その低俗なマフィア文化や風潮といったものに染まりきることができなかったフレッシュマンやナツミにしてみれば、なんでもかんでも悪趣味な笑い話に変えてしまうということにも不慣れだ。

 なるべくエッジのきいたユーモアを会話に盛り込もうと常日頃から努力しているフレッシュマンだが、それは彼本来の性格ではなく、反オドレイヤ勢力を纏め上げるリーダーとして箔をつけるために意識していることだった。

 つまり組織の頂点に立つ人間としての余裕を、なんとか彼なりに演出しようとしているのである。

 そこを理解している人物こそ、彼とは子供のころから長い付き合いのあるナツミだ。だからこそ、彼女にとってはリーダーっぽく気取っているフレッシュマンが可愛らしく思えて仕方がない。

 自分より小さいカズハにからかわれて涙目になっていたような情けない男こそがフレッシュマンの本性なのだ、今もきっと。

 とにかく彼女に納得してもらおうと、フレッシュマンが自分の考えを真摯な態度で語って聞かせると、さすがのナツミも態度を軟化させていく。

 軽い相槌を挟むだけで最後まで邪魔することなく聞き終わると、一生懸命な彼を傷つけないようにと口調に気をつけたナツミはゆっくりと口を開いた。


「私からの結論は、こう。――彼女を巻き込まないで」


「もう巻き込まれているのさ、彼女は。放っておいても勝手に巻き込まれていくよ、あの子は。なにしろ強い子だからね。だから目の届く場所に置くことにした。そしてちょっと手伝ってもらうだけさ」


「一度くらい上手くいったからって、あのオドレイヤを侮っては駄目よ。結局のところカズハなんて歯が立たない。私たちだっていつ死ぬかわからない状況なのよ?」


「……悲しい事実だが、このアヴェルレスでは一般市民もマフィアの人間と同じ確率で死ぬ。周囲の被害を意識しない奴らが四六時中戦争をやっているからね。しかも取り締まる政府がない。そうなってくると、自分の意志で戦える環境にあるほうが生存率は高いかもしれないよ?

 なにしろ深夜に住宅地が誤爆されることもあるくらいだ。それでいてマフィアは誤爆を認めないし、悪びれない。どころか、それを武勇伝として誇っていたりするのだから治安は永遠に改善しないさ」


「……確かにね」


 マフィアがはびこる暗黒街アヴェルレスに安全地帯はない。それが異次元世界ユーゲニアの常識だ。

 生涯何もなく平穏に天寿を全うすることができたなら、それだけで信じがたい一つの伝説と化すような非常識にあふれる世界である。


「外の世界に行ったなら、行ったきり戻ってこなければよかったのよ。わざわざこんな腐った街に帰ってくるだなんて……」


「案外、姉である君を恋しく思って帰ってきたのかもしれないよ?」


「だとしたら結婚しちゃうわね。あまりの驚きで」


「ナツミとカズハ、女性同士の姉妹婚か。個人の自由と権利が認められている外の世界ではたまにあるらしいね、同性婚というものが。ふふん、そのときは私も家族に混ぜてくれるかな?」


「バカね、冗談よ。あなたは私とだけ結婚しなさい」


「……もちろん、そのつもりだ」


 顔をそらしたフレッシュマンは背を向けてうなずく。柄にもなく本心から照れているのだ。

 その姿を見たナツミは自分のほうでも恥ずかしくなってきて、思わず全身が熱くなってくる。

 そういえば、彼女には明確なプロポーズというものの記憶がない。まさか雑談の最中に彼との結婚を求めていることを口にしてしまうとは、いつもなら隙の少ない彼女にとって大失態だ。うかつである。

 前髪をいじったり、口元に手を当てたり、意味もなく深呼吸を繰り返すなど、それぞれの方法で心の動揺を押さえ込む二人。初々しい緊張だが、それだけに気まずさは言葉にならない。

 こんなとき強いのはナツミだ。

 一足先に気持ちを切り替えた彼女はわざとらしく咳払いをしたあと、背を向けたままで立ち尽くしているフレッシュマンに語りかけた。


「あの子ったら、すごくやんちゃで、思えばたったの一度だって私の言うことを素直に聞いてくれたためしがない。年下のクセに負けん気ばっかり強くって」


 話が変わったことに安心したのか、フレッシュマンは振り向いて微笑む。

 いつにも増して上機嫌であるように見えるのは、色々と理由がありそうだ。


「年長者である私からすれば、君とカズハは似たもの同士の可愛い妹たちだったがね。おそらく君のほうが、今もまだ年齢的には子供のままのカズハより、一人前の女性になるのが少し早かっただけさ。君に芽生えた大人の意識が邪魔をして、素直になれないだけだと思うよ」


「わかってる。人間としては嫌いじゃないわ。むしろ大好きよ、ああいう奴。でもね、たぶん、ずっと一緒にいた姉妹だったからこそ、私たちはいがみあってたの」


「喧嘩するほど仲がいい――と?」


「認めたくないけれどね。大切だからこそ憎々しく思うのよ、色々なことが」


 子供時分より負けず嫌いなナツミである。素直に好きとは認めがたい。

 それを理解しているフレッシュマンであったから、意地を張っているナツミを見るにつけ、こういうときには童心を思い出して笑いを隠さずにはいられない。強気の裏に隠した純情や優しさを感じ取るとき、いつでも彼は彼女を可愛いと思ってしまうのだ。

 純粋な気持ちで彼女のことを愛らしいと思っているはずが、それを馬鹿にされているとでも勘違いされたのか、不服そうな顔をしたナツミに一睨みされたフレッシュマンは肝を冷やした。


「……だけど、そうね、だったらカズハに協力してもらうことについては認めてあげる。その代わり条件が一つだけあるわ。私をカズハの監視役に任命して、すべての世話を私に任せて。たぶん邪魔になるだけだと思うし、他のマギルマ構成員はいらないから」


「ふふん、そいつは嬉しい条件だね。こちらから頼もうとしていたくらいだよ」


 こうして、マギルマに協力することになったカズハたちの世話役として、ナツミが就任することとなったのであった。

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