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10 ニックとサラ

 どうやら本当に山賊のアジトはカーターたった一人によって壊滅させられたらしく、罰として山賊討伐の任務を与えられていた俺たちは、もう何もすることがなくなっていた。

 なのでこのままリンドルに滞在する理由などなかったのだが、そうせざるを得ない理由があった。

 悲しいかな、ベアマークへ帰ることを邪魔する馬鹿がいたのだ。


「ごっふぉ、ごっふぉん! うぐぐ、うぐぐぐぐ!」


「ああもう、こっち来るなってニック。俺たちにも風邪が移るだろ、お前は部屋でおとなしくしていろ!」


「げふげふ、げっふん! でもねぇ、監視役の僕が君たちの側を離れてしまうなんて、そんなことできるわけが……ごっふぉん、げっふん!」


「あはは……」


 今日は朝から隣でなにやら騒がしいなぁ……と思ってベッドから起きてみると、どうやらニックが昨日の湯冷めで風邪を引いてしまったらしいのだ。見るからに顔色が真っ青で大丈夫ではなさそうで、咳もなかなか止まらない。

 とてもじゃないが出歩ける状態ではなかった。

 だが騎士としての意地なのか、それでも当の本人は今日中にベアマークへ帰る気満々でいるらしい。ひどい風邪だというのに無理をして部屋を飛び出してきて、冗談で置き去りにしようとした俺たちに追いすがってくるのだった。


「せ、せめて僕の病気が治るまで待ってくれたまえ……」


「いつまでかかるんだよ?」


「だからね、アレスタの治癒魔法で僕の風邪を吹き飛ばしておくれと」


「俺が? でも、さっきも試してみたけど駄目だったじゃないか」


 悲しいことにそうなのだ。

 ニックが風邪を引いたと知って、これはちょうどいい、自分の治癒魔法の力を確かめてみるチャンスじゃないかと、俺は苦しそうに咳き込むニックに向かって右腕をかざしてみたのだが、何度となく繰り返して挑戦してみたものの、まるで治癒魔法の効果が見られなかったのである。

 ニックは具合が悪そうな青い顔のまま、不思議そうに顔をしかめる。


「も、もしかして、本当は治癒魔法じゃないとか?」


「俺の怪我は治せたから、治癒魔法じゃないってことはないと思うけど……」


「自分にしか使えない治癒魔法って……」


 そんなものは役立たずとしか言いようがない。

 本当に助けたい人が目の前で苦しんでいるとき、その人のために使うことができないのなら、術者である俺だけが助かっても意味がないのだから。


「まぁアレスタ、そんな気にするな。どんな低級魔法でも繰り返して使っていくうちに上達していくもんだ。それより今はベアマークに向かって出発だ。ほらほら、今日のうちに町まで行くんだろ?」


「待ってくれよ、サツキ君。まさか僕を見捨てていくのかい?」


「うるさいな、お前が勝手に風邪を引くからだろ? そもそも昨夜は寝る前に俺たちに向かって、やれ寝坊するなとか、早く帰って報告したいから明日の予定は絶対に変えたくないとか、むしろもっと早くリンドルを出立しようとか言っていたのは誰だよ? そんな奴が風邪引くな」


「あ、あれは僕の知らない寝言であってだね……」


「へぇ、ニック。お前の寝言は威勢がいいんだな」


「まあまあ、サツキさんもニックも、喧嘩はそれくらいにして……」


 そんなことを三人で言い合っていたときだった。

 遠目にもわかる軽快な足取りで、見覚えのある女性が訪ねてきた。


「おや、こんなところにいましたか」


 その女性とは、記念祭の日に出会ったサラさんである。


「今日も騎士の格好をしているんですね。似合います。ええと、ヴァイオリン弾きのサラさんでしたっけ?」


「いえ、私は騎士ですよ。ヴァイオリンは趣味です。それより、どうして私の名前を?」


「それはですね、ここにいるニックがあなたの名前を呼んでいたからです」


「なるほど」


 俺の簡単な説明でサラさんはすんなり納得してくれたらしい。

 その反応を見るに、やはりニックとは知り合いなのだろう。同じ騎士なのだから面識があっても不思議じゃない。

 確認のためニックに顔を向けてみるが、ゲホゲホ咳き込んでいた。

 ちょっと話しかけられない。


「こんな村まで騎士がやってくるとは俺たちに用事があるのか?」


「あ、はい。その前に、どちらがアレスタさんでしょうか?」


「ああ、それは俺です」


 そう言って軽く手を挙げた俺だったが、そのとき横から乱入された。


「それよりサラ! お前はこの前の記念祭では自分ばっかり先に大通りから逃げ出して、イリアスの説教を回避しちゃってさ!」


「あーもう、お願いだから兄上は一生黙っていてちょうだい! 話の邪魔なの!」


 一喝してサラさんはニックをぞんざいに扱う。その冷たい対応にニックは再び苦しそうに咳き込む。

 そんなニックに呆れながら、俺はサラさんに気になったことを尋ねる。


「ニックが兄上って……。まさかサラさんってニックの妹?」


「そうだよ? サラは僕の妹だよ? どこか変かな?」


 お前はまだ咳き込んでいてくれ。サラさんに聞いているんだ。


「はいそうなのです、実に恥ずかしながら……」


「ちょっとサラ、恥ずかしいってなんだい! 僕はちゃんと兄として一生懸命に生きているってのに!」


「いいからニックはちょっと黙ってて。どうしてもしゃべりたいなら、そこの木にでも語りかけていていいからさ。それよりサラさん、俺に用事があるって?」


「あ、はい。うっかり忘れてしまうところでした」


 サラさんは場を仕切りなおすようにコホンと咳き込むと、用事があるという俺の方に向き直った。

 改まった話かもしれないので、聞くほうの俺も姿勢を正す。


「先日、アレスタさんがイリアス隊長と協力して確保したデッシュの件ですが、領主様からあなたに対して直々に感謝状を贈りたいとのことなので、私がこうしてお呼びに参りました。それから、実は昨夜のうちに討伐任務となっていた山賊のアジトが壊滅したという連絡が入ったので、もう戻ってきてもいいのだと伝えるために」


 昨夜のうちに城まで連絡が入っているとは、ここにいる風邪に倒れたニックよりも役に立つ人間はちゃんと騎士団にいるらしい。

 ニックが急いで報告に戻る必要もなかったのかもしれない。


「それにしても感謝状ですか? この俺に与えられるって?」


「はい。やはり、あなたの勇気と行動力には感謝状がふさわしいだろうと。……ふふ、急ぎの用でもないでしょうに、今朝になって、領主様は私にアレスタさんへなるべく早く伝えるようにと命令されたんです」


「大げさだなぁ……」


 そもそも俺は空き巣をやったデッシュを追いかけて、イリアスが到着するまでの時間稼ぎをしたに過ぎないのだ。

 感謝状をもらうほどのことじゃない。


「ということで、近日中にお城の謁見の間で感謝状の授与式を簡単に執り行いたいと思いますので、ぜひいらっしゃってください」


「アレスタ、別に断る理由もないんじゃないか?」


「うーん。サツキさんがそう言うなら、今からでも町に帰ろうかな?」


 カーターによって山賊アジトが退治されていた以上、この村に滞在する理由もあまりない。たった一日だが、すでに俺たちは暇を持て余していた。

 住むならここにしようと一度は思ったが、考え直しておこう。


「そうですか。では私もご一緒しましょう。昼食を食べてから出発しましょうか」


「ひどいなぁ。サラ、やっぱり風邪を引いた僕を見捨てていくんだね?」


「当たり前です。役立たずな兄上は黙っていて」


「い、妹に言い捨てられてしまった……」


 ニックがいつも以上に深く落ち込む姿を見たのを一区切りにして、俺たちは体調を崩して邪魔になるニックを一人村に置き去りにしたまま、ベアマークへと出発するのだった。







 風邪を引いたニックを閉じ込めた宿屋を離れて、のどかな村の中を三人並んで歩く俺たち。

 途中、独り言のようにサラさんが呟いた。


「まったくもう、兄上がもうちょっとでもしっかりしていてくれれば……」


「サラさんも気苦労が絶えなさそうだね。ところで、ニックって昔からああなの?」


「いえ、昔は私も兄上のことを誇らしく思っていた時期があったのですが……」


 とても感慨深そうに、サラさんは深々とため息をつく。


「最近は兄への愛想が尽きたのか?」


 相変わらずサツキさんはニックに対してひどい言い様だ。

 この場にいた誰も反論できないので仕方がないのかもしれない。


「はい。兄上の顔を見るとひっぱたいてやりたくなります。こう、右手で」


 妹のサラさんもニックに対してまるで容赦がなかった。相手が相手なので無理もないが、空中に向かって振る右手の勢いがすごくてニックよご愁傷様。

 異論なく完全に同意したのか、サツキさんはサラさんに同情しつつ言う。


「よくあれで騎士になれたというか、してしまったよな、お前らって」


 失敗も狙ってできるわけじゃない。サツキさんいわく才能だ。


「兄上も、人を思う気持ちだけは騎士にふさわしいのかもしれません。ですが、やはりそれ以外は力量不足といいますか……」


 サラさんは苦々しい顔を見せる。馬鹿にするにも実の兄のことだ。身内の話だけに並々ならぬ苦悩があるのだろう。あまりニックの話題を引っ張るのは彼女に悪い気がしてきた。


「まぁ、そんなニックのためにも急いで町に行って、用事を済ませてからここに帰ってきましょうよ」


「そうですね、そうしましょうか」


 そう決めたはいいが、俺たちが村を出ようとしたそのときだった。

 いきなり道をふさぐように男たちが木陰から飛び出してきたのである。


「ちょっと待ちな! ここから村を出たかったら俺たちに通行料を……って、ああ!」


「またお前たちかよ……」


 それは偶然だと信じたい。例の山賊三人組だった。ただし前回とは違って動揺した様子である。

 リーダーのアインは驚きつつも虚勢を張る。


「ほ、ほほう、ちゃんと俺の言葉どおり、俺たちのことを覚えていたようだな」


「残念なことに、お前ら印象だけは強烈だったからな」


 俺もサツキさんに異存はない。忘れたくてもなかなか忘れられなかった。

 山賊として強くなどなかったが、存在感は無駄にあるのが許せない。


「ふん、たった一日で強く成長した俺たちの餌食となるがいいさ……」


 一度は負けてしまった俺たちに虚勢を張っているのか、明らかに実感の伴わない台詞を口走り、山賊のアインは不敵に笑った。


「あの、彼らは一体誰ですか? あなた方の知り合いのようですが」


「知り合いといえば知り合いだが、昨日、道中で俺たちを襲ってきた山賊だ」


「山賊ですか? すでにアジトは壊滅したと聞いたのですが」


 そう呟きながら、サラさんは俺たちをかばうように前に出る。

 騎士らしく甲冑を着込んでいても中身は少女、頼りがいのある背中というよりは守ってあげたくなるような華奢さを感じずにはいられなかったが、サラさんは心配無用と横に出した手で俺たちを下がらせた。

 余裕を滲ませた彼女の態度に怒りを刺激されたのか、アインは怒号を飛ばす。


「そうだよ、昨日久しぶりにアジトへ逃げ帰ってみたら焼け落ちていて、俺たちの帰るとこがなくなっちまっていたんだよ! だから負けたばっかりなのに金も食べ物もない、仕方ないから昨日の今日でこの道に待ち伏せして襲撃しているんだ!」


「なるほど、最低ですね」


 山賊の言葉など聞く必要がないと、サラさんは首を横に振る。


「ほほう、女が俺たちの邪魔をするってか。痛い目を見るがいいさ、やれ!」


「わかりやした兄貴。あっしが先陣を切りやす!」


 山賊三人のうち、最初に動きを見せたのはドライだった。


「剣を抜くことをお許しください……」


 そんなドライの行動を視界のうちに確認すると、先日のニックなどとは違い、手馴れた手つきで腰に携えた一筋の騎士刀を引き抜くサラさん。

 その刀身は細く、輝いていた。


「へへっ! あっしに剣の攻撃が届くと思ったら大間違いだ! それ、影縫い!」


 叫びながら咄嗟にその場でしゃがみこんだドライは、そのままサラさんの影を右手の人差し指で地面に突きつけるように押さえつける。

 ドライとの立ち位置の関係上、サラさんの黒い影は背後にではなく、体の前方に伸びていた。


「サラさん、どうか気をつけて! そいつの影縫いは、影を押さえつけられている間は全身の動きが封じられて――」


 と、俺がサラさんに向かって言い切る前に、


「光よ――。輝きよ――」


 目を閉じたサラさんが小鳥のようにささやくと、その全身がまばゆいばかりに光の粒子を放出し始めた。


「なに? もしや光魔法かっ!」


「ええ。そしてこれが、あなたを懲らしめる剣の輝きです」


 自らが発する光を反射しつつ七色に輝く刀の切っ先を、唖然と見上げたまま腰を抜かしているドライに向けるサラさん。

 影縫いなど関係なく、彼女の手足は自由に動いた。


「そ、そんな? 影縫いで動きを封じ込めたはずなのに……」


「影ですって? どこかに私の影が見えますか?」


「は? そ、そうか! その光魔法で自分の影を消したのか……!」


「お察しの通りです!」


 そう言ってサラさんは、ためらうことなく騎士刀をドライに振り下ろす。

 しゃがみこんだまま攻撃を受けたドライはその一振りによって、その場に崩れ落ちる。

 だが彼女の騎士刀は意図的に上下を逆にされていて、刃を上向きにして振り下ろされていたらしく、叩き伏せられたドライは傷を負うこともなく気を失っただけのようだ。

 やはりこれも先日のニックとは違い、狙っての峰打ちだろう。


「さて、次はどちらですか?」


 サラさんは光の粒子をキラキラと周囲へ振りまきながら、残る二人の山賊をにらみつける。後光が差して神々しい姿である。威圧感たっぷりだ。


「俺はいい、お前が行け」


「わ、わかりました」


 リーダー格のアインに背中を押され、しぶしぶ前に出るツバイ。


「サラさん、気をつけて。そいつは魔法で視野が広がっていますから! 死角がありません!」


「なるほど」


 俺の言葉にこくんと小さくうなずいたサラさんは、その場で右足を軸にくるりと一回転して、騎士刀の切っ先をツバイに差し向ける。

 ほんの一瞬の舞い踊るような動き。演武でもないだろうが無駄がなく洗練されており、周囲に魔法光の輝きを振りまくのだから優雅で目を奪われた。


「ふん、どこからでもかかってくるがいい!」


 対するツバイは腹をくくり、意識を集中させると身構えた。

 きっと拡大視野の魔法で自分の死角をなくしているのだろう。


「ではそうですね、正面からいかせていただきましょう」


「正面からだと? 拡大視野の魔法に対して、正面?」


「ええ、まっすぐです。私も魔法を用いますので」


 そう笑って幼い少女らしく、はにかむように小首を傾げた。あしらうように肩をすくめたサラさんは剣を払い、更なる光をその身にまとう。

 魔法による輝きは騎士の甲冑を装飾するように豪華絢爛となり、まばゆい光は前方に落とす影を薄く、ついにはサラさんの姿を白い虚空に隠し去った。

 その姿は光を放つ恒星のよう。ただの人間が直視することなどかなわない。


「くそっ! まぶしすぎて前が見えない!」


「はい、つまりそういうことですので。――ご覚悟を」


「うぐっ!」


 その場の誰もが息を呑み、目をそらすと静かに耳を澄ませて事の成り行きを待った。決着をつけて魔法を解いたのであろう、徐々にサラさんの周囲を覆う輝きが弱まってくると、そこには気絶して仰向きに倒れているツバイの姿があった。


「さて、残るはあなた一人ですが?」


「ほほう。さすが魔法騎士、女とはいえ見くびっちゃいけないな」


「当たり前です」


 失礼な言い草に腹が立ったのか、サラさんは挑発的にあごを持ち上げ、スッと差し出した鋭い騎士刀が山賊アインの胸元に向けられる。すると足元で砂利を踏み込んだ音がかすかに響いた。

 どうやら彼女は不遜な賊を今にも斬りかからんとして、騎士刀を握る手にも力が入っているようだ。


「だが騎士よ、俺を見くびってもらっては困る」


「では、私も本気を出させていただきましょう」


「ああそうしろ、お前の本気を引き出させるくらい俺は強ぇからな!」


 アインは得意の葉舞う風を放出するためか、腰をわずかに低く落とす。

 だが、その一瞬見せたわずかな隙をつき、即座に地を蹴ったサラさんは光り輝きながら、光速のごときすばやさでアインに大きく切り込んだ。

 あるとすれば一度まぶたを落とす程度のまばたき、そんな刹那の余裕のみ。


「葉舞う風よ――うぐっ!」


 目にも留まらぬ初速。自分の懐に迫られてなお反応することのできなかったアインは、彼が得意とした魔法である葉舞う風を出すことさえままならず、残像に揺らめいて見えたサラさんの鋭い突きを受けて片ひざを付くしかなかった。

 それでも命までは奪わないという温情のためか、サラさんはアインの体に騎士刀を突き刺す直前に手首を内側へとひねり、鋭く研ぎ澄まされた刃先ではなく手前の柄の部分を用いてアインのみぞおちを狙ったのだった。

 おかげで山賊は死にこそしないが、その痛みは死ぬほどきつかったのだろう。


「……う、はぁ」


 アインは立ち上がることも出来ず、呼吸も虫の息となった。


「観念してください。後はお縄につくだけで命は助かります」


「……お断りだ」


 ところがサラさんの申し出を当然のごとく断ったアインは意地を張り、今度こそ自身の魔法である葉舞う風を発動させた。

 吹きすさぶ風、舞う木の葉。


「何を?」


 それを目にしたサラさんが疑問に思うのも無理はない。

 なぜなら追い詰められたアインは俺たちに負けた先日と同じことを、つまり先に倒れた二人の山賊仲間を葉舞う風で吹き飛ばしたのだから。


「覚えていろよ、などとは言うまい。……もう忘れてくれ!」


 自分より幼い少女であるサラさん一人を相手に惨敗した今回ばかりは、アインの去り際も虚勢を張らず実に潔いものだった。

 これで山賊も懲りてくれればいいのだが。

 魔法の光と騎士刀を仕舞ったサラさんが微笑みつつ振り返ったところで、俺は賛辞を送る。


「サラさんはすごいですね。ニックとは全然比べ物にならないくらい」


「いえ、普通の騎士ならこれくらいできて当然です。ですからただ単純に、兄上が取り立てて駄目なだけですよ」


「そうだな、一理ある」


 ニックには悪いが、納得したサツキさんもそう言ってうなずいた。

 そろそろニックにも活躍の機会をあげてほしいな、でないと評価を落とす一方だ。


「それにしても迂闊でした。アジトが壊滅したからといって、そこを根城にしていた山賊が全員いなくなっているとは限らないですものね。逃げ延びた山賊は新しい拠点を見つけるまで、困窮すれば今回のように村を襲うのかもしれません」


「そうですよね、それは心配です」


 このまま俺たちがベアマークに向かって出発すれば、リンドルに残るのは風邪を引いて寝込んでいるニックだけとなる。そんなところを山賊に襲われてしまえば、村の被害も大きくなってしまいかねない。

 そのことを危惧してか、サラさんが実に申し訳なさそうに頭を下げた。


「アレスタさん、それからそちらはサツキさんでしたか、とにかくお二人とも、私のわがままを聞いていただけませんか?」


「大丈夫ですよ、なんでも言ってください」


「私はこのまま村に残り、山賊の襲撃を警戒しようと思うのです」


 考えるまでもない。それが村のためならと俺は答えた。


「それがいいと思います。俺たちも村が心配ですし」


「ありがとうございます。しかしアレスタさん、あなたに監視役の騎士が一人も同行しないとなると、このままベアマークに向かわれるのは……」


 なるほどそれで理解した。どうやらサラさんは妹として責任を取るためなのか、ニックの代わりにベアマークまでの監視役を担っていたらしい。

 しかし、村の警戒のためにサラさんが同行できなくなると、領主が命じた監視の目から俺を外してしまうことになり、それは騎士として見逃すことが出来ないのかもしれない。

 色々考えた結果なのか、サツキさんが明るい口調で言った。


「じゃあアレスタ、俺たちは寝込んじまったニックの回復を待って、あいつと一緒にベアマークに戻ることにしようぜ。もう急ぐ必要はないってわかったんだ。少しくらい予定が長引いても大丈夫だろ」


「ニック、明日には風邪が治っているといいけど……」


 まあ、俺たちに領事館への帰還を急ぐ理由なんて別にない。

 ひとまずベアマークへ出発するのはニックの風邪が治ってからにしよう。







 翌日、不思議とニックの風邪は完治していた。治りが早いのだろう。

 一晩寝て体調が万全の状態に戻ったことがよほど嬉しかったのか、まだ薄暗い早朝のうちから一人で勝手に騒々しく目を覚ましたニック。そのせいで睡眠を妨害されて寝ぼけ眼に苛々していた俺たちのことなど無配慮だった。


「そうそう、僕が一人で寝込んでいる間にね、かわいらしい小さな妖精が見えたんだよ! 風邪に苦しんでいる僕を心配しているみたいだった!」


 などと、意味不明なことを嬉々として語り出すのだから面倒である。


「本当におめでたい奴だな、お前は」


「熱に浮かされて幻覚を見たんですね、きっと」


「ひどい言われようだね、僕は。相変わらずのようで安心したよ」


 馬鹿にされたはずなのに、とても嬉しそうに胸をなでおろすニック。付き合っていられない。

 というわけで、俺とサツキさんはニックを無視することで合意した。リンドルに残るというサラさんと別れて、ベアマークへと出立だ。

 ところがその後、お腹もすいてきた昼前のこと。

 無事にベアマークに帰ってきた俺たちは足の疲れだけではなく、名状しがたい微妙な違和感によって顔をしかめた。

 薄曇りの空が原因なわけではないだろうが、踏み込むのをためらう不穏な空気が漂っていたのである。

 何かがおかしい。そう思いつつも、領主が待つ城を目指す。

 すると町に入ってから抱いていた違和感は見事に当たっていたらしく、城門の前で俺たちを待っていたのは五人に及ぶ騎士たちの包囲だった。


「どうしたんだい、これは?」


「ニック、君の任務はここでおしまいだ。彼の監視のことは私たちに任せてくれたまえ」


 おかしいと怪しむニック。サツキさんが呆れた声でつぶやく。


「おいおいニック、お前は知らない間にまた何かへまをやらかして、今度こそ領主に見切りを付けられたんじゃないだろうな? 監視役を解任されるなんてよっぽどだぜ」


「ちょっと待ってよ。サツキ君、こんなときに冗談を言っている場合かい?」


 たぶん冗談でもないんだがな。

 いちいち相手にしている暇がないのだろう、険しい表情をした騎士がニックの肩に手をかけた。


「ニック、君の監視任務は終わりだと言っただろう? わかったら下がってくれ」


「待ってよ、ちゃんと領主様に話を聞かせてもらうまで僕は納得できない」


「そうかい。彼らを領主様の前まで連れていくのが任務だからね、そう言うのならニックも一緒に来ればいい」


「わかった。そうさせてもらうよ」


 ニックがうなずくと、俺たちは騎士に連れられて城の中へと入る。

 そして謁見の間に入った俺たちを待っていたのは、深刻そうに厳しい顔をした領主だった。


「やっと来たか、待っていたよ」


 重々しい雰囲気の領主に促され、俺は三人を代表して一歩前に出る。

 三拍ほど時間を置いて全員の注目を集めたところで、俺は切り出した。


「あの、感謝状を頂けると聞いてきたのですが」


 言外に含めるのは、俺たちを出迎えた騎士に対する不服である。

 ところが意外なことに、領主にも不服があったらしい。


「そのことだが、実は昨日、とある一報が耳に入ってね。山賊のアジトをたった一人で、しかも一晩のうちに壊滅させてしまった人物がいるらしい。しかもそれが、治癒魔法を使う英雄だというのだ」


「……え、治癒魔法を使う英雄ですって? いや、でも、その話から推測すると、それってカーターという男のことではないですか? 俺たちはリンドルで会いましたから、間違いないと思うんですが」


 山賊のアジトを一人で壊滅させてしまったのはカーターである。

 本人も村人もそう言っていたらしいし、事実、確認した村人によればアジトは焼け落ちていたのだ。

 しかし、最後の言葉がわからなかった。治癒魔法を使う可能性があるのは恥ずかしながら俺であり、父さんであるカーターではなかったはずだ。

 まさか報告に齟齬があったのではないかと、俺たちが頭をひねっていると領主。


「自分は治癒魔法が使えるのだと、そう言って人々を騙す人間が、世界には昔からよく現れる」


「……らしいですね」


 だからこそ俺が治癒魔法を使えるかもしれないとイリアスに連れられてきた際にも、領主はそれを言葉だけでは信じなかったのである。


「普通なら君みたいな人間は相手にせず無視しておくものだが、なにしろあのイリアスちゃんが真面目な顔をして、君が治癒魔法を使えると言ってくるのだからね。私としてもイリアスちゃんの言葉は無視できなかった」


「そうですか、ええと、だからニックを監視役につけたんですよね」


「その通りだが、ううむ、残念だよニック。アレスタの本質を見抜けなかったとはね」


「……領主様?」


 それは俺でなく、ニックが口にした疑問だった。


「私にカーターが言ってくれたとおりだ。治癒魔法使いを騙る君こそ、帝国にとっての逆賊であるという」


 台詞を区切った吐息は短く、即座に続いた領主の叫び声が響く。


「皆の者、アレスタをひっとらえよ! 地下牢にぶち込むのだ!」


「ちょっと待ってください! いったいどうしたんですか!」


 抵抗するのは当然だ。いわれのない俺は動揺した。


「ふむむ……」


 そんな俺の様子を少し離れた場所から、苦々しい顔で眺めていたニック。

 領主の命令とそれに反応して俺に飛び掛ろうとする騎士たちの姿を見て、自分がするべき行動に困っているのだろう。

 このまま囲まれれば、相手は訓練された騎士ばかり、ニックはどちらに付こうが無能だから、なんにせよ俺は抵抗むなしく拘束されてしまうだろうと観念した。

 しかし彼らとは別に誰よりも早く俺の腕をつかむ感触があり、頼もしい声が俺の耳朶を揺らす。

 それはサツキさんだった。


「ニック、そいつらの動きを止めておけ! 俺たちは逃げさせてもらうぜ!」


「え、ちょ、ええっ?」


 驚いたニックを尻目に体ごと反転、慌てて足を踏み出した俺は走り始めたサツキさんに手を引かれ、そのまま謁見の間を飛び出した。

 追いかけてくる五人の騎士はサツキさんの反応に若干の遅れを見せる。

 うろたえるニックが多少の壁となり、なんとか時間を稼ぐことも出来たらしい。

 だがここは騎士の根城だ。逃げ道をふさがれれば無事に外まで逃げ出すことは難しい。攻撃魔法を使えない俺たちは依然として危機にあった。


「アレスタ、俺がお前を最初に連れて行ったあの店のこと覚えているか? そこの店主に詳しい話を聞きに行け。俺の名前を出した後にカーターのことについて知りたいって言えば、刻印で発言を封じられている俺とは違ってあいつなら色々と教えてくれるはずだ」


「え? あ、はい、わかりました!」


「いい返事だ。素直で信用に値するぜ。いいか、お前は町で店主の話を聞いたら、あとは自分で考えて動くんだ」


 早口に言ったサツキさんによって俺は強く背を押され、振り向くことも許されずに走らせられた。

 目指すは出口、残ったサツキさんは囮になったのである。

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