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4話 真雪の場合

真雪の場合


 真雪がいつも、真夜中に見つめていたものは、空飛ぶ皿だった。皿だけではなく、他にも、いろいろ飛んでいた。ただ飛んでいるだけなら、いいのだが、実際には落ちて大きな音がしていた。

「いいかげんにしなさいよ!」

 女が怒鳴る。

「真雪が起きる!」

 男はたしなめる。

「離婚よ!」

 ひたすら、両親の争いは毎日のバトルのように繰り広げられていた。

 ある日の朝。

 母親はいつもどおりに娘を学校へと見送った。

 そのまま母親はどこかへ行ったきり帰ってこなかった。

 それは、真雪が小学校に上がったばかりのことだった。


 そのまま月日は流れ、真雪は小学校三年生になっていた。

その日の夕方。すりむけたひざに貼るバンソウコウを探していると。真雪は、テーブルの上に、封筒がおきっぱなしになっていることに気がついた。これはたしか、父親が明日必要だと、昨日言っていた物だと思い出した。

 コートを着て、真雪は暗くなり始めている街へと出かけていった。


 店の前に行こうとしたが、こっそりと覗いてみると、店の前には酔っ払いがたくさんいる。それに小学生では入れてもらえないかもしれない。真雪は店の裏に回った。しかし、店の裏も閉まっていた。

困っていると、偶然のこの道に入ってきた酔っ払いたちに声をかけられた。

「どうしたんだい、お嬢さん、こんなところで。」

「俺たちと遊ばないかい?」

 酒のにおいがぷんぷんする。

「やめてください!」

 真雪は手を振り払った。

「なんだ?」

 男の一人が大声を出した時に、店の裏のドアが開いた。真雪を見るなり、駆けつけてきた。

「あらあら、どうかしました?」

 さすがに、気が引けたのか、男性たちはなんだか、よくわからない言葉を投げつけて去っていった。

「どうしたの?誰かに会いに来たの?」

「はい。ここに、和人っていませんか。」

「ああ、いるわよ。和人さんのお嬢さんね?入ってらっしゃい。」

店の中に入ると温かい。どうやら、彼女はビールのケースを外に出すために、裏から出てきたようだ。

「あれ、あなたの子?」

バーテンダーが聞いた。みかけは美しいが、声が低めだ。

「違うわ、うちのは男の子だし、もっと大きいわ。ここで、待っていてね。つれて来るから。」

「はい。」

真雪は椅子に座ってじっと待っていた。やがて、女装した父親があわられた。

「どうしたの、こんなところまで?」

 慌てて、和人は顔を出した。

「これ。忘れたでしょ。」

「あ、ああ!わざわざ持ってきてくれたの?ありがとう。」

父親の感激をよそに、真雪はあっさりと言った。

「じゃ、帰るね。」

「うん。」

しかし、慌てたのは女性だった。

「待ってよ、一人で帰すの?危ないわよ!なにかあったらどうするわけ?」

「大丈夫です。」

真雪はさらりと言った。

「そんなわけないでしょ。一緒に行くわ。」

「え?」

真雪は目を丸くした。

「送ったら、戻ってくる。」

女性は急いでエプロンを外して言った。

「さ、行きましょ。マスターに言っといて。給料から引いてもいいから。じゃあ。」

寒い中を真雪と女性は無言で歩いた。ときどき、道を確認しながら。

「あの。」

 声を出すと、息が白くなる。

「なにかしら?」

「お父さんのことが好きなんですか?」

「和人さん?ええ。いい人だと思うけど。」

「ダメですよ。」

「え?」

「父には男性の恋人がいるんです。佐藤さんって言うんです。」

女性は目を丸くした。やっぱり知らなかったのかと、真雪は思ったが、彼女の目を丸くさせたのはそこではなかったようだ。

「知っているの?恋人のこと。」

「え、ええ。」

「すごいわ、和人さん、ほんとにあなたには、なんでも話しているのねぇ。やっぱり、素敵なお父さんねぇ。」

真雪は奇妙な目で女性を見つめた。

「あの。父のこと好きなのでは……。」

「あら、好きよ。男性としてではなく、人としてね。」

「人として……。」

「ええ。私にも息子がいるの。だから子供を育てる大変さはわかる。それにこの仕事じゃ、あまりあなたに時間はさけない。どっちかといえば、すれ違いの生活になるでしょう?それでも、いろんなイベントに出て、店でも子供がいることを隠さずに幸せそうに話しているわ。自慢の娘だって。」

「そう……なんですか。」

「ええ。子供がいても隠す人もいるけど、和人さんは最初から子供がいるってことを伝えて店に入ってきたのよ。」

「そうなんですか。」

「珍しいって、みんなが言うけど、それだけ、あなたのことを一番に思ってるってことでもあるわよね。伝えてあれば、なにかあったときに休めるし、駆けつけることだってできるし、連絡だって取れる。そうでしょ。」

「……。あ、ここです。あの、送ってくれてありがとうございます。」

「いいえ。礼儀正しいいいお嬢さんに和人さんは育てているのね。火の元には気をつけてね。」

「はい。」

「じゃ。」

その女性はにこやかにまた寒空の中を歩いていった。外は寒く、アパートの中も温かいわけではなかったが、真雪の心の中はじんわりと温かくなっていた。



そして。

「綺麗ねぇ。」

「お母さん。」

 ユキは真雪の姿にうっとりと見とれた。

「いままでありがとうございました。」

「いいのよ。」

 女性二人は涙ぐんだ。

「いいかい、やぁ。綺麗だな。」

「お父さん。パパは?」

「和人はちょっと……。」

 佐藤氏はなんだか、ためらうように言った。ロビーを覗くと、それは遠くからでも聞こえてきた。大泣きしているのだ。

「パパ。」

「真雪……きれいよぉぉぉぉぉーーー」

「そんなに泣かないでよ。みっともない。」

「だってぇ、だってぇぇぇぇ・……。」

 とにかく、泣き止む様子は無い。

「パパ、パパも今までありがとうね。」

 真雪のその言葉にさらに涙が出るようだ。

「わぁぁぁぁぁぁぁーーーーー・・・・。」

 式の間、ずっと和人は泣きつづけていた。

「ありゃあ、あとで水分取らせないと、倒れるかも。」

「進さん。そうね。パパのほうが私よりも、感動しているわね。」

 二人は笑った。


 これから先に、どんなことがまっているかなど、誰にもわからない。

 もしかしたら、進むと別れることになるかもしれない。

 それでも、真雪には幸せだった。いまの幸せが続くようにと、指輪に願いを込めた。


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