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1話 玲の場合

  玲の場合


 誰が言い出したのか、お祝いをしようということになった。独身最後の男性だけの集まりとくれば、思い出にでも女の子のいる店に行くだろう。しかし、この時は違った。

 弁護士になった一人は、出世に影響する場合がある、と言った。本当か冗談か、よくわからない。

 お笑いを目指している一人は、金がない。これは本当だ。

 飲食店を手伝っている一人は、うまくて安い店を知っている。

 そこに、祝ってもらう本人の文句など誰も聞かないと言う事実が加えられて、集まった全員はただの店にいた。


 店は、ほとんど客がいなかった。どうしてそうなのか。それは味の問題ではなく、立地の問題だということがすぐにわかった。

「あ、うまい。さすが、隆史。」

「だろ。母さんと食事めぐりに来るんだ。そんなに混まずにうまい。これほどいいところはない!」

「同じような体型、二人でか?」

 玲はからかった。まぁ、事実でもある。

「それにしても、進は遅いな。」

 浩介は入り口のほうを見つめたが、ドアが開く気配はない。

「まぁ、遅れると連絡が入ったことだし、来るだろう。」

「そういえば、俺、気になっていたことがあるんだよね。」

 思い出したように隆史が言った。

「なんだ?」

「俺と浩介は中学時代からの友だちだけど、お前らは小学校からだろう?」

「そうだけど。」

「なんで、進と仲良くなったんだ?」

「あー、俺も思っていた。別に進は頭は悪くないけど、秀才ってわけでもないだろうし。別に人並みに付き合いがいいわけでもないからなぁ。」

 浩介もずけずけと言った。

その時のことをも出だしてか、玲は笑った。

「ああ、あれは、俺の親が離婚したところから始まるんだ。小学校三年くらいの時かな?父親は愛人が何人もいたから、母親とのケンカが絶えなくてね。近所のみんなも知っていることだったんだ。愛人の一人に子供ができて、ついに離婚。俺は母さんと一緒に暮らすから、苗字が変わったんだ。いじめられてねぇ。」


 殴られた顔が痛むのか、ついしかめた顔をしながら歩いていた。

 その頃の彼は、ただのクラスメイトの一員でしかなかった。しかし、その日の夕方のこと、グランドの前で急に後ろから声がした。

「まて!」

 傷だらけの状態で俺が振り返ると、そこに、真っ黒にやけた進がいた。バットを持っていたのは、今まで野球をやっていたせいらしい。これで殴られたら、さすがに骨が折れるだろうなぁと考えていた。

「なんだ、その顔。それ、やったの、二組のごとーだろう!」

「なんで、わかるの?」

「ここまで殴るのは、あいつだけだ。」

きびすを返したように、進はごとーのところまで走り出した。後ろから蹴りつけて、ケンカを始めた。バットは途中で投げ捨てて、素手で向かっていっていた。 

「てめぇ、ごとー、名前が変わったからって、殴るな!」

「だって、あいつの家、離婚したんだぞ?」

「だから、なんだ、うらやましかったら、お前も名前、変えてみろ!」


「うわ、馬鹿だ。」

浩介があきれたように言った。

「はははは。俺も、あのときはそう思った。まだ離婚の意味もわかってなかったんだと思うよ。しかも、あのころは元気だったよ。寒くなってきている頃だったのに、ランニング姿だったしね。」

「ガキ大将みたいなもん?」

隆史は、もう肉を食べ始めていた。

「いや、ただのわんぱくな子だった。」

「あれ?そうなの?」

「で、ごとーとの乱闘で先生に怒られたんだけど、進は俺のことは話さなかったんだ。まぁ、二人はしょっちゅうやりあっていたから、先生も原因究明に熱心でもなかったんだろうけどね。」

「へぇ。その、後藤君っていうのはどうなったのさ?」

 隆史は、二人が話している間に、なにやらこっそり注文を追加しているようだ。

「後藤じゃない、ごとーっていうのは、あだ名なんだ。進がつけたらしいんだ。理由はよくわからないけどね。彼はあいかわらず、暴れていたけど、小学校の卒業の時に引っ越しって行ったよ。」

「へぇ。暴れてねぇ。進は意外だ。強かったのか?」

「二人とも、空手をやっていたらしいよ。それで進と知り合いだったようだ。同じ教室の仲間なのに、どうしてあんなによく、ケンカしていたのか、理由はわからないけどね。進にはよく、かばってもらったよ。」

「それで、おまえらが仲良くなったのか。」

 やっと口が開いたのか、隆史が、言った。

「あ、来た。」

 玲が気がついた。

「ごめん、遅くなって。」

 ドアのほうを見ると、進はぺこぺこしながら来た。

「道に迷った。」

「罰としていっき飲み。」

 浩介が酒をちょっと持ち上げてみた。

「ダメだ。倒れたりしたら、真雪君にやられるぞ。ついでに、ダブルのお父さんたちに。」

 玲はおどけたように言った。

「あー、そら、怖い。」

「さぁ、乾杯だ。」

 それぞれがグラスを持ち上げて、飲んだ。

 玲はちょっとその後のことまで思い出していた。


「どうしたの?その傷!」

家に帰ると、母親は心配そうにやってきた。傷だらけの息子を見れば、誰だって心配するだろう。

「別に。」

「だって、こんなに。……名前が変わったせいなの?やっぱり、学校でいじめられているの?」

 母親は目を伏せた。

「別に。名前が変わっても、側にいてくれるやつもいるもん。」

「そう?でも、辛かったら転校してもいいのよ?」

「ううん、いい。僕、おばあちゃんのところには行かない。母さんと、ここにいる。進と一緒にいるんだ。でね、今度はあいつが困ったら僕が助けてあげるんだ。」

玲はにっこりと笑った。

「僕、あいつと一緒にいる!」


 その言葉通り、玲は進と一緒に、中学、高校生活を送った。進と同じ高校に進級しようとしたところ、中学時代の担任は言った。

「おまえなら、もっと上の高校も狙えるぞ。友情より、将来のことを考えろ。」

 他にも、

「別に同じ高校に行かなくても、友人のままでいられるだろう?」

 何度も言われた説得にいいかげんにイライラしたのか、玲は言った。

「じゃ、滑り止めで受験します。」

 そして、担任の推薦した高校を第一志望にして、そのまま時間が流れていった。

その後、どうなったか。玲は第一希望で提出した高校に受験をしに行った。しかし全部の解答をずらして書いた。当然、不合格となった。

もっと上の学校を受験できたにもかかわらず、進と同じ高校に行き、側にいた。この高校生活では三年間首位から落ちたことはなかった。

進は別に自分のためなどと、思いもしなかったようで、さんざんからかった。

「馬鹿だなぁ。普通、見直しとかするだろう?自信がありすぎるからそういうことになるんだ。」

「そうかもな。」

玲も一切、本当のことは言わなかった。

 中学時代の担任は、さすがに言葉がなかったようだった。わざとだと気がついていたのかもしれない。まさか、そんな行動に出るとは想像さえもしなかったようだ。

母親は、責めたりしなかった。好きなように進んでいいと言った。

 そして、高校以降の進路を決める時になって、もっと先を見つめ始めた。

 つまり、ずっと進と一緒にいることを。そのために、足手まといにならないこと、困った時に頼れる人物になること。そのなかで、予算との関係で進は弁護士の道を選んだ。ちょっと離れていた大学生活は思ったよりも、そんなに離れているという実感がなかった。

 あっという間に時間は過ぎていった。


「そういえば、玲もおめでとう。」

 進の言葉に急に玲は現実に戻ってきた。

「ん?」

「弁護士になったんだろう?」

「ああ。と、いっても、先生の下でしばらく勉強だけどね。裁判とかはまだまだ先だろう。」

「へぇ。そうなんだ。」

 浩介は、感心したように言った。

「なにかあったら、頼れるなぁ。」

 いつのまにか隆史はお茶漬けを食べていた。

「隆史、米粒を飛ばすな!」

「そうだなぁ、お前の離婚の時なんかな。」

 浩介は意地悪そうに言った。

「おい!俺はこれから結婚するんだぞ!」

「まぁまぁ、進、幸せになれよ。」

「ああ。」

玲が持ち上げたグラスに、進は音を鳴らせて、乾杯をした。にっこりとお互いに笑った。


 これが、玲の選んだ幸せだった。


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