第十六話 古墓の帝魂、魂の侵蝕
富士山深林で巻き起こった二つの驚天動地な殺気は、やがて風に乗って消え去った。
だが海域を貫き、千里の彼方まで届いた凶悪な気流は完全に跡を絶たず、その余威は香港・元朗へと流れ着いた。
万人古墓は、太古より静寂に包まれている。
幾重にも重なる墳丘には、乱世の千年にわたる枯骨が埋もれ、地脈に宿る陰気は鉛のように重く、年中渦を巻いて離れない。先ほどの二刀の激突で地底が微かに鳴り響き、墓の石壁に刻まれた風化した古紋にも、熱を帯びた余韻が残っている。
冷たい風が墓道を抜け、幽玄な響きを立て、まるで無数の亡霊が囁いているかのようだ。
徐福は墓室の中央に立ち、黒い長袛を身にまとっていた。衣身は幅広く厚みがあり、裁断は端正で体を締め付けず、垂れた布地には一筋の塵も付着していない。
彼はこの地で、千年に及ぶ壮大な謀の真実を見通した。
脳心儀は、魂を鎮める枢軸。
秦陌は、帝王の残魂を宿す器。
そしてこの盤面の最終地点には、太古より眠り続ける存在が待ち受けている。
その真実は冷徹で、人の心を戦慄させる。
千年にわたり布陣し、人心と世情を見極め、全ての筋道を掌握したと思っていた彼は、今になって自らの未熟さに気づいた。
もし太古の存在が目覚め、始皇帝の残魂が本来の姿を取り戻し、世に渦巻く帝王の気が一斉に沸き立てば、現在の魂の基盤では、この天地を揺るがす混乱を抑えきれない。
徐福はゆっくりと目を上げ、分厚い岩土を貫き、古墓の最奥に広がる暗い禁域へと視線を向けた。
そこには、万年の時を隔てて閉ざされた気配が眠っている。
太古の帝王が残した、魂の気息である。
それは始皇帝ではない。
それよりも遥かに古く、烈しく、上古の時代に天下を統べ、四方を征した帝王の残魂だ。
万人古墓に充満する陰気と無数の亡霊は、この魂を養う絶好の地となり、この残魂を完全に守り続けてきた。歳月は器物も肉体も朽ちさせたが、この帝王の執念だけは、万年経った今も消えることがなかった。
徐福は奥の暗い扉へと歩み出す。黒い長袛が地面をなで、足音は音もなく響かない。
扉を開けた瞬間、太古の荒々しく強烈な気勢が押し寄せ、呼吸さえ阻まれた。
密室は漆黒に閉ざされ、砕けた棺や白骨があちこちに転がり、時の崩壊を物語っている。空間の中央には、実体のように濃厚な暗金色の魂霧が立ち込めていた。
魂霧は静止しているが、万民を見下ろす帝王の威厳が溢れている。姿も声もないのに、誰もが感じ取れる——これは万年眠り続ける太古の帝王残魂であると。
残魂が生き物の気配を察した刹那。
轟――!!
密室全体が激しく揺れ動いた。
暗金色の気流が一気に炸裂し、古く荘厳で圧倒的な帝王の威圧が四方に広がる。周囲を漂う細やかな亡霊たちは次々と消し飛び、悲鳴を上げる間もなく滅んだ。
これは帝王の怒りだ。
万年の眠りを、穢すことは許されない。
徐福は気流の真っ只中に立ち、黒い長袛の裾が微かになびく。表情は変わらず穏やかで落ち着いていた。
退くわけにはいかない。退く場所もない。
血山舎は蠢き、二つの凶刃が世に現れ、秦陌の体内の帝王残息は絶えず騒ぎ、太古の存在も破封の時を待っている。
もし自らの力が足りなければ、この全ての盤面は制御を離れてしまう。
徐福はゆっくりと手を上げ、胸元から木の箱を取り出す。
カタリ。
蓋が静かに開く。
八つの青い宝石が宙に浮かび、冷たく幽玄な蒼い光を放った。
脳心儀。
世に名だたる魂鎮めの枢軸であり、あらゆる魂と邪気を制する核心だ。
「この地に万年閉じ込められ、輪廻も帰る場所も失った貴方。」
徐福の緩やかな声が、静寂な密室に響き渡る。
「永遠に荒れた墳に囚われるより、私の霊台に宿れ。」
「貴方の帝王としての本源を借り、私の千年の謀魂を補う。」
「私が全局を掌り、貴方もいずれ本来の姿に戻ることができる。」
言葉が途切れた瞬間、脳心儀の光が一気に増した。
無数の糸のような蒼い光線が四方に広がり、密室全体を覆う魂封じの大網を編み上げ、暗金色の帝王魂へと覆いかかった。
太古の帝王残魂は激しく怒りを募らせた。
暗金色の魂霧は渦を巻き膨れ上がり、頑強な帝王の意志が激しく反撃する。上古の王気と魂鎮めの光が激突し、風が空間を引き裂き、砕石が飛び散った。
これは万年を隔てた対立である。
世を謀る策士と、上古を統べた帝王の闘い。
残魂の意志は剛毅で、潔く屈することを拒んだ。
だが脳心儀は、元々世の遊離した魂を鎮めるための存在であり、あらゆる霊体にとって天敵だ。帝王の英魂であろうと、妖邪の亡霊であろうと、魂鎮めの枢軸の前では、籠の中の魂に過ぎない。
引き寄せ、束縛、牽引。
時が流れるにつれ、狂暴な暗金色の魂霧は青い光の網に押され、徐々に圧縮され、縛り上げられていく。古き帝王の意志が不服を叫んでも、もがく術はなかった。
ついに、濃厚な太古の帝王魂本源が、ゆっくりと徐福の元へと漂い寄った。
徐福は目を閉じ、自身の魂の壁を完全に開き、万年の帝王の気流を霊台の奥へと受け入れた。
融合の初期は順調を極めた。
圧倒的で古く重厚な力が全身に満ち渡り、千年の策士としての魂は、これほど強大な帝王の気風に満たされた。
無数の記憶が脳裏に流れ込む。大軍が列を成し、山河が拝礼し、君主が独断で世を治め、一怒で千里に血が流れる光景……それは太古の帝王の生き様であり、霸道で孤高、全てを支配する存在だ。
徐福の気勢は急激に高まり、元々穏やかで沈黙した策士の雰囲気に、万民を見下す帝王の殺気が紛れ込んだ。
この融合が成功したと、彼は思った。
だが次の瞬間、思いがけない異変が起きた。
体内に取り込まれた太古の残魂が、猛然と目を覚ました。
同化されることを拒み、後世の策士に従うことを潔しとしなかった。
帝王の傲骨は、万年の時を経ても消えることはない。
「――!!」
徐福の体が激しく震えた。
二つの強大な魂が、一つの肉体の中で激しくぶつかり、噛み合い、侵食し合う。
一方は世を見通し冷静に計算する策士の魂、一方は天下を支配し我が物とする帝王の魂。相反する二つの意志と道が、互いに排斥し、飲み込み合う。
魂が引き裂かれる痛みは、肉体の怪我の比ではない。
徐福の額に冷や汗が滲み、指の関節は強く握り締められ、体は微かに揺れ、意識は分裂し始めた。
一瞬は全局を冷めた目で見つめる徐福であり、一瞬は万物を軽んじ天下を支配する上古の先帝となる。
宙に浮かぶ脳心儀の光は乱れ、蒼い輝きは明滅を繰り返し激しく震えた。
魂融合の儀式は完全に制御不能となった。
徐福は瞬く間に真相を悟った。帝王の魂は、臣下となることを決して受け入れない。たとえ魂が朽ちかけても、その傲骨は崩れない。無理に一体化を図れば、双方の魂が砕け、共倒れになるだけだ。
彼は即座に方針を転換した。
魂の一体化を諦め、力だけを奪い、異質な意志を封じ込める。
「封じよ。」
心の中で低く喝する。
徐福は全身の精神を振り絞り、脳心儀の魂鎮めの力を借り、帝王魂の力の本源を剥ぎ取ると同時に、自身の千年の魂を錠とし、気高く従順しない太古の帝王の意志を、魂の最も深く暗い底へと強く押し込めた。
抑え、封じ、鎮める。
体内で渦を巻いた魂の嵐は数十息続き、やがて静まった。
密室は再び静寂に包まれる。
風は止み、塵は落ち、魂の気配も沈黙した。
徐福はゆっくりと目を開けた。
その瞬間、瞳の奥に蒼い光と暗金色の光が瞬く間に交差し、すぐに消え去った。外表は相変わらず穏やかで落ち着いている。
だが彼自身はっきりと自覚している。
全てが変わったのだ。
太古の帝王魂の大部分の力を取り込み、魂の基盤と実力は以前の限界を大きく超えた。
しかし代償も大きい。
霊台の奥には、服従を拒む太古の帝王が永久に封じられた。これはいつ爆発してもおかしくない凶悪な種であり、もし一瞬でも気を緩めれば、封じられた魂が反転し、神智を侵し、肉体を乗っ取るだろう。
利益と災いは表裏一体である。
徐福は手を上げ、脳心儀を呼び戻して木の箱に収める。それからゆっくりと奥の密室を出る。黒い長袛が歩みに従って軽く揺れ、その雰囲気には以前にはない、底知れぬ帝王の重厚さが宿っていた。
彼の魂が変質したその瞬間、千里の彼方で異変が生まれた。
広西の深山、雲に閉ざされた森に風がそよぎ、静寂が広がっていた。
石段に立つ秦陌の体が突然硬直した。
長らく沈黙していた体内の帝王残息が、予兆もなく激しく沸き立ち、渦を巻いた。
轟!
同源であり、それよりも古く強大な帝王の気流が、幾重の山河を貫き、彼の体内の逆龍残魂を遠くから呼び寄せ、共振させた。
「ぐっ……!!」
秦陌は両拳を強く握りしめ、指の隙間から鮮やかな血が滲み出る。脳内に激しい痛みが走り、遠くの存在に体内の力を引かれ、呼ばれているように感じ、暴れる力が体外に飛び出そうと騒ぎ立てた。
彼は勢いよく顔を上げ、秦陌の双眸の奥底で、暗金色の獣の如き瞳が明滅する。これは彼自身の視線ではなく、体内に宿る太古の残魂が、遥か元朗の古墓と無言の見つめ合いを交わしているのだ。
二十歩先で、近づかずに囲む守霊師の高位執行者たちは、一斉に顔色を失った。
溢れ出す帝王の威圧に、彼らが持つ法器が悲鳴を上げ、表面に細かい亀裂が次々と走った。恐怖に囚われた執行者たちは、目の前の少年が、もはや自分たちの手に負えない存在であることを悟った。
整座深山の空気は、一気に氷点下まで冷め切った。
元朗・万人古墓、暗い墓道の中。
徐福は北方へと顔を向け、黒い長袛が全身を覆い、影の中に輪郭が浮かび、底知れぬ雰囲気を纏っている。
唇に淡い笑みが浮かんだ。
「なるほど。」
「貴方の体内の残息は、この太古の帝王魂と、元々同じ源から生まれたのか。」
「私が今日、魂を取り込み基盤を固めれば、貴方の方にも反応が現れるのは当然だ。」
盤面の筋道は、ますます鮮明になった。
富士山で二刀が世に現れ、元朗で古き魂が力を得、広西で龍魂が騒ぎ立つ。
三つの地で異変が起き、千年の大謀は完全に動き出した。
徐福は足を進め、黒い長袛を揺らしながら古墓を歩み出す。
冷たい風が通り過ぎ、彼の淡い独り言が響いた。
「思う存分、混乱せよ。」
「混乱が深まるほど――」
「便越好く制御できる。」
千年に及ぶ壮大な謀の物語は、ここから新たな章へと踏み出す。
第十六話 了




