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脳心儀  作者: 八島秦
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第十話 残雲決死、砂嵐紛乱

【冒頭導入・引言】


 二千年の神器争奪の糸は東西を繋ぎ、一方で広西の濃霧の嶺では守霊司同士の決死の闘いが勃発し、もう一方エジプトの砂漠では匿名の密報により四大古勢力が疑心暗鬼に陥り、砂嵐に紛れて混戦を繰り広げている。


 紀慕雲は宗門の執法者に追われ、妹と秦一族を守るため己の秘奥義を解放する決意を固め、遠く砂の彼方では徐福が流した情報が復讐の鎖を生み出す。


 二つの地で同時に膨れ上がる殺気が、やがて香港一箇所に集束する運命にある。

 濃霧が嶺を閉ざし、深山の気圧は呼吸さえ許さぬほど重く沈んでいる。


 濃霧が嶺を閉ざし、深山の気圧は呼吸さえ許さぬほど重く沈んでいる。

 守霊司の執法者数十人が小屋を水も漏らさぬ陣形で包囲し、鋭い刀光が霧の中できらめいた。無表情な執法者たちの瞳には、ただ「叛徒を誅殺せよ」という冷徹な規律だけが焼き付いている。


「紀慕雲、手を挙げて降参せよ!一族を巻き込み、邪悪な妖人を匿う……その罪、万死に値する!」


 紀慕雲は小屋の前に立ち、黒衣を夜風になびかせていた。冷徹な眼差しで執法者たちを薙ぎ払い、続いて部屋の中を静かに振り返る――


 紀慕雪は胡座をかき、太極印を結び、中正の気を月化娘の体内に送り込み、生気を貪り尽くそうとする脳心儀の邪毒を、限界まで抑え込んでいた。

 秦陌と秦正霆は左右に分かれ、門神のごとく治癒陣を守護し、岩のように微動だにしない勢いで戦いに備えている。


 ここは命を繋ぐ絶対陣地。乱すわけにはいかず、殺気の余波を陣内へ入れるわけにはいかない。


 紀慕雲は静かな声で、揺るぎない鉄血の決断を告げた。

「戦うのなら、ついて来い。」


 言葉と同時、つま先で軽く地面を蹴る。夜の帳に溶け込む墨の影となって身を躍らせ、深山の奥深く、暗い密林へと自ら身を投じた。


 秦陌、秦正霆は互いに顔を見合わせ、ためらうことなくその後を追う。

「俺たちも行く。」


 三人は前後に並び、足早に古木が鬱蒼と茂り、枝が絡み合い、濃霧が深まる原始の黒い森へと突き進んだ。

 守霊司の執法者たちは、千載一遇の好機を逃すまいと追撃する。

「追え!絶対に逃がすな!」


 数十の影が幽霊のように次々と森へと入り込み、乱れ飛ぶ刀光と剣影が霧の中で光り、潮のように押し寄せる殺気が三人の背後を執拗に追った。


 林内は古木が根を絡ませ、枝が怪しい手のように空を覆っている。霧は水が絞れるほど濃く、視界を完全に遮断していた——ここは待ち伏せの絶好の地であるだけでなく、近接死闘に適した血の羅網でもあった。


 紀慕雲は林間の空き地で急停止し、身を返した。

 秦陌と秦正霆も左右に分かれ、三人は三角の陣を構築し、鉄壁のごとく押し寄せる執法者たちを塞ぎ止める。

「ここでいい。」


 戦い、瞬く間に勃発した。


 執法者たちは狂ったように押し寄せ、刀と剣を一斉に振り上げ、苛烈な技で急所を狙い撃つ。

 紀慕雲は風のように身を躍らせ、黒衣が霧の中で激しく翻り、長い刃が隙のない剣の網を描き、雷鳴のような第一撃を完封した。

 秦陌の掌は重く、剛烈な気を込めて精鋭たちを真正面から叩き伏せ、秦正霆は豹のように素早く動き、側面を巡り、巧妙な角度で敵の隙を突き刺した。


 三人は息の合った連携で攻守を補い、狭い林道で数倍の敵と凄惨な周旋を繰り広げる。

 金属が激しくぶつかる悲鳴のような音、気がぶつかり合う重い響き、枯れ枝が折れる音。それらが冷たい霧と混ざり合い、林間に悲壮に響き渡った。


 守霊司は人数に任せて交代で消耗戦を仕掛け、三人の気力を徐々に削り取っていく。

 戦況は激化の一途をたどり、濃霧は殺気で血のように重く濁り、厚い落ち葉は踏みつけられて砕け散り、真新しい血が湿った黒い土に染み込んでいく。


 紀慕雲の剣は虹のごとく伸び、二人の執法者を追い詰め、勢いが最も盛んなその時――

 左肩にかすかなしびれが走り、次いで心臓を貫くような激痛が襲った。


 動きが一瞬止まり、眉根がわずかに寄る。

 肩の布の下から暗い赤がにじみ出、黒衣に吸い込まれて跡形もなく消え去る。混戦の只中、いつの間にか猛毒の暗器が静かに左肩に突き刺さっていた。


 彼は何も語らず、瞳はさらに氷のように冷え切った。

 剣を握る手がゆっくりと緩み、完全に、そして決然と――


 カラン……。


 長剣が地面に落ち、落ち葉の上で澄んだ音を立てた。殺気に包まれた林の中で、その金属音は異様に耳に刺さり、この死闘への最後の通告のようだった。


 紀慕雲は両手を垂らし、完全に素手となる。黒衣が激しい風になびく。

 顔を上げ、驚愕に目を見開く執法者たちを見渡し、地獄の深淵のように重く響く声で言った。

「命が欲しいなら、教えよう。」

「紀慕雲の真なる奥義、その身に刻め。」


 言い放つと、複雑で神秘的な印を結び、全身の気が火山のように沸騰した。霧が強烈な気で引き裂かれ、回転し、冷たい残影となって全身を包み込む。


「残雲訣。」


 この三文字が落ちた瞬間、林の風は急激に乱れ、命を絞り取る縄と化した。

 誰も知らない。この素手の奥義が、どれほどの殺戮を林にもたらすことになるのかを。


 小屋では、紀慕雪は目を閉じ、心を一つにして月化娘の治癒に専念し、林間での剣を捨て奥義を振るうその死闘に、全く気づいていなかった。


 万里の彼方、エジプトの烈日が砂を焼き、熱風が砂を巻き上げ、千年神殿の崩れた柱をなで、四大勢力が互いに警戒するその心をもなでていた。


 アメンの残り火、ドゥアトの門守、蝕沙の盟、舌狩り教団——千年もの間、脳心儀を巡って互いに疑い、剣を抜いてきた。勢力の均衡だけで、かろうじて表向きの平穏を保っていた。


 最近、匿名の密報が幽霊のように四大勢力の最高中枢に忍び込んだ。

 署名もなく、出所もなく、痕跡もない。風に舞う砂のように、漂っては消え、各勢力の首脳に同じ冷たい言葉を残した。


「貴様の敵は、脳心儀を手に入れた。」


 この言葉は、千年埋もれていた針のように、四大勢力の脆い均衡を突き破った。

 アメンの残り火は、ドゥアトの門守が神器を隠し神力を独り占めしようとしていると疑い、

 ドゥアトの門守は、アメンの残り火が神器を破壊し冥界の神脈を断とうとしていると確信し、

 蝕沙の盟は内部が恐慌に陥り、内通者が神器を盗んだと疑い、

 舌狩り教団は、他の三派が結託して神器を東方の異類に売ったと断言した。


 誰も密報の出所を知らず、誰が裏で操っているかも知らない。

 アメンの残り火が、ドゥアトの門守が、蝕沙の盟が、舌狩り教団が——それぞれ思惑を巡らせ、互いに責め合い、疑心暗鬼に囚われた。


 千年の怨恨が、出所不明の密報によって、ついに爆発した。

 神の炎が砂原を焼き、空間の裂け目が大地を引き裂き、破壊的な砂嵐が敵の痕跡を飲み込み、不気味な呪いが戦場を覆い尽くす。


 砂が血に染まり、古い碑が崩れ、四大勢力は狂った混戦に陥り、敵味方も分からずに殺し合った。誰も——誰がこの絶望の盤を仕掛けたのか、推し量ることさえできなかった。


 混戦の中、蝕沙の盟だけが冷徹な沈黙を守っていた。

 彼らは常に是非を問わず、利益だけを追い、混乱の中で漁夫の利を得るのが最も得意だ。

 混戦で他の三派の主力が引きつけられ、彼らにとっては略奪の絶好の機会だった。


 精鋭の密偵を砂漠と古城に潜ませ、探り、高値で買い取り、ついに全局を揺るがす貴重な情報を手に入れた——

 徐福、香港に現れ、油麻地の氷室に潜伏中。


 情報の出所は依然として謎で、漏洩者の痕跡もない。

 蝕沙の盟は情報を手に入れると、高値で力を渇望する舌狩り教団に売り渡した。


 千年の追跡が、ついに確かな手がかりを得た。

 舌狩り教団の禁忌の呪い儀式がゆっくりと始まり、大洋を越える追跡の血の鎖が、万里の砂を越え、東方の香港に向かって伸びていく。


 エジプトの砂は依然として荒野に翻り、四大勢力の殺し合いは終わらない。

 霧の中の告密者の姿は、ぼやけて見えず、全貌を窺うことも、真の目的を知ることもできない。


 香港油麻地の氷室で、徐福は指で机を軽く叩き、濃いミルクティーの香りが漂っていた。

 窓の外の暮色を眺め、すべてを予期していたかのような微笑みが浮かぶ。

「風が、変転しようとしている。」


 第十話 了

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