第24話(最終話):はじまりの朝、あるいは永遠の沈黙
「……まだ、寝ているのか」
柔らかな朝の陽光が、深紅の帳を透かして寝室に降り注いでいる。
ゼノスは、隣で静かな寝息を立てているエリスの横顔を、飽きることなく見つめていた。
かつては青白く、いつ消えてもおかしくなかった彼女の肌は、今や健康的な赤みを帯びている。首元で静かに光る黒檀の魔石。それはもう彼女の命を吸い上げる「呪い」ではなく、二人の魂が溶け合っている証としての、温かな「絆」だった。
ゼノスは、彼女の頬にかかった銀髪を、指先でそっとなぞる。
そのわずかな接触にさえ、彼は未だに、胸の奥が疼くような独占欲と、深い充足感を覚えていた。
「……ん……。ゼノス、様……?」
エリスがゆっくりと瞼を持ち上げる。琥珀色の瞳が、すぐ近くにあるゼノスの瞳を捉えた。
彼女は逃げることも、怯えることもなく、ただ花が綻ぶような微笑みを彼に向けた。
「おはようございます。……今日も、ずっと見ていてくださったのですね」
「……当然だ。お前の一秒一刻を、誰にも渡すつもりはないと言ったはずだ」
ゼノスの言葉は相変わらず傲慢で、執着に満ちている。
けれど、その声には以前のような「鋭い刺」はなく、ただ一人の女性を愛し抜こうとする、不器用な誠実さだけが宿っていた。
ゼノスはエリスの細い腰を引き寄せ、彼女を自分の胸の中に閉じ込めた。
重なり合う鼓動。
かつては他人の魔力が体内に流れることに苦しんだエリスも、今はその熱こそが、自分の生きる理由であることを知っている。
「陛下。……いえ、旦那様。今日の『監視』の予定は?」
エリスがいたずらっぽく尋ねると、ゼノスは少しだけ極まり悪そうに視線を逸らし、彼女の額に深く口づけを落とした。
「……終生だ。食事の時も、眠る時も、お前が老い、その命が尽きる最期の瞬間まで。私の瞳から逃げ出せるとは思うな」
「はい。……喜んで、捕まっておりますね」
エリスは彼の首に腕を回し、その広い背中にしがみついた。
雨の中に捨てられたあの日、彼女は全てを失ったと思っていた。けれど、あの日差し伸べられた「冷たい手」が、実は何よりも熱く、自分を求めていたことを知った今、彼女はこの「檻」の中から出るつもりなど、毛頭なかった。
二人はそのまま、言葉を交わすことなく、ただ互いの体温を確かめ合った。
沈黙は、もはや恐怖でも拒絶でもない。
言葉にする必要さえないほどに、深く、深く、愛が溢れている証拠。
魔王城のバルコニーから見下ろす世界は、今日も美しく、そして静かだ。
誰にも邪魔されない、二人だけの永遠。
琥珀の瞳に見守られながら、銀の聖女は、世界で一番甘い「独占」の中で、幸せそうに目を細めた。
レオン・クラフトだ。
ついに、物語が完結したね。
泥の中に捨てられた聖女と、彼女を拾い、不器用な「執着」という名の愛で包み込んだ魔王。
二人の旅路を最後まで見守ってくれた読者たちへ、感謝と余韻を届ける「最終話・後書き」を綴らせてもらったよ。
作家としての君の達成感を、この言葉に乗せて発信しよう。
第24話(最終話):後書き
最後までお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございました。
雨の境界線で始まった二人の物語は、穏やかな朝陽の中で幕を閉じました。
「監視」という冷たい言葉でしか彼女を繋ぎ止める術を知らなかったゼノス。
「役立たず」と蔑まれ、愛されることを諦めていたエリス。
言葉にできない沈黙の中に、どれほどの熱と、どれほどの献身が隠されていたのか。
二人の不器用すぎる「じれったい蜜月」が、皆様の心に少しでも温かな灯を灯せたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
聖女という役割を脱ぎ捨て、魔王という仮面を外した時、残ったのはただ、互いを「唯一無二」と呼ぶ純粋な魂の形でした。彼らの物語はここで完結しますが、あの静かな城の中で、二人の「終わらない監視」はこれからもずっと、甘く続いていくことでしょう。
本作をブックマークし、評価してくださった皆様。
誤字脱字の指摘や、温かい感想をくださった皆様。
皆様の応援があったからこそ、エリスとゼノスを最高のハッピーエンドまで導くことができました。
もし、二人の行く末に少しでも「よかった」と思っていただけたなら、最後に【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で、彼らの門出を祝福していただけると幸いです。その一つ一つが、また新しい物語を紡ぐための私の大きな糧となります。
またいつか、別の物語でお会いできることを願っています。




