11 紅蓮の怒り。
魔法はまだ封じられ、持っているのはナイフ一つ。
それでも、これ以上カリーを傷付けられてたまるかと、睨み上げる。
「この小娘! さっさとナイフを奪え!!」
「怪我したくなきゃ、武器を捨てろ!!」
突き付けられる剣先を、逆手に握ったナイフでキンッと弾く。
私達に目立つ傷をつけたくないのか、または傷付けられることを恐れているのか、剣先でナイフを叩き落そうと必死だ。
それを一つずつ、弾き返していく。
魔法が使えないなら、スキル【忍者】を使って背後に回って仕留めてしまいたいが……。
カリーを放したくないし、何より人を殺めるのは躊躇してしまう。いくら下劣な人間でも、だ。
「この小娘! つえーぞ!?」
「くっ! 容赦するな! 片手ぐらい切り落として構わない!!」
「おりゃあ!!」
私はさらにナイフを強く握って、振り下ろされる剣を叩き切った。
「なんだと!?」
おののく男達。そこで、彼が現れる。
それは、まるでピンチの時に必ず現れるヒーローのようだった。
深紅に艶めく赤い髪を、肩から下げる赤いマントとともに靡かせ、三人の剣を焼き切ったのだ。
紅蓮の炎がーーーー咲くような光景だった。
鮮やかな火の粉が散る中に、ルヴィ様がいる。
「くっ!! 追手か!!」
「スキル【沈黙】!!」
バンダナをした若い男が手を翳して声を上げれば、さらに喉が詰まるような感覚に襲われた。
ルヴィ様にも魔法詠唱封じの【沈黙】を行使したようだけれど、無駄だ。
ルヴィ様には、無詠唱で火を操れる【火】のスキルがあるし、レベル2の冒険者が騎士の剣術に敵うわけがない。ましてや”紅蓮の騎士”と名高い手練れには。
彼の持つ剣に、火が灯る。
「なっ!? 無詠唱だと!?」
「まさか、こいつっ!! ”紅蓮の騎士”か!?」
「なんで”紅蓮の騎士”が、脱走者を追ってきたんだよ!?」
動揺する男達を睨み付けるルヴィ様には、私に向けるような笑みはない。むしろ憎しみを感じる表情をしていた。
「ーーーー殺します」
たった一言、放つルヴィ様。
怒りと殺気を感じ取った私は、止めようとしたが遅かった。
「ぎやあああっ!!」
カリーの髪を掴んで蹴った男の右手が吹き飛ぶ。
火を纏う剣に焼き切られたのだ。
「殺す!? 何言ってんだ!? 脱走者を処刑なんて、ありえねえし!! 理不尽だ!!」
【沈黙】スキルの持ち主が叫ぶ。
理不尽? 勝手だ。人を殺そうとして、売ろうとまでしたくせに。
しかし、脱走者の確保ならまだしも、脱走者の皆殺しはあり得ない。
戦って仕方なく殺めたのならわかるが、”紅蓮の騎士”だとわかった彼らは逃げ腰になっている。ほぼ無抵抗だ。
それでも剣を鞘に収めるつもりはないようで、構えた。
降参するように剣を手放す彼らに向かっていくから、私は近くに置かれた剣を拾って、【忍者】のスキルを発動。
ルヴィ様の前に素早く移動して、重く熱い剣をなんとか受け止める。もう片方の手のナイフで押し切られないように支えた。
私が割り込まなければ、首の一つや二つ、飛んでいたかもしれない。そんな殺気を、びりびりと感じる。
「レティエナ様……!」
ルヴィ様は驚いたように、殺気とともに剣をすぐに引く。
そんなルヴィ様が痛々しそうに顔を歪めて、私を見つめる。
「何を怒っているのか知りませんが、誇り高い騎士であるあなたが、丸腰の彼らを殺めるのは彼らと同等に堕ちることになりますよ。目の前で殺されたら、夢見が悪いです。やめてください」
ちょっと痺れを感じる両手を構えたまま、私はつんっと言い放つ。
「隙あり!!」
「「レティエナ様!!」」
【沈黙】スキルの持ち主が、私の首に短剣を突き付けた。
ルヴィ様もカリーも私の名を叫ぶが、ナイフを手放した手で、短剣を握る手を掴んで、容赦なくへし折る。
そのまま背負い投げをして地面に捻じ伏せた。全然隙ありではない。
「ぎゃあ! オレの手が!!」
「”オレの手が”ですって? 本当に下劣ですわね。レベル1のカリーはレベル2の森を死に物狂いで生き延びたというのに、片手が折れたくらいで何を叫んでるんです? そこの人! 逃げる気なら、その足をへし折りますよ!!」
「ひぃ!」
反対側で逃走を図ろうとする男に鋭い声を飛ばした。男は気圧されたように、その場に腰を落とす。
「全員まとめて、牢獄に戻っていただきますから!!」
男達は観念したように、項垂れた。
一人はまだのたうち回っていたから、仕方なく手を拾ってあげて、水の癒しの魔法を使おうする。
その前に、動けるようになったアビーさんが笑顔で「ウチがやる」と言った。
「痛いよー? めちゃくちゃ痛くするよー!!」
とても楽しそうに手が取れた男の魔法を唱えて治癒をする。男は痛そうに叫び続けた。
「カリー。大丈夫?」
「……自分は、大丈夫ですが……」
しゃがんで覗き込んでみたカリーにまで、痛々しそうに私を見ては言葉を失う。
「申し訳ございません! レティエナ様!!」
振り返ればルヴィ様が、膝をついて頭を下げていた。
「私がもっと早く駆け付ければ……いいえ、そばにいなかった私のせいです!! レティエナ様の美しく長い髪が……傷付けられるなんて! 私を罰してください、レティエナ様!!」
「あ。二人とも髪のこと気にしているのですか? 別にこれは自分で切ったものですから、ルヴィ様が罰を受けることなんてないですよ」
私はざっくりと切ってしまった自分の髪に触れながら、なんてことない風に言う。
「あは、なんか頭が軽い」
元々毛の量は普通くらいだったが、長かった分、軽くなったようだ。
ご機嫌に頭を揺らしていれば、カリーとアビーさんが声を重ねて張り上げた。
「「反応が軽い!!」」
「レティエナ様! もっと怒ってください! 髪は女の命ですよ!?」
「そうだよ、レティエナ! あんなに美しくてサラつやの髪を切るはめになったこの男達に罰を下してやって!!」
「アビーさん、何故助けに来てくれたルヴィ様を指差しているのですか?」
アビーさんの人差し指が、頭を下げたままのルヴィ様を差している。
「牢獄の脱走者の追跡には、騎士が駆り出される。事情はよくわからないけれど、カリーちゃんが原因で投獄されたこの連中が仕返しする可能性があるから、この”紅蓮の騎士”サマは自ら捕まえに来たのだろう? 違うかい?」
「……それで、朝来なかったのですね」
「はい……ご連絡できず、申し訳ございません」
連絡を取り合わなかったことが、大きな要因だろう。
魔法で手紙を送るなり、なんなりすればよかった。
「謝るのはこちらです。私が判断しました。ルヴィ様を置いて、アビーさんの護衛依頼を遂行することにしたのは私です。ルヴィ様を待ってギルドにいれば、こんなことにはならなかったのです。ルヴィ様がいないことを変だと思っていれば……」
「いいえ、先ずはレティエナ様の元に行き、知らせるべきでした……私の失態です」
「もう”紅蓮の騎士”サマが、頭を丸刈りにすればいいと思いまーす」
アビーさんが、挙手して言う。
ルヴィ様が髪を丸刈りにしたら、どうなるのだろうか。ファンの女性陣がショックで倒れるのか、イケメンはどんな髪型も似合ってうパターンで倒れる可能性もあるのでは。
なんて変なことを考えてしまった頭で、やけにアビーさんがルヴィ様に対して刺々しいと気付く。
「アビーさん。もしかして、ルヴィ様とお知り合いなのですか?」
「「!」」
アビーさんはビクッと肩を震え上がらせて、ルヴィ様も顔を上げてアビーさんを見る。
だが、ルヴィ様は知らないようで、真顔で「どこかで会いましたか?」と問う。
赤面してまで怒りに震えたアビーさんがやけになって声を上げた。
「学生の時にアンタに告白して見事玉砕したアビー・マックレイですよ!! ルヴィ先輩!!」
まさか。アビーさんがルヴィ様の後輩で、告白していたなんて。
驚いている私に向かって、アビーさんは真っ赤な顔のまま「若気の至り!! 学園一のモテ男だったから!!」と言い訳のようなことを言う。
「……覚えていませんね」
記憶の欠片もないと言った風に、真顔で言い放つ。辛辣である。
「昔からこんなお・と・こ!!!」
むきーっと怒り、帽子を深く被るアビーさん。
昔から女性関係にはドライだったのか。
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「申し訳ありませんでした……いくら謝っても足りません。あなたを守れなかった……こんな自分に価値などありません」
アビーさんが顔を引きつらせていくが、真面目に反省し自分を責め立てるルヴィ様を見て、身を引いた。
「レティエナ……この男に一体何をしたの?」
そして何故か私に怯えた反応を示す。
私が何かしたせいなんですか。
「はぁー……」
私はため息をついてから何やらまだぶつくさ謝り続けるルヴィ様の伏せた顔をバチン! と両手で挟んだ。そして驚いて目を見開くルヴィ様の顔を上げる。
「なんで価値がないってことになるんですか? 勝手に私を基準にして、自分を無下にしないでください。髪をバッサリと切ったくらいで……やめてください。ほら、笑ってくださいよ、ルヴィ様。それとも、髪が短い私なんて価値がないと言いますか?」
ニッと笑いかけた。
「……っ」
すると、ルヴィ様が深紅の右目から一筋の涙を流した。
泣いたものだから、ギョッとしてしまう。
大の大人を泣かす気は……!
「いいえっ」
言葉に詰まるようにしながら、声を出すルヴィ様は頬に当てた私の手に自分の手を重ねた。
「いいえっ! あなたはとても美しいですっ! 何よりも美しく……眩しく……三年前よりもより一層に輝いていて……愛おしさが膨れるばかりですっ」
三年前。ルヴィ様が一目惚れをした瞬間か。
それよりも美しくて眩しくて、輝いてて。
そして愛おしさを感じる。
重ねた手に縋り付くように顔を伏せたルヴィ様を、やはり邪険に出来ず、少しの間だけこのままにしようと思った。
そんな私が、ふと横に顔を向けると、毛玉が転がっていることに気付く。紫に艶めく黒の長い毛。ロンである。
「ローン!!! 無事!? 大丈夫!?」
慌ててルヴィ様の手を振りほどき、ロンの息があるかを確認した。ぐったりしているが、息はある。どうやら重力に完全敗北していたらしい。
「よかった、ロンに息がなかったら、彼らを魔物の餌にしてやるところでした」
「キラキラの笑顔ですごいこと言うなぁ、レティエナは」
お縄にかけた男達は、私の発言に青ざめている。
とりあえず、私はカリーとロンに水の癒し魔法をかけた。
「すみません、アビーさん。こちらの事情に巻き込んでしまいましたね。護衛の仕事なのに、私が周りに気を張っていれば……申し訳ございません。ペナルティーなら受けます」
「謝るなら自分です! 本当に申し訳ないです!!」
「いいって、【沈黙】スキルかけられただけでウチは無傷だもん。さて、一回こいつらを引き渡しに帰るか。それからルルアンの街に向かっても時間はあるよ。いいかい?」
「アビーさんがそう仰るなら……。カリーも行ける?」
「はい!」
私とカリーを許して、アビーさんは促した。
カリーも心が折れていないようで、安心する。一時は売られてしまうかもしれない恐怖を味わったというのに強い。
いい子いい子と、頭を撫でてやった。
毎日更新ストップします、すみませんorz
20200713




