00-XX+
そろそろこの世界は終わるらしい。
昨日父から聞いた。
『空の上の連中が色々と画策しているようだ』
面倒なことだ。
空の上の連中は録な事をしない。
空の上の奴等…便宜上、空人と呼ばれる者は遥かな昔、地上を離れ空へと旅立った者達だ。
『全く、魔法を信仰しない野蛮人共は困る。科学なんて不確かなものを信仰しているような連中は災厄を振りまく事しか考えていないようだな』
父は言う。
空人は私たち地球人とは違い、科学を信仰している輩だ。
彼らは地球に魔法が根付くのを厭い、星の外へと逃げ出したらしい。
あのようなテロリストは早急に魔法で方を付けたいところだが、そうもいかない事情がある。
魔法を使うためには魔力が必要であることは常識である。
ただ、この魔力というのが地球上にしか存在しないのだ。
対流圏までは若干魔力は存在するが、成層圏に至ると魔法を使う事は不可能になり、奴らの母艦が存在する熱圏では魔力は皆無だ。
魔法もなしにどうやって生きているのかは不思議ではあるが。
ともあれ、地上から奴らに向けて魔法…戦略規模の大魔法を撃ったとしても、届かないのだ。
我々には空へと上がる術が無い。それに、空へと上がっても奴らの防衛兵器の網に掛かるだけだ。こちらは魔法を使う事が出来ない故に自衛すら出来ないという。
『どうやら奴らは久方ぶりに地球に降りてくるようだ。おそらくテキゲキサンクラを使うつもりだろう』
愚かな。よりにもよってテキゲキサンクラを使うとは。
奴らは20年前失敗した事を覚えていないらしい。
空は奴らの領域ではあるが、地上は我々魔法使いのものだ。
大人しく空に引きこもっていればいいものを、わざわざ死にに来てくれるのだという。
『奴らが降りてくるのはおそらく明後日といったところだろう。もちろんお前にも出てもらうつもりだ。体調は十全に整えておけよ』
言われるまでもない。
私は通信魔法を切った。
私はため息を吐く。
空人たちの目的は何なのだろうか。
奴らは空に浮かべた母艦内で全てが完結していると聞く。
対して地球は滅びかけだ。
凡そ1000年前には地球の大地は海に侵食され始め、私が生まれたときには大地の9割が海に沈んだという。
せめて、海上か海底に住めれば…と何度も思った。
しかし現実には、我々は未だ海に沈んでいない地に身を寄せ合って住んでいる現状だ。
世界が滅ぶという事は、そろそろこの地も海に沈むという事だろう。
空人達はそれを狙って襲うつもりなのだろうか。
我々が滅びを受け入れ自棄になっていると。
だが、奴らの見通しは甘いとしか言いようがない。
我々は世界が終ろうとも奴らを許す気など無いのだ。
例えこの地が海に沈もうとも奴らの侵略を善しとはしない。
朝が来た。
どうやら私は眠っていたようだ。
強い酒を飲んでいたからか、昨夜の記憶が朧気だ。
ふと鏡を見ると、父からの通信が入っていた。
何の用だろうか。
『あぁ。起きていたか。なんだその顔は。酷いぞ。』
「私の恰好については結構。そんな事より父上、何用でしょうか」
『しかし嫁入り前の…いや、新たに議会で承認された事がある。件の世界を救う方法だ』
「世界を…?」
『うむ。お前も知っての通り、この地は既に神に見捨てられた土地だ。何しろ1000年前の事だ。寧ろよくぞここまで持ったものだ』
「つまり、神を再度この地に降臨させるという事ですね?」
『その通り。ただし、今のこの地に呼ぶ事は出来ないであろう。観測者が多すぎる。あの忌々しい空人共もそうだ。故に此処ではない彼方の地にて神を降臨させる必要がある』
「我々の未来は変えられないのですか?」
『不可能だ。地球という星の寿命は我々の代で潰える。しかし、我々の過去は変える事が出来るかも知れん。…ついてはお前に…未来へと飛んで貰いたいと考えている』
「それは…宜しいのですか?そのような大役を私が拝命しても?」
『お前ならば任せられる。お前には巫女としての才がある。口惜しい事にお前にならやり遂げられるだろう』
「分かりました。謹んで最期の巫女としての任務、拝命致します」
『すまないな…お前は私の最愛の娘だよ』
「父上…今までお世話になりました。どうぞ期待していて下さい。神を降臨させ、世界を救う事を」
『あぁ…お前ならばやり遂げられるだろう。私の自慢の娘だからな……うむ。それでは、第101棟へ行ってくれ』
「了解しました。それでは父上、お元気で」
通信を切る。
身支度を整え部屋を出る。もう此処へ戻る事はないだろう。
第101棟…次元転移魔法陣が設置されている棟だ。
今まで片手で数えられる程度しか使用した事はないが、実際に次元の壁を越えていける事は確かだ。ただ、莫大な魔力を使うだけで。
そして、飛ばすのは人の魂。身体を飛ばす事は魔力的に不可能のようだ。
やはり、今の地球の魔力では足りないらしい。
ではどうするか?簡単だ。星の魔力で足りないのならば、あるところから無理やりにでも捻出するのだ。
血で描かれた魔法陣に触れる。
私の魔力に呼応して淡く光る。大丈夫、飛べる。
残りの転移術士たちが私の周りを取り囲む。
魔法の詠唱が始まる。
私の耳では聞き取る事が出来ない。神に捧げる祈りの言葉。
一人、また一人と血を噴き出して倒れていく。
この魔法は誰かの犠牲なくして成立しない。この陣を起動させるだけにも、転移術士の6割が魔力と命を捧げていった。
『彼の人を彼方まで…いってらっしゃいませ…Alice様…』
意識が暗転する。




