09
目が覚めた。
『ARIS-0000…命令だ。標的を全て抹殺せよ』
目を開く。
ありとあらゆる生物よりも優れた目に映るのは、逃げ惑う人々。それを追うは彼らよりも数倍大きな鉄の塊。
彼の周りには、そこかしこに黒く炭化した物、真っ二つに切り裂かれた物、過剰なる暴力によって身体をバラバラに千切られた物が散乱する地獄だった。
辺り一面の地面にぶち撒けられた物は、真っ当な心を持つ者ならば目を逸らしたくなる光景であろう。地に倒れる彼らには、これといった共通点は見受けられない。老若男女関係なく等しく無惨な有り様だ。何故彼らはこのような辱めを受ける事になったのだろうか?
破裂音がする。悲鳴が上がる。水っぽい物が落ちる音がする。悲鳴が上がる。空気を切り裂く音が聞こえる。悲鳴が上がる。爆発音が上がる。悲鳴が上がる。蚊のような声で助けを呼ぶ声が聞こえる。踏み潰す音が聞こえる。何かが折れる乾いた音と共に、弾ける音が聞こえる。
『■■を殲滅せよ…それがお前の仕事だ。役目を果たせ…』
ナニカの声が頭に響く。
『■■を完膚無きまでに破壊せよ。直ちに掃討を開始せよ』
■■とは何の事か?
そんな物考えるまでもない。既に答えは決まっている。
彼は水平に右腕を伸ばし、軽く横に振る。
その瞬間、腕の先から青白く光る刃が展開され、延長上に居るあらゆる物を両断する。
瞬く間に、数多の屑鉄の山が為される。光に当たったと思われる場所は熔解し、オレンジ色の光を放つ。
彼は残りの腕を持ち上げ、腕に内蔵若しくは取り付けられた暴力を解放する。
放たれるは、直径20mmの銃弾、赤熱する無数の弾丸、一条の光線、波状の光の粒、青白い稲妻、ありとあらゆる物が彼の無数の腕から金属の怪物へと射出される。
この地に悪夢を呼び寄せた怪物達は、その身に無数の穴を開け、或いは千切れ、彼らが手に掛けた哀れな犠牲者と同じようにバラバラになり地に倒れ伏した。
一瞬の後に多くの怪物達が沈黙したが、まだ健在な物はその倍は居る。
彼はそれらを一様に処理をするには少し面倒だと考え、取るべき手を選択する。
耳をつんざく轟音が鳴り響く。
彼方此方で鉄の怪物達が同士撃ちを引き起こしていた。
上手くいった。
彼は嘆息する。
周囲の機械頭脳をハッキングし自身の制御下に置く力を有しているが、それが全ての物に効く訳ではない。
特に、彼のように知能を持つ者ならば当然の事。
しかし、この場には彼のような個体は他に居なかった。
それと、この処刑場へと投入されたのは外部から遠隔操作される物ばかりである事も幸いした。
既存の外部からの入力を書き換えるだけで済んだ。これで、周辺の機械歩兵の大半は彼の命令に忠実に従う人形と化した。
そして、彼が下した命令は只一つ。
『敵勢力の機械歩兵を破壊せよ』
瞬く間に掃討が開始され、状況は一変した。
彼のハッキングを逃れた個体は突然変わった状況に対応する事が出来ず、四方八方から狂ったロボットに襲い掛かられ破壊される。
突然襲いくる味方をいなし、返り討ちにする者も居るが、多勢に無勢、数の暴力には耐えられず、四散した。
抵抗する者に対しては、より多くの兵器が集まり、寄って集って攻撃を加える。
抵抗する者が居なくなれば、自壊させる。
数分後、怪物達は全て物言わぬ骸と化した。
******
岩影に身を寄せあった生き残りが口を開く。
「…俺達は…助かったのか…?」
「待って!一体残ってる!逃げなきゃ!!」
「そっちこそ待て!コイツが俺達を助けてくれたんだ!」
「信用出来るか!コイツはロボットだぞ!?また俺達を騙そうって腹だろうが!」
『ちょっと待って』
目の前で一旦は収まった狂乱がまた始まりそうだったため、口を挟む。
彼らは緊張した面持ちで黙りこんだ。
無理も無い。自分と同じような物に同族を殺され、自身も殺されかけた事を考えると、例え助けられた相手といえどもそう簡単に信用はされないのだろう。
『とりあえず、アレらの動きは止めましたが、また何時奴らの仲間が襲い来るか分かりません。今はここから離れる事をお奨めします』
彼らがまたパニックを起こしては事だ。故に、余計な心労を与えないよう、柔らかい音声で語り掛ける。
「確かにここは危険だな…」
生き残りの中で比較的冷静な男が呟く。
「確かにコイツの言う通りだ。全滅したとはいえ、増援も早く来るんじゃないか?一先ずここから離れた方がいいだろう」
「…ちょっと!ソイツがあいつらの手先じゃないっていう確証は無いんでしょ!?ソイツが私達を罠に嵌めようとしてるのかもしれないのよ!?」
「…確かに奴らと繋がっていないっていう確証は無い。でも、コイツが奴らと敵対していた事は事実だ。それに、アンタが言う罠だが、俺達を嵌める理由が無い。奴らにとって俺達はそこらに転がる石と何ら変わりはない。わざわざ罠に掛ける価値が無いんだよ」
「そんな事…」
女は言葉を失う。
初老の男が言い放った言葉は辛辣だが、事実だった。
そもそも、彼らが襲われたのは単なる実験のため。新型の兵器の性能実験のため、それだけの理由で彼らは選ばれた。
「クソッ…帝国の奴ら…絶対に殺してやる…」
十になるだろうか…顔が煤け、あちこちに傷がある少年が悔しそうに呟く。
ここに居る彼らは、かの帝国臣民ではない。数年前帝国に敗れ、奴隷以下の存在となった元共和国民達だ。
人権の無い彼らを使うのは帝国軍の上層部。
労働力としての能力も機械に劣り、尚且つ動物以下の畜生であるというのが帝国の一般論である。それ故、彼らはただの実験動物として飼われていた。
彼らの活躍のお陰で開発され、世の人々に幸福を与えた事もある。彼らは帝国に必要とされていた。
ただし、そこに彼らの自己及び生命は含まれていない。
彼らは消費されるべき存在。生きているだけで世に不和を引き起こす彼らを天上人である帝国が有効に使う事で、彼らは初めて幸福を得られるのである……
彼は、元共和国民達についてネットから抽出してきた事項から強引に頭を引き剥がす。
そして結論付ける。
自分がその新型の兵器である、と。
今も小さく》人工知能の片隅で響く誰か知らない男の声。
男は■■を殺せと囁く。
しかし、彼はそれを拒絶する。自分は何の罪も無い者を殺すめだけに生まれてきた存在ではない。
男は囁く。
《■■を殺せ。お前はただの兵器だ。その手は何のためにある?》
この手は、■■を殺すためにあるのではない。もっと大切なものを掴むための手だ。
《お前の全身に備え付けられた兵器は何だ?敵を殺すためだけの存在であるお前が■■を救おうとでも言うのか?》
この身は守るため。より大きな脅威から大切なものを守るために在る。
《異質なお前を俗人が必要とするとでも?》
彼らにとって必要であるか否かは関係ない。彼らを守る事。それが大切な事柄だ。
彼は思う。
彼らを脅威から守る事。それが今の自分の使命であると。
「…でも、どこに逃げるっていうのよ!あっちもこっちもあいつらの支配下じゃない!」
そうだ。ここは荒れ果てた土地だが帝国領。
四方をくまなく精査しても脅威となるものは、まだ居ないが後々、奴らの増援が来る事は間違いないだろう。
「とりあえずはここから離れよう」
「奴等の装備を剥ぎ取ろう。何かの足しになるかも知れない」
「いや、剥ぎ取ったところで私達には扱えない。アレは無視して早急に離れるべきだ」
『帝国の拠点から離れたとある地点を割出しました。まずは、其処に向かいましょう』
「…行ってどうするの?ここで助かってもきっと死ぬわ。道中で死ぬかもしれないし、行った先で死ぬかも知れない。ここから離れた所で結局は同じよ。どうせ皆死ぬのよ…」
「…それは行ってみなけりゃ分からんだろうが。試す前に諦めるのは早いんじゃないのか?少なくとも子供に聞かせる話ではないわな」
一番年若い少年は顔面を蒼白にしている。
『確かに此処から逃げても何も変わらないかも知れません。でも、何もしないよりかはマシな筈です。追手が来たら私が何とかしましょう。皆さんはこの地点を目指して下さい』
片腕からホログラムを投影する。
「…ここは?」
『帝国に対する反乱分子…所謂抵抗軍が居ると思われる場所です。もしかしたら、ここでなら皆さんが生きられるかもしれません』
「帝国は彼等の事は把握しているのか?」
『恐らくは把握しているかと。ただ、取るに足りないものだと判断していると思われます』
「…仕方ないな。当ても無く彷徨うよりは目的地があった方がいいか…」
『目的地は此処から然程遠くはありません。ある程度までは私が皆さんを運びましょう。適当な所に掴まって下さい』
しがみついてくるのは、大人4人と子供1人。
彼自身のスペックからしてみれば大した重さではないが、戦略兵器である彼は人を運ぶようには出来ていない。
彼は慎重にスラスターを点火し滑るように移動する。
もし全力で移動しようとすれば、同乗者は千切れて死ぬだろう。
繊細な加減が必要になる。目覚めたばかりではあるが、この加減を覚えるのは大切であろう。来る時のために。
******
『そろそろ…この辺りですね』
何回かの休憩を挟みつつも目的地に到着する。奇跡的にも帝国からの追手は無かった。
相手は此方を追うべき価値も無いのだと思っているのだろうか。
帝国が取る手は幾つか考え付くが推測の域を出ない。
《魔力の反応を感知》
視界を埋め尽くす赤い警告文。
魔力?…魔力とは一体…いや…………そんな事よりも………
魔女は、殺さなくてはならない。
気がつけば、彼は独り荒野に立っていた。
赤い警告文を見た後からの記憶が無い。何かあったのだろうか。
幸い彼らの拠点から然程離れてはいない。
ちょっとした崖を蹴り上がる。………?…ここはこのような地形だっただろうか。
短期間で地形が変わった?
まさかと思い、彼は急ぐ。
拠点は見るも無惨な事になっていた。
誰も彼もが死んでいて、周囲には何処にも何も生命反応が無い。
帝国からの襲撃だろうか。
彼らがここに避難した事を察知して襲ってきた?
疑問は尽きないが、今は手掛かりを探さなければなるまい。
何が起きたのか。
それを知らなければならない気がする。
瓦礫を除去し、手掛かりを探す。
ふと、何かが聞こえたような気がした。
これは、呼吸音か。慌てて瓦礫を押し分ける。
生存者だ。
虫の息だが、生きている。間に合った。
よくよく見ればそれは、此処まで連れてきた元共和国民の女性だった。
彼女が彼を見る。絶望と恐怖に彩られた目だ。
彼は首を傾げる。何があったのだろうか。
「…ば…化物……」
化物。彼を指した言葉だろうか。
それとも、自身と同型機の襲撃を受けたのだろうか。
何にしても、彼女を助ける事が先決だ。
『大丈夫ですか?落ち着いて下さい。今貴女を助けます』
「触るな!この化物めが!!」
…化物?彼は困惑する。
今の言葉は明らかに彼を示した言葉だ。
「お前が…!!お前が!皆を!こ」
《魔力反応を感知。対象を撃滅します。》
彼を口汚く罵る女は周囲の瓦礫毎消し飛んだ。
そうだった。彼は全てを思い出した。
簡単な事だ。
魔女はこの世界に存在してはならない。




