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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十五章 カノービスの魔獣王

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第225話

「お姉ちゃん?」


 突然泣き叫びはじめたハルにフィリアは戸惑う。


「お姉ちゃんが、お姉ちゃんがあ!」


 せきを切ったように泣きじゃくるハルを、フィリアはつい先ほど自分がアルディスにしてもらったようにそっと抱き寄せて包み込んだ。

 自分が辛いとき、悲しいときにアルディスがそうしたように、その頭をゆっくりと撫で、背中を軽く叩いてやる。

 ふところへ迎えたハルの体温を感じながら、アルディスが自分たちに注いでくれた温かさを思い返してフィリアは少しだけ大人になるということの意味を知った気がした。


 次第に落ち着きを取りもどしたハルが自分の境遇を話しはじめる。

 ハルはこの町から歩いて二日ほどの距離にある農村で生まれ育ったらしい。

 父親と母親、そして七歳上の姉の四人で暮らしていたハルの日常は、アルバーン王国全体を巻き込んだ内戦によって跡形もなく崩れ去った。

 ハルの村は戦場にこそならなかったものの、戦いから逃げ出した兵士や負け戦で統率を失った傭兵団が野盗と化し、近隣の村を襲うようになったことから両親は大きな町へ避難しようと決断する。


 だが不幸にも町へやって来る道中で野盗に襲われ、両親は共に亡くなり、どうにか姉とふたりでこの町までたどり着いたのだという。

 外との行き来が厳しくなる前に町へ入れたのは幸いだったが、かといって突然押し寄せた難民に満足な仕事があるわけもなく、住む場所も食べる物もない状態。


 そしてハルたちはさらなる災禍さいかに見舞われる。

 次第に難民町の隅へと追いやられていった難民たちのもとへ、ある日武装した男たちが集団で押し寄せたのだ。

 武装集団たちは抵抗する人間を斬り捨てると、難民の中から若い女を中心に捕らえてそのまま馬車の荷台に乗せて連れ去ったのだという。


「ふーん、なるほどね……」


 ハルの話を聞いて訳知り顔でロナがつぶやく。


「どういうこと?」


 フィリアの疑問にロナは淡々と答える。


「内戦のどさくさと混乱にまぎれて、難民を刈り取ってるんだろうね。物人ものびとにして売れば商人は儲かるだろうし。まあ、秩序が乱れればそういうやからはどこにでも湧いて出るもんだよ」


「ひどい……。アルバーンってそんな事が許されてるの?」


「少なくともこの国では違法だよ。というか多分どの国でもそうだろうけど、人をかどわかして物人にするのは御法度ごはっと。もちろん表向きは、という話だけどね。実際には人狩りをする人間も、物人の出所に頓着とんちゃくしない奴隷商人もたくさんいるだろうさ。難民がどれだけ行方不明になったところで町の人間は困らないし、訴えようにも難民の声なんて領主には届くはずもない。奴隷商人にとっては手間もお金もかからない、裏庭で刈り取りし放題のおいしい状況だろうね」


「そんなのって……」


 ロナに現実を突きつけられて言葉を失うフィリアへ、ハルが必死に懇願する。


「お願い、お姉ちゃんを助けて! 早くしないと連れて行かれちゃう!」


「連れて行かれる?」


 ハルによると姉は物人として売りに出され、昨日の昼に買い手が決まってしまったらしい。


 フィリアはついさっき見たばかりの光景を思い出す。

 物人たちが荷台に乗せられて連れて行かれる光景だ。

 あの物人たちを連れて行ったのが売った側なのか買った側なのかはわからないが、少なくとも彼らの未来が明るいものでないことくらいフィリアにもわかる。


「どうして買い手が決まったってわかるのさ?」


「ひっ……!」


 ロナに問いかけられたハルは固まってしまうが、姉を想う気持ちの方が強いのだろう。

 短い沈黙を挟んで説明しはじめる。


「……売られた人たちは奴隷市の小屋から商会に荷馬車で運ばれるんだ。それで次の日に商会の建物から買った人が連れて行くみたい。お姉ちゃんは昨日商会の建物に移されたから、きっと今日連れて行かれちゃう!」


 武装集団を使って難民を刈り取っていった商人はすでにわかっているらしい。

 姉が連れ去られてからその商人周辺の動きを監視していたハルは、どういう流れで物人が売られていくのかをしっかりと把握していた。

 もはや一刻の猶予もないと判断して、姉を救い出すため商会の建物へ侵入したがすぐに見つかってしまい、制裁を受けていたところをフィリアが救い出したというわけだ。


「お願いだよ! お姉ちゃんを、お姉ちゃんを助けて! 僕、何でもするから! お父さんもお母さんもいなくなった! 僕にはもうお姉ちゃんしかいないんだよ! だから……助けてよぉ」


 絞り出すような声で救いを求めるハルにフィリアの胸が締め付けられる。

 両親を失い、ただひとりリアナだけを心のり所にしていたかつての自分とハルの姿が重なった。

 アルディスと出会う前にリアナと引き離されていたら――と考えて、言いようのない苦しさに包まれる。


「……わかった。何とかするから泣かないで」


「……ホントに?」


 はなをすすりながらハルが涙で濡れた目を向けてくる。


 無責任なことを言っているのはフィリアも自覚していた。

 だがそれでもハルを見捨てることなど絶対にできない。

 アルディスに救われた自分にとって、過去の自分とも言えるハルを救うのは当然の務めだと思えたからだ。

 ここでハルを救えないのなら、自分の存在意義が失われてしまうような気すらした。


「フィリア……」


 いさめるような口調でロナがフィリアの名を呼ぶ。


 ロナの言いたいことは言葉にせずともわかっていた。

 先ほどの戦い。いくら向こうが三人もいたとはいえ、訓練を受けた戦闘の専門家でもない素人相手、しかも不意をついたにもかかわらずロナのフォローがなければ危ないところだった。

 そんな力量で警護の傭兵がいるであろう商会に潜入してハルの姉を救出するなどと、きっと無謀もいいところだろう。


 フィリアは自分の無力を痛感する。


「ロナ、お願い。力を貸して」


 瞳が熱を帯び、こぼれ落ちそうになるものを必死にこらえながらも必死でロナへ訴える。

 いくら強い決意を持とうとも、使命感に背中を押されようとも、実力がないことはフィリア自身がよくわかっていた。

 ハルの願いを叶えるためにはアルディスやロナの力を借りるしかないことも。

 そんな情けない自分に失望しながら、それでも現実的な方法を選べと理性が叱咤しったする。


「わたしだけじゃ……」


 必死なフィリアを見て、ロナの口からため息がもれる。


「ボクとしてはアルの目が届かないところでフィリアを危険にさらすのは嫌なんだよね。あとが怖いし……。アルと合流してからじゃダメなの? さっきはあんな事言ってたけど、なんだかんだでアルはフィリアに甘いんだから」


「でもそれだと間に合わないかもしれない。ハルのお姉さんが連れて行かれる前に助け出さないと」


「別に今すぐ連れ出されると決まったわけじゃないでしょ。アルだってそんなに長く別行動はとらないと思うよ」


「それは、そうだけど」


 迷いを見せるフィリアの腕からハルがするりと抜け出す。


「……どうしたのハル?」


 こちらへ向けた瞳にはわずかに失望の色が浮かんでいた。


「ハル?」


 フィリアの呼びかけに対してハルは物言いたそうに顔を歪めると、そのまま身体をひるがえして走り出した。


「ハル、待って!」


「フィリア!」


 とっさに追いかけようとしたフィリアをロナが呼び止める。


「ごめんロナ。たとえアルディスがダメと言ってもわたしは…………、わたしはっ!」


 足を止めて振り向いたフィリアは泣きそうな顔を見せながらそう言い残すと、ハルを追いかけるために走り出した。

 アルディスに怒られるかもしれない、呆れられるかもしれない、もしかしたら見捨てられるかもしれない。

 フィリアにとってアルディスから見捨てられることはリアナと引き離されることと同じくらいの恐怖だった。


 それでもフィリアはハルを見捨てられない。

 リアナだったらどうするだろう、と益体やくたいもないことを考えた。

 昔は何も言わなくても同じ事を考え、同じ価値観と同じ思いを共有していたふたり。

 今もかけがえのない相手であることは間違いないが、やはり昔よりも違和感やズレを覚えることが増えた。

 それが普通だとカリナは言う。


 フィリアは自分とリアナが普通ではないと思っていた。

 普通の人間は外を出歩くだけで石をぶつけられたりしない。

 普通の人間は親をなくしただけで物人として売られたりはしない。


 もしそんな自分たちが普通の生き方を得られたのだとしたら、それは間違いなくアルディスとの出会いがあったからだろう。

 自分も誰かへそんな出会いをもたらす人間になりたかった。

 でもどうすればそんな人間になれるのか、考えてもフィリアにはわからなかった。


 ならばまずは自分の中にある理想像を追いかける。

 フィリアの中にある黒髪の理想像は決してハルを見捨てない。


『すべてを救うのは無理だ』


 彼はそう言った。


 しかし『救うつもりはない』とは言っていない。

 その言葉の裏には『救えるものなら救いたい』という本心が隠れている気がした。


 だからフィリアは思う。


 アルディスの手がフィリアとリアナで一杯になってしまうのなら、フィリアはアルディスの手で守られながら、自分の両手は誰かへ差し伸べようと。

 そうして自分が救った誰かがまた他の誰かを救ってくれるなら、それはつまりアルディスが救ったのと同じだ。

 リアナが聞けば屁理屈だと非難しそうな論法で、フィリアは自分の意志を固めた。


 走りながらフィリアは先行するハルの姿を見失わないよう注視する。

 まだそんなに離されてはいない。

 これなら追いつけるはずだと全力疾走するフィリアの横へ、唐突に大きな影が現れた。


「まったく、しょうがないなあ。アルが怒ったときは責任をもって助けてよ?」


 その心強さにフィリアの足が軽くなる。

 文句を言いながらも暗に助力を申し出てくれたロナへ、フィリアは感謝の気持ちを込めて言葉を返す。


「任せて!」


2020/06/26 誤字修正 昔とよりも → 昔よりも

※誤字報告ありがとうございます。


2020/07/09 誤字修正 姉を思う → 姉を想う

※誤字報告ありがとうございます。


2021/09/09 ロナの一人称を修正

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― 新着の感想 ―
[一言] 双子がどんどん苦手になっていく 甘やかし続けた結果がこれか
[一言] んー、フィリアこれはダメでしょう アルディスが助けるとこまでが予定調和にしても、結局自分で助け守る力がないなら手を出すべきではないし アルやロナの力を当てにするってキャラ付けとしては最悪でし…
[一言] フィリアが酷い目ににあって欲しい。
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