第222話
「……なあリアナ。この前話した収穫祭のこと、考えてみてくれたか?」
「え、あ……。そう、ですね……」
いつものように二組の双子で村の周囲を見回っていると、ディンが歩きながらリアナの隣に並ぶと遠慮がちに訊ねてきた。
リアナは言葉を濁しながら、どう答えたものかと心の中で頭を抱える。
ディンのことが嫌いなわけではない。
ディンとカリナはリアナやフィリアにとって数少ない同じ年頃の知り合いだ。
同年代という意味ではキリルもいたが、彼はどちらかと言えばアルディスの知人であり、自分たちにとってはいろいろなことを教えてくれた家庭教師という意識が強かった。
リアナにとってディンとカリナは初めての友人と言ってもいいだろう。
だがそれ以上の親しみを持っているかと問われれば答えに窮する自分がいた。
いくら嫌いではないといっても、ふたりきりで長い時間を過ごそうと考えるほどにはまだ心の距離は縮まっていない。
「……もうちょっと考えさせてください」
「ん、わかった。嫌なら嫌で断ってくれてもいいからな」
保留するリアナに向けてあっさりとした言葉を残すとディンはリアナから離れていった。
その日の帰り道、今度はカリナがリアナへと声をかけてくる。
「浮かない顔してるねリアナ。ディンの誘いをどうやって断ろうか悩んでる感じ?」
「え?」
心を読んだかのようなカリナの問いかけに、リアナは驚きをあらわにする。
「どうしてわかるんですか?」
「どうしても何も」
カリナが苦笑する。
「あなたもフィリアもすぐ表情に出るからわかりやすいもの」
「ふえっ?」
とっさにリアナは自分の顔をペタペタと触るが、それで何かがわかるわけでもない。
その様子を見てカリナが小さく吹き出す。
「まあ、戸惑う気持ちもわかるわ。急に言い寄られてもまだディンのことだってよくわかってないだろうし。……ディンの気持ちもわかるけどね」
「ディンの気持ち、ですか?」
「そりゃ好きな子と一緒に収穫祭を過ごすなんて少し前のディンにとっては夢物語だったでしょうから。ディンと歳の近い女の子って、私以外だと五歳年上のマリーとあとは七歳年下のチェルシーしかいなかったんだもの」
「ディンの好きな子?」
「そうよ」
「誰がですか?」
「リアナのことに決まってるじゃない」
「……フィリアやアルディスは違うんですか?」
なぜそこで自分の名前だけが出てくるのかわからず、リアナは問いかけた。
「フィリアはともかくどうしてアルディスさんが出てくるのよ」
リアナの疑問を不思議そうな顔で受け止めたカリナは、何かに気づいたような表情を浮かべる。
「あ、え……。もしかしてあなた、人を好きになったことないの?」
「好きな人ならたくさんいますよ。フィリアもアルディスも好きだし、ネーレもキリルも、ディンやカリナも好きですよ」
そんなリアナの言葉にカリナがため息をつく。
「はあ……、なるほど。これはディンも苦労するわ」
なぜかディンを哀れんだカリナは、まるで幼子へ言い聞かせるような口調でリアナへ説明しはじめる。
「あのねリアナ。ディンの好きはあなたの言う好きとは違うの。人として好きって言ってるんじゃなくて、異性として、女の子として好きっていう意味よ」
「何が違うんですか?」
カリナの言っている意味がよくわからず、軽く首を傾げるリアナ。
「えーと、つまりね。好きな人の中でも特別な相手って言えばわかるかな?」
「フィリアは特別ですよ」
「いや、そうじゃなくてね。この場合は男の人だけで考えてみて。うーん……、例えばだけど『その人のことを考えると胸が締め付けられるような気持ちになる』相手っていない?」
そんな相手がいるだろうかと考えてみるが、誰も思い浮かばなかったリアナは首を振る。
「それ以外だと……、『いつも一緒に居たい』と思う相手とか」
いつも一緒に居たいと思う相手ならいる。フィリアとアルディスだ。
しかしカリナは男の人に限って考えろというのだからフィリアは除外するべきだろう。
ということはリアナにとって、アルディスひとりがその相手ということになる。
「他には『一緒に居てホッとする』とか」
ホッとするという言葉ですぐにアルディスの顔が思い浮かぶ。
リアナとフィリアのふたりに食事と眠る場所と心の安らぎを与えてくれた唯一無二の人。
アルディスが居なければリアナたちはいまだに物人のままだっただろうし、それがどんな境遇であるのかは幼子だった頃の自分たちでも十分に理解していた。
「その人が『居なくなると考えたら耐えられないほど心が苦しくなる』とか」
アルディスが居なくなることなど考えたこともなかった。
そして同時にもしもと考えた途端、言いようもない悲しみと怖れがリアナを襲う。
嫌だ、とただひと言が脳裏に浮かぶ。
フィリアが自分にとって手放せない半身であるのと同様に、アルディスの存在もリアナがリアナであるために必要不可欠な存在だと理解ではなく実感する。
「『相手の喜ぶ顔が見たい』と思うとか」
アルディスが喜んでくれると自分も嬉しい。
アルディスにはいつも柔らかい笑顔を浮かべていて欲しいし、それが向けられる先は自分やフィリアであって欲しい。
「『その人の役に立ちたい』と思うとか」
アルディスにはたくさんの温もりをもらった。
だからその分、リアナもアルディスへ何かを返したい。
もちろん今の自分に出来ることなどほとんどない。
戦いでは足手まといにしかならないし、アルディスを支えられるほどの知識もなく、ネーレのように美味しいお茶を淹れることもできない。
それでも。ほんの少しでいい。与えられるばかりではなく、アルディスの役に立ちたかった。
カリナの言葉をひとつひとつ心の中でかみ砕き、リアナは少しずつ自分の気持ちに疑問を抱きはじめる。
アルディスがフィリア同様リアナにとって大事な人であることは疑いようがない。
だけど、と間を置いて再び自分へ問いかける。
この気持ちはなんだろうか、と。
フィリアに対する気持ちとアルディスに対する気持ちは少しだけ違う。
その違いがいったい何なのか、隣を歩くカリナから投げかけられる言葉も耳に入らないままリアナは深い思考に潜り込みはじめた。
それから数日が経過した。
村の畑に実るすべての作物が収穫された翌日に収穫祭が開かれる。
収穫祭とはいっても人口百人程度の村だ。
せいぜい村の中心にあたる広場で丸太組みの大きな焚き火が夜を照らし、その灯りを囲みながら祝い酒やご馳走を楽しむくらいのものだった。
もし遠目に村のある場所を見る者がいたならば、その人物は眠りにつくカノービスの闇と、その暗幕へ穿たれた輝く針穴を見つけたことだろう。
ささやかな祝事だが、村にとっては一年の内で一番人々に笑顔が浮かぶ日でもある。
今年の収穫は例年よりも良かったらしく、酒をあおる村人たちの表情も明るい。
広場にひとつだけ設えられた壇上にはセーラが村長と並んで座し、その他の村人は焚き火を囲んで適当に据え置かれた丸太へ腰掛けて笑い、食べ、この一年無事に過ごせたことを喜んでいた。
そんな丸太のひとつへとリアナは座って、薄めた果実酒を木のコップからひと口含む。
「ディンの誘いは断ったの?」
隣に座るアルディスを挟んで反対側からフィリアの声が問いかけてきた。
リアナは一瞬だけアルディスの様子を窺うと、無言で首を縦に振る。
「ふーん」
フィリアはさして興味もなさそうに生返事を口にすると、手に持っていた肉へかぶりつく。
美味しそうな顔で頬張るフィリアとは対照的に少し元気が無さそうに見えたのか、アルディスが右手をリアナの頭に乗せてわしゃわしゃと撫ではじめた。
髪が乱れるのも気にならず、リアナはその乱暴な手つきに身を委ねる。
数日前までのリアナなら気付かなかった。
こんなことを許せるのもアルディスが相手だからだということに。
他の人に頭を撫でられたことはある。
ネーレやキリル、それに時々コーサスの家へやって来ていたアルディスの知り合いだという魔術師の女性に。
しかしネーレやキリルはリアナを粗雑に扱うことはなく、いつも優しい手つきでそっと頭を撫でてくれる。
間違っても髪がボサボサになるような撫で方はしない。
そんなことをされればたとえ相手がネーレやキリルだとしても、その手を払いのけたことだろう。
赤髪の女魔術師は頭を撫でるだけにとどまらず、突然抱きしめたり頬をすり寄せてくることがあったが、正直それはリアナにとって迷惑極まりない話だった。
アルディスから注意を受けてしょんぼりと落ち込む姿を見ても、気の毒に感じることもなかったのは当然だろう。
ましてや同行者の怖い顔をした大男や、どこか冷たい印象の軽薄そうな男に関しては近付きたいとも思わない。
アルディスは特別なのだ。
カリナの問いかけを反芻すればするほどそれをリアナは自覚していく。
だがこれがカリナの言う『普通の好きとは違う特別な好き』なのかはまだよくわからない。
ただ間違いなく言えるのは、アルディスの隣こそが自分の居場所であるということだろう。
この場所こそ自分が自分でいるための、そしてフィリアと自分がありのままで生きていける唯一なのだと、リアナは今さらながらに理解した。
2020/06/26 脱字修正 設えられた → 設えられた
※脱字報告ありがとうございます。
2020/07/09 誤用修正 ため息をはく → ため息をつく
※誤用報告ありがとうございます。






