第221話
夜明けと共にアルディスはベッドの上で目を覚ます。
「……またか」
同時に左右の腕にかかる重みを知覚してボソリとつぶやいた。
アルディスの腕へ抱きつくように眠るのはフィリアとリアナの双子。
すやすやと寝息を立てるその姿は愛らしさの中に可憐さを内包しつつあり、村に住み着いて一ヶ月経つ今ではときおり同年代の男の子から密かに熱い視線を注がれるほどだ。
育った環境が環境だけに少々常識外れな点や歳不相応な幼さを感じさせることもあるが、それも家庭教師をしてくれたキリルのおかげで致命的というほどひどくはない。
だがしかし、それは逆を言えば『致命的ではないが常識外れな部分は残っている』ということだった。
もうしばらくすればふたりは十五歳になる。
ほとんどの国では十五となれば成人扱いされる歳だ。
少なくとも今ふたりがやっているように、保護者のベッドへ潜り込んで腕にしがみつき眠るような歳ではない。
幼子であった七年前であれば何の問題もなかっただろうが、すでにふたりの身体は成長して子供とはいえなくなりつつある。
成長の現れにくいアルディスとの見た目年齢は年々縮まっていき、今では並ぶと歳の近い兄妹にしか見えなかった。
「いつのまに潜り込んできたんだか……」
敵意を持った相手が近付けばたとえ眠りについていても瞬時に目を覚ます。そういう生き方を長年続けてきたアルディスも、相手に敵意がなければさすがに察知しようもなかった。
この家を建てるにあたり双子には寝室として一部屋与えているのだが、どうも夜の間にアルディスのベッドへ潜り込んでくる習慣だけは今でも抜けきらないらしい。
ゆっくりとアルディスが身体を起こすと双子が目を覚ます。
「ふわぁあ……。朝……?」
「ん……、おはようアルディス……」
寝ぼけまなこをこすりつつフィリアが、目を覚ましながらも未練がましくアルディスの腕を抱えて顔をこすりつけつつリアナがそれぞれ返事をした。
まだ眠そうなふたりから布団を剥ぎ取り、その細い腕を引っぱって身体を起こしてやると腕を組んで「さて」と口を開く。
「一応念のために言っておくが、ここはお前たちの部屋じゃないんだぞ」
「うん」
「知ってるー」
顔をしかめたアルディスのセリフにも一切頓着せずふたりは答えた。
大口を開いてあくびをし、両腕を上げて身体を伸ばすうちに意識がはっきりしてきたらしく、青みがかった浅緑色の瞳の焦点が次第にアルディスへと定まりはじめる。
「じゃあなんでお前らは自分の部屋ではなくここで寝てるんだ?」
「アルディスがいるからですけど?」
「変なの、アルディス」
リアナは当たり前のような口調で、フィリアはくすくすと笑いながらアルディスの疑問を一蹴した。
「いや、その論理はおかしいだろ」
「いいじゃないですか。お腹すいたから早くご飯食べましょう!」
「アルディス、早く早く!」
アルディスのボヤキなどお構いなしに双子が両腕を引っぱりはじめる。
服の袖が伸びるのを他人事のように見ながら、アルディスはどこで育て方を間違ったのだろうかと眉間にシワを寄せていた。
ひとつのテーブルを囲み朝食をとるのはシャルを加えた五人と、足もとにいるロナといういつものメンバーだ。
双子と出会う前に比べればずいぶんと賑やかになったものである。
相変わらず猫舌のフィリアは熱々のスープに手こずり、ちまちまと削るようにパンをかじるリアナは食事に集中している。
その隣で黙々と食べ続けるシャルに目を向けると、相手も視線に気付いたのか手を止めて顔を向けてきた。
言葉にせずともその目が「何か?」と問いかけてきているようにも見える。
「昨日は繕い物の手伝いをしてたんだよな?」
その問いに対して返ってくるのは無言の頷き。
「どうだった?」
「どうだったとは?」
「あー、いや、そうだな。仕事をしてみて感じた事とか、教えてくれた人から何か言われたとか」
「『筋がいい』と言われた」
「……そうか。そりゃまあ、良いことだ」
ぎこちない会話だが、少なくとも言葉の行き来が成立しているだけましだろう。
以前は必要最低限の言葉しか交わさなかったシャルが雑談に応じるようになったのだから大きな前進である。
双子同様、シャルも一日遊んでいられるような年齢ではない。
フィリアとリアナはディンやカリナについて村の周囲を見回りつつ食材となる獲物を狩り、アルディスとネーレはそれまでセーラがひとりで担っていた結界外の魔物を間引き周囲の安全確保を、ロナはその補助として同行していた。
問題となったのはシャルである。
もともと裏社会の組織によって偏った育て方をされたという生い立ちもあり、彼女の得意とする分野は少々特殊だ。
王都グランや都市国家レイティンのような場所であればともかく、人口百人程度の隠れ里で影働きのスキルが役に立つとは思えない。
戦闘能力も当然ネーレやロナには及ばず、アルディスに付いて結界外で魔物の駆除を行えるほどではない。
かといってフィリアたちと同様、結界内の見回りと獲物の確保を担えるかというとそれも難しかった。
二人一組が原則の見回りにおいて人とのコミュニケーションに難のあるシャルでは組む相手を見つけるのも難しく、それ以上に対人戦の訓練しか積んでいないであろう彼女に野生の獣を狩る知識や技術があるとも思えないからだ。
しかしただ遊んで暮らすことが許されない以上、村の中で何らかの仕事をする必要があった。
そのため現在のシャルは三、四日のスパンで見習いとして様々な仕事を体験しているという状況だ。
「嫌じゃないならもう少し続けてみればいい」
「ん」
楽しんでいるようには見えないが、だからといって嫌々やっているわけでもなさそうでアルディスは安心する。
戦う術を身につけ傭兵として身を立てるのも、影働きをするのも悪いとは言わないが、選択肢が増えるのはシャルにとっても良いことだろう。
アルディスが勝手にそう結論付けてスプーン片手にスープをすくい取ったところで、フィリアが食卓へ別の話題を放り込む。
「アルディスアルディス! 知ってた? もうすぐ村のお祭りがあるんだって」
「祭り?」
アルディスにとっては初めて耳にする話であった。
「カリナが『収穫祭』って言ってたよ! ご馳走がいっぱい食べられるんだって!」
「へえ、そんなのが……まあ普通の村ならあってもおかしくはないか」
隠れ里とはいえ、いや隠れ里だからこそ自給自足のため村の中には畑がそれなりに広がっている。
農業あるところに収穫を祝う祭りがあるのは当然だろう。
「わたし、お祭りって行ったことないからすっごく楽しみ!」
フィリアが満面の笑みを浮かべる。
双子として周囲から迫害を受けてきた彼女たちが祭りのような行事へ参加することができたとは思えない。
実の両親たちは当然そんな人が集まる場所へ双子をつれて行こうとはしないだろうし、物人として売られた後のふたりが祭りと縁遠い毎日を送っていたことは疑う余地もなかった。
だが双子を禁忌とした女神の教えと無縁のこの村であれば話は別だ。
この村でフィリアとリアナへ蔑みや嫌悪の視線を向ける者はひとりとしていないのだから、ふたりが大手を振って祭りを楽しむことになんの問題もない。
嬉しそうなフィリアにつられて笑みをこぼしたアルディスは、ふとその隣で困り顔を見せるリアナに気付く。
「どうした? リアナはあまり乗り気じゃなさそうだな」
「ディンがね、リアナとふたりきりでお祭りを楽しみたいって言ってるの」
問いかけたアルディスにリアナ本人ではなくフィリアが答えた。
「ふたりで? ああ、なるほど……」
一瞬疑問を持ったアルディスだが、すぐにその意味するところを理解して苦笑を浮かべる。
考えてみればディンはすでに成人した大人の男で、リアナも間もなく成人を迎える年頃の娘である。
リアナの場合は双子という事情から同年代の知り合いがほとんどいなかったため無理もないが、年齢的には艶のある話がひとつやふたつ出てきてもおかしくはない。
年相応の『普通』をそこに垣間見て、アルディスは少しだけ嬉しくなる。
もっとも、見たところリアナ本人はそのことに戸惑いを感じているようだった。
ならば無理に背中を押すこともないだろうと判断して、アルディスは逃げ道を作ってやる。
「嫌々一緒に居てもらったってディンも嬉しくはないだろう。気が進まないなら断ればいいし、好きにすればいいさ」
「その口ぶりだと我が主は参加するつもりがなさそうに聞こえるが?」
アルディスの言葉に反応したのはリアナではなくネーレの方だった。
これといった意図はないのだろうが、意外と核心を突いた問いかけにアルディスは気まずそうな表情で頬を掻く。
「あー……、本音を言うと人が大勢いるところで騒ぐのはあまり好きじゃないんだがな。村に来たばかりだし、顔くらいは出しておいた方がいいだろう。仕方ない」
最後の言葉にアルディスの本心が凝縮されていた。
すると、今度は足もとから別の声が会話に切り込んでくる。
「ねえアル。さっき自分で口にしたばかりのセリフを、舌の根も乾かないうちに否定した自覚はあるのかな?」
そう言ってからかってくるロナへ、不機嫌を絵に描いたような顔になりながらアルディスは反撃の言葉を絞り出す。
「……うるさい。黙って食え」
「わんわん」
黄金色の相棒は楽しそうな笑みを浮かべると、下手な演技で会話を終わらせて朝食の続きへと移った。






