第191話
心は昂ぶりながらも、一方で研ぎ澄まされた感覚がアルディスの思考を冷静にさせる。
先ほど感じた疑問を解消するべく距離を詰める。
その速度は魔力による身体強化を行っていないとは信じられないほどだ。
とはいえ今は相手が相手である。
いくらアルディスの動きが素早くとも、魔力によって強化されたカムランは容易に反応してみせた。
アルディスの剣が最小限の予備動作を経て振り抜かれる。
「むうっ!」
一瞬で間合いを詰めたアルディスの剣をカムランはバスタードソードで弾いた。
アルディスとしてはもとより通用すると思っていないひと振り。
その防御行動で出来た隙をついてアルディスはカムランに身体を寄せる。
しかしそれでも――。
「魔力は消えないか」
魔力を封じる腕輪ならアルディスの腕にもはめられている。
身につけている本人はもちろんのこと、その効果は半径三メートル以内に及ぶと事前に説明を受けていた。
それが本当なら、アルディスの身につけている腕輪の力でカムランの魔力も遮断されるはず。
だが実際にはアルディスが剣を打ち合うほどの距離に近づいてもカムランの身体や武具に付与された魔力は消失していない。
おかしい。とアルディスはカムランと剣撃を交わしながら思考を巡らせる。
カムランの腕輪には間違いなく魔力が通っている。
あの腕輪がただのイミテーションではなく魔力を込められた物であろうことは確かだ。
問題は込められた魔力によってどのような効果を付与されているかだった。
状況から推測するに、魔力の遮断に対して何らかの対抗措置をとっているのだろうと思われる。
いくら身体や武具を魔力で強化したところで、アルディスと接した途端にその効果が失われてしまえば何の意味もない。
それどころかカムランにとっては近づいたその瞬間に急激な身体への変化が生じることで、むしろ感覚を狂わせることにもつながる。
さすがにそのような結果をもたらす小細工をするほど馬鹿ではないだろう。
カムランのバスタードソードが空気を切り裂く音と共にアルディスの首を刈り取ろうとする。
「おっと」
ひざを沈ませて姿勢を低くするアルディスの頭上をバスタードソードが通りすぎた。
アルディスの背中をぞくりとした冷たい感触が襲う。
いくら刃をつぶしてあるとはいえ、魔力によって強化された身体で振るわれた鉄の塊である。
しかも剣自体にも魔力による強化が施されているのだ。
当たればただでは済まないだろう。
だが芙蓉杯が近接武器を使用した武技大会であり、加えて魔術による攻撃が出来ない以上、アルディスは危険を承知の上で距離を詰めて戦うしかない。
カムランの攻撃を寸前でかわし、極力剣に負担がかからないよう細心の注意を払いながら反撃をする。
まともに武器を打ち合えば自分の剣が折れてしまう上、一歩間違えれば致命的な怪我を負いかねない状況。
精神的な負担がアルディスへのしかかり、それでいてギリギリの攻防が眠っていた戦士としての本能を歓喜と共に呼び覚ます。
アルディスもわずかな隙を見つけては反撃の一手を繰り出すが、やはり旗色の悪さは否定できない。
ひりつくようなプレッシャーの中、アルディスはふと違和感を覚える。
「なんだ?」
カムランの攻勢が時折不自然に途絶えていたからだ。
至近距離での攻防が数合続くと、比較的優位な状況であるにもかかわらず突然距離を取って仕切り直す。
慎重な性格なのだろうかと最初は考えていたアルディスも、さすがにそれが何度も続けば疑念を抱きはじめる。
その疑念はカムランが身につけた腕輪を観察することでひとつの推論へと繋がった。
腕輪から放たれる魔力が弱くなっていたからだ。
おそらくカムランの腕輪はアルディスが身につけている腕輪の『半径三メートル以内の魔力を遮断する』という効果に対抗できる何かが付与されているのだろう。
だがそれも完全な対策というわけではないらしく、アルディスと接している間はじわじわと腕輪の魔力が減少していくのが確認できる。
アルディスから距離を取ればその魔力は再び強くなり、近づくと再び弱くなりはじめるといった具合だ。
推測の域は出ないが、接近した状態が長く続けばカムランの腕輪は効果を発揮し続けられなくなるのだろう。
腕輪の具体的な仕組みはわからずとも、その結論に至るのは容易だった。
当然カムラン自身もそれを理解しているからこそ、数合武器を打ち合わせては一旦距離をとるという戦い方をしているのだ。
直接魔力を供給し続ける仕組みのようなものか、とアルディスはあたりをつける。
「だったら」
アルディスが側にいる間魔力が減少し続けるなら、常に距離を詰めて戦えばいいだけの話である。
もっともそれは普通に考えれば無謀極まりない。
相手の得物は魔力を込められたバスタードソード。
元は同じ材質であったとしても、今やその強度もアルディスが使っている剣とは比べものにならない。
まともに正面から強烈な一撃を受け止めれば、間違いなくアルディスの剣は折れてしまうだろう。
打ち合うにしても細心の注意が必要になる。
アルディスの鋭い一撃がカムランの左太もも目がけて放たれた。
しかし魔力によって強化されたカムランの反応速度はそれを防ごうとすぐさま動く。
左腕に固定された盾がアルディスの剣を阻んだ。
「ちっ」
アルディスはとっさに剣速を鈍らせる。
たとえ相手が受け流すだけの盾だったとしても、アルディスがまともに剣を振るえばその勢いと盾の固さで剣が折れてしまう可能性もあるからだ。
この戦い、アルディスは多くの制約を背負って戦っている。
魔力を使うことはできず、まともに剣を交えることもできない。
相手の強化を少しでも妨害するため常に至近で戦う必要があり、それはつまり一瞬の油断が敗北に繋がりかねないという危険と隣り合わせだ。
だがしかし、それくらいのことは――。
「承知の上だ」
自分に言い聞かせるようつぶやくと、アルディスは攻撃の速度を上げる。
魔力で身体強化されているカムランもそれに平然とついてきた。
「恐ろしい魔術師だな、お前は」
剣撃を交わしながらカムランが賞賛ともとれる言葉を投げかけてくる。
その一方で彼の表情には若干の恐れも垣間見えた。
「そうでもないさ」
いつもと変わらぬ涼しい顔でアルディスが返す。
それは謙遜でもなんでもないただの事実。
アルディスよりも恐ろしい相手などあちらの世界にはいくらでもいるのだから。
「だがこちらも負けるわけにはいかんのでな!」
カムランが気迫と共に剣を振り下ろす。
アルディスはそれを半身になってかわすと、一歩踏み込んでカムランの右手首を狙い剣を振るう。
魔力によって強化されたカムランの身体は瞬時に左腕の盾をその前へ移動させ、アルディスの剣を防いだ。
カムランは何もない地面へと振り下ろされていたバスタードソードを無理やり力尽くで下から上に向けて斬り上げる。
盾を持たないアルディスにとって、通常ならその一撃は飛び退ることでかわすべき攻撃だった。
しかし今のアルディスにその選択肢はない。
こうして攻防が続く間にもカムランの腕輪から放たれる魔力は確実に減少している。
だがここで互いの距離をあけてしまえば、再び腕輪に魔力が満ちてしまうだろう。
それではいつまでたってもらちがあかない。
膠着した状況を打破する為にはあの腕輪がもたらす何かを防がなければならないのだ。
「逃がすか!」
距離を取ろうとしたカムランにアルディスが食い下がる。
「なにっ!?」
カムランの目が驚愕に染まり、次の瞬間焦りの色が浮かんだ。
逃がさないとばかりにアルディスは前へ前へと出てカムランとの距離を保つ。
後退るカムランと前のめりになるアルディス。
当然距離が開くわけもない。
「ちっ、そういうことか!」
アルディスの狙いを理解したらしくカムランが舌打ちする。
カムランが身につけた腕輪の魔力はなおも弱くなっていく一方だった。
もちろんカムランの方も黙ってアルディスの接近を許しているわけではない。
なんとかアルディスを後退させようと強弱織り交ぜた剣撃を叩きつけてくる。
攻撃をかわし続けながら前進するというのは言うほど容易いことではなかった。
通常ならば攻撃を避けるため左右へと大きく身をかわすことが出来るが、今の状況でそんな事をすれば前進することができなくなる。
まして後方へ下がるなど選択肢にも上らないだろう。
常に前へ進まなければ相手との距離が開いてしまうのだから、当然身体をかがめて攻撃をやり過ごすこともできない。
当たれば一撃で勝負の行方が決まってしまいそうなカムランのバスタードソードを最小限の動きでかわしつつアルディスは食い下がる。
バスタードソードに黒髪を数本千切られながら、その風圧を腕の、肩の、頬の至近に感じながらもアルディスは前に進むことをやめない。
全身の感覚を使って神経を研ぎ澄まし、崖の上に張られた一本のロープを歩くように失敗の許されない曲芸じみた回避を続け、時折カムランの動きを鈍らせるためにひざや腰に向けて牽制の突きを繰り出す。
やがてその時が訪れた。
本人たちにとっては長く感じられる緊迫した攻防だっただろう。
だがアルディスとカムランの奇妙な追いかけっこが繰り広げられたのも、実際にはそれほど長い時間ではなかったはずだ。
その長くもない攻防を経たとき、アルディスは確実な変化をその目に捉えることになる。
カムランの身につけている腕輪が保持していた魔力がとうとう消え去ったのだ。
「まずい!」
焦りを隠せずにカムランが顔を歪ませる。
その瞬間、カムランの動きが目に見えて鈍くなった。
魔力による身体強化の効果が切れたのだろう。
同時にカムランの持つバスタードソードや防具からも魔力が消失する。
アルディスの腕輪に込められた効果が本来の役目を果たしたのだ。
もはやアルディスとカムランの間を隔てるものは何もない。
このまま離されさえしなければ、後は魔力なしの地力勝負となる。
狼狽を隠しきれないカムランに向けてアルディスが剣先を向けながら宣告した。
「これでチェックメイトだ」
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各話の先頭部分にある作者名『高光晶』のリンクをクリックして『作品一覧』からアクセスできます。
2019/08/11 脱字修正 アルディスが → アルディスの剣が
※脱字報告ありがとうございます。






