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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて

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第190話

 芙蓉杯ロータスカップ最終日。

 連日続いた熱戦も残すところあと一試合となったその日、アルディスは出場者として闘技場に姿を現した。


 観客席は大勢の市民であふれ、立ち見客まで出ている。

 年に一度の大イベント。

 その決勝戦であることはもちろんのこと、軍の人間以外が決勝戦に駒を進めるという快挙も観客たちの熱狂を後押ししていた。


 決勝戦の相手は第三師団副団長の立場にあるカムランという男だ。

 優勝経験こそないものの過去の芙蓉杯ロータスカップで二度決勝にまで進んだという実績の持ち主だった。

 今回の芙蓉杯ロータスカップでは優勝の最有力候補といわれ、前評判通りに危なげない戦い方で決勝へと勝ち上がってきた実力者である。


「お前が帝国戦で異国の部隊を蹴散らしたという千剣の魔術師か」


「だったら?」


 闘技場の中央へ進み出たアルディスに対戦相手が声をかけてきた。


「これまでの試合を見ればお前がただの魔術師でないことはわかる。ひやかしや悪ふざけで出場してきたわけでも、我々をコケにするため出てきたわけでもないのだろう」


 いや、あんたらをコケにして赤っ恥かかせるために出ているんだけどな、とアルディスは内心で思いながらも無言を貫く。


「だがこちらにも軍としての意地がある。悪いとは思うが――」


 一瞬カムランの言葉が途切れ、その表情が曇った。

 しかしすぐさま表情を引き締めるとアルディスに向けて強い眼差しを向けて言い切る。


「負けるわけにはいかん」


「当然だ。負けるために戦ってるわけじゃないからな」


 カムランの言い方に多少引っかかりを覚えながらも、アルディスは差し障りのない言葉を返す。


「双方準備は整っているな?」


 審判員がこれから雌雄を決するふたりへと最後の確認をする。


 準決勝の時とは違う審判員だった。

 さすがにあれだけ観客からの非難を浴びてしまっては、決勝戦の舞台へ上がることができなかったのだろう。

 あの審判員がこの場に出てきていたなら、おそらく観客席からのブーイングで試合どころの話ではなかったはずだ。

 別の人物へ交代したのは賢明な判断だと言える。


 もちろん今回代わりに出てきた審判員もおそらくオルギン侯爵の意を受けているだろう。

 油断はできないことには変わりがなかった。


 アルディスは対戦相手であるカムランを観察する。


 見たところ三十代半ば。戦士として最盛期といえる年齢だ。

 身長はアルディスよりも頭半分ほど高く、引き締まった身体を筋肉が鎧のように包んでいる。

 スピードを犠牲にするほど太すぎず、かといって膂力が不足するほど細すぎず。

 戦いに身を置く者としてはバランスの取れた体格に見えた。


 得物えものは片手持ちも両手持ちも可能なバスタードソード。

 左腕に固定された小型の盾は剣を両手持ちにして振り回しても邪魔にならない大きさだった。


 身につける防具は動きやすさを優先した革鎧。

 関節部や急所などを重点的に守りつつも、俊敏さを損なわないよう最低限の範囲をカバーしていた。


 装備から推測するに、どちらかというと速さを意識した戦い方が彼の身上なのかもしれない。

 少なくともパワーにものを言わせて押してくるタイプには見えなかった。


「それでは双方位置について」


 審判員の合図でアルディスは相手から離れるように五歩下る。


「さあて、何か手を打ってくるかな?」


 誰にともなくアルディスがひとりごつ。


 準決勝の前日に刺客を送り込まれ、試合本番では審判員による不正な判定があった。

 実は準決勝の後も不穏な気配を漂わせる集団に囲まれかけたのだが、相手をするのも面倒だったためさっさと王都を出て森に帰る途中でいたのだ。


 次々とアルディスに対する妨害を繰り出してきたオルギン侯爵が、まさか今さら指をくわえて見ているだけというわけではないだろう。

 必ず何か手を回しているはず。


 警戒するアルディスの耳に審判員の合図が聞こえた。


「はじめ!」


 アルディスとカムランが同時に動きはじめる。


 だがその動きは互いに相手の出方を探るようにゆっくりとしたもの。

 アルディスが半歩進み、それに合わせてカムランが半歩距離を詰める。


 先に相手を間合いに捉えたのはカムランだった。


 カムランの腕が動いた瞬間、アルディスも回避行動に移る。


 ほとんど予備動作のない状態から放たれた横薙ぎの一撃がアルディスを襲う。

 並の兵士なら息をのむ間もなく痛撃を食らうであろうそのひと振りも、アルディスにとっては恐れるべき速さではない。


「っと」


 軽く声を出しながらアルディスは身を沈めると、そのままカムランの懐へと潜り込もうと試みる。


 しかしさすがは優勝候補筆頭。

 カムランのバスタードソードが軌道を変えてさらにアルディスを追ってきた。


 攻撃を諦めたアルディスはバスタードソードから逃れるために自らの剣を盾としつつ反対方向へ身を逸らす。

 アルディスを捉え損なった剣が空を切った。


 再び両者の距離が縮まり今度はアルディスが先手を取る。

 フェイントをひとつ入れたあと、足を狙った攻撃をカムランが剣で受け流す。


 三合ほど剣を打ち合わせるとどちらからともなく両者共に距離をとった。


「魔術師にしておくのはもったいないな」


「そいつはどうも」


 感心するようなカムランの言葉にアルディスはそっけなく答える。


 ふたりともまだ本気を出してはおらず繰り出す剣撃も様子見の域を出ない。


 カムランがバスタードソードを両手に構えた。

 アルディスの力量を確認したところで、そろそろ本格的な攻勢に転じるつもりなのだろう。


 相手の力量を測っていたのはアルディスも同様だ。

 確かに芙蓉杯ロータスカップの優勝候補と言われるだけあり、力量は準決勝で戦った突撃中隊長以上だ。

 しかしそれでもアルディスにとって脅威となるほどではない、という結論に至る。

 三回戦で戦ったムーアや『白夜の明星』のリーダーであるテッドといい勝負、といったところだろう。


 カムランに合わせてアルディスも剣を構える。

 早々に勝負を決めてしまうか、それとも時間をかけて観客の目に実力の違いを見せつけるか。

 どうしたらオルギン侯爵にダメージを与えられるだろうかと考えていたとき、アルディスの目が信じられないものを捉える。


「なんだと?」


 本来であれば芙蓉杯ロータスカップの戦いで目にすることのないはずの魔力が、カムランの剣に宿っていたからだ。


 だが闘技場にいるアルディス以外の人間で、それに気付いた者がいったい何人いただろうか。

 この世界では魔力を目にすることのできる人間はほとんどいない。

 アルディスの育った世界では当たり前のことが、この世界では非常識な能力として受け取られている。


 こちらの世界で魔力の流れを知覚できるのは、アルディスの知る限り自分自身とネーレのふたりだけだ。

 おそらく観客席を含めてこの闘技場にいる人間のほとんど、あるいは全てが魔力の有無を自らの目で確認できないだろう。

 だからこそ、魔力を禁じた芙蓉杯ロータスカップでは万人の目にそれがわかるよう、出場者の腕には魔力を封じる腕輪がつけられている。


「だが腕輪は……」


 間違いなくカムランもアルディスと同じ形状の腕輪を身につけていた。

 ただおかしなことにその腕輪へも魔力の流れが見えていた。


 どういうことだといぶかしむアルディスの目に、さらなる魔力の流れが映る。

 カムランの盾に、皮鎧に魔力が流れはじめ、加えてカムランの身体そのものにも強い魔力が流れはじめた。

 おそらく魔力による武具の強化と、同じく身体能力を向上させる魔法がかけられたのだろう。


 カムランの腕輪はなおも沈黙したまま――いや、沈黙というのは正確な表現ではなかった。

 腕輪自身にも魔力の動きが見られたからだ。


 しかし魔力の流れを知覚できない人間の目にはアルディスが身につけている腕輪とカムランが身につけている腕輪の違いなどわからない。


 そういうことか、とアルディスは理解する。

 カムランの身につけている腕輪がどんな働きをしているのかはわからないが、敵の狙いはこれで明らかになった。


 魔力を一切禁じられたアルディスと、魔力による支援や強化を受けたカムランを戦わせる。

 それがオルギン侯爵の策なのだろう。


「ハハ……」


 オルギン侯爵の狙いを理解した瞬間、らしくない笑いがアルディスの口から吐き出された。


 カムランが身につけているのはアルディスが身につけている腕輪に似せた別物なのだろう。

 おそらく闘技場のどこかから支援と強化の魔法をカムランにかけている魔術師が隠れているはずだ。


 腕輪がまがい物であれば当然魔力を遮断する力などないし、魔力が見えない人間に彼らの不正はわかるわけもない。


 一方でアルディスが渡された腕輪には本来の機能が備わっているはずだ。

 腕輪によって魔力は封じられているし、当然腕輪を外して魔術を使おうものならあっという間に反則負けを宣言されるに違いない。


 多少の疑問は残るものの、アルディスは魔力を全く使えない状態で、魔法の支援を十全に受けたカムランと戦わなくてはならないということだろう。


 魔力のあるなしでは発揮できる実力も大きく変わる。

 身体能力の向上だけでも倍近い力の差が生まれる上、武器や防具にまで魔力強化がされれば、普通は少々実力差があったとしても魔力を使う側が勝つ。


 実際、魔物と獣の違いは魔力による身体強化や特殊な攻撃方法を持つか否かとも言える。

 魔力を使うからこその魔物なのだ。

 もしアルディスが身につけている腕輪を魔物につけることができたなら、おそらく恐るべき力を持った魔物もただの凶暴な肉食獣と変わらない程度に弱体化するだろう。


 それほどまでに魔力の有無は強さを左右する。

 種族が異なるならまだ話は別だが、同じ種族同士が一方だけ魔力を使えない状態で戦えば勝敗など火を見るよりも明らかだった。


「ハハ……、ハハハハ」


 アルディスの口から乾いた笑いが続く。


「そうか、そうか。そうくるか。そうだよな。そうするよな」


 普通に考えればどう足掻あがいても勝てるわけのない状況。

 観客から見れば突然何の前触れもなくアルディスが笑い出したようにしか見えない。


 アルディスが何を言っているのか理解できるのは、魔力の流れを知覚することのできる人間か、あるいは今回のたくらみを知っている人間だけだろう。

 オルギン侯爵本人、そしてその周辺の人間、どこからかカムランに対して魔法の支援を行っている魔術師、当然審判員も共犯者と思われる。


 カムラン本人もおそらく事前に話は聞いていたはずだ。

 でなければ突然自分の身に魔法がかけられたことで多少なりとも困惑を見せるはずである。

 試合開始前、カムランが『悪いとは思うが』と口にしたのも、事前にくわだてを聞いていたからだろう。


「なるほど、確かに普通なら絶対勝てるわけがない。普通なら」


 口ではそう言いながら、アルディスの表情に焦りは全くない。

 それどころか笑みさえ浮かんでいた。


 自棄やけになっているわけではない。

 勝ちを諦めたわけでもない。

 ただその身を駆け巡る震えが忘れていた戦いの鼓動を呼び覚ます。


 普通ならまず勝ち目のないこの状況。

 だが魔力の有無によるかせがあったとしてもなお、アルディスは勝つつもりであった。


 魔力が一切使えない状態で、魔力の支援を受けた人間と戦う。

 それくらいのハンデがあって初めて、アルディスに敗北の可能性が生じる。


 こちらの世界に来てからというもの、久しく感じることのなかったまともな戦いの予感。

 視覚が、聴覚が、嗅覚が、思考がもやを振り払ったかのごとく鋭敏になっていく。


 確かに命はかかっていない。

 だが『負けるかもしれない』というそのただ一点が、アルディスの心をたかぶらせる。


 対等の敵を前にして、アルディスは目を細めると言い放った。


「いいだろう。その勝負受けてやるよ」


2019/07/30 誤字修正 懸命な判断 → 賢明な判断

※誤字報告ありがとうございます。


2019/08/11 誤字修正 皇太子殿下 → 王太子殿下

※誤字報告ありがとうございます。


2019/08/14 誤用修正 軍属 → 軍


2021/11/19 誤用修正 顔を引き締める → 表情を引き締める

※ご指摘ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 独り言の動詞形がひとりごつ。校正するくらいの語彙力を持ち合わせていないのにも関わらず、その発言をする前に調べもせず、非常に無責任であると感じます。お二方。
[気になる点] 誰にともなくアルディスがひとりごつ。 ごつじゃなくてごとじゃないですか?
[気になる点] ひとりごつ ←独り言なのかな?? 誤字になってると思います!
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