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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて

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第189話

 思いもよらぬ唐突な展開に、それまで審判員への罵声に包まれていた観客席が静まりかえる。


 おそらく観客たちにしてみれば何が起こったか理解できないことだろう。

 互いに武器を振るい、足を止め絶え間なく攻撃を繰り出し続けていたはずが、何の前触れもなく中隊長の身体が宙を舞ったように見えたはずだ。


「え? 何があったんだ?」

「わかんねえ。突然ふっとんだ……、というか千剣の魔術師が投げたようにも見えたけど」

「いやいや、武装した大のおとなを投げるとか無理だろ。魔法が使えるんなら身体強化もできるだろうけどさ」


 大部分の観客は首をかしげるばかりだが、中には武術心得のある観客も当然いる。


「ふうん、面白いじゃない。相手が向かってくる勢いを上手く利用して投げたのね」

「自分を軸にして水車のように力の向きを変え、相手を投げるわけだな。なるほど、理にかなっている」

「確か異国の地でああいった無手の武術が発展していると耳にしたことはあるが……、あやつの出身地がそうなのだろうか?」

「あれなら私でも相手をぶん投げることができそうだわ」


 冷静にその技を分析しながらも、自らの力として取り込もうとする貪欲さがそこには垣間かいま見えた。


 アルディスは地面に横たわった中隊長へ視線を向けながら、ゆっくり歩いて距離を取る。

 おそらく死んでいないとは思うが、さすがにあの勢いで頭から落とされれば当分動くことが出来ないだろう。


 闘技場の中央で倒れて動かない対戦相手。

 対するは悠然ゆうぜんと立つアルディス。

 それはつまり試合続行が不可能ということを表していた。


 誰の目から見てもアルディスの勝利は否定しようがないだろう。

 だがしかし、いつまで待っても審判員の口からは試合終了の宣言が出てこない。


 一分以上経過しても審判員が判定を下そうとしなかったため、中隊長が倒れた直後はざわめいていただけの観客席も次第に不穏な気配で包まれはじめる。


「おいおい、いつになったら判定出るんだよ!」

「ふざけんな! 審判どこ見てんだー!」

「もう勝負ついてるだろうが! さっさと終わらせろ!」

「八百長してんじゃねーよ!」

「審判代えろやー!」


 再び闘技場中から罵声が叩きつけられる。

 先ほど中隊長が武器を取り落としたときの判定もあからさますぎたが、今この状況でアルディスの勝利を認めないのは素人目にもおかしいだろう。


 さすがの審判員もその目に狼狽ろうばいの色を浮かべていた。

 その額からはじっとりと汗が染み出している。


 だが闘技場中からの非難にさらされながらも審判員は動かない。

 動けない、といった方が正しいのかもしれない。


 その視線が一瞬貴賓(きひん)席の方へ向けられたことにアルディスは気付く。

 審判員が見ていた先、そこには席を立ってこちらを憎々しげににらむオルギン侯爵の姿があった。


「どうせ侯爵から『絶対に勝たせるな』とでも指示が出てるんだろうが……。この状況、どうするつもりなんだか」


 観客たちの罵声は時間がつほどにひどくなっていく。

 このままでは過熱した観客が暴動を起こしかねないほどであった。


「おい、審判」


 うろたえる審判員へアルディスがけんのある口調で声をかける。


「いいのか、あのままで?」


 そう言いながらアルディスが倒れたままの中隊長を指さすと、審判員は怪訝けげんな表情を浮かべた。


「たぶん生きていると思うが、あのまま放置していたらそれもどうなるかわからんぞ。早く治療してやるべきだが、あんたがいつまでたっても判定を下さなけりゃあのままだ。今ならまだ間に合うかもしれん。だけどこのまま延々と治療を先延ばしにしてもしあの男が死んだら、あんた責任持てるのか?」


「なっ……!」


 そう問われて審判員の顔色が見る見る青くなる。


 当然だろう。

 アルディスが戦っている相手は王国軍の突撃中隊長という立場にいる。簡単に替えのきく人間ではないだろうし、その実力から言っても今の王国軍では貴重な人材だろう。

 このまま放置して死ぬようなことがあれば、その責任を誰が負うのか。


 もちろんアルディスにその責任を求める者もいるだろうが、試合中の生死に関しては表向き責任を問われないことになっている。

 建前とはいえ主催者である軍がそう公言しているし、出場者たちがエントリー時にサインさせられる誓約書にもその旨は記載してある。

 実際には有形無形の意趣返しが行われることだろうが、少なくとも公に責任を求められることはない。


 審判員も同様、出場者の生死に責を負うべき理由などどこにもないだろう――通常ならば。


 しかし今の状況は普通といえない。

 明らかに恣意しい的な判定により、倒れたままの中隊長は治療を受けることも出来ず放置されているのだから。

 これで中隊長が死にでもすれば、審判員といえど責任を追及されることは避けられないだろう。


「どうする? 俺としてはどっちでもいいんだが、このまま待つか? もしかしたら意識を取りもどして立ち上がってくるかもしれないし。……まあ、このままお陀仏だぶつになるかもしれないけどな」


 追い詰めるようなアルディスの言葉に、審判員がひどく慌てはじめる。

 もはや取り繕うことも出来なくなったのか、救いを求めるように貴賓席にいるオルギン侯爵へと顔を向けた。


「お貴族様の顔色伺ってんじゃねーよ!」

「てめえはガキの使いかー!」


 それが観客たちの目にもハッキリとわかったのだろう。

 すかさず審判員を罵倒する声が飛んできた。


 そんな中、貴賓席にいる侯爵は側仕えの人間に何やら怒鳴り散らし、奥へと姿を消していった。


 しばらくして伝令らしき人間が審判員へと駆け寄って耳打ちをする。

 侯爵からの指示でも持ってきたのだろう。


 それまで全身に罵声を浴びていた審判員は救いを得たような表情を見せると、アルディスをひと睨みしてその右手を真っ直ぐ上に向けて伸ばす。

 そしてようやく観客たちが待ち望んでいた言葉を口にした。


「そこまで、勝負あり!」


 瞬間、闘技場全体が爆発するような歓声に包まれた。

 それはアルディスの勝利を祝福するというよりも、むしろ審判員やその裏で糸を引いていたであろう貴族に対するあてつけのようなものだ。


 中にはアルディスを賞賛する声も当然ある。

 しかしアルディス自身にとって、芙蓉杯ロータスカップに出場した目的を考えればそれはどうでもいいことだった。


 今回の芙蓉杯ロータスカップでは軍から選出された審判員があからさまに一方への肩入れを見せ、しかもそれがとある貴族の意向であることを匂わせるような素振りを見せたのだ。

 多くの観客がそれを目にした以上、芙蓉杯の主催者とその後援をするオルギン侯爵に対する風当たりは強くなるだろう。


 審判員が判定を下した直後、倒れている中隊長に向けて数名の人間が駆け寄っていった。

 治癒術士と思われる人間が何やら魔法を唱え、その後用意された担架たんかに乗せられて中隊長は運ばれていく。


 その様子を見届けるとアルディスは誰にともなくひとりごつ。


「さて、これで残るは一試合か」


 そのまま疲れも見せない足取りで借り物の剣を返すと、大歓声を背に浴びながらその場を後にした。







 戦いの場を後にするアルディスの姿を、貴賓席の一角から見守る三つの人影があった。


「とうとうこれで決勝進出か。事前に腕前を見ていたとは言え、こうも勝ち進むとは思わなかったな」


「当然の結果ではありませんか。実際にその目で見ておきながら師匠の力を見抜けないなどと、ニレステリア公爵家当主としては少々恥ずかしいことではありませんの?」


 公爵の感想に対して、そのとなりで席に座っていたドレス姿の令嬢が我が事のように笑みを浮かべながら反応し、次いでやや毒を含んだ言葉を返す。


「ムーア。最近うちの娘がやや棘のある言葉を向けてくるようになったんだが、これはもしかすると反抗期というやつなのかな?」


 愛娘まなむすめに言い返された公爵が後ろに控えていた護衛の男におどけてみせる。


「閣下。家族の問題に私を巻き込まないでください。心配せずともお嬢様はアルディスがかかわらない限り素直で優しいご令嬢です。だから芙蓉杯ロータスカップの間だけは諦めてください」


「なんだ、味方してはくれないのかね? 君は公爵家の次期警備隊長だろう?」


「親子間の仲裁は警備隊長の職務に含まれません。ちなみに私もアルディスの優勝を疑っておりませんので、その意味ではお嬢様に賛同いたします」


「やれやれ、味方がいないではないか」


 わざとらしく公爵は肩をすくめたが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 冗談で言っていることは他のふたりも承知の上だった。


「私とてアルディス君の力が尋常ではないことは理解している。だが魔法も魔術も封じられた状態で、しかも舞台を調えるのはオルギン侯爵だ。さすがに苦戦は免れないだろうと思ったのだがな」


「確かにあれはあからさますぎでしたね。誰の目にも大会の主催者が突撃中隊長の方へ肩入れしているとわかってしまうほどの依怙贔屓えこひいきでした。敵ながらもうちょっと頭を使ったらどうなんだかボーンヘ――っと、失礼。えー、ひねりが足りませんね」


 汚い罵倒が口をつきそうになり、あわててムーアが言い直す。

 その様子を見てクスクスと笑っていたミネルヴァも、やはりあの審判員が見せた作為的な判定には納得がいかないらしい。


「確かにグレイスタ隊長のおっしゃる通り、あの審判員はひどかったですね。次の決勝戦もあの方が審判をするのでしょうか?」


「それはないだろう。あれだけ観客を敵に回したのだ。もはや芙蓉杯ロータスカップの舞台に出てくることはあるまい」


「こちらから審判員を推薦することが出来ればいいのですけど……」


「さすがに無理だな。そこまですれば侯爵も黙ってはいないだろう。王太子殿下から釘を刺していただくのがせいぜいだ」


「そうですか……」


「そう心配せずとも大丈夫だ。今回のはさすがにひどすぎる。他の家からも殿下に話がいくだろうし、場合によっては陛下のお耳に入るかもしれない。少なくとも決勝戦の審判員は多少ましなのが出てくるだろう。ただまあ……」


「ただ、何でしょうか?」


 言いよどんだ公爵にミネルヴァが話を促す。


「オルギン侯のことだ。別の手を打ってくるだろうがな」


「そんな……」


 顔を曇らせるミネルヴァを励ますようにムーアが口を開いた。


「大丈夫ですよ、お嬢様。あのアルディスが少々裏から手を回されたくらいで簡単に負けるわけがないでしょう? なんせあのアルディスですよ」


「……そう、ですよね」


 それまで目の当たりにしてきたアルディスの強さを思い出したのか、ミネルヴァは途端に元気を取りもどす。


「そうですよね! その通りです! 少しくらい不利な状況になったって、師匠が負けるはずありません!」


 拳を握って力強く訴えるそんな彼女の姿を、周囲の大人たちは微笑ましそうに見守っていた。


2019/08/29 誤用修正 ひとりごちる → ひとりごつ

※誤用報告ありがとうございます。

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