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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第139話

 八月二十日に激突した王国軍と帝国軍の戦いは、当事者国の関係者や周辺各国が予想した通りの結果をひとつ、同時に予想に反した結果をひとつ産み落とし、日暮れを待たずして終わりを迎えた。


 予想通りの結果とはすなわち王国の敗北。


 初戦の惨敗により王国が不利な状況で開始された戦いである。

 入念に補給計画を立て、慎重に進軍してきた帝国を跳ね返す力が王国に残っているとは思えない。それが事情通たちの共通認識だった。


 そしてその予想は見事に的中した。


 ただでさえ劣勢だった王国軍は帝国軍の罠にまんまとはまり、本陣を強襲されると簡単に瓦解。あまつさえ全軍の総大将である第三王子を討ち取られたあげく、全面的な敗走に追いやられている。

 見事なまでに鮮やかな帝国軍の快勝であった。


 一方で予想に反した結果とはつまり、帝国軍の撤退である。


 王国軍の迎撃戦力を壊滅させ、王都へ進撃すると思われていた帝国軍は八月二十二日に突然兵をまとめて帝国へと戻っていった。

 これには周辺各国の首脳はもちろん、当事者である王国軍上層部も首をひねるばかりである。


 滅亡一直線と思われた王国にしてみれば思いがけない幸運であったが、その原因がまったく理解できないとなれば落ち着かないことこの上ないであろう。


 いずれ情報は王国をはじめとする各国へ伝わるとしても、現時点でその真相を知るのは帝国の上層部、そしてその同盟国であるサンロジェル君主国から援軍としてやってきた飛馬隊の士官たちだけだった。




「せっかくの勝ち戦を無駄にするとは、能無し皇帝め」


 帝都郊外、同盟国であるサンロジェル君主国からの援軍に貸し与えられた屋敷の一室。


 三人の若い男がテーブルを囲んでいた。

 その中のひとり、銀髪の男がトゲのある口調で帝国の最高権力者を罵倒すると、テーブルの反対側に座っていた細目の男がそれをとがめる。


「言葉が過ぎるぞ」


「ふん。俺たちの手を借りなければ戦いひとつまともに勝てない国の皇帝など、敬意を払う価値もない」


 銀髪男の言葉からはエルメニア帝国皇帝への明らかな侮蔑がうかがい知れる。


「だとしても今の我らは友好国からの援軍という立場だ。誰がどこで聞き耳を立てているかわからないのだから、そのようなことは口にするべきではない」


「同感だ。たとえ心中でどのように考えていたとしても、口に出して良いこととそうでないことがある」


 細目男の言葉に、銀髪男の隣に座っていた大柄な男が頷きつつ賛同した。


「けっ、どうせ今は俺たちしかいないじゃないか」


「心持ちの問題だと言っている。普段からそのようなことを軽々しく口にしていれば、何かの拍子に口を滑らせたり、不意にこぼれ落ちたりするものだ」


 悪びれる様子もない銀髪男に、改めて細目男が釘を刺す。


「同意だ。お前の場合は態度もあからさまだしな」


 大柄な男が声を立てて笑う。


「話を元に戻そう」


 細目男が話を切り替えた。


「隊長が戦死された以上、我々は本国からの指示を待たねばならん。計画の詳細を知っていたのは隊長だけだからな」


「疑問だ。何も聞いていないのか?」


 大柄な男が問いかける。


「断片的には聞いているが、全てを知っているわけではない。私が知っているのは帝国の背中を押して王国と開戦させ、その戦いを支援するということだけだ。それはふたりも知っているだろう?」


 銀髪男と大柄な男が無言で頷いた。

 たとえ本国からの詳細な指示は知らされていなくとも、戦死した隊長から口頭で説明された内容や方針によってそれはうかがい知れる。


「行く行くは帝国を徐々に傀儡(かいらい)化するというようなことも隊長はもらしておられたが……。それが本国の指示なのか隊長個人のお考えなのかはわからん」


 細目の男が目を閉じて軽く首を横へ振った。


 彼らが率いる飛馬隊は先の戦いで大きな傷を負っている。


 王国の本陣を蹴散らした後、三人は別働隊を率いて残敵の追撃を行っていたため詳しい状況はよくわかっていない。

 隊長が率いていた残る千騎が敵と遭遇し、半数にあたる五百騎が討ち取られた経緯は生き残った兵たちからの報告で大まかに把握している程度だった。


 それによると、まず最初に一騎の敵伝令を発見したところから悪夢がはじまったという。

 隊長の命令で三十騎がその伝令を捕らえようと先行したところ、追いかけた先で別の王国兵と遭遇して交戦。その結果全滅。

 後から追いついた隊長たちもその王国兵と交戦状態に入り、魔術らしき不可思議な攻撃で次々と被害が出たという。


 確かに五百騎という損失は痛い。

 負傷者を除けば即応できる飛馬騎兵は千二百騎ほどにまで減っている。

 だがそれでもなお、帝国内において強力な戦力であることは変わりがないだろう。


 問題は隊長を失った今、本国の指示を待たなければ不用意に身動きが取れないという点だった。


「確認だ。本国への伝書は?」


「すでに飛ばした。早ければひと月ほどで指示が届くだろう」


 本国までの距離は遠い。


 しかも間に広がっているのは無尽蔵の海水で満たされた外海だ。

 特殊な方法で連絡を取ることができるとはいえ、それなりの時間がかかってしまうのは仕方がないことだった。


「それまでに何も起こらなけりゃいいがな」


 皮肉げな銀髪男の言葉へ、同感とばかりに大柄な男があごを引く。


「同意だ。戦に勝った側が内憂ないゆうで身動き取れなくなるとは、世の中上手(うま)くは行かないものだ」


 今回の戦いで帝国は敵よりも多数の兵を用意し、戦力的な優位性を最初から確立していた。

 加えて王国軍上層部に裏から働きかけることで積極的な迎撃策を取らせるよう仕向け、侵攻する側でありながらも有利な防御側へ立つことに成功する。

 さらには君主国の飛馬隊という切り札を投入し、偽情報を流すことで王国軍を罠に陥れ、勝利を揺るぎないものへと変えた。

 本来ならば防御用の陣地構築にあてる人員を割いてまで王国軍の退却路となる森の中に罠を仕掛け、伏兵までも配置して徹底的な殲滅を図ったのだ。


 その試みはほぼ成功した。

 王国軍は戦場で敗走し、退却途中で罠と伏兵により壊滅的な打撃を受けている。当面まともな組織的抵抗ができなくなるほどに。


 だがしかし、そのチャンスを前にして帝国は撤兵せざるを得なかった。


「右翼部隊の指揮官。たしかラートリア子爵だったか?」


「肯定だ。帝国の大貴族タングラム公爵の嫡子ちゃくしだな。他にも貴族家の当主本人が五人、跡取りが七人、その他次男坊やら三男坊やらが六人。合計十八人の大量戦死らしい」


 細目の男に大柄な男が自らの得た情報を披露する。

 その言葉を引き継ぐかのように、銀髪の男が呆れた顔とともに鼻で笑う。


「で、兵力は十分、補給も潤沢、敵は抵抗する戦力もない状態にもかかわらず慌てて撤退ってんだから馬鹿馬鹿しい」


「この国は貴族の力が強い。皇帝といえど彼らの支持を失えばその座が危ぶまれるのだ。仕方あるまい」


 長い間念願であった王国の併呑へいどん

 その絶好の機会に背を向けて帰路へつくに至った経緯は、帝国の人間にとって理解こそできても納得のいくものではないだろう。


 戦場で長子を討ち取られたタングラム公爵が無謀な出征の責任を皇帝の退位に求めたが、皇帝本人はそれを拒否。

 帝国内最大派閥のタングラム公爵をはじめとして、彼の派閥に属する貴族たち、そして彼同様に当主や息子を失った貴族たちが次々と皇帝へ不信を表明し急速に国内の情勢が悪化した。

 もはや内乱一歩手前とまで言われる始末である。


「疑問だ。結局あの戦いで誰が得をしたんだろうな? 王国は国土を侵略されることこそまぬがれたが、軍が壊滅して王子までもを失った。帝国は勝ち戦にもかかわらずその果実をつかむこともなく兵を引き、戦費をいたずらにつぎ込んだだけ。せめて敵の王子を捕らえていれば身代金でその補填もできただろうが、どこかの誰かさんが勢いあまって討ち取ってしまったからな」


「俺が悪いってのかよ! どうせ王国を滅ぼした時には縛り首になるんだから、いいじゃねえか!」


 大柄な男のぼやきめいた発言に、銀髪男が食ってかかる。

 王国本陣を強襲した際、王国の第三王子を誤って討ち取ってしまったのが他ならぬ銀髪男であった。


「確かにあの時点ではそうだった。勝利の勢いに乗って王都まで一気呵成に攻め寄せ、一ヶ月で勝負をつける予定だったが……」


 帝国内が外征どころではない今となってはそれもままならない。

 ため息混じりに細目の男が肩を落とす。


 当初の計画通りにならない以上、捕虜の王族と引き替えにして身代金の名目で賠償金を得るという着地点は無難ぶなんな選択といえる。

 もちろんそれは引き渡す第三王子が生きていればの話だ。


 今この状態で帝国が休戦協定を持ち掛けたとして、王国がどこまで譲歩するかは不明瞭である。

 もちろん状況からいって帝国有利な条件でことが進むのは間違いないが、帝国の現状を知れば王国も足もとを見てくるだろう。

 第三王子が帝国の手中にあればそれを防ぎ、ほぼ一方的な協定を結ぶことができたかもしれない。


「我々とて少なくない損害を出し、隊長まで失ってしまった。結局帝国も、王国も、我々も、三方ともに傷を負って得るものはなし、か」


「もう面倒くせえから、俺たちだけで王国を落としちまうか?」


「愚考だ。そんな勝手なことが許されるわけないだろう」


 確かに飛馬隊の戦力があればたいの王国軍を十分圧倒できるだろう。

 だがおそらく本国は現時点でそのようなことを望んでいないし、王国を滅ぼした後の統治はリソース的に不可能と思われる。

 加えてその場合、明らかに帝国をも敵に回すこととなるだろう。


 またも言い争いをはじめたふたりに向け、細目の男は結論らしきものを口にして席を立った。


「とにかく今は本国からの指示を待つしかない。帝国内のいさかいに巻き込まれないよう、各部隊へはこれまで以上に注意するよう通達してくれ」






 一ヶ月後、彼らが本国から受け取った指示。


 それは『即時本国へ帰還せよ』というものだった。


2018/07/21 脱字修正 縛り首になるんから → 縛り首になるんだから

※感想欄でのご指摘ありがとうございます。


2019/03/09 脱字修正 激突した国軍と帝国軍 → 激突した王国軍と帝国軍

※脱字報告ありがとうございます。


2019/05/04 誤字修正 細身の男が → 細目の男が

※誤字報告ありがとうございます。


2019/07/30 誤字修正 関わらず → かかわらず

2019/07/30 誤字修正 例え → たとえ

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