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歌姫ルル

「ルル」

 エリーサが感極まった様子でルルの手を取った。涙はもう流していないが、まだ瞳は潤んでいる。

「よく頑張ったわ。とても素晴らしかった」

「エリーサ様の歌声も素晴らしかったです」

 ルルは心からの賛辞を伝えた。

「ありがとう」

 エリーサは微笑み、その時に目に溜まっていた涙が一粒落ちた。

「虹神様は私の結婚を祝福してくださったの。虹神様は何でもご存知なのね。でも、奏所で虹神様に歌を捧げることがこれで最後だと思ったら、急に悲しくなってしまって」

 それであのような複雑な表情をエリーサがしていたのだ。

「後悔していますか?」

 虹神様がいない奏所は、静けさを取り戻している。

「いいえ」

 エリーサは涙で光る目を細めながらも、はっきりと答えた。

「虹神様と共に歌うことはなくなるのは寂しいけれど、でも後悔はしていないわ。奏所では歌えなくなるけれど、他の場所でも、いつでも虹神様に感謝の歌を捧げることができるでしょう?」

 ルルはうなずいた。

「虹神様はきっと聴いてくださいます」

 畑で歌っていたルルのところに来てくれたように。

 エリーサは花のように美しい笑顔を見せたあと、ルルの口元にそっと手を寄せた。

「傷が治ってるわ。虹神様が癒してくださったのね」

 確かに、唇の切れていた部分が、すっかりなくなっている。頬の痛みも完全に無くなっていた。

「ルル」

 片方の手を取られ、見ると、レインがすぐそばに立っていた。その顔には明るい笑みが浮かんでいる。

「虹を見に行こう」

 レインはそう言うなり、微笑んで見守るエリーサをあとにして、ルルを連れて奏所を出た。

「私、上手くできたのかな?」

 ルルはレインに尋ねた。虹神様に出会えた興奮の余韻がまだ残っているせいか、自分ではよくわからない。

「最高だったよ」

 レインの手はしっかりとルルの手を握っている。レインの横顔が喜びに満ちているのが見え、虹神様と歌ったルルの歌を高く評価してくれているが、その表情からも伝わってきた。

 広間を通り、ベナヤが視界の端に映ったのもつかの間、レインは一つの扉を開けて階段をのぼり、バルコニーに出た。

 その瞬間、ルルは目の前の光景に目を見開いた。

 街にかかる、大きな大きな虹。鮮やかに光る七色の立派な虹は、しかも、一つではない。十字に交差して、もう一つ大きな虹がかかっている。二つの虹は、青い空に大きく弧を描いて、輝いていた。

「十字の虹。虹神様が新しい歌姫を認めた時に出る虹だよ」

 レインが感嘆し、それからルルに向かってにっこりと微笑んだ。

「ルルは歌姫に選ばれたんだ」

 ルルは言葉が出てこなかった。

 実感が湧かない。けれども、目の前の空にかかる十字の大きな虹は、確かにルルが新しい歌姫に選ばれたことを示している。

「ルル、見て」

 レインが眼下に見える街の広場を指差した。

 見ると、街中から人々が続々と広場へ集まり、大きな二つの虹を見て、喜びの声を上げている。

 ルルはその広場から離れた、街のはずれの森を見た。

 おばあちゃんも見てくれているだろうか? エリメレクさんも、そしてグローバン先生も……。

「ルル、おめでとう」

 振り返ると、エリーサが笑顔で立っていた。その隣にはベナヤも立っていて、ルルに向かって軽く一礼した。

「ありがとうございます」

 ルルは二人に礼を言い、特に、エリーサには再度深く頭を下げた。

「エリーサ様、今まで本当にお世話になりました。心から感謝しています」

「お礼を言うのは私たちの方よ」

 その時ルルは、エリーサとベナヤが手をつないでいるのに気づいた。

 エリーサは嬉しそうに言った。

「ルルが歌姫に選ばれたから、私たちもようやく結婚できるわ」

「おめでとうございます。私も、祖母も、心から祝福しています」

「ありがとう」

 エリーサは街の人々が歓声をあげているのを耳にし、微笑んだ。

「しばらくはお祝いが続きそうね。ルル、忙しくなるわよ」


 エリーサの言った通り、それから一週間近く、ルルは交代式や祝賀会など、目の回るようなスケジュールが続いた。

 街は新しい歌姫の誕生を喜んで歓迎したが、カルロとカレット、ダラスとは一度も顔を合わすことがなかった。どうやらカルロは長老職を解かれ、カレットどダラスは退学になり、三人は人の目を逃れるようにひっそりとどこかに行ったことをルルは後になって聞いた。新しい長老はまだ選出中だという。

 マラは晴れてルルと一緒に城で暮らすことになり、片足の悪いマラを世話する専属の付き人もつけられた。マラは小屋にいるときよりも活動的になり、楽しそうに過ごしている。


 ルルが歌姫に就任してから二週間後、エリーサとベナヤは湖畔の小さな教会で結婚式を挙げた。参列したのは、エリーサとベナヤの両親、レイン、エリメレク、そしてルルとマラだ。血の繋がりはないけれど、ルルとマラを家族のように思っているから、とエリーサが招いてくれたのだ。

 エリーサとベナヤの結婚式は静かに執り行われ、出席した人たちから祝福を受けた二人は、始終嬉しそうだった。

 エリーサとレインの両親は、二人とも目を見張るような美男美女で、まるでエリーサとレインが年を重ねたかのように、よく似ていた。挨拶を交わすと、穏かな物腰と洗練された立ち振る舞いで、やはり元歌姫と元奏楽者なのだと、ルルは尊敬の眼差しで二人を見つめた。

 式が終わり、ルルはレインと一緒に、静かな湖畔の岸辺を歩いた。

 穏かな太陽の光が降り注ぎ、湖畔からは爽やかな風が吹いてきている。砂浜は白く、湖畔の青と見事なコントラストだ。

 ルルは柔らかい砂浜の上をレインと歩き、どこからともなく二人の手はつながれ、黙って一緒に歩いた。

「寂しくなるね」

 先に口を開いたのはルルだった。

 ルルはエリーサが「結婚後は湖畔のそばで二人静かに暮らす」と言ったことを思い出していた。

「また会いに行けばいいさ」

 レインはのんびりと言い、その口調は、ルルと違って寂しがっているようには見えない。

「一生の別れをするわけじゃないし。幸せそうな姉様とベナヤの顔が見れて良かったよ」

「うん、そうだね」

 ルルは結婚式で見せた、エリーサの幸せと喜びに溢れた、美しい微笑みを思い出した。そしてその隣で、愛情に満ちた視線をエリーサに向けるベナヤの幸せそうな表情も。

 きっとこれから、エリーサは歌姫ではなく一人の女性として、ベナヤと共に素敵な家庭を築いていくのだろう。

「ルル」

 レインが立ち止まり、ルルも止まって振り返った。

 レインの金髪が太陽の光を受けてキラキラ輝いている。瞳は湖畔のように青く澄んでいて、真っ直ぐルルを見ている。ルルはどきりとした。レインの綺麗な顔立ちは、いつまで経っても慣れそうにない。

「歌姫になってくれて、ありがとう」

「レインのおかげだよ」

 ルルはレインを見つめ返した。

「レインが私を見つけてくれて、助けてくれた。本当にありがとう」 

 レインは微笑み、それから繋いでいない片方のルルの手を取って持ち上げた。

「歌姫ルル、竪琴と共に支えていくよ。これからも、ずっと」

 真剣な表情で誓い、レインは持ち上げたルルの手の甲に、彼の整った唇をそっと押し付けた。

 ルルの胸はどきどきした。

 これからも、こんな風にレインに魅了されていくのだろう。

 歌姫として、新しい人生は始まったばかりだ。この先きっと、楽しいことも苦しいことも、嬉しいことも悲しいこともあるだろう。

 けれど、きっと大丈夫。支えてくれるレインがいる。マラがいる。エリメレクもエリーサも、そして――虹神様もいる。

 暖かな光に包まれ、ルルはレインに向かって微笑んだ。


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