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第7話 元王宮魔法士筆頭、弟子をとる

 森の縁で、風が跳ねた。


 枝が一本、あり得ない勢いで吹き飛び、木々にぶつかりながら奥へ消える。

 その直後に訪れた沈黙――村人たちの息の詰まる気配が、こちらまで伝わった。


(……魔力が暴れている)

 

 生活魔法の「強い」ではない。

 制御ができていない。

 そして量が、明らかにおかしい。


 俺は袋を持ち直す。

 赤い果物が口から覗いていた。

 今日の分のりんごだ。

 こんなものを抱えて顔を出すのは気が引けたが、見過ごす方が面倒になる。

 村人たちの視線が刺さる。


「よそ者だ」


「森に住み着いてる」


 ――その程度の噂は耳に入っている。

 俺としても、村に深入りする気はない。


 だが、あの風は放置できない。

 ぼんやり立っている女がいた。これがさっきの魔力の元か。


 長身で、細い。

 村の娘にしては骨格が整っている。

 周囲の空気がその娘を避けているのがわかった。

 俺は前に出た。


「今、魔力が暴走していたな」


 責める意図はない。確認だ。


「怪我人は出ていないか」


 村人は黙ったまま首を振る。

 娘の方も、言葉を探している顔をしていた。怯えと、羞恥と、焦りが混ざっている。


(――危険だ)


 これだけの魔力をこのまま村に置けば、いつか誰かが死ぬかもしれない。


「このままでは村の生活に支障が出るだろう」


 俺は結論だけ置き、引くつもりだった。

 余計な情を挟めば、面倒が増える。


「街の魔法士のところへでもやって、制御を教わった方がいい」


 そう言って背を向ける。


 ――それで終わるはずだった。


「魔法士様!」


 次の瞬間、外套の裾が引かれた。足元が崩れ、俺は尻餅をつく。

 袋が落ち、りんごが転がった。


(……最悪だ)


 立ち上がる間に、娘はりんごを拾い集め、差し出してきた。

 その目だけが妙に生きている。

 追い詰められた者の目だ。いや、違う。


(……期待している)


 俺に対して。

 自分が助かる道がここにある、と本気で信じている。


「弟子にしてくださいませんか」


 愚直な頼みだ。

 村の親は止めに入る。常識的な反応だ。


 娘はそれでも言い募った。

 金がない、村に迷惑をかける、誰かを怪我させるのは耐えられない。


 言葉の端々は軽い。

 だが感情はまっすぐで強い。

 そして何より、魔力が――俺の手に余るほど、濃い。


(放ってはおけない、か)


 引き受ける理由は、十分あった。

 俺が拾わなければ、誰かが拾う。より悪い形で。だが。


「弟子にするつもりはない」


 まず拒否する。条件反射だ。

 だが娘は引かない。必死で食い下がる。

 涙まで浮かべる。

 演技じみているほど必死だ。

 これだけ押しの強い性格では、村でも扱いかねているのだろう。


(……面倒なことになった)


 この娘、根のところは真っ直ぐのようだ。

 危うさと強さが同居している。

 放置すれば折れるか、爆ぜるかのどちらか。


 村が危険になるというのも本当のことだ。

 俺は視線を逸らし、短く言った。


「……好きにしろ」


 口にした瞬間、覚悟が決まるのを感じた。

 これは“放任”ではない。

 俺が面倒を見るという意味になる。


 娘は嬉しそうにはしゃぎ、親に向かって大げさに宣言し、俺の後ろを追ってくる。

 足取りが軽い。

(軽いな)

 軽さは弱さではない。

 生き残るための才能でもある。

 だが――この世界は軽さだけでは死ぬ。


 森の奥。

 結界の前で足を止める。

 俺は迷いなく中へ入った。

 外の視線を断ち切るためだ。入ってしまえば外からは見えない。


 背後で、娘が結界に触れる気配がした。


(触れた?)


 そう思った瞬間、結界膜が“溶けた”。


(……は?)


 俺の結界は、人間を想定している。

 小動物や虫は除外しているが、子供であっても人の侵入は弾く。


 “力任せ”にこじ開けるには相応の技量が要る――少なくとも、街の魔法士程度では無理だ。


 だが娘は、押して、広げて、ねじ込むように入ってきた。

 乱暴で、雑で、しかし“理屈”があった。


 触れた瞬間に結界の性質を掴み、流す魔力の質を合わせている、ということか?


(理解が早い……いや、感覚が鋭いのか)


 俺は振り返った。

 娘は息を切らしながら立っている。

 勝ち誇った顔をしている。


 叱るべきだろうか。

 だが――今叱っても意味がない。


「好きにしろとは言ったが…………まあいい」


 家へ入れる。

 まず隔離が必要だ。


 そして、調べる。

 量と質を。


「名前は」

「歳は」

「今までの失敗を言え」


 娘は素直に答えた。

 失敗がどれも酷い。


 物干しごと飛ばし、かまどを爆発させ、水を溢れさせる。

(……周囲が禁じるのも当然だ)


 そして魔力を見せろと言うと、娘は“もっと出せる”顔をした。

 俺は手をかざし、暴発に備える。

 しかし娘の魔力は、恐ろしいほどに増える。

 止めても止まりきらない勢いがある。


「そこまで」


 そこで確信した。

 街に任せれば、扱い切れない。

 村に置けば、事故が起きる。


(俺がやるしかない)


 だが、このままここへ住まわせるわけにもいかない。

 外へ出すとき、女の姿のままでは危険だ。


 噂はすぐに回る。

 男に狙われる危険もある。

 余計な視線が集まれば、面倒が増える。


 ――弟子として鍛える前に、生き延びる形を作る。


 翌日、街へ出た。

 娘はやたらと楽しそうだった。

 無駄に明るい。


 古着屋で服を選ぶ。

 動きやすく、目立たず、丈夫なもの。ズボン、ベルト、ブーツ、シャツ。


 娘が首を傾げる。


「師匠、それ、小さくありませんか?」


「これはお前のだ」


「は?」


「女の姿で独り歩きはさせられない。こっちの方が動きやすい。修行に男も女も関係ない」

 

――嘘ではない。だが本音は、もっと現実的だ。

 まずはとにかく安全だ。


 娘は一瞬だけ驚いたが、すぐに顔が輝いた。


「わかりました!男装します!呼び名も変えましょう。クレス、とか!」


(……なぜそこで勝手に盛り上がる)


 俺は息を吐いた。


 しかし、その軽さが今は救いでもある。怯えきって震えられても困る。


「……好きにしろ」


 男装した娘は、余計なものが削げ落ちて見えた。

 長身の身体に布が馴染む。

 視線が散る。危うさが一段、下がる。


(これで少しは――)


 安心と言ってしまえるまほどではないにしても、面倒な火種を一つ減らせた。

 袋の中で、りんごが小さく当たって音を立てる。俺はそれを無視して歩く。


(……弟子を取るつもりはなかった)


 だが、受け入れてしまった以上、途中で投げる気はない。

 この娘は、きっと強くなる。

 強くなりすぎる前に、制御を叩き込む必要がある。


 ――それが、当面の俺の仕事だ。


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