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第56話 静かな目覚め

目を開けたとき、最初に感じたのは静寂だった。


天井が見える。

見慣れた屋敷の天井ではなく、王城の医務室のものだ。

体が重い。だが痛みはない。


生きている。


ゆっくりと視線を動かすと、すぐ横に金色の髪が見えた。


クレシアが、ベッドに突っ伏して眠っている。俺の手を握ったまま。

指先に、かすかな温もりがある。


眠っているのだと理解するまで、少し時間がかかった。

その姿はあまりにも無防備で、そして疲れ切っていた。

頬に髪がかかっている。

呼吸は浅く、だが規則的だ。

俺は、まだ思うように力の入らない手でその髪に触れた。

柔らかい。

指先が震える。


生きている。


クレシアも、俺も。


「……守れた」


声は思ったよりも掠れていた。


頭を撫でると、彼女は小さく身じろぎをしたが、目は覚まさない。

そのまま、もう一度ゆっくりと髪を撫でる。


この温もりを、失わずに済んだ。

その事実だけで、胸の奥が静かに満たされていく。


扉が控えめに叩かれた。


「ヴァレリウス様……!」


リリアナが目を見開いて立ち尽くす。

俺が頷くと、彼女は安堵したように息を吐いた。


「俺は、どう、なった?」


 声はまだ掠れている。思うように話せない。


「禁術の中和に力を使い果たして、五日間、意識がありませんでした。反転魔力の汚染が深く、生命循環も停止しかけていました」


五日間。

その言葉が妙に遠く聞こえる。


「本来なら助からなかったでしょう」


リリアナはクレシアを見る。


「ですが――」


少しだけ、表情を和らげた。


「この子が助けました」


俺は黙って彼女の言葉を待つ。


「あなたの魔力循環に合わせて、少しずつ魔力を供給し続けました。拒絶反応が出ないよう、二日間ほとんど休まずに」


視線を落とす。

クレシアの手はまだ俺を握っている。

細い指。

だが、その奥にある魔力量は常識外れだ。


「ようやく安定したところで力尽きて眠りました」


そうか。

だからこんな格好で眠っているのか。


俺はもう一度、彼女の頭を撫でる。

その様子をしばらく見ていたリリアナが、眠るクレシアに一瞬だけ視線を落とし、微かに表情を和らげた。

それから少し声を落として、言った。


「ヴァレリウス様、私、ずっと思ってたんです」


少し微笑んでこちらを覗き込む。


「……クレシアは、あなたの大切な女性、なんですよね?」


唐突な言葉だった。

だが否定する理由が……なかった。


「……そう、だな」

リリアナが微笑む。  


「お互い命をかけたのですから。もう、素直になっていいと思いませんか」  


「……素直に、か。」 


クレシアの柔らかい髪に触れる。

そうだ、一番大切な、存在。


「……大切な、存在だ。何よりも」


長い間、認めなかった言葉が自然に出る。


「では彼女が目覚めたら、きちんと言葉で伝えてあげてくださいね」


リリアナは声を落としてゆっくりと言う。


「愛している、と」


その言葉は、胸の奥にまっすぐ落ちた。


もう自分の思いを拒むことはしたくない。


俺はクレシアの頭に触れたまま答える。


「ああ、そうだな」


指先で髪を整える。


「伝えよう」


こんなにも近くにいたいのに、ずっと遠ざけてきた。

自立させるためだ、守るためだと、自分に言い聞かせて。

だが――


「失いたくない」


その言葉は自然に続いた。


「……愛している、と」


リリアナは小さく頷く。


「ええ。それがいいと思いますよ」


リリアナは静かに扉へ向かう。


「では、ごゆっくり」


扉が閉まる。


部屋には再び静寂が戻った。


クレシアはまだ眠っている。

俺の手を握ったまま。

頭を撫でると、指先にわずかな体温が伝わる。


こんなにも小さくて、こんなにも強い。

そして――こんなにも大切な存在になっていた。


もう離すつもりはない。

彼女が目を覚ましたら、伝えよう。


言葉で。

きちんと。


その時まで、俺はただ静かに彼女の頭を撫で続けていた。

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