第27話『塩の魔女の方程式』
シエラに導かれた先は、海岸線の外れにある放棄された塩田だった。
照りつける太陽と、蒸発した海水が作る湿気。
そんなサウナのような環境の中に、奇妙な人影があった。
白衣にゴム長靴。目元には分厚い防護ゴーグル。
一人の女性が、海水を満たした水槽の前でブツブツと独り言を呟いている。
「濃度三・四%……気温四六度……蒸発速度、予測値よりマイナス〇・二……チッ、効率が悪い」
彼女は苛立ったように舌打ちすると、乱暴に水槽へ手をかざした。
「ええい、面倒だわ! 強制分離!」
『塩分操作』
彼女の手から魔力が奔ると同時、水槽の中の水が一瞬で白濁し――次の瞬間、劇的な変化が起きた。
水が信じられないほどの透明度を取り戻し、代わりに水槽の底に、真っ白な結晶がどさりと沈殿したのだ。
「……なっ!?」
俺は思わず声を上げた。
今、何をした?
濾過フィルターも、逆浸透膜も、遠心分離機もなしに……イオンレベルで塩化ナトリウムを分離したのか?
魔法だと言われればそれまでだが、俺の技術屋としての目が「とんでもない精密作業」だと告げていた。
◇
「おい、アンタ。すごいな」
俺は思わず駆け寄った。
女性がビクリと肩を震わせ、ゴーグルをずらして俺を睨みつける。
潮風で傷んだ銀髪に、隈の浮いた目。美人というよりは、神経質な研究者といった風貌だ。
「……何、アンタ。観光客ならあっち行ってな。データが狂う」
挨拶もなしに、彼女は手でシッシッと追い払う仕草をした。
「私は忙しいの。この町の連中は私のことを『海を汚す魔女』だなんて後ろ指さすけど、そのくせ塩がないと料理もできないんだから世話ないわ」
「海を汚す?」
「海水を魔法でいじくり回してるからね。気味が悪いってさ。
……フン、無知な連中よ。私はただ、不純物のない最高純度の結晶を作りたいだけなのに」
彼女は再びゴーグルを装着し、俺たちに背を向けた。
典型的なマッドサイエンティスト気質だ。他人の評価より、自分の知的好奇心が最優先。
このタイプに「人助け」だの「子供のために」だのと情に訴えても無駄だろう。
だから、俺は「手」を変えた。
彼女と同じ、理系の言語で攻める。
「……もったいないな」
俺はわざとらしく溜息をついた。
「分離の腕は超一流だが……その後の『廃液処理』が三流だ。
お前のやり方じゃ、分離した後の『真水』を捨てるのにエネルギーを使いすぎている。熱力学的に見て、あまりに非効率だ」
ピクリ。
彼女の背中が反応した。
「……何ですって?」
彼女がゆっくりと振り返る。ゴーグルの奥の瞳が、鋭く俺を射抜いた。
「アンタ、何が言いたいの?」
「取引だ」
俺は一歩踏み出し、提案を突きつけた。
「俺は今、海を凍らせるために大量の『真水』を欲している。
お前が塩を取り出した後の『廃液(真水)』は、俺にとっては宝の山だ。
逆に、俺のトラックは馬鹿でかいエンジンを積んでいてな。使い道のない『排熱(廃熱)』を大量に捨てている。
この熱をお前の塩の乾燥工程に回せば、今の十倍の速度で結晶化できるぞ」
俺の言葉に、彼女が口を半開きにした。
「……排熱利用……!?
アンタ……魔法使いのくせに、そんなことが分かるの?」
「俺は魔法使いじゃない。運送屋だ。
効率化こそが俺の魔法だ」
彼女の表情が一変した。
警戒心の色が消え、代わりに貪欲な研究者としての輝きが宿る。
「……面白い。口先だけじゃないか、試してあげる」
◇
即席の実験が始まった。
場所は海に面した岩場。
「いくわよ。タイミングを合わせなさい」
「おう」
彼女――サリナが海面に手をかざす。
「抽出!」
海水から塩分(溶質)が強制的に引き剥がされ、瞬時にただの「水(溶媒)」へと変わる。
本来ならすぐに周囲の海水と混ざって元通りになる一瞬の隙。
そこに、俺が割り込む。
「凝固!」
塩分濃度ゼロ。凝固点降下はもう起きない。
〇度で凍るようになった水は、俺の冷却魔法を素直に受け入れ――。
バキィィィィン!!
硬質な音と共に、分厚く、透明度の高い氷の柱が海面に突き立った。
波が打ち寄せても、びくともしない。
完璧な強度の氷だ。
「……美しい……!」
サリナが氷の柱に頬ずりせんばかりに近づき、うっとりと呟いた。
「不純物ゼロの凝固プロセス! 結晶構造に歪みがないわ!
アンタの冷却、素晴らしい精度してるじゃない!」
「そっちこそ。これだけの海水を一瞬で真水にするとはな。いい腕だ」
俺たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
言葉はいらない。技術屋同士の共鳴が、そこにはあった。
そんな俺たちを遠巻きに見ながら、ベアトリスたちがポカーンとしている。
「……マスターがあんなに楽しそうに話しているのは、初めて見ました」
「お姉ちゃん、変なメガネしてるけど凄いの?」
「……波長が合っています。似たもの同士の音です」
シエラの言葉通りだった。
◇
サリナはゴーグルを外し、白衣のポケットからスパナを取り出して弄びながら、俺に向き直った。
「いいわ、乗ってあげる。
アンタのトラックの排熱、私の研究に使わせてもらう。
その代わり、島に着くまで私のデータ収集に付き合いなさいよ、運送屋」
「交渉成立だ。よろしく頼むぜ、技術顧問」
俺は彼女と硬い握手を交わした。
塩を抜く「サリナ」。
冷やして固める「ケント」。
重さを消して運ぶ「ベアトリス」。
役者は揃った。
物理と魔法の合わせ技。
いよいよ、この凍らない海に「道」を刻む時が来た。
次回は
【 明日の 18:10 】に更新します!
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※本作品は、執筆の補助・推敲にAIツールを活用しています。




