第26話『凪いだ港と、凍らない海』
南の港町。
灼熱の砂漠を越えた先にあるその場所は、俺たちにとってオアシスそのものだった。
真っ青な空。エメラルドグリーンの海。そして白い砂浜。
俺たちの愛車『ギガ・フロスト・ドラグーンカスタム』は、海岸沿いの道路を滑るように走る。
炎竜の素材でコーティングされたボディは、潮風(塩害)などものともせず、太陽を反射して銀と紅の輝きを放っていた。
「うわぁぁぁぁ! 海だーっ!!」
「お魚いるかなー!?」
トラックを停めた瞬間、後部座席からミナとルルが飛び出した。
「こら待て、準備運動が先だ!」
俺が止めるのも聞かず、二人は浮き輪を抱えて波打ち際へ特攻し――直後、波を被って顔をしかめた。
「ぷはっ! ……んん? しょっぱい!?」
「ぺっ、ぺっ! おじちゃん、このお水、塩とお砂糖間違えてるよ!?」
二人の無邪気な悲鳴。
だが、その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で冷静な計算機がアラートを鳴らした。
(……しょっぱい、か。そうだったな、海は塩水だ)
俺はパラソルの下で、険しい顔をした。
ただの水ではない。不純物が大量に溶け込んだ水溶液。
それはつまり、俺にとって厄介な物理法則が働くことを意味する。
凝固点降下。
真水なら〇度で凍るが、塩水はもっと低い温度まで下げないと凍らない。
さらに、海は巨大な熱容量を持つ、地球規模の循環システムだ。
この灼熱の太陽で温められた海水が、対流によって次々と供給される。
(……まずいな。理論値よりもエネルギー効率がガタ落ちするぞ。
道を作るには、想定の三倍……いや五倍の出力が必要になるかもしれん)
俺がバカンス気分から一転して眉をひそめていると、後ろから凛とした声がした。
「……ふむ。水練には最適な環境ですね」
ベアトリスだ。
「騎士の品位を損なわないもの」を選んだ結果、飾り気のない競泳水着のようなデザインだが、それが逆に鍛え上げられた肢体とボディラインを強調している。
彼女は準備運動もそこそこに、クロールで沖へ向かい――そして、すぐに戻ってきた。
「マスター。お気づきですか? 沖に一隻も船がいません。漁船すらも」
「ああ。どうやら、ただの観光地ってわけじゃなさそうだ」
浜辺にいた漁師に話を聞けば、案の定だった。
一ヶ月前から謎の現象で海が荒れ、船を出せば沈むという。
物流の完全停止。サラの情報の通りだ。
「……俺にはバカンスはなかったようだな」
俺はパーカーを羽織り、仕事モードへ切り替えた。
船が出ないなら、俺たちの出番だ。
「シエラ、行くぞ。テストだ」
「はい、マスター」
俺は波打ち際に立ち、海面に両手をかざした。
塩分濃度による凍結阻害。それを力技でねじ伏せられるか、試す必要がある。
――対象:海水。前方一〇メートル。
――プロセス:急速冷却。強制凝固。
俺の全魔力を海へと叩き込む。
バキキッ……!
海面が一瞬白く濁り、薄い氷が張る。
だが。
ザザァ……ン。
次の波が押し寄せた瞬間、氷はあっけなく砕け、シャーベット状になって溶け去った。
「……くそっ、やっぱりか!」
俺は舌打ちをした。
やはり、塩分が結晶化を邪魔している。
冷やしても冷やしても、周囲の温かい海水と混ざり合い、熱を供給してくる。
コップの水を凍らせるのとは訳が違う。俺は今、海という巨大な熱エネルギーの塊に、素手で喧嘩を売っているようなものだ。
「無理だ。このままじゃ島に着く前に、俺が干からびちまう」
俺は手を下ろした。
島に薬を届けるという依頼が、自然の法則に阻まれて果たせない。
「……塩さえなければ。
この邪魔な塩分を取り除いて、真水にできれば問題ないんだが……」
俺が悔し紛れに独りごちた、その時だった。
「マスター」
隣にいたシエラが、ふと海岸線の向こう、岩場のある入り江の方角へ顔を向けた。
「……あちらから、音がします」
「音? 波の音か?」
「いえ。もっと規則的で、人工的な音です。
水が分かれる音……何かが結晶化して、沈殿していくような、静かな音」
水が分かれる? 結晶化?
俺の勘が反応した。
それは自然現象の音じゃない。何らかの「分離プロセス」の音だ。
「……この町で、そんな工業的なことをやってる奴がいるのか?」
俺はシエラの示す方角へ歩き出した。
岩場を越えた先。そこには、放棄された塩田のような施設があった。
そして。
「……データ採取完了。塩分濃度、予測値より0.5%上昇」
灼熱の太陽の下、白衣を纏った一人の女性がいた。
彼女は海水を満たした水槽の前で、試験管を振りながら、ブツブツと呟いている。
俺は直感した。
あの白衣の女が、この「凍らない海」を攻略する鍵になるかもしれない、と。
次回は
【 明日の 18:10 】に更新します!
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※本作品は、執筆の補助・推敲にAIツールを活用しています。




