10月11日午後 ~ 廉 4/4
――独特の静けさのせいだろうか?
静謐なのだ。
突然襲いかかった破壊者のごとき災害のせいでなく、海面上昇によって徐々に街が沈んだのなら、住人たちには移住する時間もあっただろう。人命をなぎ倒した形跡や、心を抉る傷跡のない、人だけがいなくなった静寂を遠浅の海が閉じ込めていた。
――ここからは悲鳴や絶叫が聞こえない。
人の想いは、これほどの違いを大地にもたらすのか――。
到着してしばらく経つが、空は変わらず高く晴れ上がったまま、天空を染め抜く青は鳥肌がたつほどに鮮やかだ。
その空に浮かぶ小魚の群れのような真っ白い鱗雲を、旧市街地を薄く覆った水が鏡のように映している。
微かな風もそよがないように、空間がそっと息を止めたような静けさの中で、頭上と水面と、上下に広がるふたつの空は、それぞれの世界で果てしなく続いていた。
胸いっぱいに深呼吸し、静かに目を閉じる。
新天地の大気は、朝から強い風が吹かなかったのか、埃を抱いていなかった。
しばらくして、廉はゆっくりと目を開けた。
その目は、うって変わって鋭い光を放っていた。
列車には事故も遅延もなく、予定通りに黎明市まで来ることができた。
ここまでは順調だ。
――これで、僕は間にあったことになるのか?
変更不可のタイムリミットに追い立てられている感じは、転校を決めてから今まで、ついぞ消えることはなかった。むしろ、移動日が決まってから、ますます強くなった。
だが、「みおさん」によれば今日は一日中晴れらしく、このまま無事に飛鳥に着けるはずだ。
――いったい、このタイムリミットは何に対してなんだろう?
考えに気を取られ、見るともなく空を眺めているうちに、だんだん背中がざわざわし始めた。
――あれ、何か変だ。
どうにも居心地が悪い。収まりの悪い違和感を感じる。
――この違和感はどこからきてる?
すばやく全身の感覚を確認する。
そして、すぐさま意識を視覚に集中させると、ひっかかるものを注意深く探知した。
――この空なのか?
ずっと見つめていると、次第にどこか不自然な気がしてきた。
やけに明る過ぎる。
作りものであるはずがないのに、何かの手が加わったような不自然さを感じるのは気のせいか?
――見た目どおりじゃないよな。
見えているものの裏側に、見えない何か潜んでいる気がする。
明るく見えているものの奥にあるのが明るいものとは限らない。
だが、廉は黎明市にやって来たばかりの異邦人だ。ここの空も、空気も、何もかもが初めてで、判断できる基準がない。
それに、廉にはずっと胸に抱いている焦りと不安がある。ネガティブなものに過敏に反応している可能性だって否定できない。
少し考えてから、廉は吹っ切るように大きく息を吐いた。
今、ここで考えてみたところで何も始まらない。
出口のない思考のループにからはさっさと抜け出すと決めている廉である。
――この違和感がタイムリミットに関係あるとは思えない、――少なくとも直接は。
「あとは、飛鳥に行ってみてのことだ」
切り替えるように言うと、半島の突端へ、飛鳥のほうへと伸びた道に、廉は一歩足を踏み出した。
更新:週一、月曜




