ep155 意外な幕引き
トゥーレ駐留軍騎兵部隊の第三騎兵隊長として、百騎の騎兵を率いるまでになっていたコージーは、隘路後方で大規模な落石があったと聞いて覚悟を決めた。
ただ幸いなことに総隊長の機転により、この時点で主君の男爵と虎の子である百五十名の魔法士部隊、そして千五百名近い者たちは落石の向こう側へと脱出に成功していた。
「結局俺たちが魔物の生贄か……、長年に渡って奴らを討伐してきた立場が逆転したな……」
そう呟いて大きく息を吐き、覚悟を決めると自らが率いる騎馬隊に向き直った。
「各隊に倣って円陣を組め、少しでも時間を稼ぎ、一匹でも多く奴らを道連れにするぞ!」
そう叫んで士気を鼓舞しようとしていた時だった。
頭上から大きな声が響き渡った。
「戦いは終わった。諸君らは完全に包囲されており退路はない。最後まで決死の覚悟で主君を守ろうとした君たちに敬意を表し、決して名誉を損なわないと約束しよう。
馬を降りて降伏されたし!」
絶壁の遥か上から、先ほどまでとは全く違う声が響き渡った瞬間、一千人はいると思える兵士たちが絶壁の上から姿を現した。
「なっ、なんと!」
ここでコージーは悟った。
自分たちは先ほどとは別の意味で絶体絶命にあるのだと。
逃げ場がない谷底で、上から一方的に狙撃されれば全滅は目に見えていたからだ。
「王国より公式に定められた、我が主君の領地を無断で侵略した、ルセル・フォン・ガーディア男爵にも反省の機会を与え、追撃しないと約束しよう。
そのために諸君らは武器を捨てて降伏せよ!
命の安全は保障する!」
「我が主君の領地……、だと?」
「男爵様が侵略者って?」
「これはどういうことだよ!」
「いや、俺たちは……、た、助かるのか?」
最後にある兵士が呟いた言葉……、それが一気に兵士たちに伝播した。
最強の魔法士である主君すら全く歯が立たなかった恐ろしい魔物、それと対峙して死を覚悟していた者たちは、一瞬で弦が切れたようにへたり込んだ。
「どういうことだ! 私はトゥーレ駐留軍、第一から第六騎兵部隊を預かるカーズと申す!
我らを攻撃した意図は? 何故我らが侵略者なのだ!」
「先ずは武器を捨てて降伏されよ。我らは獣でもなく魔物でもない。ただ服従を強いるのではなく、我が主君、リュミエール・フォン・ガーディアさまは諸君らに『真実』を知る機会を与えたいと仰せだ」
「だが先ほどの魔物は……」
そう、先ほどの恐ろしい魔物、それと対峙していたはずが一気に違う展開になっていた。
そのためカーズだけでなく多くの者たちが混乱していた。
ただ……、兵士といえども上位にある者たちほど『リュミエール』の名は知っていた。
敢えて男爵が緘口令を敷くほどに、トゥーレでも彼の名は知れ渡っていたからだ。
「無理もないことだが、我が主君は魔の森に住まう魔物さえ統べるお方である。侵略者たる諸君らですら無駄死にさせたくないと願われ、配下の魔物を使って脅されたまでのこと」
「そんなっ!」
ここでカーズは衝撃のあまり落馬しそうになった。
あの恐ろしい魔物ですら配下だと?
魔物を統べる? そんなことが可能なのだろうか?
そんな疑問が彼の脳裏を駆け巡った。
そんな時、思いもよらぬ言葉が降ってきた。
「カーズ、懐かしいね。確か去年は初めての娘さんであるアイシャが生まれた年だっけ?
相変わらずの鬼教官でも、練兵が終われば真っすぐに娘さんの元に飛んでいく子煩悩振りは健在かな?
勧告に従って降伏してくれれば、遠くない日に娘さんにも会えると約束するよ」
「なぁぁぁぁぁっ!」
今度は違う意味で驚愕したカーズは、乗っていた馬から滑り落ちた。
◇◇◇
俺はヴァーリーに降伏勧告を任せていたが、思わず知った名前が出てきた事に驚いた。
俺がルセルだった二度目、カーズと呼ばれた指揮官ともそれなりに縁があったからね。
カーズは魔の森駐留軍のいち騎兵長でしかなかったが、二度目の人生で俺が司令官に抜擢した男だ。
そして彼は更に頭角を表し、後日になってルセル直属軍の騎兵部隊二千騎を率いる、将軍の地位まで上り詰めた男だったからだ。
しかもカーズ指揮下には、彼が鍛え上げた元トゥーレ駐留軍の優秀な将たちが何人もいた。
これもまた、俺がルセルの軍を討ちたくない隠れた理由だった。
彼らの献身、忠義、そして未来での活躍を俺は知っているからだ。
懐かしさのあまり、ちょっと余計な事までしゃべってしまった気もするが、それで兵たちの空気は一変した。
「ははは、隊長のど過ぎた子煩悩は、王都におわす『リュミエールさま』まで届いているとさ。
俺もそんな英名にあやかりたいぜ!」
「そうだな、どうやら俺たちは他に選択肢がないようだぜ、ここは隊長と一緒にお詫びするしかないだろう?」
「やめだやめだ、『リュミエールさま』のお陰で俺たちは誰一人として傷付いちゃいねぇ。
ここで無駄な抵抗をするのは馬鹿らしくねぇか? 俺は隊長ほどではないが、嫁や娘に会いたいからな」
そんな笑い声が各所で沸き起こると、兵たちは一斉に馬から降りて剣を捨てた。
「降伏の意思は確かに受け取った。改めて諸君らの勇気ある決断に礼を言いいたい。
当面の間、帯剣は許されんが武器や乗馬もいずれ返却するため、打ち捨てずに持参されるがよい。
騎馬を連れて通れる道を案内するゆえ、一列になって進んでこられたし」
その言葉と同時に、一枚岩に見えた行く手を塞ぐ城壁の一角がドアのように開くと、そこからは壁の中をくり抜かれた長いスロープが設けられているのが見えた。
「各隊、整然と隊列を作り指揮官を先頭に我に続け!」
取り繕うように威厳を示しなおしたカーズは、自身が一番先頭となってスロープに入って来た。
このスロープは緩い傾斜のまま何度も折れ曲がり、最上部に設けた砦まで続いている。
◇◇◇ 餓狼関門 カーズ
俺たちは夢でも見ているのか?
これまでもそうだったが、戦いが終わったあとは更に衝撃的だった。
ここは……、かつて誰も足を踏み入れたことのない魔の森の奥地……、のはずだ。
なのに……。
「???」
何故こんな場所に、防壁の頂上に数千人は駐留できる規模の砦があるんだ?
何故こんな場所に、一千名を超すであろう獣人たちの兵が居るんだ?
そもそもだがどうやって、このように険しい場所に、誰も足を踏み入れたことがなかった魔の森の奥地に、砦を築くことができたんだ?
私と共に『説明のため』と言われて集められた五名の隊長格、彼らも同様に周囲を見回しては理解が追い付かず、不安な表情をしていた。
「ははは、皆様が不思議に思われるのも無理のないことです。これも我が主君が規格外の力をお持ちだからこそ出来た御業。かく言う我ら自身、何度も皆様と同じような気持ちになりましたからね。
世間の常識はこの先では非常識、それが当たり前と思っていただければ……」
そう言って案内がてら我らを気遣ってくれた獣人は、見るからに精悍な顔付きをした堂々たる将だった。
きっと声からして、降伏勧告をしてくれたのは彼だろう。
獣人ではあるものの身に纏う風格といい、降将たる我らに対しても礼をもって接し、気遣う姿には何かしら感じ入るものがあった。
「将たるもの、かくありたいものだな……」
私は思わずそう呟かずにはいられなかった。
「ではこちらで、皆様を我が主君がお待ちです」
案内された砦の一室には、まだ少年と言っても差支えのない貴公子然とした方ともう一人……。
ま、まさか! あのお方は……。
「先ずは改めて皆には挨拶させてもらいたい。この地の領主であるリュミエール・フォン・ガーディアだ。
皆には恐ろしい思いをさせてしまったことを詫び、決断をしてくれたことに改めて礼を言いたい」
この方が……、いや、それ以上に……。
私たちは一斉に跪いたが、動揺のあまり背中から冷たい汗が止めどなく噴き出しているのを感じた。
「そして……、領主代行を務めてもらっている彼は……、みんな知っているよね?」
そう、間違いなくバイデル様だ!
トゥーレに領地を得られた男爵様を補佐され、それ以上に、かつてはガーディア辺境伯家の家宰まで勤められたお方だ。
数年前に引退され、王都にて暮されているとの噂を聞いていたが……。
「先ずは皆に動かぬ事実を説明したい。この地図を見てくれないか?」
テーブルの上に置かれていた地図には、トゥーレやノイスを始めとする男爵領と、近年領地として認められた獣人たちが住んでいた砦などの領域、そしてまだ私たちが知らない魔の森の奥深くまでが詳細に描かれていた。
「バイデル、辺境伯からの書状を読みあげてもらえるかな?」
リュミエール様の言葉に従い、バイデル様が読み上げられた辺境伯の書状には、私たちが知らぬ事実が記されていた!
ここは既に……、誰もが所有権を持たない魔の森奥地ではないことを……。
辺境伯によって認められた、リュミエールさまが所領として支配されていることが明らかになった。
「隊長、となると俺たちは無断で他領を犯して攻撃した、侵略者ってことになりますな?」
第三騎兵隊長のコージーが言った通りだ。
これでは無断で越境し戦端を開いた我々は、討伐されても文句の言えない立場ではないか!
いや……、それだけでは済まない。
辺境伯の命に背いた『反乱軍』として討伐される立場であり、その累は家族にまで及ぶ……。
「あれ? まさか……、コージーさん? 久しぶりだよね、出世したんだ?」
「「???」」
いや……、私のこともそうだったが、何故リュミエールさまはコージーのことまで知っている?
コージーを見て懐かしそうに笑っていらっしゃるが、当のコージー自身は固まっている。
そんな我らの様子を見たリュミエール様は苦笑され、改めて話を始められた。
「ちょっとした昔話になるけどね……、俺の母であるフィリスは、俺を産むと同時に身罷り、身寄りのない孤児として俺はトゥーレの孤児院で育ったからね」
何と!
そんな話は初めて聞いたが、リュミエール様は王都の貴族に預けられていたのではなかったのか?
そもそもだが、そんな話を何故俺たちに?
「トゥーレで砂金採集が始まった時、俺が知らずにオーロ川に入って縄目に掛けられたとき、コージーさんは助けてくれたよね?」
「ま、まさかボウズ! あっ……、いえ、大変失礼いたしました!
あの時はリュミエールさまとは思いも寄らず、大変失礼をいたしました」
「気にしないで良いよ。あの時に助けてくれたこと、その後も孤児院の子供たちに優しく、色々と便宜を図ってくれたことは、いつかお礼が言いたいと思っていたので、ね。
それにあの時は、俺自身が『リュミエール』とは知らなかったし」
まさか……、本当に知り合いだったのか!
しかもあの、過酷な環境であったトゥーレの孤児院でお育ちになったというのか?
そらからも昔話さながらに、リュミエールさまは驚くべきことを次々と話された。
・育たれた環境と転機について
・虐げられた者たちを助けるために立ち上がられたこと
・不思議な縁によって出生の秘密が明らかになったこと
・バイデルさまとの偶然の出会い
・後見人となられたバイデル様と新しい街を築いていること
いいのか?
一介の兵である私たちが、そのような秘密を聞いてしまって……。
そんな私の不安顔に気付かれたのか、リュミエールさまは改めて仰った。
「このことは俺たちの街、魔の森にあるフォーレに住まう人たちなら誰でも知っている話だからね。
落ち着いたら皆もフォーレに案内するし、フォーレはヒト種と獣人たちが対等に分け隔てなく暮らしている街さ。もし皆も気に入ってもらえれば、家族を呼んで住まうことの便宜を図るよ」
その言葉を受け、私の眼は目の前に広げられた地図に釘付けとなった。
確かに『フォーレ』と書かれた街は地図にも記載されている。
だがそこは……、ここから魔の森を更に進んだ先、そんな所に街が本当にあるのか?
私は改めて我々を案内してくれた将軍の言葉を思い出した。
『世間の常識は非常識』
この言葉こそが、今回の戦いの意外な幕引きを如実に示す言葉であり、この後に私たちは幾度となくその例えを思い知らされることになる。
いつも応援ありがとうございます。
次回は3/8に『混迷する世界』をお届けします。
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