ep151 逆襲の始まり
俺が十六歳になった夏のある日、事態は突如として動き出した。
アスラ近郊の街道に頻繁に盗賊が出没するようになり、十分な数の護衛を手配できていたアスラール商会はまだしも、他の商会や特に中小の商隊は少なからず被害を被ってしまうようになった。
「商会長、これは奴が俺に揺さぶりをかけてきた、そう見ているけど影響は?」
「そうですね……、アスラから王都方面に出す荷駄は、我々も当面の間は見合わせた方が良いと考えています。
今回の件でもっとも影響を受けているのが、フィシスの工事ですかね」
何度も計画が見直されたフィシスは、今や一辺が五キロにも及ぶ正方形の巨大な街へと変貌しつつあった。
と言っても今はまだ計画上は……、だけどね。
やっと外壁の初期工事と、同じく初期段階の空堀が完成しただけで、内部は町の居住区画の一部と直営農場区画が完成しただけだった。
「せっかく辺境伯の好意とリーム殿が魔法士を投入した事で、町の拡張も軌道に乗り始めたところなのに、ここで停滞するとは残念でなりませんな」
「まぁ……、あの布告によって俺は、ますます奴から目の敵にされるようになったからね」
そう、商会長が言った『ブルグの好意』とは、そもそもの発端は小さなものだった。
俺の願いを反映して建設される街に対し、俺も陰ながら資金面や人材面で支援したいと願い出たところから始まった。
『フィシスは賢弟の母君の名を関した町であり、自らも中心となって開発も手を差し伸べてくれたのだ。
町だけで心苦しいが、フィシスは賢弟の領地として、町の統治権を委ねることにしたい。
実のところ私自身も、『何の価値もない魔境』を与えただけでは、家臣から吝嗇と謗られてしまうと思い悩んでいたからな』
と、全く違った角度から回答が来てしまった。
ってかさ、俺の知るあの強欲だった三男が?
そう思って俄かには信じられない思いだったけどさ。
やっぱり疫病は人格を変えるのかな?
一時はそう考え、俺も真剣に真偽を悩んだぐらいだ。
ただこうなると嬉しい反面、困ったこともある。
「辺境伯の直轄領であれば奴も下手に手出しする事もできないが、リュミエールが治める町となれば喜んで手を出してくるだろうからね」
そんな思いもあって、更に町の防衛計画を始め基本設計を見直すことになった結果が今に至る。
冬の終わりに最終計画がまとまり、第一段階として少しずつ目立たぬよう魔法士と獣人たちを投入していたのだが……。
アスラから馬で一時間弱、徒歩なら三時間程度の距離にあるフィシスには、まだ町を守備隊や駐留軍もいない。
定期的にアスラに駐留する辺境伯の兵が巡回しているだけだ。
なので今や町の周辺は盗賊が跋扈する危険な地となり、駐留兵が駆け付けると奴らはいずこかへと姿を消してしまう。
「今は危険と判断し、工事に携わる一般の人足や移住希望者たちもアスラに退避させています」
そもそもフィシスへの物資が襲われれば、そういった人々は飢えてしまうからね。
だが……、これをメリットと捉えることもできる。
「商会長、ここに至って俺も一歩踏み込んだ対応をしようと思います。俺達には奴が知りえるはずもない奥の手が幾つかありますからね」
「ははは、仰る通りですな。して、リーム殿はどの手を?」
「先ずはアーガス率いる軽装騎兵部隊とツクヨを此方に呼びます。もちろんアレを使って」
そう、ルセルはフィシスで騒ぎを起こして俺を揺さぶり、その対応に回った隙にフォーレまで軍を進めようと考えているだろう。
以前ならそうなった場合、俺たちは中途半端な対応かフィシスを捨てる選択肢を取るしかなかった。
以前ならね……。
「フィシスの特別区画に真っ先に転移ゲートを作られたのは正解でしたね。
まさかフィシスと餓狼砦、遠く離れた二つの最前線に対し、フォーレを介して一瞬で兵を送れるとは思ってもみないでしょうね」
まぁ……、一瞬ではないけどね。
フィシスへの転移ゲートはサクヤにあり、餓狼砦への転移ゲートはコノハナにあるからね。
その行き来に十数分はかかると思うけど。
しかもツクヨは既に五属性の神威魔法を使いこなし、いってみれば国を亡ぼせるまでのレベルになっている。
「第二の手立てとして、俺とツクヨ、臨時で増員する支援部隊の地魔法士たちで、一気に町の外壁と堀を仕上げます!」
「ははは、そういうことですか。この危機を逆用される訳ですな?」
そう、これまでは人目があって大胆な魔法士投入はできなかった。
だが……、俺たち以外の人々がフィシスを一時退去し、町の周辺も盗賊を恐れて誰も近づかなければ?
今やシェリエ配下の魔法兵団に属する支援魔法部隊も、既に百五十名を超えている。
地威魔法以上のレベルで地魔法が使える者だけでも三十名を超えており、彼らを全てと他にも必要とされる魔法士たちを呼び寄せる。
そうなれば一気に工事は進むだろう。
なんせ俺ですら一箇所にここまで大規模な動員はやったことがないし、まして作業するのは危険な魔の森ではなく安全な場所だ。
盗賊共への対処は俺とツクヨだけで十分に事足りる。
俺たちはルセルの悪意を嘲笑うかのように、一気に対応を進め始めた。
◇◇◇ それから二十日と少し フィシス郊外
アスラの駐留兵たちが巡回する隙を付いて、フィシス郊外には再び怪しげな者たちが進出していた。
その数、およそ二百騎。
彼らは開発中の町とアスラを結ぶ街道に進出し、ひとしきり周囲を窺ったが、目当てとなる獲物に出くわすことはなかった。
「ちっ、今日もしけてやがるな。やつらはビビッてアスラにこもったままだ。
これでは追加報酬に預かれないじゃねぇか」
「仕方ねぇよ、俺たちが散々暴れたからな。ただ……、何もしなくても礼金がもらえるんだ。
楽な仕事と思えばいいさ」
斥候に出ていた二人は、そう言って遠くにフィシスの城壁が見える地点までゆっくりと馬を進めた。
もはやこの辺りで彼らの恐れるものなどない。
アスラの駐留兵とは無駄な戦闘を避けているものの、平和な街の駐留部隊など実力はたかが知れていた。
彼らは金で雇われた元野盗や兵隊崩れ、いわゆるゴロツキたちだった。
中には男爵領で罪を犯し収監されていたはずが、『ある人物』手引きによって脱獄し、新たな仕事を依頼されて参加している者さえいる。
そういう意味で殺人や荒事は、彼らにとっては手慣れたものだったからだ。
「だがよ、襲う者がいなければ張り合いはないし、切り取り放題と言われた追加報酬が手に入らねぇぞ?」
「それもそうだが……、いや……、ちょっとおかしくねぇか?」
「ははは、お前の汚い恰好なら、前からずっとおかしいと思っていたぞ」
「違うわ、そっちじゃねぇよ! 町の城壁が……、以前に見た時よりもずっと高くなってねぇか?」
「そんな馬鹿な話が……、あ! あるな?」
もちろん彼らの目は正しい。
ただ正確に言えば日を追って堅固に仕上げられていた城壁は、高さだけでなく厚みや強度においても、彼らが以前に見た時とは格段に違っていた。
もちろん彼らがそれを知る由もないが、高さがだけは遠めに見ても分かるぐらい、大きく変わっている。
「いざとなったら町に火を放てと言われたけどよ……、お前はあの城壁を超えられるか?」
「いや……、無理だ! あんなもの超えられる訳がねぇぞ」
以前は深さ十メートル、奥行き十メートル程度の空堀と、城壁といっても十メートル程度の土手に毛が生えたようなものが存在していただけだった。
だが今は……、少なくとも三十メートル以上の城壁が、何かで塗り固められたかのように凹凸もなく垂直にそびえ立っていた。
「お、お頭に報告だ!」
慌てて二人は馬首を巡らせると、盗賊たちの本隊が屯する場所へと去っていった。
だが実は……、そんな彼らの行動も逐一監視されていた。
「無属性魔法の隠形は完璧だね。こんな近くに居ても奴らは全く俺たちに気付かなかった」
その声と同時に、盗賊たちがいた場所からほど遠くない場所に、一人の少年と一人の少女、危険地帯には似つかわしくない者たちの姿が浮かび上がった。
「ありがとうございます。里にいた時も、私はいつも戦いをこうやって姿を隠して傍観していましたので」
「なるほど……、あの時もそうだったね? さて、奴らはどう動くのかな」
「引き返してくれば……、引き裂きますか?」
その言葉に対して、少年は笑顔を引き攣らせながら応じた。
「まぁ……、それは奴らの出方次第かな? 盗賊は領主の権限で即刻死刑と法に定められているけどね。
おそらく奴らは大勢になって戻ってくるよ、その時にはまず、たっぷり恐怖を味合わせてやろう」
「はい、殺さぬよう『いたぶる』ですね?」
少女の言葉に苦笑した少年は、その後に少女を城壁の向こう側へと誘った。
二人はゆっくりと空中に浮かぶと、風のように移動して町の城壁の中へと消えていった。
そして……、まるで彼らを追うかのように、斥候の報告を受けた盗賊の本隊が接近しつつあった。
これよりリュミエールを妨害、排除しようとするルセルの逆襲に対し、それをも利用したリームの逆襲が始まる。
絶望と恐怖を風にのせて……。
いつも応援ありがとうございます。
次回は2/24に『二つの顔を持つ町』をお届けします。
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