ep150 過去の想いとの決別
クルトが率いる一行がフォーレを訪れた夜、彼らを歓迎する宴が盛大に催された。
そもそもクルトが率いてい来た『歓迎される側』の人々が五十人にものぼる。
それに対し、クルト一人だけでもこれまで関わりがあり『歓迎する側』として参加した者たちの数は、その数倍にもなっていた。
そのため内々の宴であったにも関わらず、この日はフォーレ始まって以来の盛大な歓迎会となった。
俺が知らない時代から孤児院で活躍していたクルトは、俺が採集班に参加した時点で既に卒業していた者たちの知己も多い。
アリスやマリー、カールたちに代表される俺の知っている世代に加え、その時点で既に孤児院を卒業していた世代、アンジェやイシスや施療院で働く者たち、クルトが教会から救い出した者たちなど、全ての関係者を含めると、それはもう凄い数になっていた。
「ははは、改めて見るとフォーレの中心人物の多くが、そもそもクルトに関わりがあり何らかの導きを受けた者たちだよな」
集まった人々にずっと取り囲まれ、旧交を温めているクルトを見て、俺も思わず呟いた。
だって俺自身も何を隠そう、クルトによって導かれたひとりだからね。
初めて野外採取に出たあの日、クルトが声を掛けてくれなければ……、今の俺はない。
クルトが奪われた母の腕輪を取り返してくれなければ……、リュミエールとしての俺が存在することはない。
俺が仲間と共に歩むことができたのも、バイデルを始めガーディア家との繋がりを発見できたのも、言ってみれば全てがクルトの功績だ。
「リームはクルトに話に行かなくてもいいの?」
「大丈夫だよ、俺はこれからもクルトとは膝を突き合わせて話すことになるからね。
それよりアリスは行っておいで、クルトの周りにはアリスがよく知る懐かしい顔もたくさんあるだろう?」
アンジェの歓迎会では、酒が進みすぎてへべれけになっていたアリスも、今回は酒量をわきまえて居るのか、少しだけ上気した感じの顔になっているだけだった。
「俺に遠慮することはないからさ、今回はアリスも酒でぐだぐだになることもないし、昼間は十分に泣いたから大丈夫じゃないか?」
「もうっ、リームはお姉ちゃんに意地悪なんだから」
昔のように少し頬を膨らましながら、それでもアリスは素直にクルトを囲む輪の中に入っていった。
ってかさ、子供時代のアリスがよくやっていた癖、なんか久々に見た気がするな。
「ふふふ、私はリーム一筋だから大丈夫よ」
あれ? いつの間にかマリーが傍に……。
でも一筋ってどういうことだ?
「アリスは孤児院の時から、ずっとクルトに憧れていたもの。
アリスの『好き』が二つあって、お姉ちゃんとしてリームが大好き、お兄ちゃんとしてクルトが……」
いやマリー、フォローしなくても鈍感な俺でも分かるぞ。
俺への『好き』は姉としてだ。
それはアリスが俺に対して不用心な接触をして来ることでも良くわかる。
彼女が俺に抱き着いて来たとき、毎回俺の動悸は抑えられないくらい高まったが、彼女にとっては恋愛感情のない家族同士の自然な接触なのだ。
片やクルトはどうなんだろうか?
アリスをどう思っているんだ?
「!!!」
俺は二度目の記憶を思い出していた。
ルセルとして俺がクルトと対面したとき、アリスの話であからさまにクルトは表情を変えたよな?
それにクルトは……。
『彼女が望まぬ道に進んだのも、全ては残った子供たちに、少しでもまともな生活を送らせてあげるためだったと聞いています』
確かにそう言っていた。
だが……、既に卒業して教会に居たクルトがそんな事情をどうやって知った?
『聞いています』とは言っていたが、それを教会で働くクルトに話すような、孤児院の関係者がいるか?
アリスの事情を知ったクルトが娼館に出向き、彼女の口から直接聞いた話ではないのか?
『至らぬ我が身を非常に悔しく思っております』
クルトはそうも言っていた。
そこまで前回の彼は動いていたと仮定すると……、彼もアリスを助けようとしていたのか?
アリスに『特別な想い』を抱いて……。
だからこそ同じアリスの死を惜しむ俺を仲間として、ひとかどならぬ協力をしてくれたんじゃないか?
命の危険を冒してまで、教会や孤児院に復讐するために、彼は密かに準備していたとすれば……。
全てはストンと腑に落ちる。
まして三度目の今回は共に採集班として過ごし、仲間である誓いも立てたアリスとクルトの距離は、スタート時点から前回より大きく接近している。
だからこそアリスはクルトがやっとフォーレに来れた時、感極まって嬉し泣きしたのだ。
それを茶化した俺に対し、頬を膨らませて『意地悪』と言ったのだ!
あくまでも照れ隠しのために……。
「くっ……、そういうことだったのか」
全てが繋がり、俺は思わず呟いてしまった。
「リーム、どうしたの?」
「あ、ごめん。ちょっと仲睦まじくていい感じだなぁと、二人を見てたんだ。
ずっと一緒に居たのに、俺は全く気付かなかったからさ、ちょっと悔しくて……」
マリーには誤魔化したが、今アリスがクルトに向ける笑顔は、俺の知る彼女の笑顔ではない。
憧憬を超えた、心より好きな相手に向ける『特別な』笑顔だ。
「ふふふ、アリスはずっと『クルトお兄ちゃんが大好き』だって言ってたけど、流石に弟には言えなかったのかもね。可愛いところがあるよね」
そうだ、アリスにとって俺は大切な弟、ずっと母親代わりに見守って来た存在に過ぎない。
片や俺は……。
クルトの傍らで周囲から囃し立てられながらも、照れて幸せそうに笑うアリスを見て、胸が締め付けられるような思いになった俺は、改めて思った。
心の奥底に眠る『想い』と『迷い』から決別しなくてはならないと。
二度目の人生だけでなく、三度目の人生でも商会長とのやり取りを始め、俺が有利に交渉を進めて成功できるよう導いてくれた『二度目のアリス』には、改めて心から感謝しつつ、二度目より密かに抱き続けていた彼女への『想い』を断ち切らねばならない。
アリスの思いを知った今でも、俺にとって彼女は何よりも大切な存在であることは変わらない。
だが自身の中で改めなくてはならないことがある。
これまでずっと俺を支えてくれた『姉』として、二度目の想いは心に封印すること。
三度目は今の彼女の想いを大切にして、今後も陰ながら『彼女の幸せ』をずっと見守ってゆくことだ。
俺は三度目のアリスの幸せを願い、弟として後押しする立場にならなくてはならない。
それが唯一……、二度目のアリスに対し俺ができる恩返しであると。
「ふうっ」
俺は手にしていたグラスを一気に飲み干すと、大きなため息を吐いていた。
「あら? 大好きなお姉ちゃんを取られちゃってヤケ酒かなぁ?」
ははは、何の事情も知らないマリーの言葉はグサッとくるけど、その言葉には嫌味がなくて逆に気分がすっきりしたな。
「違うよ、二人の幸せを願い導くための決心だよ。差し当たり……、ちょっと恥ずかしいけど皆の前で踊るため、勢いを付けたかったからね」
これは本心だ。
そういって俺は、マリーの手を取り一礼した。
ちょうど会場に流れる曲は、ダンスを誘う曲に代わっていたからだ。
もちろん誰も踊っていないし、一番に出るのは結構勇気がいるからね。
「マリー、これから俺と踊ってくれるかい?」
「え? いいの?」
この時のマリーは、アリスがクルトに向けていたのと同じ、特別な笑顔で真っすぐ俺を見つめてくれた。
彼女はずっと俺を信じて支え、共に歩んでくれた恩人だ。
それにも増して、こんな俺に対しずっと好きだと言ってくれていた。
正直言って俺もずっとマリーのことは好きだった。
これは嘘ではない。
彼女の真っすぐな好意に対する照れていたし、ルセルとの戦いを始め未来へのプレッシャー、そして……。
二度目のアリスに対する想いを引きずっていた俺は、目の前に居るアリスが『あのアリス』に被って見えていたので、優柔不断になっていただけだ。
「今から約束するよ、踊る際は何より一番にマリーを誘う」
「ホントに? 嬉しいっ!」
マリーはこぼれんばかりの笑顔で俺の腰に手を当てた。
一番に誘う、すなわちそれは好意を寄せている相手にすることに他ならないからだ。
俺は今日より、素直にマリーの気持ちに応えよう、やっとそう決心することができた。
「それじゃあ俺たちは、もじもじしている二人を誘い出すよ」
周りから上がる歓声の中、俺たちは踊りながら二人に近づくと、二人も中央へ来るように誘った。
周囲から囃し立てられた二人が出ると、それに続いて何人ものカップルが参加し、数曲踊った後にマリーに誘われて俺はアリスと、クルトはイシスと、マリーはカールと踊った。
「もう、リームって意地悪ね。ホントさっきは恥ずかしかったしビックリしたんだからね」
「そうかな? 俺は『大好きなお姉ちゃん』を応援しただけだけど?」
「可愛くないなぁ〜、リームに初めて『大好き』と言われたのに、ちっとも嬉しくないもの」
俺の言葉に口を尖らせたアリスは、その後にいつもの優しい笑顔で笑った。
クルトに対するそれとは違う、包み込むような優しさに溢れた……。
俺は改めてこんな平穏で穏やかな世界、それが続くことを祈った。
だが……、ルセルもまた虎視眈々と反撃の爪を研いでいた。
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次回は2/21から新章が始まります。遂にリームとルセルが対決する展開に?『逆襲の始まり』をお届けします。
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