ep145 賢弟リュミエール
この日、ガーディア辺境伯の居館では疫病に打ち勝ったことを祝う祝宴が開かれていた。
そこに参加していた者のなかには、リームやアスラール商会の奮闘によって命を救われた者たちも多く、皆が感慨深く疫病に対する『勝利』を祝っていた。
「此度は猛威を振るった疫病に対し、皆にも並々ならぬ苦労を掛けたな。
また我が弟である男爵は、一度ならず二度までも救援物資を率いて駆けつけてくれたこと、改めて礼を言うぞ」
晴れやかな笑顔の辺境伯に対し、賞賛に預かったはずの男爵は引きつった笑みを浮かべて一礼しただけであった。
何故なら……、事態は男爵の予想した通りに進まなかったからだ。
一度目の救援では自身が授けた悪意のまま辺境伯が動き、この先の展開を考えてほくそ笑みながらガデルから避難した。
だが……、順調に進んでいた流れは、再び邪魔者によって強引に変えられてしまったからだ。
二度目に『救援物資を率いて来た』と称して男爵がガデルを訪れた際、彼の前には自身の目を疑う光景が広がっていた。
本来なら阿呆の命によって死の街と化していたはずのガデルは、命を吹き返したとばかりに人々の歓呼で溢れ、既に救援物資を満載した各商会の荷馬車がひっ切りなしに訪れていたからだ。
そこには、彼が持参した前回とは異なる『本物』の特効薬で救われるはずだった民も、対処が間に合わず病に倒れたはずの辺境伯や家中の者たちもいなかった……。
「一体何が……」
ルセルはそう呟き、ただ愕然とするしかなかった。
本来は自身が疫病に喘ぐ領民たちを救った英雄として、ガデルの臣民を一手に掌握する予定だった。
だが……。
街の各所に溢れていたのは、『我らの希望の光、リュミエールさま』『賢弟リュミエールさま』といった、得体のしれない男に対する熱狂的な賛辞の声だった。
事態はそれだけで済まなかった。
ほぼ完全に回復し、『らしくもなく』民たちを救うために陣頭指揮を執っていた辺境伯は、彼に恨み言を言うどころか、改めて感謝の言葉を携えた使者を送ってきた。
『一度ならず二度までも救援部隊を率いて駆けつけてくれた男爵の忠義、心より感謝する。
調べて分かったことだが、今回の疫病は『新種』のもので、残念ながらこれまでの特効薬の効果は薄いようだ』
この言葉を聞き、ルセルは絶句した。
新種もなにも、そもそも彼が先に送ったのは効果のない『紛い物』であり、疫病に効力を発揮するはずもなかったからだ。
『幸いなことに我が賢弟が送ってくれた『新薬』は、この『新種』に対し絶大な効果を持っていた。
お陰でガデルは救われたが、男爵の助力にも感謝し改めて謝意を示す場を設けたい』
「くっ……」
これを聞いてルセルは絶句するしかなかった。
自身の放った災いが、見事にブーメランとなって自身に突き立ったと自覚したからだ。
改めてあの時の屈辱を思い出したルセルは、祝いの席にも関わらず双眸を怒りに燃やし、心にはどす黒いものを漂わせていた。
そんな彼の様子を遠くから眺めて口元を綻ばせていた辺境伯は、彼自身の手で復讐の第二幕を開くことになる。
予めリームによって描かれたシナリオに沿って……。
それはあの日、リュミエールから提案されたものから始まっていた。
◇◇◇ 時は少し遡る
ここからが勝負の時だ!
俺は病床の兄に対し、慎重に言葉を選んで話を進めた。
「大前提として、男爵と違い、私には辺境伯位を望むような大それた気持ちは一切ありません。これからも弟として、陰ながら兄上を支えていくつもりです」
そう、この気持ちは変わらない。兄がこれ以上の悪政に舵を切らない……、その前提付きだけどね。
それを踏まえ……。
「あの男が……、私の地位を狙っていると?」
「はい、だからこそ『自然な形』で辺境伯家を乗っ取るべく動いているのです。疫病を機会に『まがい物』の薬を用意して」
「なっ!」
兄は、驚きのあまり口を大きく開いたまま呆然となったのち、全身に怒りを露わにし始めた。
だが今の段階で辺境伯が、公然とルセルを糾弾するのは得策ではない。
そうなれば奴は、力ずくで行動に出るからだ。
そのためにも……。
「今回の一件、兄上からルセルに対して罪を問わないこと、それが大事だと考えています。
今の時点で家中を割るのは得策ではありません」
「ではどうせよと?」
「止むをえなかった話、そうすれば誰も罪に問われることはありません」
そう言ったのち、俺が考えた筋書きを兄に説明した。
ひとつ、今回の疫病は『新種』と判明し、これまでのエンゲル草を使用した特効薬は効果がなかったとすること
ひとつ、新たに末弟リュミエールが開発した『新薬』が、たまたま目覚ましい効果があったとすること
もちろんこの提案には兄レイキーからも異論があったが、俺は丁寧に状況を説明した。
「最も優先すべきことは、ガーディア辺境伯領内で内乱が起こらないように対処すること、それを踏まえて対処することが肝要と思われます。
ブルグが公然と男爵の罪を鳴らせば、彼は必ず反旗を翻すことでしょう」
先ずはそう言って兄を窘めた。
公にされた数だけなら、ブルグの率いる兵はルセルの五倍、勝負は目に見えている。
だが……、兵たちの信望と練度は格段にルセルに劣る。
これまでがこれまでだしね。
逆にルセルが率いる兵は密かに数を増やしており、中核となるのは最前線である魔の森で鍛えられた精鋭だ。
なにより奴は数百人の魔法士を抱え込んでいる。
「まずは敵対しないで男爵の力を削ぐこと、これが大事です。反抗する理由を潰し封殺するのです。
ひとたび内乱が起これば、たとえ勝ったとしても辺境伯領は大きく疲弊し、王国よりその責を問われる事態にもなりかねません」
そう、俺たちは奴の講じた非情の策を逆用する。
これまでルセルはエンゲル草の産地を独占し、その一部を売ることで莫大な利益を得ていた。
しかも、政治的にガーディア辺境伯領だけでなく、周辺領にまで疫病というカードを使うことができた。
だが、『新種』の疫病には奴の薬は効果がないと知れ渡ればどうなる?
皮肉なことに奴は今回、兄たちを暗殺するため『紛い物』を使用した。
からは俺たちはそれを逆用すれば良いことだ。
結果として奴は最強のカードを失い、政治的にも財政的にも影響力は大きく低下する。
「そしてこの施策の対になる手段として、『新種』に対抗できる特効薬はブルグが販売の許認可を管理するのです。もちろん、『疫病発生時には無償で提供すると』領民たちに約束して」
こうなればルセルが高値で販売するエンゲル草を、わざわざ買い集める者たちは居なくなる。
この点で暴利を貪っていたルセルは、商人たちから恨みを買っていたしね。
この策であればルセルも公然と異議を唱えることは出来ず、しかも影響力は劇的に低下する。
待っているのは……、じり貧だ。
「ははは、我が賢弟の進言、愉快な話であるな。
ならば私は『新薬』を全て其方から買い付けるものとし、平時は仲介役として街で人々を救った功のあるアスラール商会を指定しようと思うが?」
うん、それも願ったり叶ったりな話だな。
アスラール商会は表向きでも評価されるべき、『実績』があるし、俺はブルグの命によって商会と繋がることになる。
「とても良いご思案かと思われます。疫病のなか彼らは率先して人々を救うべく行動に出ました。
『新薬』が民たちに行き渡ったのも、ひとえに彼らの助力あってのこと」
「ほう、私も賢弟に合格点がもらえる回答ができたということか?
本来なら其方を、我が右腕として統治に力を貸してもらいたいが……、やはりそれは叶わぬか?」
前にも一度断っていたが、俺の中でもそれは悪手だと思う。
俺が辺境伯の傍らで手腕を振るえば、奴はさらに対抗心を燃やし、二人の邪魔者を排除しようと動くだろう。
片や俺は身動きが取れなくなる。
「あくまでも私は野心を持たぬ者として王都に戻り、男爵にとって手の届かない不気味な存在としてあるほうが、この先も抑止力になると考えています」
「そうか……、だが私としては賢弟の功に報いるべく、相応しい恩賞を与えたいと思っているのだが……」
「それでは可能であれば二つ、私の願いを叶えていただけますか?」
残念そうに言った兄に対し、俺は慎重に言葉を選んだ。
無欲は時として理解されない。
下手をすると不気味に思われたり、裏で不貞な大欲を抱える者として映ってしまうこともある。
「ひとつ目として、私は亡き父上より、魔の森の領有を認められておりました。
それを踏まえ、今回の褒美として男爵が領有権を主張していない魔の森の奥地を、正式に我が領地として拝領したく思います」
「そんな価値もない場所をか?」
いや、とてつもなく価値があるんだよね。
これによって奴は、魔の森深部を侵攻する大義名分を完全に失う。しかも俺が望むのは、今の奴が公式に領有もしておらず、既成事実を築いていない餓狼の里から更に奥地だ。
そうなれば奴の目は、ブルグよりも目の上のたん瘤である俺に向くだろう。
今回の疫病で奴は、ブルグを亡き者にするために数万の領民たちを巻き込んだ。
となれば今後も容赦のない手段を講じてくることが予想されるが、それは絶対に避けたい!
これまでの俺は奴との正面対決を必死に回避していたが、今は事情が大きく異なる。
仮に奴が侵攻してきても、餓狼関門に阻まれてそれより先は一歩も進めなくなるからね。
それに俺達には、以前とは比べ物にならない神獣クラスの戦力もある!
この提案は、そういったことを踏まえた上で、新たに決断したものだ。
「先々代ブルグの遺言もあることだし、認めるのは簡単なことだが……、本当にたったそれだけで良いのか?」
「はい、これがブルグを守る手立てのひとつとなりますので」
兄は訳が分からず戸惑っているようだったが、この価値は俺と奴にしか理解できないだろう。
俺は言葉を続けた。
「もうひとつは、我が母の願いを叶えていただきたいのです」
「それは……、フィリス殿のことかな?」
「はい、私は母の願いに沿って獣人たちを保護し、彼らがガーディア辺境伯領を支える民として、暮らしていけるようにしたいと願っております」
そう、俺の母はヒトと獣人が共存できる世界を願い、当時は魔の森の最前線であったトゥーレにて獣人の保護を父に働きかけていた。
その結果、トゥーレでは歪ではあるものの、人と獣人との共存が叶っていたが、それを奴はぶち壊した!
「うむ……、それは私も聞いたことがある話だが……」
だよね。かつてのレイキーも、発展するトゥーレを我が物にしようと画策していた時期があったし。
ただ今回は思わぬ形でブルグとなり、そんな思いも『取るに足らないこと』に代わっていただろうけど。
「難しいお話なのは承知しております。私も辺境伯領全土でそれを叶えていただきたいとは思っておりません。
ただ……、新たな開拓地など一部地域を『特区』として定め、獣人たちの生存権と人権を認める布告を出していただきたく……」
一気に変えることは難しい。
二度目の俺自身でさえ、辺境伯の立場とトゥーレ一帯の実績を引っ提げてやっとできた話だ。
それでもわだかまりは多く残っていたし、完全に実現できた訳ではなかったからね。
「なるほどな! 母に倣って獣人たちの楽園となる地を、そう願っているのだな?
良かろう、ちょうどアスラの近くには造成中である新たな開拓地もある、そこを含め、幾つかの開拓地に限りそれを認める、それを落としどころとして受け入れてもらえるか?」
ハハハ、それこそ願ったり叶ったりだ。
笑いがこみ上げるのを必死で抑えつつ、俺は大きく頭を下げた。
そして……、今に至る。
辺境伯が主導する、復讐劇の幕が上がる。
いつも応援ありがとうございます。
次回は2/6に『復習劇の幕開け』をお届けします。
評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。




