表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/181

ep144 人災の末に……

ガーディア辺境伯レイキーより布告が出されてから十日後、ガデルは数万人に近い疫病患者で溢れていた。

一時は数百人までに抑えられていた患者数が百倍近く増え、街は高熱で苦しむ患者と辺境伯に対する怨嗟えんさの声で溢れていった。


これはガーディア辺境伯領を襲った未曾有のわざわいだったが、そもそも『天災』ではない。

本来なら防ぐことができたものを、よこしまな考えを持つ者たちによって引き起こされた『人災』であった。


だが……、ここに至って皮肉な状況が生まれていた。


一時は布告によって大規模な配布が差し止められた結果、爆発的な数にまで罹患者が増加したものの、一般の領民や貧しい者たちの新規感染数は頭打ちとなり、ピークを越えて減少傾向に移っていた。

今や明日をも見えない深刻な病状に陥っているのは、むしろ裕福な者たちであった。


「どういうことだ?」


この状況に俺は、目の前で配布の陣頭指揮を執るサリム支部長に疑問を投げかけずにはいられなかった。


「どうやらガデルの領民たちは、貧しい者たちを中心に我々の味方をしてくれているようです。彼らが自主的に我々を匿い、裏で薬の配布を手伝ってくれていますので……」


この状況に至った経緯は明白だった。

領主レイキーが『偽物』と断じた俺たちの薬には効果があり、『本物』と称して高値で売られている薬には、全く効果がなかったからだ。

彼らは領主や男爵ルセルを恨む傍ら、自身や家族を救ってくれた俺たちの薬の配布には、積極的に手を貸してくれるようになっていた。


「本物と称されたものが実は『まがい物』だった、そういうことだね?」


「はい、今となっては瀕死の重症者や亡くなる者のほとんどが、『本物』と言われた物を手に入れた人々です」


ということは……、ルセルは俺たちが無償配布していた特効薬を糾弾する傍らで、『本物』と称した『まがい物』を置いていった訳か?


その理由としては……。


領都に住まう辺境伯や、そのおこぼれに預かる重臣や官僚たちを根こそぎ排除し、自身が辺境伯になるための足掛かりを整えているのか?

その過程で裕福な者たちも疫病によって取り潰し、その財貨までも没収する……。


考えただけでもおぞましい話だ。


「それにリームさまがわざわざ安全なアスラを出て、我らと共に頑張ってくれているのです。

我々としても気合が入りますよ」


うん、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、俺自身が居ても立ってもいられなかったんだよね。

救える手段があるのに救えない、そんなジレンマを抱えて安全な場所から見ているだけなんて、どうしてもできなかった。


もちろんガデルに設けた対策本部のバイデルや商会長、アリスからも大反対されたけど、ここは押し切った。

彼らは引き続きアスラで全体を見据えた指揮に集中してもらうことになるが、バイデルだけは事情があって俺に同行し、ガデルまで来てもらっている。


「それで……、ブルグの屋敷は今どうなっているのかな?」


「ここに至って外界との交わりを一切絶っています。噂では疫病患者で溢れ、誰も近づかなくなっているとの話も……」


ちっ、自業自得か……。

ただそうは言っても、大前提であるルセルの陰謀を阻止しなければならない。


さて、どうする?

あとは時間との戦いだけど、間に合うか?



◇◇◇ 一週間後 ガデル



壮麗でガーディア辺境伯家の隆盛を示した辺境伯の屋敷は、今や死臭に包まれた死の館へと姿を変えつつあった。

それはまるでリームが二度目の人生で妹を救うために突入した男爵屋敷、それさながらの惨状になっていた。


「何故だ? 私が、何故……、こ、こんな……、目に……。く、薬は……、どうして? こ、効果が、な、い……」


高熱にうなされながら、当代辺境伯のレイキーはうわごとのように怨嗟の声を繰り返していた。

既に屋敷内には無事な者もほとんどおらず、既に亡くなった者たちの亡骸さえ、そのまま放置されているありさまだった。


「酷いな、これがブルグの居館か?」


そう言って少年はベットで横たわる辺境伯の傍に立ち、大きなため息を吐いていた。


「な、何やつ……」


少年は、苦しみながらもか細く猜疑の声を上げた辺境伯を黙って手で制すと、傍に控えていた者たちに振り返った。


「かなり重症だから助かる確率は半々、後は兄上の体力次第だな。先ずは投薬をお願いできますか?」


その言葉に辺境伯が真っ先に反応した。


「わ、私を……、助ける? 兄? ま、まさか……、お前は……」


「できますよ、男爵ルセルが残した『紛い物』ではなく、俺たちが用意した『本物』の薬ならね。

ここに控える者たちも、その薬で命を救われました。

それを兄上には信じていただくしかないですが……」


「そ、そんな……」


その言葉に対し、何かを言おうとした辺境伯だったが、口に流し込まれた薬と水で言葉は中断された。

そして……、高熱に苦しみつつも目を閉じ、再び眠りについた。



◇◇◇ 



二度目の時は看病する相手がシェリエだったから、俺も付きっきりで頑張ったけど、今回はレイキーだからね。

人の命に差異はないと分かってはいるけど、どうしても一生懸命頑張ろうという気にはなれない。


「バイデル、あとの世話は彼女たちに任せて、俺たちは他の者たちの対処を手伝おう」


「承知しました。しかし……、本当に酷い有様ですな?」


そう、本当にここがブルグの居館か? と思えるほどに屋敷の中は荒れていた。

死臭だけでなく館全体がひどい匂いだし、まともな食事すらままならない状態だった。


「見限って逃げ出した使用人や兵も多いらしいからね。まぁ、主人が主人だし、その気持ちも分かるけどさ……」


もちろんレイキーの治世(腐敗)を支えた高官たちは真っ先に姿を消していた。

ただ逃げ出したものの、彼ら自身が疫病で命を落とすか、疫病に感染し深刻な病状になって屋敷から一歩も動けない状況に陥っていた。


「バイデル、先ずは病人を世話をする者たち、警護や輸送を行う兵たちを優先して薬を配布する。

申し訳ないが俺たちの手も足りない。ガデルの高官は『救うべき価値のある者』を優先するしかないね」


「はい、先に救った『信の置ける者たち』にも、その旨は伝えております。

どうやら彼らも以前の悪政を復活させる気はないようで……」


「禍転じて奇貨となす、か……」



実は俺がこの屋敷にバイデルと共に居るのも、そもそも彼をガデルに連れてきたのにも理由があった。


まず大前提として、今の俺(リュミエール)には辺境伯の家中に知己が居ない。

なので俺が乗り込んでも、ただの不審者として扱われ追い返されるのが関の山で、やもすれば侵入者として攻撃されるだけだ。


そこで俺たちは、ガデルに来ると直ちにバイデルの知己の中から、信用の置ける人物で地位もそれなりに高い、そんな条件に合致する人物たちを尋ねた。


ただ運悪く彼らもまた病床にあったため、俺たちが持参した薬を与えて回復を待っていたのだ。

なので俺が言った『時間との戦い』とは、彼らが回復するのが早いか、辺境伯が事切れるのが早いか、その戦いだった。


彼らはかつて『家宰』であったバイデルの言葉なら、素直に信じるし指示にも従う。

そうなれば今は完全に機能しなくなったガデルの統治も、バイデルの『助言』に従って動いてくれると考えたからだ。


幸いなことに何人かの高官はすぐ回復し、何とか歩けるようになった時点で彼らを露払い兼、案内人とし、俺たちは辺境伯の居館に入ることができた。

彼らと同様に既に病から回復した、または健在だった使用人や兵たちを引き連れて……。


その後も俺たちは居館に居た病人の介護だけでなく、亡くなった者たちの亡骸の処理など、通常は忌とされる仕事も、使用人や兵たちと一緒になって黙々と進めた。


勿論、館の病人たちを救うことが目的だけど、バイデルは政治的な意味で『末弟リュミエールが陣頭に立ち、彼らに交じって尽力した』という事実を関係者に広めていった。


俺としては自身の行動が打算で動いていると思われるように感じ、この策はあまり乗り気では無かったけどね。

ただ結果的にこれらは、辺境伯家中に俺の名声を広めると共に、ルセルに対する牽制となった。



◇◇◇



そして……、屋敷に乗り込んでから十日が過ぎようとしていた頃……。


「我が弟よ、自身の身に危険を冒してまで私を救いに来てくれたこと、この館だけでなくガデルに住まう多くの民たちも救ってくれた恩人として、其方には改めて感謝したい」


身体全体が痩せ、多少は頬がこけていたものの、ブルグは死の淵から舞い戻ることができていた。


「いえいえ、私の方こそ不躾にブルグの居館に上がり込み、勝手に采配を取ったことを改めてお詫びします」


そう、バイデルより事情を聞かされた高官たちは、屋敷で働く者や兵士たちにも俺やバイデルのことを『救世主』のごとく周知していた。

その結果か、かつては家宰であったバイデルの七光りか、ガデルに居る最も身分が高い者としてバイデルの補佐の元、暫定的に疫病対策の指揮を執るよう請われてしまった。


『ガデルを救いに来た希望の光(リュミエール)』として……。


一度そうなると勿論俺は、ブルグの回復を待つまでもなく勝手に『代理』として過去の布告を改め、本来持ち込んだ特効薬の配布を大々的に推進した。


辺境伯の容態が劇的に改善したこと、幾人かの高官が身を以て俺たちの薬で回復したことなどもあり、俺の独断専行も周りには異論なく受け入れられた。


同時にアスラール商会は、『リュミエールさまの依頼を受けた』と称して、公然と救民活動を始めた。


そうなると周りの商人たちも触発され、炊き出しや自主隔離していた者たちに食料を無償配布するなど、官民一体となった対策が各地で行われるようになった。

もちろん他の商人たちも、『王都から来られた希望の光』の指示に従って……、と勝手に言っていたけどさ。


「それにしても……、私を見捨てなかったのは其方とバイデル、そして……、一部の高官だけであったわ。

これも情けない話よ」


「……」


いや……、さっきの言葉もそうだけどさ、疫病って人格を変える副作用でもあるのか?

二度目はシェリエがアンチ反転したし、今回は『阿呆』が少しマシになったような感じがするが……。


「敢えて今は兄上と呼ぶことをお許しくださいますか?

無位無官の私の立場では、ブルグに進言するのははばかりがありますので、弟からの非公式の話として……」


「構わんよ、私の周囲には追従ついしょうしか言わぬ者たちしか居なかった。それがこの結果だ。

この疫病を収束させた手腕を持つ其方の目から見れば、諫言したいことが山ほどあるのだろう?」


「……」


いや……、疫病には人格改変以外に、阿呆を治す効果もあるのか?

俺の知るレイキーとは、余りにも違う気がするぞ?


「本来なら私は死んでいた。家臣たちからも見捨てられ、どれほど後悔しても、どれほど周囲を呪っても何も変わらず、みじめなめ気持ちのままな。」


確かに自業自得とはいえ、次々と部下や使用人たちに裏切られ、病床で独りどん底の気持ちを味わえば、思うことはあるだろう。


「だが、そんな私を見捨てず、危険を冒してまで命を救ってくれた者たちがいたのだ。

そんな者たちを遠ざけ、疎ましく思っていた以前の私の阿呆さ加減には嫌気がさし、やっと今は素直に感謝する気持ちになれたのだ」


まぁ……、窮地に陥った時に見捨てられ、誰もが逃げ出して絶望した時に、手を差し伸べてくれた人がいこと、それによって救われた嬉しさは、その状況になった者しか分からないからな。


いや、何よりも兄が、過去の自身を『阿呆』と呼んだのには驚きだよ!


今の兄ならばもしかして……、話しても大丈夫か?

俺はここで、核心に迫る進言を行うと覚悟を決めた。


「ではこれより私の申し上げることは、辺境伯たる兄上の身の安全を第一に考え、ガーディア辺境伯領の安泰、住まう領民たちのことを考えたお話です。

どうか願わくば、お聞き入れいただくことを……」



遂にこの日、俺ば敢えてずっと距離を取っていた辺境伯家の政治に、一歩、いや……、大きく脚を踏み出した。


それが誰にとっても幸いか、今の時点では分からない。

だが少なくとも俺は、己の野心のためなら何万人もの命を犠牲にするような、ルセルだけは絶対に許しておけない。


俺もまた、未来に向けて新たな道を進むべく覚悟を決めた。

いつも応援ありがとうございます。

次回は2/3に『賢弟リュミエール』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ