ep143 改悪された世界
救援部隊と称したルセル一行が辺境伯の居館に入ると、厳戒態勢を敷ているはずの領主に面会した。
だが……。
その時のレイキーは、領内の疫病や領民たちの窮状もどこ吹く風とばかりに、彼におもねる者たちを集めて、事もあろうか酒宴を開いていた。
『やはり阿呆か? 疫病が流行しているにも関わらず、わざわざ人を集めて酒宴とはな……。度し難いな。
この様子では僕がわざわざ手を下すまでもないか?』
酒に浮かれて騒ぐ取り巻きたちを尻目に、ルセルはレイキーの前に進み出た。
「このたびは疫病発生と聞き、救援物資と人手を引き連れてブルグの助勢に参上いたしました。
まずはご無事で何よりです」
「それよ、今もこうして疫病が終息に向かいつつことを祝って、宴席を設けていたところだからな。
我らの危急を聞き駆け付けた忠義、嬉しく思うぞ。
しかし……、祝いの席には似合わぬ物々しさだな」
ルセルの言葉に辺境伯は上機嫌で鷹揚に答えた。
頭を下げて冷笑を浮かべるルセル表情は、彼からも確認できない。
「それに関し気になることがあり、無粋とは思いつつも酒席にお邪魔しました。どうかご容赦ください」
「なーに、其方は忠義と真面目なところが取り柄だからな。進言を許す」
「ブルグは市中に広がる不穏な噂、ブルグの治世と財産を脅かす状況をご存じでしょうか?」
「我が治世と財産を脅かすだと? それを早く言え!」
ルセルは強欲で自尊心の高い三男を巧みに誘導る術を心得ていた。
辺境伯の顔色が変わったことに、内心では笑いながら言葉を続けた。
「ブルグの治めるガーディア辺境伯領内に領地を持たない我らの末弟、リュミエールがガデルで何やら画策をしている模様です。『まがい物』の薬を領民たちに配布し、今も人気取りに精を出しております。
領民たちのなかであの男の名声は、今やブルグの名声を脅かすものになりつつあると……」
このルセルの言葉には嘘も含まれていた。
そもそもだが、代替わりして悪政を敷き始めた当代の辺境伯には、失うべき名声すらない。
「何だと! 私を差し置き、しかもガデルで人気取りとは由々しきことではないか!」
「仰る通りです。これを見過ごすことはできませんが、更にもうひとつ。
ブルグの慈悲による恩恵は、本来ブルグに帰すべきものです。本来なら今回の疫病でブルグは莫大な財を得られたはずです。あの『まがい物』さえなければ……」
「奴の薬がまがい物だと言うのか!」
「はい、その通りです。エンゲル草は魔の森でしか採取できないことは、ブルグもご存じかと思います。
私はエンゲル草の偽物、イビル草にまつわる不幸な事故を防ぐため、制度を設けて採取を厳正に管理し、流通にも目を光らせております」
この説明は正確ではない。
ルセルは不幸な事故を防ぐためではなく、ただ暴利を貪るためと、影響力を高める手段として独占しているだけだ。
だが、レイキーはそんな事も気付いていない。
「ですが奴が市中でバラ撒いているのは、ブルグの権威を示し利益をもたらす正式な流通、法の下で私が管理しているルートを経由しておりません」
「なんと!」
驚愕したレイキーに対し、ルセルは心の中でほくそ笑んでいた。
確かにルセルの言っていることは正しい。
あくまでもリーム(リュミエール)が流通させているのは、彼らが知る由もないルートで採取されたものだからだ。
「よって私は、現在流通している物はエンゲル草由来のものでもない『疑わしき物』か、密猟などブルグが定めた法を破って『違法に入手』された安全性の不確かなもの、どちらにしても『まがい物』と呼んで差し支えないでしょう。
薬としての効力は期待できず、逆に身体に害をもたらす可能性すらあります」
「……」
その言葉にレイキーは蒼白になっていた。
何故なら彼は、末弟から送られた薬の一部を既に服用していたからだった。
「わ、私はどうなる? このままでは……」
なんとかその言葉を吐くと、レイキーは不安のため震え始めた。
心なしか、胃の奥底から湧き上がる吐き気と、悪寒を感じながら……。
「ご安心ください。ブルグには特製の『本物』である特効薬を用意してまいりました。
万が一の際にはこちらを服用ください。効果の強いものであるため、病の兆候が見えたあとに……」
「す、すぐに『まがい物』は全て打ち捨てよ!
疫病にかこつけて我が命を狙うとは……、許されざる所業である!」
安心したのか、今度のレイキーの顔は赤くなり、怒りに震え始めた。
その様子を見たルセルは、更なる追い打ちを掛けた。
「この際です、奴の不逞な企みの根は全て切っておくべきかと」
「確かに、な。これより布告を出し、『まがい物』は全て回収して焼き払うよう伝えよ!
従わぬ者は牢に繋ぎ、今後は『本物』のみの販売しか許可しない旨を徹底させるのだ!」
この結果を受けて、ルセルは本物と称した大量の特効薬レイキーに安価で(これまでの流通価格に比べ)譲り渡すと、手勢を率いてトゥーレへと戻っていった。
やがて大流行するであろう疫病の猛威を避けるように……。
◇◇◇ 更に一週間後 アスラの街
「なっ……、何だって!」
ガデルからの報告を受けたとき、俺は驚きのあまり机を蹴り上げんばかりの勢いで立ち上がって言葉を失った。
「もう一度、経緯について順を追って話すんだ」
固まってしまった俺に対し、商会長はガデル支部長からの使者に告げた。
「はい、事態は男爵がガデルを訪れて以降、急変いたしました。
ブルグは布告により我らの配布した特効薬を『偽物』と断じ、強引に回収を進めつつ一切の使用を禁じました。
変わって『正規品』と言われる特効薬が各所で販売され始めたのですが、その価格は余りにも高価で、一部の裕福な者しか購入できない状況です」
くそっ! 俺は阿呆の阿呆さ加減を読み違えていたということか?
奴は疫病が下火になったのを良いことに、強欲な本性を見せ始めたと?
いや……、この変化は奴がガデルを訪れてからだ。そうなると……。
「それで、サリムは何と言っているのだ? その後の配布状況は?」
「はい、我々が直接繋がりをもつ配布所では、この状況下でも患者たちに行き渡っております。
なんせ『正規品』と呼ばれたものは、貧しい者たちが到底買える額ではありませんので。
ですが、他の商人たちを介したルートは大打撃を受け、何人かが布告に背いたかどで捕縛された模様です」
「くそっ! やってくれるな。奴は人の命など何とも思ってないのかよ!」
「肝心の疫病はどうなっている?」
「支部長の言葉では、この後は再び拡大に向かう可能性が大きいと……」
ごめん商会長、怒りに任せて俺は、本来聞くべきことを何も聞けていなかった。
反省した俺は、もうひとつの懸念を確認することにした。
「支部長を含め、アスラール商会への影響は?」
「その点は大丈夫です。我らは出元ですが、実際には他の商人たちと同様に『出元』となる商会から譲り受けた立場を取っています。なので表立った配布をやめれば、商会に害が及ぶことはありません。
そうだな?」
商会長の言葉に、ガデル支部からの使いも大きく頷いた。
「ではその懸念は忘れるとして、こんな状況で領民たちに行き渡らせることは可能なのかな?」
「既に特効薬で命を取り留めた者たちも多く、『偽物』と言われても彼らの協力は変わりません。
ですが、配布場所の問題と、目立たぬように卸す数にも限度があり、その他の商人は手を引いてしまった者も多く……、これまでの二割程度が精いっぱいです」
「くっ……」
人口が優に十万を超えるガデルで大流行時に想定される患者数は数万、なんとかそれをカバーすべく取り組んでいたが、二割であれば数千人にしか行き渡らない。
だが……、表立って動けば捕縛されると分かっているのに、アスラール商会に無理を言うことはできない。
ブルグの命に背いたともなれば、下手をすると『害を及ぼす偽物を流通させた』と糾弾され、死罪にもなりかねないからだ。
俺は改めてルセルという男の恐ろしさ、容赦なさに戦慄した。
「我らもできる範囲で最善を尽くします」
「ですが商会長、決して無理はさせないでください。疫病患者の命も大事ですが、俺にとっては協力してくれる商会の人たちの命がもっと大事です」
「ふふふ、その言葉で十分です。なんせ俺たちは『貴族なんて屁とも思わない、貧しい者の味方』ですからね」
この後に俺たちは、苦闘しながらも『天災』ではなく『人災』と戦い続けることとなった。
そしてそれは……、予想すらしなかった皮肉な結果をもたらすことになる。
いつも応援ありがとうございます。
次回は2/3に『人災の末に……』をお届けします。
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