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5-1

 次の日、小夜ちゃんと待ち合わせ場所に行くと、既に紬ちゃんが待っていた。

 いつにも増して扇情的な紬ちゃんの服装に、隣にいた小夜ちゃんの眉がつり上がる。そして紬ちゃんの服装とは対照的に、小夜ちゃんはいつも通りの落ち着いたコーディネートだ。


「おはよ。とてもいい天気ね、絶好のデート日和だわ。……幻に終わったけど」

「おはようございます。いい天気ですね、本当に絶好の観覧日和です」

 屋内のギャラリーに天気はあまり関係ないよね……なんて言える雰囲気ではなかった。

「さぁ、行きましょ」

「あ、ああ……」



 紬ちゃんは私の腕を取ると引っ張って歩き始める。

 それにつられる私のすぐ横を、ピッタリと付いてくる小夜ちゃん。

 なにやら私はいつの間にか両手に花という状況に追いやられているが、私を挟んで飛び交う火花のせいであまり嬉しくない。

 この先にある楽茶碗は、きっと私の心を癒してくれる。そう信じて歩かなければ、すれ違う人たちの視線に耐えられそうにない。


「ねぇ、あなたはどうして喫茶店のマスターなんかやってるの?」

「どうしてって、仕事をしなきゃ飯を食えないじゃないか」

「それはそうだけど……あなたなら盗み一つで生きていけそうじゃない」

「私は一度たりとも盗みを商売にしたことはないよ。……これは私の誇りだ。これからもそれは変わらない」

「へぇ……。あなたって、ヘルメスみたいね」

「えっ?」

 突然のことで何を言っているのかわからなかった。

 一瞬、正体がばれたかと思ったが、どうやら違うらしい。


「私が調べた限りだと、怪盗ヘルメスも盗んだものを売り捌いたりしたことないのよ。その中のいくつかは、無償で本当の持ち主のところに返されてるの」

「……本当のってのは?」

「ヘルメスが盗むものの中には、盗品がいくつかあるのよ。つまり、本当の持ち主のために悪党から取り返してるの」

「なるほど、よく調べてるね」

「当然よ。だって、私の目的はヘルメスに会うことだもの。だから私は、彼と同じ怪盗になったの」

 憧れるどころか会うために怪盗になるって、本当に行動的な子だな。



「そこまでヘルメスとやらに固執する理由はなんですか? ちょっと頭おかしいんじゃないですか? 大丈夫ですか?」

「大きなお世話よ。そんなこと、あなたに教える義理はないわ」

「それは私も聞きたいね。君みたいな若い子が、罪を犯してまでヘルメスに会いたい理由を」

「そんなに知りたいの?」

「ああ」

「んー……じゃあ、教えてあげるわ。実は私、以前ヘルメスに会ってるのよ」

「え?」


「あれはもう八年前のことよ。私の実家は所謂極道の家なんだけど、父が買った飾香炉をヘルメスが盗む予告をしてきたの。そして予告通りヘルメスは現れたわ。私は彼を近くで見たくて屋敷の屋根に登ったんだけど、足を滑らせて屋根から落ちそうになったの。だけど、そこを助けてくれたのがヘルメスなのよ」

「あーっ!」

「なに? どうしたのよ、いきなり」

「……いや、なんでもない。……そう、財布忘れたことを思い出して。小夜ちゃん、お金貸してくれるかな?」

「え、ええ。構いませんが」

「人が話してる時になんなの?」

「すまない。以後気をつけるよ……」



 思い出した。

 ようやく思い出したよ。

 まさか紬ちゃんがあの時の女の子だったとは……。


 どうりで会った気がするのに思い出せなかったわけだ。なにしろ、会った時は中学生くらいの年頃だったのだ。八年もすれば女の子はすっかり変わってしまう。

「……ヘルメスの腕に抱かれた私は、完璧に恋に落ちてしまったわ」

「なにぃ!?」

「なっ……!?」

「ここ、驚くところかしら?」

「……気にしないで続けてくれ」

「続けるもなにも、これで終わりよ。だから私はもう一度ヘルメスに会うために、怪盗になったの」


 なんてことだ。

 もはやこれは非常事態だ。私が怪盗ヘルメスであるとばれたら、どうなることかわかったものではない。

 間違いなく言えることは、今までの平和はもう戻ってこないということ。


 まさか、クールベの『オルナンの埋葬』がこんな災難を運んでくるなんて思ってもみなかった。獲物が被っただけでも運が悪いというのに、八年越しの因果とは……。

 私がもう少し早く紬ちゃんのことを思い出していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。だが、あの八年前の仕事は小夜ちゃんの初めての実践だったから、他のことは全て失念していたのだ。



 盗みそのものは簡単だった。

 あの時は、組長の古い友人の姿をとって屋敷に侵入したのだ。親子連れという形をとることで、ほぼ完全に注意を逸らすことが出来た。組長にも年頃の娘がいたことも好都合だと思った。

 その日はたまたま娘を遊びに来させたという理由で、屋敷に潜り込んだ記憶がある。

 当時は私の名も有名ではなかったため、警備もあってなかったようなものだった。場所が場所なだけに、当然警察もいない。

 そして、私は易々と目的の飾香炉を盗み出したのだ。


 ……ただ、小夜ちゃんの退路を確保するために、私が囮として屋根の上に姿を現したことが全ての元凶だ。

 あの頃は私も調子に乗っていた。何事もなく組長の友人として屋敷を後にすることも出来たが、ちょっとしたサービス精神であんなことをしてしまったのだ。

 それがこんな事態を招くことになるなんて……。

 改めて世界の奥深さを思い知ったよ。


「……恋か。見掛けによらず一途なんだね」

「この格好? 盗みをするには女の色気が成功の秘訣よ」

「それはごもっともだ」

「でも、本当に大切なものはあげないわ。私の心に触れていいのはヘルメスだけ」

「人前で恥ずかしいこと言うのはやめてもらえますか? 聞いてるこちらが顔を背けたくなりますから」

「あら、あなたは勝手に聞いてるだけでしょう?」

「まぁまぁ、言い争いはなしの方向で。……小夜ちゃん、人の恋路は邪魔しちゃいけない。私たちは温かく見守ってあげなきゃ」

「……そうですね。そのまま幻想を追いかけ続けてればいいですよ」

「幻想なんかじゃないわ。でも、私の仕事を手伝ってくれたら、あなたとならその気になってもいいわよ? 何故かはわからないけど、そんな気分なの」

「……遠慮しとくよ」


 恐ろしい。

 本能的に私がヘルメスであると感じているのだろうか……。


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