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高貴なる者たちの小競り合い

帝国立、フルブライト学園。

グランドレイブ帝国で、三大学校の一つ。初等部から高等部までの教育を主とし、学問、武道、芸術等、幅広い教育を行っている機関である。在籍生徒数はおよそ2000人。そのほとんどが貴族の出身者や良家の子息たちで構成されている。当学園は全寮制であり、生徒たちには一人一室与えられている。


校舎に、寮に、それから騎乗生物を飼育するための牧地など、総敷地面積は膨大なものとなる。ミラジェンドの街の半分は、この学園で埋め尽くされているため、この水車の街は、学生の街と呼ばれることもある。休日に街を歩けば、暇を持て余した生徒たちがそこらじゅうで見られるからだ。


この学園に入るためには、ある程度の学力とその他の才能が求められる。才能というのは、魔法や、武術。芸術的能力や、労働技能など、自らが誇れるものなら何でもいいとされている。もちろん、その才能の良し悪しを決めるのは学園側で、ただ勉強ができれば入れるというわけではない。


この学園での教育は、単なる勉学に留まらず、未来の帝国を背負っていける、人材の育成である。在校生徒のほとんどが何かしらの地位や血族に属しているため、卒業後の進路選択の多くは、家督を継いだり、国政に携わる職に入ることだ。


人の上に立って仕事や政を成すのに、無能であっては困るのは国の方だ。実力主義を提唱している帝国では、力あるもの、能力があるものが事を行うべしとされる。それこそが高貴なるものの務め、いわゆる、ノブレスオブリージュというやつである。

そのため、学園では高貴なるものの美徳として6つの言葉を校訓としている。


その一、ノブレスオブリージュ。高貴なる者の務めを果たせ。

その二、沈黙。沈黙を以って真意を語れ。

その三、剣。剣に誇りを持ち、誇りを盾に民を守らん。

その四、魔法。その血を守り、帝国の一助となれ。

その五、権威。人の上に立ち、国へ、民へ貢献してこそ、その名を挙げる意義がある。

その六、信念。己が成す行為に、疑念を抱くな。


このように、それぞれが全ての生徒に当てはまるわけではないが、子供たちの意志の方向を定めるための言葉となっている。もっとも、本当の意味でこれらを実践している生徒は、極少数だろう。

それもまた実力主義の弊害でもある。力あるものが、上に登れるのであれば、力のないものは、這い上がるか、分をわきまえるかの二択になる。国家として必要なのは、上に立つ者だけではない。下地で地道な小事をこなす人材も、なくてはならいもの。一人の天才だけでは、国は動かない。だからこそ、自らを律するという行為も、この国では誉ある決断といえるだろう。


だが時として、分をわきまえず、己が私欲のために悪意に染まり、不祥事を起こす若者も存在する。実力主義の敗北者とでも言えばいいだろうか。実力ではかなわないからこそ、不正な手段をとってでも成し遂げようとする。それが、この国の異常な一面の一つでもある。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


編入初日のその日は、生憎の雨だった。

担当教諭についていきながら、私は窓の外を覗いていた。私の性格は、編入初日から天気が悪かろうと、気分を削がれたりはしないけど、これから始まる波乱の学園生活を思うと、やや気落したくもなる。

「まず初めに自己紹介をしてもらう。自身の名前と、お前の得意を簡潔に。決して他の生徒を煽るようなことはするな」

高圧的な担当教諭は、私の顔も見ずにびしっと言ってきた。


学園の生徒が貴族出身者であふれている中で、それらを教育する教師陣は、平民の出も多く在中する。この男が身分は知らないが、高慢な態度だった。おそらく、私の身分についてはきいているのだろう。

下級貴族の長女でありながら、家督を継ぐ権利持たない使用人紛いの妾の子。そんな有象無象が一人増えた程度では、この男が感情を動かすことはないのだろう。

私は、彼の言葉に一切答えず、口元を緩ませてしまった。


「諸君、静粛に。始業の時間だ」

教室に入るやいなや、担当教諭は名簿を教団にたたきつけ、少々騒がしかった教室の空気を静めた。本来のクラスであれば、視線は担当教諭へ向けられるのだろうが、今その視線は全て、私に向けられている。

品定めをするような視線、敵とみているかのような視線、興味なさげな視線、様々あるだ。これから語られる私の自己紹介によって、それが喜となるか怒なるか。あるいは哀れまれるか楽しませるのか。

どう転ぼうとも、波乱の予感しかしなかったけど、今更取り繕っても手遅れだから、私のすべきことは意を決するだけだ。

「さて、本日から諸君と切磋琢磨する新しい()()が来ている」

教諭はそう言って、あごでクラスメイトに挨拶しろ手振り示してきた。

どうにもこの教師は、私に対してこんな態度を貫いている。何が気に食わないか知らないが、これからお世話になる相手なのだから、せめて敬意を持てる人であってほしいものだ。


一歩前に出て、壇上から同い年たちの視線を受け止めると、あまり経験したことがない緊張感が、私の体を縛り付けていた。

第一印象は、とても大事なこと。それをわかっていても、体は思うようにはいかないものだ。

私は、大きく息を吸って、一瞬だけ瞳を閉じ、細く、長く吐き出しながら、ゆっくりと眼を開いた。

「エクレシア・ローティスと申します。今日より皆さんと共に、この学舎で学ばせていただきます。私の家は、固有血統は有していませんが、魔道学を少しばかり嗜んでいます。有意義な学園生活を送れように、よろしくお願いします」

軽く会釈をして、自己紹介を終えると、彼らから拍手をいただくことはできなかった。にへら笑いを浮かべたり、視線を逸らすものもいた。少なくとも、私に興味を抱いた人物は、ほとんどいないようだった。

「席は、廊下側の一番後ろの席を使え」

また高慢な担当教諭にあごで促されて、私はクラスメイトの間を通り抜けて、用意された机へと向かった。途中、転ばせようとしてきた男子の脚を軽く飛び越えて、一番後ろの列にたどり着く。当然、列には私以外誰もいない。これがこの学園のやり方なのだろう。

手酷い先例、とまではいかないけど、随分な挨拶だった。けど、ある意味想定の範囲内だろう。これが帝国を導く3大学校の一つなのかといわれると返す言葉ないが、この国の貴族社会は人々が考えているよりも歪んでいて、黒く染まってしまっている。それを善悪で語ることは意味のない行為だから、私も彼らの洗礼を甘んじて受け入れられる。


それに、・・・真正面から彼らと対峙して、打ち勝って見せた方が、気持ちがいいと思わない?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


編入初日に、無名の良家の使用人に対して、声をかけようだなんて奇特な人物は現れなかった。

現在は放課後。ホームに残っている生徒たちは、私を避けるように教室の端っこでまとまって、こちらチラチラ見ながら談義している。何を話しているかまでは聞き取れなかったけど、その視線は雄弁に私の事を語っているのがわかる。

「ねぇ、ローレンティスさん?」

そんな時に、一人の生徒が声をかけてきた。

この国は珍しくもない栗色の髪を、大げさに編み込んでおろしている少女。やや毛羽さを感じる見た目だけど、大きな瞳が好奇心を携えて私を見ていた。

「はい、えっと・・・」

「私の名前はララ・ミザリー。あなた、魔道学を学んでいるって言ってたけど、魔法が使えるの?」

聞き方がつっけんどんな感じがして、気圧されてしまった。遠慮ないというか、腰に手を当てている姿はかわいらしくもあるが、貴族特有の上から目線を思わせる。こちらは席に座ったままだから、文字通り見下されているのだが。

「え、えぇ。少しだけね。・・・それと、もしよければ、エクレシアって呼んで?」

私はそう答えると、ララという少女は首をかしげながら真顔で続けて言ってきた。

「いきなり名前で呼ぶのは失礼じゃない?それに呼び捨てで読んでほしいのかしら?」

なんというか、空気が読めない子なのかと思ってしまった。まだ語彙の少ない幼子と会話しているような、そんな感じがする。


ララの身なりは、学園の制服姿なのは変わりないが、髪飾りやイヤリング、それから薄めだが化粧の感じからして、かなり裕福なことがうかがえる。ミザリーという姓は聞いたことがなかったが、おそらく下級貴族の出身だろう。

だというのに、初対面でこんな態度をとられるとは思っていなかった。素でこうであるならとやかく言わないけれど、この国の王侯貴族は良くも悪くも、傲慢な人柄が多い。否が応でも、そういう人だと思わざるを得ない。


(なんて返せばいいかしら?)


ただでさえ、同世代の子供と会話をするのは慣れていないのに。いつもなら、適当にあしらって会話を切り上げるのが得策だけど、これから長い時間を共にする相手と考えれば、そういうわけにもいかないだろう。相手の立場が分からない以上、下手に刺激するのもよくない。

そうやってほんの少しの逡巡をしていると、教室の離れたところから、わざとらしい笑い声が聞こえてくる。

「またやってるわ。あれじゃ編入生さんもしゃべりづらいでしょうに」

「ほんと、豪商の娘は上から目線で、しょうがないわね」

陰口。それもあからさまな小さくない声。

彼女たちとは違う方からも、私とララのやり取りを、口元に扇子を当てながらいやらしい目で覗いている子たちがいる。近くの席に座っていた男子生徒も、わざとらしくこちらに視線を送っているが、私が視線に気づくと、大げさに席を立ち、何も言わずに教室を出ていった。


幸か不幸か、彼女、ララ・ミザリーのこのクラスでの立ち位置が、なんとなく見えた気がした。そして、ありがたいことに、豪商の娘という情報を得ることができた。毛羽い髪型や、いろんなアクセサリーを付けているから、そういう気飾り方をするのも納得がいく。

だとすれば、彼女との接し方は、そう難しくないだろう。

当のララは、陰口が聞こえたのか、やや暗い顔をしていて、その表情からは、いかにこの場から立ち去ろうか考えているようだった。

「・・・きれいな青ね」

「えっ?」

私が、彼女の耳飾りを見なが言うと、ララは驚いたように目を見開いた。

「その耳飾り。触媒かしら?とても鮮やかなアレキサンドライトだから、つい目が行ってしまったわ」

「・・・見ただけでわかるの?」

「魔道学を嗜んでいるって言ったでしょう?魔法の触媒に使われる宝石類には詳しいの。ミザリーという姓は、初めて聞いたけれど、それだけの高純度の石を手に入れられるほど、裕福なお家なのね。」

私が笑顔で受け答えすると、ララの表情も自然とほぐれていく。

「エクレシアって呼んで、ララさん。よければあなたのお家のこと、教えてくださる?」

私は席から立ち上がって、彼女に手を差し出した。すると彼女は、やや困惑した様子で、その手と私の顔を交互に見ていた。

横目で、視線こそ送らなかったけど、彼女の陰口を言っていたクラスメイト達が、鋭い目つきでじっとこちらを窺っているのを確認した。


(釘は刺してこないのね・・・)


ララは意を決したように、私の手を取ってくれた。彼女の大きな瞳と私の視線とが交差する。

「ララでいいわ。エク…レシア。ここじゃなんだから、静かな場所に行かない?」

ぎこちない誘い文句だった。この教室内での立ち位置を考えれば、当然だろう。でも、そういう一面がある少女を、私は好ましく思う。

「私、まだこの学園の敷地に疎いの」

「なら、わたしが案内してあげる。着いてきて!」

先ほどのつっけんどんな勢いに戻った彼女は、私の手を引いて、この息苦しい教室から連れ出してくれた。去り際にもう一度彼女たちを見やると、先ほどと変わらない視線が私へと向けられていた。明らかに、敵視する視線を。


でも、私は気にしなかった。私を連れ出してくれた、この少女に、淡い期待を抱いているから。

少なくともこのララという少女は、感情に任せて陰口に言い返すようなじゃじゃ馬ではない。悪意を受け止めてじっと我慢できる気概のある少女だ。友人になるなら、彼女ような人を選ぶべきだろう。


そして、クラスメイト達との最初の邂逅も、上出来ではないだろうか。貴族社会においては、常々、出る杭は打たれると、相場が決まっている。彼らの目に私が突出した杭に見えたかはわからないが、あの視線を見る限り、いい印象には映らなかっただろう。もしかしたら、私も、ララと同じような立場になってしまったのかもしれないが、それは、何も問題ないことだ。

それ思って、私は思わず笑みをこぼしてしまった。

「どうかしたの?」

「ふふっ、いいえ、何でもないわ」


二人の女生徒が、にぎやかに駄弁りながら、廊下の向こうへと消えていった。



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