生まれながらの役回り
人には、生まれながらにして役回りというものがある。
事、貴族社会においては、それはより具体的に示される。
家を継ぐもの、結婚して縁を広げるもの、生まれたときから邪魔者扱いされるものまで…。
例え己が望んでいなくとも、その使命をもって生まれてきたからには、果たさなければならない。
命が費える、その瞬間まで・・・。
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小気味良い馬車の揺れる音を聞きながら、私は頬杖を突きながら窓の外を眺めていた。
馬車に乗って、もうずいぶんと立つけれど、一向に目的地は見えてこない。
外の景色は、風に揺られた平原が広がっている。時折、小さな村や集落を通り過ぎることもあり、景色そのものに退屈することはなかったけれど、馬車の中で、到着をただ待つという時間が、いつしか苦痛に感じ始めていた。
「お嬢様、山脈の麓が見えてまいりました。ミラジェンドまでもう少しです」
御者から声をかけられて、
「そう・・・」
とだけ、返事を返す。
永久の様に感じられた長旅も、ようやく思わりの迎えるのだ。
そう思うと、湧き上がってくるのは、これから始まる学園生活への高揚感ではなく、授かったお役目を果たさなければならないという重圧だった。
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「お待ちしておりました、お嬢様」
メイド服を着た女性が、到着した馬車に向かって深々とお辞儀をして、荷馬車の扉を開けてくれた。
中から降りてきたのは、白の礼服をきっちりと着こなし、ベージュの簡素なドレススカートに身を包んだ少女。夜空を思わせるような濃紺の髪色に、星が輝くような白黄の瞳。やや足れ目で幼さの残る容姿だが、そのたたずまいは、すんと背筋が伸びていて、少女と呼ぶにはいささか凛としすぎているだろう。
名を、エクレシア・ローレンティス。
この国で有数の名家、ローレンティス家に生を受け、そしてその生涯を、無名のまま終えることを運命づけられた、非業の淑女である。
ミラジェンドの街へ着くなり、待ち合わせにしていた宿屋で私を出迎えてくれたのは、専属の侍女ライラだった。
「ご苦労様です、ライラ」
「エーデルハイド様が、部屋でお待ちしておりますので、ご案内しますね」
宿屋の中へ通されると、店主らしき人物が、何も言わずにお辞儀をして、無言のまま通してくれた。
街の一宿屋にしては、かなりきれいに掃除がされている。壁に立てかけてある名も知らぬ絵画や、木製のシャンデリアなどが、宿屋としての格を現しているように見える。
中は全くと言っていいほど、利用客の気配がない。おそらく、貸し切りにしているのだろう。今この宿屋にいるのは、ローレンティス家に連なるものだけ。大事な密談をするには、そのほうがやりやすい。
ライラに連れだって、奥の上部屋の前まできた。部屋の扉は開きっぱなしで、中をのぞくと数人の侍女の姿と、彼女らと談笑する妹の姿が見えた。
ライラに視線を送ると、彼女はうなずき後ろへ下がり、私は空いた扉を軽くたたいて自身の存在を知らしめた。
すると、こちらを振り向いた妹が、明るい笑顔をひっさげて飛びついてきた。
「お姉さま!お久しぶりです」
勢いよくとび出してきた妹を全身で受け止め、胸に埋もれた彼女の顔を覗き込んだ。
「エーデ、相変わらずね。元気にしてたかしら?」
「もちろんです、お姉さま。積もる話がたくさんあるのです。今夜はお時間いただけますか?」
「ふふっ、ええ、編入の準備やもろもろを片付けてからね」
そう答えてやると、彼女はその場で大きく飛び跳ねて、小躍りするほどだった。
妹の名前は、エーデルハイド・ローレンティス。
栗色の髪を後ろで団子にしてまとめ、華やかな銀の飾りがゆらりゆらりと輝いている。14という未だ成熟しきっていない体つきではあるものの、淡い水色のドレスに身を包んだ姿は、一家の令嬢にふさわしい格好といえるだろう。
彼女こそが、ローレンティス家の当主であり、エクレシアの主である。
エーデルハイドの両親である先代当主、およびその奥方は、一人娘を幼くして残し、この世を去っていた。
彼女がローレンティス家の座を継いだのは、僅か6歳の時だ。貴族社会では、10にもなれば一人の大人として見られる世界だが、エーデルハイドはそれよりも早く、この社会の一員として属していた。
当時は、当主のとの字も知らぬ赤子同然だった彼女だが、それを今にまで支え、育て上げてきたのは、先代が残した財産と、優秀な侍従たちのおかげだ。
その甲斐もあって、エーデルハイドは見た目よりもずっと大人びていて、腹黒い貴族社会に決して押しつぶされることなく、今にまで至っているのだ
夜。
私が部屋で必要なものを整理をしていると、開けっ放しの扉におびえた小動物のような少女が、こちらを覗き込んでいた。
「・・・ふふっ、エーデ、いらっしゃい」
声をかけると、小動物は私の部屋へ入ってきて、ベットにどしんと腰かけた。
「お疲れではありませんか、お姉さま?」
「平気よ。長い間、馬車に揺られていたから、あちこち体が痛むけど。この程度、明日になれば忘れているわ」
そうは言うものの、体のあちこちは石の様に固まっているような感じだった。痛みこそないが、長時間じっとしていた弊害だろう。しかし実際のところ、今の荷造りもそうだが、今後のことを考えると、休んでいる暇はない。
「・・・このような形で、お姉さまと再会するとは思ってもいませんでしたが・・・。今回の件、本当にありがとうございます」
エーデルハイドは、少しだけしおらしくなり、目を合わせずにそうい言ってきた。明るい性格の彼女であるが、その小さな両肩には、目に見えない多くの物事を背負っている。
今回の件、というのは、エーデルハイドの良き話についてだ。
「あなたがそんな顔する必要はないわ。それに、私にとっても悪い話じゃないから・・・」
良家の令嬢、それも、当主ともなれば、いつまでも子供のままではいられない。
血の存続。いかに優れた名君であろうと、こればかりは自分一人で成し遂げられることはない。ましてや、年端もいかない少女ともなれば、自分を支えてくれる、時に責任を共有してくれるパートナーの存在は、必要不可欠といえるだろう。
エクレシアがこうして妹の元へ呼ばれたのは、その結婚相手を見繕う補佐をするためだ。
「あなたが通う帝国立フルブライト学園に、主の使用人として編入することができるんだもの。私にとっては好都合だわ。帝国でも数少ない高等教育を学べるのだからね」
「でも、わざわざ婚約者を探すために、お姉さまの手を煩わせるなんて」
「今の私の立場でじゃ、学園に編入するだけでも贅沢なことよ。それに、私はあなたの姉なのだから、ローレンティス家のために、何としても、良い人を見つけ出さないとね」
エーデルハイドの頭をポンポンとなでながら、言い聞かせるように言った。
どれだけの仲の良い姉妹を演じていようと、私とエーデの間には、どうしようもない差がある。どれだけ私が、淑女として優れていようと、どれだけ政治的なポテンシャルを持っていようと、血の繋がりだけはこの貴族社会において覆しようのないことなのだ。
「それに、この話は、ローレンティス家の未来の話でもあるけど、同時に、あなたの幸せな人生の手助けにもなるのだから、姉として、手を貸さないわけにはいかないわ」
「・・・お姉さま・・・」
「だから、面倒なことは気にしないで、いつもみたいに当主然としていればいいのよ」
両親を失っているためか、私といるときのエーデは、甘えたがりになる。だが、この世界で生き抜くためには、時に厳しさや現実を受け入れる覚悟が必要だ。彼女はそれをわかっている。それでもエーデは優しいから・・・。姉である私に気を使って、わざわざ話を振ってきたのだろう。
「お姉さまは本当にお強い方ですね」
「あなたより弱くないってだけよ。さぁ、明日は学園を案内してちょうだいね」
「はい、もちろんです」
ようやく笑顔を取り戻したエーデは、ベットからふらっと降り立ち、スカートの裾をつまんで、
「おやすみなさい、お姉さま」
と、愛らしく部屋を出ていった。
荷造りを終え、消灯した宿屋は暗闇に包まれていた。
部屋の戸締りを確認し、部屋の蝋燭をすべて消してから、ベット横の窓を開け放った。
夜風が体を流離っていく感覚に、肌寒さを感じながら、これから私が成すべきことを、今一度考えていた。
はじめましての方は、初めまして。
宮野徹と申します。
ロードオブハイネスに興味を持っていただき、ありがとうございます。
以前描いていた作品の設定を引き継いで、ブラッシュアップした内容で今回書き始めました。
というか本当は描きたかったのですが、2年ほど前に執筆活動から離れてしまって、ずっと先送りしてきました。
今回も突然失踪するかもしれませんが、時間が許す限り書いていこうと思います。




