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複数の真実に明瞭はなく その2

 エルサへ礼を言って別れた後、マコトは掌を壁に向けながら歩いていた。

 彼女からすれば、見覚えのない壁などがあれば、すぐにそれと気付くと思っていたのだろう。

 だが、違和感など持ちようのないマコトには無理な芸当で、虱潰しにやっていくしかない。


 だから、無駄が多いと理解しつつ、常に魔力を纏わせて移動していた。

 幻術とはいえ、それは実体化した影みたいなものだ。

 魔力を伴って触れるまで、本物の壁と変わらない。


 知らないものが通り抜ける事は出来ないものの、幻術の壁は相応に脆そうだ。

 偽物と分かれば、魔力がなくとも破壊は可能そうだった。


 だから、魔物が破壊して突破した部分もあるかと思ったのだが、今のところ、そうした壁には遭遇していない。

 時に通路を隠す為に壁を設置するのではなく、扉を隠す為、壁に見せ掛けている所もあった。

 これは明らかに、魔力を持って突破する者を想定した作りだ。


「魔物に対する備えってだけじゃ、説明がつかない……」


 ――やはり、マコトに対しての対策だ。

 いずれやって来る可能性を、想定していたからこそだろう。

 そして、突破されては不都合だと考えていなければ、ここまで厳重な備えなど用意しない。


 余程、四階……自室への立ち入りは禁じたいのだ、と思われた。

 ならば、そこにはきっと、何か重大な物が隠されているに違いない。

 シュティーナが予想していた、研究日誌などを隠している可能性が高まる。

 そこには結晶剣を破壊できる新魔法が、記されているかもしれない。


 そうしてマコトはまた一つ、幻術の壁を突破して奥へと進んだ。


「次はここか……」


 ここまで来ると、バリケードの類は一切見られなくなった。

 物理的に阻む壁は存在しないので、進む分には――仕掛けを理解しているなら――苦労が少ない。

 城内広しとはいえ、隠された通路は何十にもなる訳ではなかった。


 そろそろ目的に到着しても良い頃だ。

 魔物も全く姿を見せない事から、隠蔽は有効に働いている。

 久しく感じていなかった安全地帯に、気が緩んだのか――。

 マコトの思考はついつい横に逸れた。


 ――ケルス姫の行動には謎が多い。

 彼女はマコトの身を案じている。それは間違いなく思えた。

 害するつもりがない事は、これまでの行動からも伺い知れる。


 魔物に対処できる魔法を伝えて来たのは、それなくして突破が難しかったからだ。

 部屋の中に閉じ込めたのも、そこにいる分には安全だと魔法で固めたからだ。


 だが、単に身を案じてやっただけ、とも思えない。

 エルサはマコトの実力を知っている口振りで、しかも敗北を全く疑っていなかった。

 近しい立場に居たケルス姫が、マコトの実力を同様に知っていた筈だ。


 失いたくない、と彼女が言ったのは事実だろう。

 だが、それは勇者として――魔物に対抗できる武器として求めているから、かもしれない。

 対抗する為の武器を損ないたくないだけ、とも思えるのだ。


 ケルス姫は、未だ魔物の殲滅を諦めていない。

 国家を失う事無く、魔物だけを排除する方法があると思っているのではないか。

 ――だがきっと、それは非常に困難だ。


 失敗すれば、この世に魔物が放たれる。

 それこそが魔王の所業と、諸外国から糾弾されてしまうだろう。


 だが、王族としては正しい行いにも思える。

 国体を最後まで維持しようと努力する、それは王族の義務であるに違いない。


 それを、かつてのマコトに反対されたのだろうか。

 夢物語だ、不可能だ、最悪を回避しろ。

 その様な言葉で彼女の説得を無視し、全てを一挙に滅ぼす道を選んだ――。

 それが、マコトの決意だったのだろうか。


 研究室で見た【ドーガ】を思えば、マコトが選んだ道は明らかだと思う。

 そして、その映像にはコピーがあったとも、ケルス姫は言っていた。

 全て見つけ出して処分した筈、という自白とも取れる発言もしていた。


 ――その割に、映像魔石はすぐ見つかったが……。

 あんな簡単に見つかる物を、見過ごしたとは到底思えない。


 ――有り得ない話だ。

 そうなると、わざと置いて行ったとしか思えず、それをしたのはケルス姫自身、という事になってしまう。


 だが、ケルス姫は隠したがっていたのだし、見つけたコピーは処分もしたのだ。

 では、彼女以外の誰かでなければ辻褄が合わない。

 ――ならば……。


 思考が形になりそうになった時、また一つの壁が魔力に反応して消失した。

 随分と奥まった所まで来ていたらしく、続く道の奥には窓が見える。


 かつて東棟から本城を見た時にも、夜空が見えていた。

 だが今は、四角く切り取られた外を見る限り、夜が終わる兆しが見えている。

 暗闇が完全に払暁されるまでは、もう少し時間が掛かりそうだ。


 それでも、実は結構な時間が経過していたのだと実感させられる。

 濃密な時間を過ごしたから、そこには全く無頓着だった。


「さて……」


 マコトが窓から視線を切ると、そのすぐの傍に扉がある。

 そして、どうやらそれは、幻術を被せたダミーはないようだ。

 幾つもの幻術を突破した、その奥地にある扉まで到達したのだから、これが当たりと見ても良さそうだった。


 マコトが扉を開けると、そこは倉庫の様な物置きになっていた。

 中心には巨大な魔法陣が輝き、渦巻くように複雑な幾何学模様を動かしている。

 西棟で見た魔法陣とよく似ていて、そこにもケーブルは繋がっており、部屋の隅にある中継機へと続いていた。


 ひと一人で不可能な規模となれば、当然その補助をする何かが必要だ。

 そして、維持する為に、あぁした設備が用意されていた、という事らしい。


「だったら、無力化するのは簡単か」


 力押しで魔法陣は壊せる、と聞いていたし、マコトな可能だろうと、エルサから言われていた。

 だが、実際にどうすれば良いのか、具体的なところは全く分かっていない。

 マコトとしても、きっと理論や理屈を理解して魔法を使っている訳ではないだろう。


 だが、中継機を使っていたのなら、それを停止させてやるだけで事が済む。

 マコトは装置に近付き掌を向け、それから魔力を翳す。


 それだけで、スイッチを押した様に中継機は動きを止めた。

 それと連動して魔法陣の動きも止まり、発光も止まる。


「これで四階へ行くのも容易になった、筈……。後は階段まで行くだけなんだけど……」


 今度はバリケードが邪魔して、直線的に行く事を許してくれない。

 具体的な道順は、探り探りで行くしかないだろう。


 幸いここまで魔物との遭遇は無かったが、あちらに戻れば分からない。

 シュティーナが釣り損なった魔物は、どこかに残っているかもしれないのだ。


 マコトは部屋を出て、やって来た道を引き返す。

 同じ様な通路、同じ様に見える間取りばかりだから、記憶のないマコトには苦戦していた。

 それでもバリケードが見えて来れば、それは帰ってきた証明でもあった。

 そうとなれば、階段のある方向も、それとなく分かって来る。


 腰を落とし、どこから魔物が出てきても対応できる様、マコトは警戒して移動する。

 すると次第に、上り階段が目に入ってきた。

 どうやら、あと一つか二つ部屋を経由すれば、目的地に行き着けそうだった。


 幸い、魔物の姿は未だ見当たらない。

 ただ、部屋の中には卵が植え付けられていて、これには注意して移動する必要があった。

 マコトは念の為、凍らせて無力化しつつ通過する。


 卵があって魔物がいないとなれば、シュティーナは随分深くまでやって来た様だ。

 活路を作る為とはいえ、随分、危ない橋を渡ったらしい。


 シュティーナは、それだけ大きな献身を向けられている。

 危険を省みない、その身を犠牲にする献身で、勇敢だとも思う。


 だが、そこまで熱心になれる理由が分からない。

 勇者マコトの覚悟に感化されたから――、その様な事は聞いている。

 勇者足る者が、その生命を犠牲にして、この災厄を跳ね除けようと決意した。


 美談としては素晴らしい。

 自分も出来る限り協力を、となるのも頷ける話だ。

 しかし、王族と対立してまで行う事なのかと、疑問に思ってしまうのだ。

 勇者マコトにそれだけの求心力があったのか、それとも――。


 他にも気掛かりはある。

 シュティーナの卓越した身体能力だ。

 匂い袋という手段があるとはいえ、魔物という脅威に単身立ち向かえるのは、単に度胸があるという話では収まらない。


 ある程度魔法を使え、従魔を持っていたというエルサでさえ、一体の魔物に対して後れを取っていた。

 勿論、エルサは研究職を主にしており、戦闘には不得手という可能性はある。


 だが、一フロアの魔物を上手く誘導しつつ、自らも危機から脱出する――。

 これは、あまりに出来すぎだと思うのだ。

 シュティーナは武器の扱いにも長けていたが、同じ事をやれと言われても出来る気がしない。

 それとも、本当に有能なメイドとは、それぐらい出来てしまうのだろうか。


 ――まるでスパイ映画の登場人物だ。

 どの様な危機も、その機転と身体能力で切り抜けられるのは、いつだってそういう存在だと決まっている。


 そんな事を考えている間に、マコトは四階への階段へと辿り着いた。

 その一段目に足を掛けた時、念話が入って脳を揺らす。

 思わずマコトが身構えてしまったのも当然で、その声の主はケルス姫だった。


『あぁ、マコト……。愛しのマコト……。なんて無謀な事をしたのでしょう。即席の壁として用意した防護の陣を、根本から消すだなんて……。もっと慎重であるべきでした』


「何を……、エルサだって困った壁だと……」


『それが間違いなのです。あれが無くなってしまうと、多くの危険を呼び込む事になるのですよ。閉じ込められた様にも感じられたかもしれませんが、あれはまさしく、魔物の侵入を少しでも防ぐ、壁として機能していたものです』


 言われて思わず、マコトは言葉に詰まった。

 エルサに――人にとって邪魔だと言うなら、魔物にとっても、やはり邪魔となるだろう。


 そして防護の陣が、具体的にどういう位置に配され、そして壁として機能していたか……そこまでは分からない。

 ケルス姫の言うとおり、それが魔物の侵入を防ぎ、瀬戸際で食い止めていたとしたら……。

 マコトの取った行動は、間違いなく悪手だった。


 エルサが推奨していたから安易に乗ってしまったが、状況を見定めてから、それこそ必要な魔法陣だけ壊すのが最善だったかもしれない。

 ――だが、そうも言ってられない事情もあった。


 バリケードのお陰で見通しは利かず、どこに魔法陣が敷かれていたのかも分からなかった。

 シュティーナが釣り出してくれた魔物は、またいつ戻って来るか不明だった。

 行動には速度が必要であり、何のために用意されたものか、深く考えを巡らせられなかった。


「あぁ、しまった……」


『分かってくれましたか。大人しくしていてくれたら、それだけで十分だったのに……』


 ケルス姫の目論見が見えないのに、頷く訳にはいかない。

 だが、マコトのした事で、再び魔物が帰って来た時、エルサ達の元へ到達できる可能性が生まれてしまった。


 バリケードがあるから、簡単に行き着ける訳でもないだろう。

 それでも、魔法の防護の有る無しは、魔物を堰き止める役目に大きな違いを生む筈だ。


 もしかしたら、を考えるとキリがない。

 それでも、彼らに不要な危機を招いた事は、受け止めなければならなかった。


『でも、あなたはきっと止まらないでしょう? 仮に主陣を止めず、必要最低限の陣だけ突破しても、結局は同じ様な事態にはなっていた……。ですから、貴方に真実を伝えます。(わたくし)が躍起になって、あなたを止めている理由。……その真実を』


「聞きたい。ぜひ聞きたいよ、でも……」


『分かっています。口では何とでも言える、そうでしょう?』


 マコトはそれに返事をせず、困ったように唸りを上げた。

 そこまで直接的に非難したい訳でなくとも、きっと単なる説明では納得しないだろう。


 記憶のないマコトでは、ケルス姫の言葉を信じるに足る、核となるものが無いのだ。

 それなら、事実として身を削って貢献しているシュティーナを信じたい、という心境もある。

 何しろ、記憶の映像という証拠まで提示されていたのだ。

 ――それを覆すのは難しい。


『私の居室に招待します。そちらであれば、真実に足る証拠をお見せできるでしょう。そして、納得もして下さると信じています』


「四階の、どの部屋に……?」


『階段を上がって直進した先です。見間違える事はありません』


「分かった……。聞かせて貰うよ、何を考えているのか、何故止めたいのか……。他にも、記憶を奪った事も含めてね……」


『はい。あなたを味方に付けるため、非道な手を使うというなら、こちらもまた考えるまで……』


 何か裏がありそうな言葉には、不審なものを感じる。

 だがそれも、合って話すというなら、聞いた内容次第で判断するまでだ。


「……まぁ、いいよ。話してくれるというなら、今から向かう。それで良いんだね?」


『えぇ、そうして下さい。私もすぐに向かいます。お茶を用意する余裕はなさそうですが……』


 その言葉を最後に、ケルス姫との念話は途切れた。

 マコトも、階段の一段目で止めていた足を持ち上げ、再び登り始める。


 ケルス姫の言葉の端々から、不穏なものは感じていた。

 念話から伝えて来ていた言葉からも、薄ら寒いものを感じた。

 だが、その不穏は未知による不穏でもあった。


 相手の事を知らないから、不利な何かを強要しようとしているように見えるから……。

 だから潜在的に、はじめから敵の如く感じていた。


 しかし、自ら遠ざかろうとするのではなく、近付く時が来たのだ。

 彼女を良く知ろうとし、話し合いたいと思う気持ちはあった。

 その良い機会と考えるべきなのかもしれない。


 マコトは少々の緊張と不安を滲ませ、階段を一歩、また一歩と登って行った。


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