複数の真実に明瞭はなく その3
四階に上がってみれば、実に静かなものだった。
バリケードや魔法による封鎖、それらがあったからこそだろう。魔物の姿は何処にも見えない。
他の階と違い荒れ果てた様子もなく、災厄前の状態がそのまま保存されている。
王族の居室が並ぶ一画というだけあって、他の階とは装いが違う。
床に敷かれたカーペットも踏み心地が違い、まるで雲の上を歩いているかのようだ。
花瓶は美しく台座に飾り付けられ、輝く鎧が剣を胸に掲げて起立している。
四階はとにかく華美であり、壁の飾りや装飾まで、全てにおいて豪奢だった。
少し歩を進めれば、幾つも部屋は見えて来る。
しかし、階段付近の部屋がケルス姫の居室とは思えない。
王族ともなれば安全面も考慮して、手近な場所は選ばないだろう。
マコトもそう考えて、階段付近の扉には近付こうともしない。
無視する様に進むと、奥まった場所に一際豪華な装飾をされた扉が見えてきた。
他とは明らかに一線を画す豪華さで、確かにこれでは見間違えようがない。
ケルス姫が言っていたのはこれの事だと、即座に理解する。
ドアノブも金なら、扉の外枠まで金。
そして、多くの扉が樫の木である様に思える色合いなのに対し、この扉だけが純白だった。
塗料ではなく、そうした天然の樹木を使っているらしく、その木目までもが美しい。
これが王族の居室で無ければ嘘だろうし、他を見渡しても、それに比する扉は見受けられない。
マコトはとりあえず面前の扉をノックして、中の反応を待つ。
五秒を待っても返事はなく、そして部屋の中で何かが動く音なども聞こえて来ない。
ケルス姫もすぐに向かうと言っていた事だし、まだ到着していないだけかもしれなかった。
「勝手に入っていいものかな……?」
首を傾げて暫し待ち、改めてノックする。
しかし、やはり部屋の中から応答はなく、物音一つさえ聞こえて来ない。
マコトは扉に耳を当てて確認するという念の入れようだったが、それでも、やはり中から何の反応も窺えなかった。
どうしたものかと、暫く扉の前で立ち尽くす事になってしまう。
しかし、待っているだけでも埒が明かない。
マコトは勝手に入ってると決めたようだ。
両開きの扉、それぞれレバー型になっているドアノブに手を掛け、ゆっくりを下ろす。
「……ん?」
……下ろそうとしたのだが、鍵が掛かっていてビクともしない。
またも困って腕を組んで考え込むと、やおらドアノブを握り直して魔力を流す。
そうすると、淡い燐光がドアノブから扉全体へ広がり、程なくカチリと鍵の外れる音がした。
――どうやら、かつてのマコトは、私的に訪れる事を許される程の立場だったらしい。
合鍵を渡されていたようなものだ。
親しい間柄だったのは間違いない。
マコトは外開きの扉をそろりと開ける。
そうして、顔だけが入る程度に留め、首だけを突っ込み視線を動かす。
しかし、やはりどう見ても人の気配はなかった。
薄暗い部屋の中には魔法灯が淡い光で覆っており、王族に相応しい豪奢な部屋を辛うじて映し出していた。
光源は乏しく、ハッキリと照らされていなくとも、やはり誰も居ないのは間違いない。
まるで虚を突かれた気持ちだった。
マコトは僅かに空いた扉の隙間を少しだけ押し広げ、そろりと身体を滑り込ませる。
入った正面は応接間の様になっていて、広いテーブルと向かい合わせのソファ、そして側面には大きな窓がある。
壁には書棚や絵画などがあり、一個人の居室というにはあまりの広さに驚いてしまう。
王族ならば当然の広さなのかもしれないが、人が暮らすには不便な広さにも思える。
そして、絵画とは逆の陰側には、隣室へ繋がる扉が二つあった。
入ってみると寝室で、そこには大きな天蓋付きのベッドがあった。
大人五人が横になっても十分眠れるようなスペースがあり、これもまた王族らしい豪華さだ。
「こっちも外れか……」
隠れている訳でもないだろうが、一応簡単に確認する。
今更、悪意を持って不意打ちをしてくるとは思っていない。
それでも、警戒だけは怠る訳にはいかなかった。
やはり誰も居ない事が分かると、素早く戻って残ったもう一方の扉に入る。
その部屋は執務室になっていた。
左右の壁際には全て書棚で埋まっていて、窓を背に大きな執務机が鎮座している。
しかし、それよりも、何より目に付く見知った物が、机の上に置いてあり虚を突かれた。
「何で、これが……」
それは魔法研究室でも見た、記憶再生装置に違いなかった。
やろうと思えば持ち運べる程の大きさだから、持って来る事は可能だろう。
そう思った直後、何もあの研究室にあったものを持ち運んだ訳じゃない、と思い直した。
貴重なものだったとしても、あれ一つしかない訳ではないだろう。
ケルス姫が個人的に用意、所持していただけの話なのかもしれなかった。
――姫もまた、魔法研究に携わる一人だった。
その彼女が、王族という権利で主張すれば、個人的所持も可能だったかもしれない。
「……これを使って何か見せたい、とか? だから、この居室に呼んだ……?」
金魚鉢を逆さにした見てくれのヘルメットは、その頭頂部からケーブルが伸び、本体へと繋がっている。
そのヘルメットが、まるで使ってくれと言わんばかりに机の中央に置かれていた。
とはいえ、その記憶を再生する為の魔石など、手元にはない。
ケルス姫が来た時なにを見せるつもりにせよ、今は研究日誌があるかどうか、それを確認する方が大事だった。
「本当にあるかどうか、それも分かっていないけど……」
それでも、確認しない訳にはいかない。
だが、この執務室には大量の本がある。
その中から、どうやって目的の物を見つけ出すのか、という問題があった。
執務机を挟んで置かれた本棚の背は高く、天井に届く程まである。
そして、広い部屋の中には十を超える本棚が設置されているのだ。
木を隠すなら森の中、という理屈で隠されているのなら、ここから見つけ出すのは至難の業だろう。
マコトはとりあえず、手近なところから探す事に決めて、執務机の裏にまわり、引き出しを開けていった。
椅子を挟んだ左右にそれぞれ、四つの引き出しが付いている。
上から下へ行くほど大きな引き出しになっているので、用途別に整理しやすい仕組みだ。
右から順に開けていくも、目ぼしいものが見つからず、適当に引っ掻き回しては次へ移る。
そうして最下段まで到達しても、やはり書類や日誌の類は見つからなかった。
続いて左側の引き出しを開けていてき、同じ様に上から順へ掻き回していく。
そうして、最下段の引き出しを開けた時、マコトの動きが止まった。
「これは……!」
そこにあったのは、記憶の魔石だ。
何の記憶なのか外観からは分からない。それでも、魔石である事は間違いない。
そして、お誂え向きに、ここには記憶再生装置もある。
――見るべきだろうか。
居室には誰も居なかったのは確認済みだし、今も気配すら感じていない。
見るというなら、今は間違いなくチャンスだった。
それに、ケルス姫がここに呼んだのは、【ドーガ】を見せる為と思って間違いないだろう。
だが、見せたい記憶が、目の前のそれという確証がない。
もしも、ケルス姫でも、マコトのものでもなく、関係のない他人の記憶だったなら……。
見てしまう事に多少の後ろめたさが生まれる。
だが、こうしてここにあったからには、ケルス姫と深く関係ある記憶と考えて良い筈だ。
――見るべきだ。
ここまで来て、見ないという選択肢は存在しない。
マコトは発見してしまった時の体勢で、身体の動きを止めていた。
その時だった。
念話の着信が脳を揺らし、それにつられて身体が跳ねる。
マコトは部屋に誰も居ないと理解していても、落ち着かなくソワソワと辺りを見回した。
『申し訳ありません、まずは最初に不在を詫ます』
「あ、ぁ、……うん! いや、大丈夫!」
『……何か御座いましたか?』
「いや、別に!? 別に、何も……!」
念話からは、疑念を十分に感じる沈黙が返ってきた。
それでもマコトが何も言うつもりがないと分かると、それ以上の追求をして来なかった。
『……そうですか。ともかくも、まずはお詫びを。決して騙すつもりがあった訳ではなく、出迎えるつもりであったのです。ただ、何者かに邪魔されて思うように行かず……』
「何者か……、邪魔……?」
『魔物が一挙に雪崩込んで来たもので……、身動きが取れなくなっていたのです。あれは明らかに、誘導された動きでした。魔物は恣意的に獲物を選ぶ節があるのは事実、女性の肉を好むでしょう。ですが……』
それを聞いて、一つ頭に浮かぶものがある。
彼女がそれと意識してやった事かは分からない。
だが、連れ出し、誘導された魔物は、マコトの邪魔にならない場所で捨て置かれた筈だ。
その行き先が、ケルス姫の居た場所の近くだったのかもしれない。
シュティーナが姫の潜伏場所を知っていたとしたら、相当悪意の強い行動だろう。
直接的でないにしろ、殺意が無くては出来ない事だ。
ケルス姫とシュティーナの目的は、真逆と言っても良いものだ。
狙ってやったのだとしたら、その行動はあまりに過激だった。
――いや。
目的の為ならば、人殺しさえしてみせた彼女だ。
むしろ誘き寄せた魔物を、ケルス姫にけし掛ける位は平気でやりそうだった。
あれは本当にメイドなのか、という疑問が再び首をもたげた時、ケルス姫から声が発せられた。
『ともかく、行けない場合であっても、ドーガの記憶魔石は置いてあります。本来ならば直接手渡し、そして真実を、共に分かち合いたかった……』
「真実……?」
『はい、あなたが何を見せられたにしろ、真の……あなたの言葉がそこに封じられています。見てくれれば納得する事でしょう。記憶魔石は執務机の左側、一番下の段に置いてあります。開ければ直ぐ、目につく所に置いてありました』
既にそれを発見していた身としては、何とも反応し辛い。
もう手に取る直前だった、と素直に言えないだろう。
マコトは多少の演技を交えながら、今更発見した振りをする破目になっていた。
「うん、あった……。魔石だ」
『使い方は、もうご存知でしょう? 執務机の上に専用の装置があるのも目に入った筈……、どうぞお好きに使って下さい』
言われるままに椅子を引いて座り、兜を外す代わりにヘルメットを被った。
装置の台座に魔石をセットすると、透明だったヘルメットに揺らぎが生まれる。
その揺らぎも一瞬のもので、静まると共に視界が白一色に染まった。
毎回の事だが、これはまるで閃光を網膜に焼き付かされるかのようだ。
白一色が過ぎ去れば、次には記憶の映像が始まる。
古いVHSを再生するかのような、映像の乱れが最初にあった。
それが治まると、ようやく視界すべてに、質量を持ったかのような映像が出現する。
暗闇と沈黙が数秒続いた後、映像が再生され始めた。




