3章 10
婚礼準備は内密に行われるが、多額の金銭や多くの人が動くためどうしても隠しきるのは困難だ。
貴族や商人たちには、皇国への返礼の品、貿易用だと事実を織り交ぜ誤魔化しながら、嫁入り道具や贈り物を集める。
幾度となく準備のために集まったが、私たちには懸念事項があった。
いつ、ヤズマ皇国へ嫁ぐことを公表するのか ということだ。
ドレスの打ち合わせも行われており、製作が始まれば、口の端に上るだろう。
「そろそろ限界かもしれません。
宝石やドレス、化粧品の質や量などから、さすがにおかしいと勘づかれているようです。
反対派は、目ざといですから密偵を使って探りを入れているようです。」
クラウディア様が言いにくそうに口を開くと、パウラ様が言葉を続ける。
「テレーゼさんが留学されることも、貴族令嬢が一人で皇国に行くのかと、不審がっているようですの。
仕方ありません、そろそろ公表なさるほうがよろしいのでは?」
アマーリエ様はため息をついてから、にこりと微笑まれる。
目は笑っていない。いつもの社交用の笑みだ。
「そうね。明日、陛下が国交樹立のサインをするときにき貴族院が開かれるでしょう?
そのときに公表して頂くわ。
本当は使者団が帰路に着く送別式で発表していただいて、そのまま同行したかったのですけれどね。
そちらのほうが、力ずくで阻止する準備をする間が無いでしょう。」
驚いたサミュエル様が、勢い良く立ち上がる。
「送別式での発表となれば、国民がアマーリエ様を送り出せないではないですか!
貴族たちだって、王女殿下のご出立に立ち会いたいでしょう。」
「使者団見たさに国民は集まるでしょうから、其の方々に見送っていただければよいと思いましたの。
安全性が一番ですもの、なにも言わずに皇国についてから公表してもいいくらいだわ。」
あまり表舞台に出てこなかったアマーリエ様の姿を知る国民、親しみのある国民は少ないかもしれない。
それでも一国の王女が嫁ぐのを公表しないまま出国させるなど、国民からの理解も得られないだろう。
今度はサミュエル様が盛大にため息をつく。
「また、そのようなことを。
安全も大切ですが、御身の祝い事ですよ。今まで国民のため、国のためと研鑽されてきたのですから、祝福されながらご出立してください。
多くの民がアマーリエ様を見送るために集えば、逆に襲撃はしにくくなるのでしょうし、是非とも明日ご公表されるよう、私からも陛下に進言します。」
アマーリエ様は納得のいかない表情で首をかしげる。
周囲からのお祝いの言葉よりも、とにかく無事に嫁がれれば良いと思っていらっしゃるようだ。
「街中はそうかもしれないわね。問題は国境を超える前かしら。
あるいは隣国を通過する際、隣国の間者に襲撃させることもありうるわ。
いえ、それよりも出立する前に狙われる可能性もあるわね。」
アマーリエ様が出国なさるときは、皇国の使者団も一緒だ。
万一使者団を殺傷すれば外交問題になることは、さすがの反対派も心得ているはずだ。
使者団と武力で対峙し、たとえ戦争になってでも皇国への降嫁を止めようとするのか、あるいはアマーリエ様の馬車や侍女などを狙い脅すのか。
愛国心あふれる反対勢力が、王女であるアマーリエ様ご自身を傷つけることはないと思いたい。
皆、一様に厳しい表情になる。
パウラ様とクラウディア様は不安そうに口を開く。
「明日以降、今以上に警備を厳重にしなくてはなりませんわね。
テレーゼさん、貴女もお気を付けなさい。」
「このようなことを申し上げるのは心苦しいのですけれども、反対派にはテレーゼさんが皇国でご結婚されると考えられているのです。
アマーリエ様がご結婚されるとは皆さん、知らないでしょう?
ですから、テレーゼさんのご結婚が国交樹立の記念の証と申しますか、象徴と言いますか。
決まった相手がいるのか、婿探しに行くのか、と詮無いことを言う者もいるのです。」
国の重鎮ともいえる公爵家でもなく、伯爵という、低すぎず高すぎない丁度よい階級。
公になっている婚約者もいない。
親交を深めるために嫁ぐと言われてもおかしくないとは思っていたが、本当に言われていたのか。
予想できたことなので、冷静に受け止める。
そのような失礼なことを。
私の代わりに憤ってくださるサミュエル様に、アマーリエ様は呆れたように視線を向ける。
「サミュエル様、貴方様もご一緒ですからね。そちらも誤解を生んでいるようですのでお気を付けくださいませ。」
「と、申しますと?」
「サミュエル様がご結婚相手に皇国の女性を連れて帰ってくるのではないかという説と、
テレーゼ様とお二人の婚前旅行だの皇国で二人して羽目を外すのではとあれこれ申す者もいるのですよ。」
サミュエル様と婚前旅行!?
思ってもいない流言飛語に、思わず口をぽかんと開ける。
サミュエル様も慌てて首を横に振る。
好き勝手な憶測は無視すればよいが、さすがにサミュエル様と噂になるとは思いもしなかった。
「申し訳ない、私が好き勝手しているので勘違いが生まれているのでしょう。
伯爵にも謝りにいかなければなりませんね。」
「サミュエル様のせいではございませんから。私は、気にいたしませんわ。」
事実に基づかない雑音は気にしない。
きっぱりと言い放てば、少し寂しそうな、でも安心しきった顔をされていた。




