第9話 ワインの解禁日
ボジョレーヌーボー2019年の解禁日は11月21日だそうです!
去年の11月に公開する予定だったんですよね。
どうぞ、お楽しみ下さい。
『ボジョレー・ヌーヴォー解禁!』
ボジョレー・ヌーヴォーとは、フランスのブルゴーニュ地方ボジョレーで生産されるその年のワインの出来を確認する為の試飲用早仕込み赤ワインのことである。
解禁日が決められているため、時差の都合で日本は先進国でもっとも早く解禁される。
どの国でも収穫祭的な位置づけで盛り上がるが、その『限定』であり『世界で最初に解禁される』と言う希少性は日本人の気質をくすぐり、世界でも屈指のお祭り騒ぎになる。
「今年も無事にボジョレーの解禁が終わった」
お祭り騒ぎは当然ながら商機であり、営業プランナーである若葉も宣伝などを仕込んでいた。
宣伝マンは、本番になったら基本的にはお役御免であり、無事にスタートを切れれば気持ちは仕事終わりとなる。
(さぁて、今年の打ち上げはなににしようかな?)
ボジョレー・ヌーヴォーに踊らされたいわけではないけれど、せっかく打ち上げるならその商品を美味しく頂きたい。ましてワイン、お酒である。
ステレオタイプではあるが、赤ワインは肉料理と相性が良く、白ワインは魚料理と相性が良いと言われる。
なので、基本的には肉料理を頭に思い浮かべる。
既に日付が変わった深夜、24時間スーパーくらいしか空いていないが……その陳列棚に1パックだけ残っていたのがあった。
「豚のモツか……明日は仕事が休みだし、ガッツリ行っても良いかもね♪」
そのパックを籠に放り込み、他に必要な食材を集めて、急いで帰宅する。
今から仕込むのだから、ゴールデンタイムに寝る事は叶わないが、それでも出来るだけ早く打ち上げて自分の中で今年のボジョレー・ヌーヴォーを終わらせたいのだ。
「さてと、さっさと作ってしまいましょうかね♪」
誰がいるわけでもないキッチンに声が響く。
鍋に水を張り、パックから出して軽く水洗いした豚のモツと入れ酢を加え、火にかけ下茹でをする。
沸騰するまでに、下拵えを済ませる。
まずはニンニクを粗みじん切りにして、人参は時短で料理する為に小さく薄めに、玉ねぎも大きくなりすぎ無いように気を付けてカットする。
味付けに使うアンチョビも細かく切り刻んでスタンバイ。
これらの下準備が終わることには下茹での鍋も沸騰を始める。
火から下ろして、すぐにザルを使ってお湯を捨てる。
「うっ……」
モツの臭み、そして酢の刺激臭が湯気とともに立ち上ってくる。
しかし、此処を我慢すればアンモニア臭が酢によって中和され、臭みが俄然変わってくる。
「寒くても換気扇は全開にしないと……臭い……」
ちょっと我慢の時間を突破したら、一気に仕込んで行く。
フライパンにオリーブオイルを少し多めに入れて、ニンニクを加えたら火にかけて香りを出す。
色が変わる前にしっかり水切りしたモツと人参をフライパンに入れて炒める。
塩コショウを振って、モツに焦げ目が着くくらいしっかり炒めたらアンチョビと玉ねぎを加えてもう少し炒める。
隣りでは、煮込み用のなべにホールトマト缶を開けて木べらでしっかり潰し、顆粒コンソメと水を適量加え、ローリエを入れたら火にかける。
トマトがに立つ前に、フライパンのモツたちを鍋に移し換えてぐるっと掛け混ぜ、トマトケチャップを少々加えたらクツクツと煮込む。
煮込んでいる間に、使い終わったフライパンやまな板などを洗ってしまう。
シンクの物を洗い終わった程度ではまだ煮込み時間として足りないので、一度味見をする。
「んー……よし、臭み無し! 塩気も大丈夫! あとは一味唐辛子を加えて……ホントは輪切りの唐辛子を加えたいけど、自分が食べるだけだし♪」
あと15分から20分は煮込んでおきたいところなので、ローリエを取り出して火をトロ火にしてシャワーをしてくることにする。
…………
シャワー上がりの若葉は、部屋着になり湿り気のある髪の毛をひとまとめにした状態でキッチンに戻ってきた。
「あー……ビール飲みたい……」
正直なところ、ビールで喉をうるおしてそのまま布団に入りたいと思う。
しかし、今夜は打ち上げ、つまり儀式なのだ。
気持ち水分が飛んで嵩が減った様に見える鍋を覗き込む。
ちょっと味見をする。
「……よし!」
深さのある皿にモツを入れ、追いオリーブオイルをして乾燥パセリを散らす。
『モツのトマト煮』の完成だ。
ダイニングテーブルに、ワインとモツのトマト煮、そしてチーズとオリーブのオイル漬けとセロリの浅漬けを並べたら、一人打ち上げの開始である。
「さてと、『何年に一度の出来』って言う表現が使えたら、今年はどれくらいだったのかなぁ?」
ワイングラスに注ぎながら、色に注目する。
キャッチコピーの定番だったが、あまりに陳腐でありネタにされた事もあり自粛するようになった。
若葉としてもその年数が指標になると思っていないのだが、ネタとしてはちょっと気に入っていたのでそんな事を思ったりもする。
まず最初にワインを口に含み、テイスティングをする。
ボジョレー・ヌーヴォーの場合、コルクで香りを確認したりしない。
そもそも、最近のコンビニに並ぶボジョレー・ヌーヴォーにはコルクが無いのだ。
「やっぱり、美味しいわけでは無いわね」
ちゃんとしたヌーヴォーじゃないワインと比べたら、味には劣る。
しかし、その若さゆえのさっぱりとした味は、こうしたモツの煮込みと一緒に食べるなら悪くない。
ヌーヴォーは言うならば、新人にも満たない、将来有望な学生みたいなものだ。
発酵をして、やっと新入社員。
そこから発酵に入り、新人からじっくり寝かせたベテランまで、熟成具合で味が深くなっていく……
「ワインとしてはそんなに熟成させない方が好きだけど、私は一体……」
若葉は、別の意味でほんのり苦みを感じたのだった。
ボジョレーヌーボーをこんなに愛するのは日本人くらいだそうです。
でもまぁ、お祭りは正義です♪
※本来9話だったのが、10話となっていましたので修正しました。