第10話・鰻を夏食う馬鹿に冬食わぬ馬鹿
鰻は絶滅に瀕していますが、それを救うのは……日本!!
日本人なら誰でも大好きな鰻の話をお楽しみ下さい。
彦野若葉は、大手広告会社に勤める営業プランナーである。
若葉マークはとっくに外れている。
むしろ、ベテランと揶揄される。
男だったら30過ぎなんて中堅に足を掛けた程度であるのに、実に失礼だ。
それでも、バリバリに働いていれば頼もしくあり、後輩としても安心出来る存在になる。
「せんぱぁぁぁぁい!」
若葉の頭はクエッションマークで埋まる。
(……誰だっけ?)
社内で30を過ぎた女性は目立つが、20代前半の女性は掃いて捨てるほどいる。
だから覚えてないと言うのは、言い訳に過ぎない。
「大石さん……どうかしたの?」
自信が無くて間が空いてしまったが、ギリギリ思い出せたのでセーフであろう。
大石さんと言う女性がちょっと気にしているが。
「先輩!今夜ちょっと付き合ってくれませんか?」
「え?あー、まぁ良いけれど……」
帰ってもどうせ飲むだけで、飲めなかったからって困るわけでもない。
きっと相談に乗ってくれと言うのであろうことは察している。
いっしょにキャピキャピとディナーに行くほど親しいわけじゃない。
(……最近、キャピキャピしてないなぁ……)
「相談に乗って欲しいんです!」
「でしょうね」
「え?」
「あ。それで、相談って立ち話で済む程度?それともがっつりと?」
「流石彦野先輩!男前ですね!惚れちゃいます」
「ありがとう。で、どうなの?」
「是非がっつりで!」
(がっつりの注文が入りましたー)
若葉は、人が見たら眼鏡もしていてクールな印象だが、実は比較的残念な女性だったりする。
「お店は決めてるの?」
「いえ。ただ、先輩と一席ご一緒したいです」
「要望はあるの?」
「お任せします」
大石は、ストレートな意味で残念だった。
「えっと……じゃあどんな相談か教えて貰える?」
(重い相談ならそれなりの雰囲気があるところがいいだろうし……)
「その……後輩が出来たじゃないですか。接し方が分からなくて……」
(えー。そんなつまらない相談なの?)
「じゃあ……鰻にしようかな。どう?」
「鰻ですか?夏じゃないのに?」
「夏じゃないから、なのよ。じゃあ決まり。お家は……どこだっけ?」
「松戸です」
「だったら……ちょっとうちの方まで付き合って貰って良いかな?そこからまっすぐに帰れるから」
「どこですか?」
「西日暮里」
西日暮里駅。
JRの山手線と京浜東北線、そして東京メトロ千代田線(常磐線直通である)が交差する駅。
その西日暮里のガード下にその店はある。
うな鐡 将。
鰻屋である。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると店員から声を掛けられる。
「二人、カウンター良いですか?」
「先輩、男らし過ぎです」
開口一番、カウンターを指定する若葉の姿に大石が慄く。
「うなぎは焼ける匂いもおかずになるから」
「え? 何を言ってるんですか?」
「……ごめんなさいね」
よく行くお店で慣れているせいもあるが、残念感駄々漏れである。
「串5本2人分と白焼き、う巻き、うなボーン、あともろきゅうに瓶ビールをお願いします」
「……鰻と言ったら、うな重じゃないんですか?」
「夜なのに?」
「え?」
「え?」
20歳そこそこの女性は、こんなの付いていけるわけが無い。
「さてと。接し方が分からないってことだけれど、たぶん、相談相手を間違えてる気がする」
「彦野先輩って、ギャップが凄いですね」
「えーっと……うん、そうね。自覚もあるわ。でもそれは、仕事とプライベートの差よ」
「かっこいいです!」
イマイチ噛みあわない会話に、若葉は少し気が滅入る。
最近の若い子は、と言いたくなるが全力で堪える。
「まずは、どんなことがあったの?何も無くて悩んだりは出来ないでしょ?」
「その……舐められているんです。思いっきり」
「舐められている?」
「いきなり食事に誘われたり、連絡先を聞かれたり」
「あー……」
タイミング良く、ビールと突き出し、そして骨せんべい(若葉がうなボーンと言ったもの)、もろきゅうが出てくる。
「私達の会社、こう言うのはなんだけど有名じゃない? 浮かれるのよ、みんな一度は」
「先輩も?」
「もちろん。そして失敗もね」
「先輩が失敗する姿、想像出来ないです」
「そんなことないよ。でも、失敗するのは悪い事じゃないし、失敗をしてないとしたら、いつか大怪我をすることになってしまうと思うの」
(なんで、こんな会話の流れになったんだっけ?)
コップにビールを注ぎながら、予想外の会話の流れに困り果てている。
彦野若葉、いままさに失敗をしている最中である。
「ひとまず、乾杯と行きましょう。今日は奢るよ」
「え?ごちそうさまです!かんぱーい」
「お疲れ様」
カチン。
ジョッキではなく、コップゆえに軽い音が心地よい。
「まず言えることは……入社早々浮かれてる男は見込みないし、片っ端から捨てちゃいなさい。相手しようとするだけで疲れるんだから」
「先輩、良い女です!!」
(あー、こう言う子がモテるのかもしれない)
終始この様な調子で時間は過ぎていく。
目の前の網で焼かれる鰻を横目で見つつ、話半分なのは内緒である。
「串焼きと白焼き、お待たせしました」
カウンターテーブルに置かれた皿から、香ばしい香りが立ち上る。
ちょっと前にビールは飲みほして、冷酒に切り替わっている。
「うなぎの串焼きなんて初めてです!」
「うな重だけが鰻じゃないのよ」
大石がワクワクしながら短冊串を頬張る。
若葉は、うな重しか食べたことがないなら驚くかな?なんて思いながら、自分はくりから串を頂く。
「おいしー!」
「でしょ? そう言えば、お店に来る前に、夏じゃないのに?って言ってたよね。鰻の旬は秋から冬にかけてで、むしろ夏は一番脂が乗って無い時期なのよ。天然の場合、だけどね。私に言わせれば、夏に食う馬鹿、冬食わぬ馬鹿、ってところよ」
「え?だって土用丑の日って?」
「夏バテに鰻が良いのは本当。だけど、あれこそ広告の賜物だわ」
「そうなんですね」
「『土用丑の日、うのつくもの』って知らない?」
「なんですか?」
「大石さん、あなたは広告会社に就職したんだから、それくらいは知っておきなさい……ま、資源が壊滅的なのに食べている時点で、私も大馬鹿者かもしれないけどね」
ジェネレーションギャップを感じながら、馬鹿者同士でそれなりに盛り上がるのでした。
鰻は白焼きを頼み、冷酒をきゅっと頂くのが乙なもんです。
あー、今年の冬も鰻を食べようっと♪




