第二十八話 『確率に命運を委ねる男』
「……おい、貴様ら。これは私への侮辱か?」
シャッと試着室のカーテンが開き、不機嫌そうな顔のレンちゃんが現れた。
黄色いお帽子に水色のスモッグ。愛らしいポーチを斜めがけし、『めれんげ』と平仮名で書かれたワッペンが胸元で存在を主張している。
その会心のコーディネートに、僕とマーガレットさんはグッと拳を握り締め、ガタッと椅子を揺らしながら前のめりになった。
「あら、所長。すごくお似合いだわ」
「くっ……マカオ、貴様……!」
僕の隣で椅子に腰かけ、パチパチと手を叩くマカオさん。その賞賛の拍手に、レンちゃんは顔を赤くしながら悔しそうに歯軋りした。
この合法コスプレ大会に参加を表明したマカオさんは、しかし残念なことに『着せられる側』ではなく『着せる側』での参加だった。
「『一緒に』とは言ったけれど、一言も『着せられる側』でとは言っていないわ」
というのが、マカオさんの言い分だった。
ちなみに、レンちゃんはマカオさんが参加すると聞いて、渋々といった体を装いつつも、どこかそわそわしながら参加を了承した。
が、直後にマカオさんの発言を受けて即逃走。しかし蛇のようにぬるりと回り込んだマーガレットさんに捕獲され、くすぐりの刑に処された。
「わ、分かった……っ! 一着、一着だけだ……っ!」
と、マーガレットさんのフィンガーテクに陥落したレンちゃんは、条件付きで参加を了承。僕たち三人は綿密な協議を経て一着の衣服を選出した。
手渡された衣服(園児服&その他諸々)を見て、およそ女の子がしてはならない類の渋り顔を披露したレンちゃんが記憶に新しい。
とはいえ、約束は約束。かなりの時間をかけて、レンちゃんは天使のような姿に変身してくれた。これには僕も思わず起立する。
「レンちゃん」
「な、なんだ……?」
歩み寄って来る僕を見て、レンちゃんが警戒したように後ずさりする。
そんなレンちゃんの前で立ち止まり、僕はその場で両ひざを折ると、額を床にこすり付けながらそっと一着の衣服を差し出した。
そう、レンちゃんが着替えている間に、僕が個人的に用意したモノである。
「お願いします」
「……貴様にはプライドというモノがないのか?」
土下座する僕の後頭部にレンちゃんの可愛いあんよが乗せられる。
あまり僕を舐めてもらっては困るね。目的の為とあらばプライドを投げ捨てることすら厭わない、そんな男らしい潔さを僕は常日頃から心がけているのだから。
「本音を偽り、屁理屈を並べ立てて本懐を遂げようとする……僕はそんな紳士の風上にも置けないようなダサい男に成り下がるつもりはない!」
「そんな破綻した持論を力説されてどうしろと言うのだ?」
僕の後頭部を足でぐりぐりしながらレンちゃんが感情を排した声で言ってくる。
まさか、幾人もの強者を葬ってきた僕の土下座が通用しないとは驚きだ。どうやら今回は、運悪く五分の四を引いてしまったらしい。
でも、僕は一人じゃない。頼もしい仲間がいる。
状況が不利と見たマーガレットさんがヘッドスライディングで救援に駆け付けてくれた。惚れ惚れする五体投地の土下座で獲物を仕留めにかかる。
「ぐふふっ、お嬢さん。私の後頭部が空席ですぜ……?」
違った。自分の欲望を満たすことしか考えていなかった。
いや、待つんだ。この状況は利用できなくもない。
そう判断した僕は、後頭部を足で押さえつけられた状態から反撃に打って出た。
「さあ、選ぶんだ、レンちゃん! この服を着るか、マーガレットさんの性癖に付き合うか、それとも僕たち二人とも満足させるのかを!」
「……いや、普通にどれも拒否するが?」
くっ、詰んだか……!
「所長、一ついいかしら?」
しかし神は僕を見捨てなかった。
最後の希望ことマカオさんの援護射撃だ。これで勝てる。
「所長がいま着ている服は、私たち三人で選んだものだけど、五三種くんが差し出しているその服は、彼が個人的に所長に着てほしいと思っている服だわ」
「そ、それは……っ」
「一つ確実に言えることは、所長がその服を着たら、彼は間違いなく喜んでくれるということね」
物理的に顔を上げられないので、レンちゃんの表情は窺えない。それでも、激しく狼狽えているような気配は伝わってきた。
このまま押せば通りそうな雰囲気だ。ここは変な小細工は使わず、紳士的に真摯な懇願でゴリ押すのが賢い選択だね。
という訳で、僕は姉さんに命乞いするつもりで本気のお願いを繰り出した。
「レンちゃん……僕は純粋に、そう、混じり気のない純粋な気持ちで、ただレンちゃんがこの服を着ている姿を見たいだけなんだ……!」
「貴様……」
「一目でいいんだ。きみがこの服を着ている姿を見られれば、僕はもう、思い残すことは……………………………………ない」
「……随分と間があったな」
しまった。命乞いのつもりだったから、生への強い執着が僕の邪魔を。
いや、落ち着け。熱意だ。この迸る熱意を勢いでぶつけて押し通すんだ。
「見たい! レンちゃんがこの服を着ているところを死んでも見たい! 見たいんだ! とにかく見たい! あと、見たい! 見たいんです! 見せてぇ!」
「…………」
おっと? 顔は見えないのにレンちゃんがドン引きしている顔が見えるね?
いや、しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。押し通すんだ、五三種実!
「見たい~ッ! 見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見~た~い~ッ!!」
思いの丈を全力でシャウトしていると、頭上で盛大なため息が落とされた。
僕の後頭部からふっと重みが遠ざかり、手から服が回収される。
「……これで、最後だぞ?」
顔を上げると、レンちゃんが仏頂面で短く告げてきた。ただし、その顔は真っ赤で、必死に我慢しているものの、口元はニヤけきっていた。
試着室の中へ消えて行くレンちゃんを見送り、僕はマーガレットさんとガシッと腕を絡ませると、そのまま仲良くるんるんスキップで帰還。
待っていたマカオさんとそれぞれハイタッチを交わしてから着席した。
「あ、ところでマカオさん」
「何かしら?」
「一日にお手洗いは何回くらい行きますか?」
「――――」
満面の笑みで質問すると、マカオさんは微笑んだまま固まった。
隣の席でマーガレットさんが「ひゃ~」と感嘆したような声を上げている。その声を聞きながら、僕はフリーズするマカオさんを見つめ続けた。
五秒ほど経過したところで、ようやくマカオさんが再起動。組んでいた足を優雅に組み替え、大人の余裕が覗く微笑で言った。
「ご想像にお任せするわ」
「なるほど。参考になりました!」
どうやらマカオさんは答えたくないらしい。
つまり、まだ『効果』が現れていないということだ。
今回の作戦、僕は事前にマコトからとある『アイテム』を渡されていた。
ヒカリちゃんの『カース』で作った強力な『自白剤』である。ただ、その効果が現れるまでに結構な時間がかかるらしい。
何やら『後』を考えて『代償』を最小限にしたかった、とかクズは言っていたけど、おそらくハゲるのが嫌でケチっただけだと思う。
何はともあれ、僕はその『自白剤』をケバブもどきに仕込んでマカオさんに渡した。今は効果が現れるまでの時間稼ぎをしている段階である。
さっきの質問は、『自白剤』の効き目を確認する為のものだ。どうやらもう少し時間稼ぎをする必要があるみたいだけど。
さて、もっと時間を稼ぐ為に、レンちゃんに三着目を着せないといけない。
ちなみに、この合法コスプレ大会も時間稼ぎの一環であり、断じて私情などは含まれていないことをここに明言しておこうと思う。
とはいえ、ただの時間稼ぎだからと手を抜くのはレンちゃんに失礼だ。なので、妥協はしない。全力でヤらせてもらうよ。
「ねえ、五三種くん」
「はい、なんでしょうか?」
三着目をどうゴリ押すか考えていると、マカオさんが僕に声をかけてきた。
振り向いて首を傾げる僕に、マカオさんが真面目な顔で聞いてくる。
「何か、お姉さんに隠してること、ないかしら?」
ふむ。なるほど。隠し事がないかと、そういう質問だね。
もちろん、バカ正直に白状したりはしない。でも、怪しまれているようなので、ここは僕の完璧なポーカーフェイスと卓越した話術で煙に巻かせて頂こう。
僕はニッコリと美少年スマイルを浮かべ、自慢の舌を軽やかに回した。
「はい。実は『アスクレピオスの杖』という再生を司る『神器』を探してまして、犯人の目星は付いてるんですけど、証拠がないので『自白剤』を盛って決定的な証拠を掴もうと画策していました。今はその『自白剤』が効き始めるまでの時間稼ぎをしてる最中で、証拠が掴め次第、店の外にバックアップ部隊として控えている僕の仲間がターゲットを取り押さえる算段になってます。あと、合法的に女の子を着せ替え出来るって、控えめに言って超が付くほど最高ですね!」
「「…………」」
僕の意思に反した暴露を聞き、マカオさんとマーガレットさんが絶句する。
僕は天井を仰ぐと、ふっと微笑をこぼしながらしみじみと呟いた。
「三分の一、か……」
どうやら三分の一のケバブもどきロシアンルーレットに敗北したらしい。
さて、この状況、どう誤魔化すべきか。問題は、今の僕が相手の質問に全て正直に答えてしまう状態にあるということだ。はっきり言って、かなり厳しい。
「貴様、今の話は……」
おっとマズイ。いつの間にか着替え終えていたらしく、レンちゃんが試着室の中から裸足で出てきていた。目を丸くして僕の方を見つめている。
現実逃避も兼ねて、僕はトラウマを想起して走馬灯を起動、思考の加速を利用してレンちゃんの姿を舐めるように堪能することにした。
レンちゃんの幼女体は、ぴっちりとした薄い紺色の布で覆われている。
胸元には『めれんげ』と名前が平仮名でプリントされ、その文字を控えめながらも確かに存在する小さな膨らみが押し上げている。
比較的布面積が多い上半身に対し、下半身はお股の部分を覆うのみで、大胆に露出された白い太ももが大変目によろしい。
起伏の乏しい腰回りを囲むように装備された浮き輪を両手で支えるその姿は天体を連想させ、まるで幼女の惑星を見ているかのようだった。
これは新しい星の誕生、その瞬間に立ち会ったにも等しい奇跡と言える。
感動のあまり、僕の中で感情がビッグバンを起こした。溢れた感情が一筋の流れ星となって頬を伝い、夜空に散りばめた星々のように落涙していく。
――そう、スク水(旧式)である。
「えぇ……」
宇宙規模の感動に涙する僕を見て、幼女のお星様が引き攣った顔で後ずさり。
しかし直後にハッとすると、回れ右で試着室の中へ雲隠れした。次に出てきた時にはスク水(旧式)の上から白衣だけを羽織った姿で、星の瞬きの如き鋭い眼差しで僕を一瞥すると、マーガレットさんにお金を放りながら告げた。
「急用を思い出した。私は帰らせてもらうぞ」
「あら、所長。もう帰られるので?」
早足で店の出口に向かおうとしたレンちゃんの前に、いつの間にか先回りしていたマカオさんが立ち塞がった。
対峙する二人を、無駄に連続でバク転したマーガレットさんが追い抜き、そのまま「ほい!」と店の出口を戸締り。横ピースで振り返ったマーガレットさんがバチコンとウィンクを送信し、それを受信したマカオさんが小さく頷く。
「……マカオ、何のつもりだ?」
レンちゃんがスッと目を細め、マカオさんに低い声で問いかける。
マカオさんは、己の肘を抱くように腕を組むと、小さくため息を吐いた。
「本当は、確実な証拠を掴んでから動きたかったのだけれど、こうなってしまっては仕方がないわ。――でも、お姉さん、強引なのも嫌いじゃないの」
「…………」
そう言って、妖艶な微笑を浮かべたマカオさんがレンちゃんを見据える。
黙り込むレンちゃんを怪しげな微笑で見つめながら、マカオさんは自分の唇をそっと人差し指でなぞると、ゆっくりとその口を開き――、
「魔獣研究所所長、メレンゲさん。『絶滅種』騒動の容疑者として、お姉さんと一緒に騎士団までご同行願えるかしら?」
――と、驚くべきことを、口にしたのだった。




