第十四話 『子猫がお腹を空かせています。ご飯をあげましょう』
「いやぁー、悪かったなぁ兄ちゃん!」
「全裸で底なし沼とか、もうヤベェ匂いしかしなくてよぉ!」
「どうか許してくれ! 俺たちも栗の世話で手一杯だったんだ!」
「乗り心地の方はどうでぇ? あんちゃんよぉ!」
「快適の一言に尽きますね!」
泥人形と化した僕は殺意の高い方々に神輿スタイルで運搬されていた。
勢い余って僕を脳天まで埋め直してしまい殺しかけてしまったお詫びと、捻挫の影響でまともに歩けない僕への気遣いから生まれた移動方法だった。
ちなみにロマンさんは縄で縛られて引きずられている。
「お。どうやら着いたみてぇだな」
殺意の高い神輿のパーツの一人が前を見て言った。
見れば、何やら数人の見張りらしき人がこちらに向けて手を振っている。どうやら殺意の高い方々の仲間らしい。
「よぉ! 栗は見つかったか?」
「おう! 底なし沼にハマってやがった!」
「マジか。これで何度目だ?」
「ここ一週間で三度目だな」
「ありえねぇ頻度だろ。あとでちゃんと動けねぇようにボコっとけよ?」
「任せろって。一撃で刈り取ってやらぁ」
などと殺意の高い方々が殺意の高いやり取りを交わしていると、見張りらしき殺意の高い方の一人が僕を見て「お?」と眉を上げた。
「その泥人形は?」
「ああ、この兄ちゃんは――」
僕のことを簡単に説明してくれた殺意の高い方の話を聞き、見張りの殺意の高い方々が揃って「っ」と口元を手で覆い涙ぐんだ。
「兄ちゃん、聖人かよ……」
「全裸なのは気になるが、イイ奴じゃねぇか……」
「いえ。僕は紳士として当然の義務を果たそうとしたまでですよ」
謙遜する僕に殺意の高い方々の尊敬の眼差しが集まった。
後ろで何やらロマンさんが叫んでいるけど、猿ぐつわを噛まされているので何を言っているのかよく聞き取れない。
「ささ。大したもてなしは出来ねぇが、のんびりくつろいで行ってくれ!」
僕が案内されたのは、簡単に言えばキャンプ地のような所だった。
ぞろぞろとテントから這い出してきた殺意の高い方々に最初の殺意の高い方々が僕を紹介。漏れなく感極まった殺意の高い方々に僕は快く歓迎された。
殺意の高い方々に囲まれて僕は歓談に花を咲かせる。
「いやー、そうなんですよ。水の上を走るのはさすがに厳しいですけど、泥の上なら片足が沈む前に駆け抜ければイケるだろうって」
「ふっは! おい兄ちゃんおもしれぇな! 結局それで走力が足りなくて沼に沈んじまったって訳かよ!」
「いえ、走力は大丈夫でした。ただ、思わぬ伏兵が足に……」
「ほぉ、伏兵に足をやられたと?」
「栗じゃね?」
「栗だな」
「栗だろ」
「栗ィ」
などと盛り上がっていたら、事件が起きた。
「栗がまた消えたぞぉ!」
「「「――――」」」
報告を受けた殺意の高い方々の顔が一瞬で能面と化した。
そのまま無言で立ち上がり、まるで統率された兵士のように一斉に動き出す。
「最後の目撃者は?」
「俺だ。栗はしきりにポチのことを気にしてた」
「ポチか。今日のエサやり当番は?」
「俺っす。栗拾いに駆り出されてたのでエサはまだやってねっす」
「聞いたか野郎どもぉ! 栗の居場所が割れたぞボケぁ!」
「急げぇ! 栗がポチのおやつにされちまう前に連れ戻せぁ!」
殺意の高い方々が一斉に雄叫びを上げて走り出した。
状況が呑み込めないのでひとまず僕も走り出す。
「いったい何があったんですか!?」
「おう、悪ぃな兄ちゃん! 急がねぇと栗が死ぬ! 足を痛めてる兄ちゃんを待ってる余裕はねぇ! ちょいと待っててくんねぇか!」
「足はなんかもう痛くないと言うか感覚がないので平気です! それより、ロマンさんが死ぬってどういうことですか!?」
「感覚がねぇってのは相当ヤベェと思うんだが……兄ちゃんがそれでいいなら付いて来な! いちいち説明するより実際に見た方が手っ取り早ぇ!」
「了解です!」
了解した僕は話していた殺意の高い方を追い抜いて風になった。
後ろで「あ、ちょっ」とか聞こえた気がしたけど、僕は本能に従って前だけを見て走り続ける。立ち止まったら、何かに捕まる気がしたから……。
「! 見えた!」
気が付いたら先頭を走っていた僕はロマンさんの姿を前方に確認。
ロマンさんは何やら猫撫で声で「お~よしょしょしょ……」と呟きながらだらしない笑みを浮かべて檻の中の生き物に餌付けしようとしていた。
「あれが……ポチ!?」
ネコ科のような四足獣で、ライオンの数倍の体躯。尻尾はサソリの尾で、全身が血のように真っ赤だ。というか、完全に魔獣だった。
「マンティコア、だったかな……?」
ゲームとかでよく登場する代表的なモンスターに似ている気がする。
そして、どうやらロマンさんはそんな魔獣に手から直接エサを与えたいらしく、大きな肉を手に檻の隙間から中に入ろうとしていた。
そんなロマンさんを、ポチが涎を垂らしながら血走った目で見つめている。
「いけない、このままじゃ……!」
タイミング的に僕が辿り着くよりも先にロマンさんが食される方が早い。
となれば、取れる手段は一つ。僕は内なる力に意識を傾けると、走りながら手を前方に突き出して、手繰り寄せた力を一気に解放した。
「いっけぇぇぇええええええええええええええええええええええええッ!!」
ロマンさんを救うべく力を解放した僕の体が謎の力で射出された。
砲弾の如く宙を飛翔した僕の渾身のドロップキックがロマンさんの横っ面に炸裂。檻の中からロマンさんを叩き出すことに成功した。
「よし!」
ガッと拳を握って立ち上がった僕は会心の笑みを浮かべる。
会心の笑みを浮かべたまま、ふと殺意を感じてくるりと振り返った。
『にゃー』
「oh……ポチぃ……」
ロマンさんと入れ替わりで檻の中に現れた僕をポチが見下ろしていた。
しかし今の愛らしいシャウトを聞く限り、まだ対話の余地は残されている気がする。残されていなかった。ポチの殺意に満ちた大胆な接吻が僕に迫る。
「こぉらポチ。そんなばっちぃの食ったら腹ぁ壊すぜ?」
「おっふぅ!?」
急にお腹辺りをグンッと引っ張られ、情けない声を上げた僕は檻の外へ。
見れば、僕のお腹には縄が巻かれていて、その縄の先を片足立ちのロマンさんが滝のような鼻血を垂れ流しながら握っていた。
そして僕と目が合うと、ロマンさんはふっと不敵な微笑をこぼし、
「よぉ、ケガはねぇk」
「そこまでだ!」
突如、頭上から響いた鋭い一声と共に誰かが空から降ってきた。
その人物は軽やかに着地し、流れるように腰の剣を抜き放ちながら振り返る。
赤い髪が揺れ、同じ色の瞳が僕(縄に縛られている)とロマンさん(縄の先端を握っている)を素早く射抜き――、
「今すぐ彼を解放するんだ! ――『火中の栗』頭領、マロン!」
剣の先端をロマンさんに突き付けながら、高らかに言い放ったのだった。




