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第十二話 『逃げ足には自信があるんです』


「こっから先は魔獣も出てくる。全員、警戒は怠るなよ」


 森の入り口を前に、振り返ったアトラさんが注意を促してくる。

 王都を出発した僕たちは、街道を進んで『火中の栗』が潜伏しているという森のすぐ手前までやって来ていた。


 ちなみにマコトはまだ意識が戻っていない。

 移動中は十字架に張り付けにされた罪人のようなポーズで禍々しいオーラを放ちながらホバー移動していた。今も僕の隣でドス黒いオーラを放ちながら宙に浮いている。どうやらこれもヒカリちゃんの『カース』の力らしい。


「…………」


「?」


 ふと視線を感じて振り返ると、アテネさんが複雑な面持ちで僕を見ていた。

 そんな彼女の表情に察しのいい僕はなるほどと頷く。

 女神様と言っても、アテネさんだって女の子。これから野蛮な盗賊や魔獣が潜む森に入ろうって言うんだから、不安を感じてしまうのも仕方がない。


「大丈夫ですよ、アテネさん」


 アテネさんの不安を取り除くべく、ふっと優しく微笑んだ僕は肩にかかる髪を手で払ってバチっと力強くウィンクした。


「いざとなれば僕を頼って下さい。逃げ足には誰にも負けない自信があります!」


「ミノル君、でも……!」


 何か言いかけたアテネさんの唇を僕は人差し指でそっと塞いだ。

 目を丸くしたアテネさんがきゅっと赤面する。そんな彼女に優しく微笑みかけ、僕は颯爽とスカートを翻しながら背を向けると、グッと親指を横に突き出しながら、高らかにハイヒールを鳴らして森の入り口へと歩き出した。


「――たとえFBIでも、僕を捕まえることは出来ない」


 さあ、始めようか。命がけの、鬼ごっこをね――。



――――――――――――――――――――



 ――一人で勝手に森に入ろうとしたらアトラさんに叱られた。


 最後尾に配置された僕は、名誉挽回の為に前を歩くアテネさんが急に転倒してもすぐに対応できるよう中腰になりながら太ももの動きに注意を払う。

 これなら微かな動きの変化で即座に対応へと移れる。我ながら天才的な発想だ。自分の聡明な頭脳が本当に恐ろしい。


「ど……て……」


「?」


 中腰だと腰が疲れるので、天才的な閃きからブリッジ歩行に移行した僕の前で急にアテネさんが立ち止まった。

 腹筋で上体を跳ね起こし、僕はヒールで華麗なターンをキメて前を向く。見れば、アテネさんは俯きながら肩を震わせていた。


「……アテネさん?」


「どうして! 女装! なんですかぁ!?」


 まるで我慢の限界だと言わんばかりに、セリフの区切りごとに両手を振り下ろして叫んだアテネさんが勢いよく振り返ってきた。


「今まで誰も何も言わなかったので私も我慢してきましたがもう限界です! どうしてミノル君は女装しているんですか!?」


「え?」


 もしかして、もう忘れちゃったんだろうか。

 だとしたら、大変だ。若年性アルツハイマーの疑いがある。


「アトラさん! 今すぐアテネさんを病院へ連れて行ってもいいですか!?」


「病院に駆け込むべきはミノル君の方では!?」


「!?」


「どうしてそこで意外そうな顔をするんですかぁ!?」


 目を剥いたアテネさんが鬼気迫る表情で僕の肩をガッと掴んでくる。

 すると、先頭を歩いていたアトラさんが振り返りながらため息を吐き、


「しょうがねェだろ。あんな朝早くに営業してる店なんざ普通ある訳ねェし、融通が利いたのはオレが普段から贔屓にしてる服屋だけだったんだからよ」


「それは分かっています! 私が言いたのは、アトラさんと一緒に入店したミノル君がなぜ女装姿で出て来たのかという部分です!」


 というアテネさんの主張に対し、アトラさんは「そりゃオマエ」と腕を組んで、


「女性服専門店なんだから女物の服しかねェに決まってんだろ?」


「あのお店って女性服専門だったんですか!?」


 驚愕の事実が発覚したとばかりに、アテネさんが目を見開いて唖然とする。

 あの服屋さんには、実際に服を買う僕と店主に話を付ける為にアトラさんの二人で入ったから、アテネさんは今まで女性服専門店だと知らなかったらしい。


「でも、アテネさん。僕だって最初は抵抗したんですよ?」


「え? そうなんですか?」


「はい。――抵抗した、という記憶だけが残っています」


「いったい何をされたんですか!?」


 なぜか店主のお姉さんにえらく気に入られて、百年に一人の逸材だとかで褒めちぎられたあと、無理やり女性服を着せられそうになって抵抗したのは覚えてる。

 そして気付いたらこの姿で店の前に立っていて、生まれ変わった自分に無限の自信が湧いてくるのを感じた。そう、今の僕は無敵だ。


「正直、誰にも負ける気がしない」


「本人もこの通り、気に入ってるみてェだぜ?」


「たしかに、パンツ一丁よりはマシかと思いますが、それでもこれは……!」


 なおも食い下がろうとしたアテネさんの肩に、不意にレオナルドとマカオさんがポンと手を置いた。振り返るアテネさんに、二人はニッコリと笑いかけ、


「受け入れ難いかもしれません。でも、彼は生まれ変わったんです。ありのままの彼を受け止めてあげて下さい。愛とは、相手を許容することなのですから」


「男だから、女だから。そんな些細な問題に固執していては、胸を張って前に進むことなんて出来ないわ。肝心なのは、その心……違うかしら?」


「…………。ふふ、そうですね。お二人の、言う通りかもしれません」


 二人の言葉を受け、アテネさんの中で何かが決着を迎えたらしい。

 死んだ魚のような目で笑う彼女の姿に、顔を見合わせた僕たちも揃って笑った。

 森の中に楽しげな笑い声が響き渡る。そして、その笑声の輪から少し離れた位置でホバーするマコト、その手を握るヒカリちゃんがぽつりと呟いた。


「……狂気」


 僕たちの笑い声は終わる事なく響き続け、その楽しげな笑い声に誘われた魔獣たちにいつの間にか四方を取り囲まれていた。


「しまった……!」


 どうやら騒ぎ過ぎてしまったらしい。

 一気にピンチに陥った僕たちは、互いの背中を預けるように陣形を組む。


「ちィ! 思ったより数がいやがんな……!」


「アトラ様、半数は僕が受け持ちます! ミノル、君の力を僕に見せてくれ!」


 腰の剣を素早く抜き放ち、レオナルドが背中越しに言ってくる。

 ご要望とあらば仕方がない。僕はワルツを踊るようにくるりと回り、スカートの裾をヒールで踏んで躓いたように見せかけて実際に転んだ。


「くっ……!」


「ミノル君!? こんな時に何を遊んでいるんですか!?」


 何やら盾のような物を構えたアテネさんがぎょっとして僕に手を伸ばしてくる。

 そんな彼女を僕は手をかざして制した。僕の眼光が鋭く上方に走り、アテネさんのスカートの中にある神秘を暴き出す。そう、純白である。


「ふ。アテネさん、問題ありません。これは限りなくルーティンに近い何かです」


「つまりただ転んだだけですよね!?」


「違います。これはルーティンです。心配しなくても、これからお見せしますよ。そう、僕の……五三種実の、真の実力ってやつをね!」


 不敵に笑って立ち上がろうとした僕は足を挫いたらしく立ち上がれなかった。

 おのれハイヒール……!


「やむなし!」


 僕は寝転がったまま、ジリジリと距離を詰めてくる魔獣の群れに手をかざした。

 過去の二回は失敗したけど、僕は僕の力を信じている。こんなものじゃないと。本当は頑張れば出来る子なのだと。


「それを、今ここで、証明してみせる!」


 仇を討つ為ではなく、平和を愛する清く正しい心でもない。

 今はただ、大切な仲間たちを守る、その強い一心で――。


「みんなを救う力を、僕にぃ――――ッッ!!!!」


 次の瞬間、僕を中心に不可視の力場が展開された。

 謎の浮遊感が僕を包み込み、目の前の景色が切り替わっていく。


「これは……!」


 まず、風景が変わった。森の中に変わりはないけど、ここは別の場所だ。

 そして次に、アテネさんたちの姿がシュンっと消えた。というより、感覚的に僕の方が別の場所に飛ばされたらしい。そう、瞬間移動というやつである。


『…………』


「…………」


 ――ただし、魔獣の団体さんは据え置き、もとい同伴だった。


「……ふっ」


 四方から照射される熱い眼差しに、僕は不敵に笑って立ち上がる。

 おっと足が痛い。そこで僕はリュックの中から取り出した自家製栄養ドリンクのフタをキュッと捻って開封。一気飲みした。


「ぷはぁ!」


 自家製栄養ドリンクをキメた僕は口元を拭いつつビンを投げ捨て、ついでにカツラとハイヒール、あとドレスとパンツも投げ捨てた。

 不思議な解放感に満たされた僕は足の激痛を忘却。サッと前髪を掻き上げながらニヤリと笑い、魔獣たちを睥睨してビシッと指を突き付けた。


「――たとえFBIでも、僕を捕まえることは出来ない」


 さあ、始めようか。命がけの、鬼ごっこをね――。


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