第1話 画期的な新技術
グラン・ルバイン王国の王都、魔導都市の下町。
冒険者たちの熱気と喧騒が絶えない職人通りの一角に、五代続くバフ屋『魔柄記処エングレイブ店』がある。
両親が長期旅行に出ている現在、店を切り盛りしているのは十八歳の若き天才魔柄記付与術師、ロア・エングレイブとその姉だった。
「ふんっ!はっ!バフとは魂と魂の殴り合いだ!」
店の奥から地響きのような掛け声が響く。
身長百九十センチを超える筋骨隆々の巨躯、丸太のような腕を光らせながら超重量のバーベルを上げ下げしているのは、姉のバルバラだ。
豪快に裂けたタンクトップからはち切れんばかりの筋肉が覗いている。
「姉さん、振動でインクの調合がブレるから少し静かにしてくれないかな」
対照的に、カウンターの奥で極細の筆とガラス小瓶に向き合っているのがロアだった。
紺色のボサボサ気味な短髪に琥珀色の瞳。
清潔なエプロンを纏い、繊細な筆を扱うために滑らかに手入れされた指先が、流れるような所作でインクをかき混ぜている。
「細かいことは気にするな!アタシの根性バフ入魂に耐え抜く骨のある客はまだ来ないのかい!」
豪快に笑うバルバラを横目に、ロアは小さくため息をついた。
カラン、と心地よいドアベルの音が響いた。
「おはよう、ロア。今日もいつものやつをお願いしに来たわ」
「おはようございます。いらっしゃい、エリス、ノーラさん」
現れたのは、淡い亜麻色のセミロングを揺らす幼馴染のエリスと、紅蓮の髪をポニーテールに束ねた女剣士のノーラだった。
エリスは白と青を基調とした神官ローブに身を包み、ノーラは動きやすさを重視した白銀の胸当てを装備している。
二人は中堅冒険者パーティー『白銀の爪痕』のメンバーだ。
「朝早くからごめんなさいね。どうしても今日、一番にバフをお願いしたくて」
「構いませんよ。何か特別な依頼でも入ったんですか?」
「ええ。私たち、今日からワンランク上のダンジョンに挑もうと思ってるの」
ノーラの銀色の瞳に、強い決意の光が宿る。
「私たちの最終目標は、前人未到の難関ダンジョン『霊峰之深淵洞』の攻略よ。あそこを踏破して最高の名誉を勝ち取れば、もう誰も私たちを侮れなくなる。自分たちを蔑んだ連中を実力で見返すためには、まず今回の上位ダンジョンで確実に実績と力をつける必要があるの」
ノーラの言葉に、ロアは目を輝かせた。
「なるほど、そうですか!上位ダンジョンってことはより強力な魔獣が出現する分、僕の付与術の真価が問われますね」
「だから頼りに来たのよ。いつも通り、私たちの分お願いできるかしら」
「もちろん。……あっ、そうだ。エリス、ちょうどいいところに」
ロアは思い出したように声を弾ませ、カウンター越しに身を乗り出した。
「実は、ついに完成したんだ。上位ダンジョンに挑む君たちにぴったりの、画期的な新技術が」
「新技術……?」
エリスが翡翠色の瞳をぱちくりとさせる。
「ああ。従来の皮膚の上に刻む外皮バフとは比べ物にならない、圧倒的な魔力伝導率を誇る画期的な術式さ。
名付けて『体内刻印』!」
「体内って……まさか、体を裂いて血肉に直接魔法陣を描くの?」
ノーラが怪訝そうな顔をする。
「正確には粘膜です。最も魔力吸収率が高く、外部からの干渉を受けにくい場所……つまり、『舌』に魔法陣を描きます」
「し、舌ぁぁぁっ!?」
エリスが素っ頓狂な声を上げた。
「なんで舌なのよ!?意味わかんない!」
「舌の表面に極細の筆で陣を描き、そこに術者の魔力を直接流し込むことで発動させる。これなら、上位ダンジョンのボスクラスが放つ呪い波の影響を受けにくいのはもちろん、体内に魔法陣があることで、体内を循環する魔力導線に直接干渉して魔力を増幅させる役割も果たせるんだ」
「理屈は分かったわ。でも、どうやって術者の魔力を流し込むの?」
ノーラの冷静な問いに、ロアは極めて真面目な顔で答えた。
「術者である僕の舌と、対象者の舌を直接接触させます。つまり、濃厚なキスということになります」
「――っ!!」
エリスの顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まった。
「ば、ばっ、ばっかじゃないの!?あんた、何考えてんのよ!」
「何って、付与術の極致だよ。舌の水分量、酸性濃度、魔力導通率……すべてを計算し尽くした、初代から研究されていた究極の術式なんだ。エリス、君なら僕のインクの素晴らしさを一番理解してくれるだろう?」
「そういう問題じゃないわよ!濃厚なキスって……その、口と口をくっつけて、あまつさえ舌と舌を絡ませるってことでしょ……っ!」
エリスは両手で口元を覆い、後ずさる。
(ロアと……キス!?無理無理無理!心臓が爆発しちゃう!)




