シーダの変化
シーダが転校してくるとは、想像もしていなかった。
っていうか、手紙で街のこととかよく聞いてたのって、引っ越してくるからだったのか。
紋章を引き継いだことで、同じようにこの辺鄙な学園に引っ越してくるとは。
「では席につきなさい。アーソン君は手前のあそこに。シーダさんは、窓際近くにあるあの席で」
それにしても、制服似合うなぁ……なんてことを考えていたら、彼女がこちらにやってきて、ちょっとだけ驚いた顔をした。
「ガイ……」
「ははは、久しぶり」
すぐに微笑んだその表情は、草原で見た時と同じだった。見てるこっちも癒される。しかも席が隣になるとは。
「隠していてごめんね。でも、同じクラスとは思わなかった」
「ああ、マジでビックリした」
まさかの事態っていうか、うちのクラスは若干人が余っている状況になってたので、席が空いていても疑問を持ってなかった。
思わぬサプライズに驚く反面、背後からの視線が強くなったことも感じずにはいられない。広背筋に極太の視線が突き刺さってる。
まあ、モニカにもおいおい説明するしかないか。
ただ、今は後ろの令嬢より危惧していることがある。アーソンのことだ。
原作前半ではアーソンが主な悪役となり、この後学園を引っ掻き回すことになる。それに対抗するのがラオスという構図だった。
でも知ってのとおり、ラオスはすでに亡くなっている。今はシーダが代わりに光の紋章を継いでいるのだ。
つまりこの後、もしかしたらアーソン&モニカ対シーダという展開になる可能性がある。
多分だが争いが始まったら、アーソンとモニカが俄然有利になると思われる。
そして戦いが始まってしまった時、俺はどうするのか。
もしこの懸念どおりに事が進んでしまったら、取るべき道は一つだと思う。俺はシーダの味方になる。
彼女には少しでも仲間が必要だ。原作知識を使ってサポートすることは、モブに過ぎない身であっても、決してやり過ぎではないだろう。
そうじゃなければ、きっと世界は大変なことになってしまう。必要なことだと考えていた。
◇
「本当はね、ちょっとだけ。君のこと驚かせてみたかったんだ」
放課後の屋上で会うなり、シーダはそう告げてきた。
始業式が終わり、今日は午前中で学園は終わり。ちょっとだけ話がしたいと言われ、見晴らしの良い屋上にやってきたわけだけれど。
「マジで驚いた。でも、なんでこんな辺境に?」
二人でぼんやりとグラウンドを眺めている。シーダの横顔は、みんなの前にいる時より、いくらか緩んでいるようだった。
「兄様が選びたかった道だから。ガイと会う前から、この学園を選ぶことは決めてたんだよ」
「え……そうなのか」
またしても意外な答えが返ってきた。
「兄様はこの学園に通うことを決めていたの。そして、在学中にここユーガスト大陸に眠る、オルフェリアの聖剣を手に入れるって」
「オルフェリアの聖剣……」
この剣のことは、俺もよく知っていた。
ユーガスト大陸と呼ばれるこの地の何処かにあると言われる、光を継ぐ者だけが扱える聖剣。
しかし、その剣が何処に眠っているのかは、誰にも分からない。古き伝承の剣だが、作中でも屈指の強さを持ち、手に入れれば確かに最強格になれる。
だが、序盤では絶対に手に入らないようになっている。
ラオスは結局のところ剣を見つけられず、魔族の危機が迫っていることで、取得を後回しにして旅に出る。そういうストーリーだった。
もちろん原作クリアしてる俺は、剣のありかを知ってる。でも場所を教えたところで、今は手に入らないし危険だ。
「うん。ラオス兄様の意思を継ぐんだから、ちゃんとそのとおりに動かないと。それと、あれからいっぱい鍛えたんだよ」
そうして、細腕にグッと力を込めて見せる。でも、白くて柔らかそうな腕に、力コブはできてない。
まあ、女の子ならしょうがないのかな。
でも、なんだろう。話してる感じが今までと違う。
学生姿だからかもしれないが、淑女然とした空気は抜けていて、ちょっとだけ男子っぽいというか。
「ガイにはとても感謝してる。これからは、絶対にあんなことにはならないように、全部磨くって決めたんだ。もうすぐ来る戦いのために。それと、ちゃんと公爵家の跡継ぎだって認めてもらえるために」
「シーダ……」
「だから、学生としても頑張るつもり。迷惑かけちゃうこともあるかもしれないけど、これからも僕のことよろしくね!」
「ああ、こちらこそよろしく!」
スッと差し出された右手。俺は迷うことなく握手を交わす。
……がしかし、ある一言に気づき、脳内が真っ白になる。
え? 今シーダってば自分のこと、僕って言わなかった?
「あ、あれ? なんか変わった? 一人称とか。シーダってボクっ娘だっけ?」
テンパっていらんこと聞いちゃう俺。すると彼女は、恥ずかしそうに頭を掻く。
「う、うん。実はこういう場所では、そういう風に言ったほうが、最近はしっくりくるんだよね。その、ラオス兄様を思い出したり、ガイと文通してたら……そう言いたくなっちゃって……変かな?」
な……なんという心境の変化だ!
ってか、俺のせいでもあるってこと?
何故だろう。手紙では筋トレとパワーの有効性をひたすら説いているだけだった気がするが。
俺はどういうわけか、彼女に中性的な一面を与えてしまったらしい。その衝撃で、思わず大胸筋をピクピク動かしてしまう。
本来ならば絶対にない展開に、さらにあり得ない展開が追加されちゃってるわけか。
いや、だがこれは……いい! めちゃくちゃ良い。ギャップ萌えどころじゃない。
しかも、ボクっ娘の誕生の経緯から瞬間までを体感できるなんて、こんなこと人生でそうそうないはずだ。いや、きっと俺以外に経験者はいない。
「全然変じゃない。アリだ! 俺にとって……じゃなかった! 光の紋章継承者として、そういう娘がいるのはアリだ!」
「そ、そっか。良かった!」
彼女は分かりやすくホッとした様子だった。その後は屋上で少しの間、再会までどうしていたかを語り合っていた。
この時間はとても楽しかったのだが、そんな時間ほど早く過ぎ去ってしまうもの。
チャイムが学校内に鳴り響いた時、シーダはハッとして慌てた。
「あ、いけない! 僕、行かなくちゃいけないところがあるんだった。寮生活のこととか、いろいろあるの。じゃあガイ、また明日ね!」
「ああ。またな!」
元気に走っていく後ろ姿は、まるで可憐そのもの。なのにボクっ娘とは……。
改めて感動している自分がいた。
「あ、そういえば、スターボードはどうしてるんだろ」
一番大事なことを聞いてなかったが、まあそれは明日にしよう。
そうして俺も続くように、下へと続く階段に向かおうとしていた。
しかし、ここで思わぬことが起きる。
夏休み前に嫌っていうくらい聞いた、高らかな笑い声がしたのだ。
「話はすべて聞かせてもらったわ」
階段のある小部屋の裏側から、影が一つ現れる。まさに見覚えしかない女がそこにいた。
「モニカ」
「あなた……この夏休みの間に、随分と活動的だったみたいね。ところで、紋章がどうのと口にしていたようだけれど……あれは何?」
「え? いや、別に」
光の紋章のことを、俺がベラベラ喋っていいわけがない。ちゃんと本人の許可を取らないと。
今のところは、シーダは紋章の継承者であると周知されてはいないわけだし。
「隠してもムダよ。今すぐ洗いざらい、わたくしに話しなさい」
「あはは、また今度で」
「生意気な態度ね! 今度ではなく今よ」
モニカはシャッという音と共に、懐から扇子を取り出してきた。
これは彼女が魔法を操るときに使用する道具だ。階段前の壁に背中を預けつつ、ゾクっとするほどの流し目を送ってくる。
「話さなければ、後悔してよ」
「俺を脅す気か」
「ふん。何よ貴方。以前はすぐに震え上がったのに、わたくしがやらないとでも? 話すまでここは通れなくってよ」
扇子に魔力の煌めきが見え隠れしている。
このワガママを我慢してきたのが夏休みまでの俺だけど、前世の記憶が蘇ってきた今、付き合うつもりはなくなっていた。
「どっちでもいい。なら階段を使わない」
「なんです——っ!?」
いうなり、俺は屋上から飛び降りた。そしてグラウンドの誰もいない場所に着地し、ただ去っていく。
「ちょ、ちょっと! どうなってるの!?」
すげーデカい声してるじゃんあいつ。まあ驚くのも無理はないか。
流石に追っては来れないだろうし、お嬢様は無視して家路につくことにした。




