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30.スイートタイム

 灰色メッシュ男に切られた腱は、直ぐには治らなかった。左は浅かったが、右は結構深く。

 松葉杖までは行かないが、しばらく右足を引きずる日々が続きそうだった。

 身体の切り傷の方は、縫ったのは脇腹だけで、あとは跡もほとんど残らないだろうとのことで。

 確かに半ば完治した今、残ったのは以前の銃痕以外、脇腹の傷跡のみとなっていた。

 しかし、おかげで暫く身体を拭くだけの生活となったのはかなり苦痛で。傷だらけではシャワーもろくに浴びられなかったのだ。


 ああ、気持ちいいな。


 こうして身体を洗える心地よさ。鼻歌交じりに、就寝前のシャワーを浴びていれば。


「──機嫌がいいな?」


「!?」


 全身を映す鏡の向こうに、セルサスが腕を組んで、入口に肩を預けるようにして立っているのが映った。寝支度はすっかり整えられている。

 俺は驚いて振り返った。


「ど、どどうして? ここに?」


「この部屋のロックはどこもかからない。──知っているだろう?」


 そう言って笑うと、こちらに近づいてきて洗い途中だった俺の髪に触れてくる。


「まだあちこち痛むだろう。入る時は手伝うと言った。…髪を洗おう」


「そそそそんなっ! いいいいですってぇ」


 半ば叫びに近い。セルサスにそんなことはさせられないのだ。


「ふ、服も濡れますって。それに──」


「『それに』──なんだ?」


「恥ずかしい、です…」


 幾ら同性同士とは言え、一方的に素っ裸を見られるのはどうにも恥ずかしい。もっとこう、彫刻にでもなりそうなくらい、立派な身体付きならいいのだが。

 認めたくないが、俺は貧弱だ。勿論、筋肉はついているが、どうしてもムキムキにはならない。

 しかし、セルサスは笑むと俺の耳元に唇を寄せ。


「恋人同士ならあり得るだろう?」


「──っ!」


 爆死。ほんと。


 思わず意識を失いそうになった。

 俺は傷が癒えたその後──まあ、なんだ。ここでは具体的に書き記さないが察してくれ──セルサスと恋人関係となった。


 ああ、なんておこがましい! だって、セルサス様とだぞ? 俺がだぞ? 


 偶然と偶然が重なっただけに過ぎないのに。

 俺の前へぼた餅が落ちてきた。それもかなり巨大な。それは俺をすっかり覆いつくし、甘い世界へといざなう──。

 ちなみに、本当は俺を傍に置いてからは、他の相手と付き合う事はなかったのだと言う。俺と添い寝したいがため、嘘をついたのだとか。

 俺はあの時、ちょっと傷心となったのだが。それも今では笑い話だ。


「ほら、そこに座れ。まだ洗い切れていない…」


 セルサスは構わず俺を湯船の淵に座らせ髪を洗いだす。


 気持ちいい…。


 人に洗ってもらうのは。しかも相手はセルサスで。恋人で──。


 あうう。なんて贅沢もの!


 興奮に思わず身体を震わせれば。


「どうした? 寒いのか?」


「…い、いえ。大丈夫です…」


 今だ信じがたいが、毎夜、セルサスの腕に抱かれるたび、それを認識せざるを得ない。

 セルサスに愛されているのだと。


 もう、ありえねぇって。あんなことやこんなこと…。セルサス様と…。


 しかも、俺の身体の銃痕にまでキスしてきたのだ。

 自分の受けるはずの傷だったと謝りながら。腹と胸と肩。それ以外にもあるすべてにも、だ。


 一体、いくつあると思ってる?


 今思い出しても、憤死ものだ。

 恥ずかしさに再び身体を震わせれば、セルサスがふいに抱きしめてきた。

 素肌に布越しのセルサスの体温を感じる。


「!?」


「やはり、寒いならここで温めるが──」


「い、いいいいいです!」


 もう。やめてくれ──!


 心臓がバクバク言い過ぎて死にそうになる。


「それは──、《《ここで》》いいと言う事か?」


「ち! 違いますぅ!」


 俺は涙目になるが、セルサスの目は笑っている。からかっているのだ。

 ここで怒るところなのだろうが、そんな気は起きない。


 だって、なんか、可愛いし。


 セルサスはそんな俺の頬に口づけた後、髪の泡を洗い流すと。


「セトを見ているとつい、からかいたくなるな…。しかし、俺の気を揉ませ、待たせるのは君くらいなものだ。──もうシャワーはいいだろう?」


 セルサスは俺の髪を洗いあげると、置いていたタオルで身体ごと包み込む。俺が来るのをずっと寝室で待っていたのだろう。

 自身はその場で着ていた、すっかり濡れそぼった上衣を脱ぎ捨てると、こちらに手を差し伸べ。


「行こうか」


「…はい」


 俺は顔を赤くし、大人しく頷いた。

 ここから先に何が起こるかは──ご想像にお任せする。──ぐふっ。



 その後、イムベルの新たな市長に、カラザが指名された。市民からの反対もない。

 唯一、反対したのは当のカラザだったが、セルサスに、


『セトを傷つけた罰だ』


 そう言われればやらないわけにも行かなかった。カラザがボヤいたのは言うまでもない。

 その傍らには当然ブラウもいて。きっと冷静な判断でカラザを支えていくことだろう。

 アイレはその後も、エルの下で働くこととなった。

 どうやら、俺の定位置を快く思ってはいないらしく、かなりライバル視してくる。


 というか。俺じゃすでに相手にならないくらい、できる奴の癖に。


 妙に張り合ってくるからたまに、ムッとなるが、それもセルサス愛ゆえなのだと思えば許せた。だって、サポーターは皆家族だ。セルサス命で繋がっている。敵も何もないのだ。

 ちなみに、セルサス総帥に恋人か?! と、噂が流れ、顔こそぼやかされたが、出回った画像はアイレのそれで、俺はがくりともなった。

 が、同時に安心もした。

 誤解されていた方が楽なのだ。俺だと知られればどんなに叩かれるか。


 まあ、叩かれた所で痛くもかゆくもないが。


 アイレだと思っていれば、皆、仕方ないと納得するだろう。真実は俺とセルサスだけが知っていればいいことだ。

 忙しい日々は相変わらず、周囲に目を光らせるのも変わらない。

 

 けれど。


 傍らには──。


「どうした? セト」


 微笑むセルサスがいる。

 俺の生きる指標だった。

 


 ある夜。セルサスはベッド横、サイドボードの上に首にかけたネックレスを置こうとして、途中で手を止め、ロケットを開けた。

 俺は思わず手元を覗き込む。やはり、今もそこには『彼』がいるのか。

 が、パカリと開いたそこにあったのは──。


「ああ、無事だったな…。たまに確認しないと、粉々になっていそうでな」


 俺はそれを食い入るように見つめた。


「それって…?」


「君からもらった、例のお守りだ」


 セルサスの口元に笑みが浮かぶ。

 開いたロケットの中には、かなり形を失いかけた木片が入っていたのだ。

 見覚えのあるそれは、俺の祖母が近くの精霊が祀られている社からもらってきてくれた、朽ちた霊木から作ったお守りで。

 俺は呆気にとられる。


「…それが…、入っていたんですか…?」


「そうだ。君と別れてからずっとな。──君が死んだと聞いて、形見として身に着けていたんだが…。これは良く効く」


 ──うそ。本当ですか? ねぇ。それって。──それって…。


 すると、顔を真っ赤にした俺に何か思い当たったのか。


「ここに入っていたのは『君』だ。──他の誰かではない」


 ふっと口元に笑みを浮かべる。


「──!」


「…カラザにそれとなく聞かれてな。そのロケットには私の思い人の写真が入っていると、セトから聞いたと。それでセトからもらったお守りが入っていると言った。──それで、諸々考えた結果、奴はセトを人質に置こうと考えたんだろうが──」


 セルサスは視線をこちらに流し。


「君はひとつ誤解している様だから、この際言っておく。アシオン──アレアシオンは大切な友人であって、それ以上でもそれ以下でもない。これについてはエル含め、友人たちも誤解していたようだが…。──確かに一度、キスをされた。向こうは俺を好いていた。──だが、俺はそこまで思いを持てなかったんだ…。それでもいいと言われて、傍に置いた。それで周囲が誤解したんだろう。──君もな」


「…それは、もう。だって、どう見たって『恋人』って感じでしたし…」


 画像のアレアシオンは、セルサスの相手として申し分なかったのだ。

 あんなキラキラしたのが傍にいて、思いを寄せられたら、誰だって一度はよろめくだろう。なのにセルサスはよろめかなかったと言うのか。


「迷いはした…。これが、そう言った感情に繋がるのか分からなかった。だが──やはり、本当にその時が来て、違うと分かった」


「その時…?」


「本気で好いた時とは違う、と言う事だ。君を心から愛おしいと思う…。これは、アシオンの時にはなかった感情だ」


 ふぐわぁー! 死ぬ、死ぬ!


 セルサスは微笑むと、俺の顎と軽く持ち上げキスしてくる。ロケットは閉じられ、サイドボードへと置かれた。


「──君は自分を卑下し過ぎる。…自信をもて」


「うううう。そうは言われても…」


「まあ、そのままの方が、俺は好きだが──」


 セルサスの長い指が髪に絡み後頭部を支える。


 ああ。ほんと。ここは天国だ──。


 セルサスはそう言うと、笑んだままもう一度キスしてきた。慈しむように、優しいキスだった。



 ここでの生活はまるで天国だった。

 それまでの俺の使命はセルサス様を命に替えても守ること、だったのだが──。


「セト」


 今は違う。


 早朝。セルサスはベランダに出て、外の景色を眺めていた。

 それに気づいて起きてきた俺を、セルサスが手を差し伸べて誘う。俺は誘われるままベランダに出た。

 東の空が薄紫から徐々にサーモンピンクへと変化していく。じきに日が昇るだろう。

 都会でいて、緑に包まれた景色はなかなか壮観だった。

 セルサスは直ぐに俺を腕の中に閉じ込めると、背後から抱くようにして、また景色に目を向けた。俺の髪に唇を寄せると。


「ここから、ずっと君と共にこの景色を眺めていたい…。──約束してくれるか?」


 俺の使命は、セルサスのために生き抜くこと。


 それに変わったのだった。


「──はい」


 セルサスはそんな俺を抱きすくめた。

 サアっと景色に光が差す。朝日が昇ったのだ。それを合図に餌をついばんでいた鳥が羽ばたき、空を舞っていく。

 それは俺たちの未来を指し示しているようにも思えた。


 高く、遠く。


 命のつづく限り、どこまでも。セルサスと共に──。



ー了ー

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