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デビルハンター 〜最強悪魔(ヒロイン)と契約して、運命と戦うことになった件〜  作者: 雪沢 凛
第八章:盤上の迷宮

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盤上の迷宮 (3)

 アイデンは言葉を止めず、少し前のめりになり、

  珍しく真剣な口調で語りかけた。

「その力こそ、俺たちに欠けた“鍵”かもしれない。」


「お前がこういうことに巻き込まれるのを嫌がっているのは分かってる。」

  「……いや、俺たちと協力するのが嫌なんだろう?」


 アイデンはそこで言葉を区切り、次の言葉を慎重に選ぶように、静かに息を吸い込んだ。

  そして、さらに低く、だが確かな意志を込めて続けた。


「だがな、エン──お前が俺たちと組むのを嫌がる以上に、俺が一番見たくないのは……」

  「お前が、すべてを一人で背負おうとすることだ。」


「何か気づいたことがあるなら、知っていることがあるなら、どうか俺たちにも共有してほしい。」


 エンは無言のまま、ゆっくりと肘掛けに寄りかかった。

  緑色の瞳に、かすかな揺らぎが浮かぶ。


 指先が、椅子の肘掛けをリズムよく叩く。

  考え込んでいるようにも、何かを押し殺しているようにも見えた。


 エンはしばらく黙った後、低く呟いた。

「……希望か?」

「それがこんなもので成り立つなら、脆すぎる。」


 アイデンは一瞬、言葉を失った。

 目の奥にわずかな動揺がよぎるが、すぐに表情を引き締め、穏やかな口調で言葉を紡ぐ。


「俺の言いたいことは、そうじゃない。」

「脆いのは“希望”じゃない。」


「俺たちが夜行者と向き合うための“手段”と“力”のほうだ。」

「そして、お前の中にある力は──」


「それを補う“突破口”になり得るかもしれない。」

「だから俺たちは、それを無視するわけにはいかないんだ。」


 エンは眉を軽くひそめ、視線を自分の手のひらに落とした。


 幾度となく銃を握り、引き金を引いてきたその手が、

  今は見えない重圧に縛られているようだった。


 アイデンの言葉が、彼の心に新たな疑問を生じさせる。

 ──この力の本当の価値とは、一体何なのか。


 エンは、ゆっくりと口を開く。

「仮に“突破口”だったとして……」

「それが新たな災厄にならない保証は、どこにある?」


 その問いかけは、どこまでも冷静に聞こえた。

  だが、その奥底には、どこか拭いきれない“拒絶”の色が滲んでいた。


 アイデンはエンをじっと見つめたまま、数秒の沈黙を挟む。

  その表情には、複雑な感情が浮かんでいた。


 やがて、彼はゆっくりと口を開いた。


「保証なんて、できるはずがないさ。」

「俺だって、この力の真相なんて分からない。」


 だが、それでも──


「少なくとも、一つだけ確かなことがある。」

 アイデンの目が、迷いを振り払うように鋭くなる。


「俺は……お前にすべての危険を一人で背負わせたくない。」

「たとえ俺たちのことを信用できなくても、たとえ俺たちを疎ましく思っても……」

「お前が、独りぼっちで戦うことだけはさせたくないんだ。」


 エンは静かに顔を上げ、アイデンの視線を真っ直ぐに受け止める。


 彼の言葉には、確かに偽りはなかった。

 だが、同時に──


 その裏側には、どうしようもない“矛盾”が見え隠れしていた。

 彼らは、自分を信じようとしている。

 だが、それと同じくらい……


 ──“未知の力”に対する、恐れも抱いているのだ。


 部屋の静寂が数秒続く。


  唯一の光源は、テーブルの上に置かれたタブレットの画面。

  青白い光がちらつきながら、対峙する二人の表情を照らしていた。


 エンが、ついに口を開く。


「……分かった。」


 その声は、相変わらず平坦で、何の感情の起伏も感じさせない。


 次の瞬間、エンは立ち上がり、テーブルの上に転がる符紋弾をひとつ手に取った。

 彼の指先がゆっくりと弾丸を包み込み、まるで何かを確かめるかのように、しばし沈黙する。

 アイデンは、じっとエンの動きを見守っていた。


 ──そして、微かに空気が震えた。


 エンの手元から微かな魔力の波動が広がり、

  手を開くと符紋弾の紋様が淡く光り始めた。


 その輝きは次第に強まり、

  刻痕が脈動するように動き出す。


 エンは、それを無造作に指で弾き、アイデンへと投げた。


「うわっ!」


 アイデンは慌てて両手を出し、なんとかキャッチする。

 指先で弾丸を転がしながら、驚愕の表情で符紋の変化を凝視した。


「……なんだ、これ……?」

 紋様は、ごくわずかな速度で流動している。


 それはまるで、弾丸そのものが生きているかのような錯覚を起こさせるほどの精巧な動きだった。

 アイデンは唖然としながら、ゆっくりとエンの方を見上げた。


「おい……」

 言葉にならない問いが、その目に浮かぶ。


 しかし、エンはただ無関心そうに手を払うと、椅子の背もたれに掛けていたジャケットを軽く引っ掛け、肩に羽織る。


「とりあえず、こんなもんだ。」


 そして、淡々と続けた。

「持って帰って、調べてみろ。」


 アイデンは手元の弾丸を、まじまじと見つめたまま動けなかった。

 指先で符紋をそっとなぞる。

 魔力の流れを確かめるように、ゆっくりと。


 この弾丸は、普通の符紋弾とは根本的に異なる。

 符紋の構造が、従来のものとはまったく違う形で組み込まれている。

 まるで……意図的に、何かを「変質」させるような仕組みが働いているかのようだ。


 ──こいつ、本当に、いつの間に……?


 アイデンの喉が、かすかに鳴る。

 驚きと興奮が入り混じる中、ふと、エンの方を見やる。

 彼は窓際に歩み寄り、静かに外を眺めていた。


「お前……」


 アイデンは、思わず声をかける。

 だが、エンは振り向かず、ただ静かに呟いた。


「俺が言えるのは、今はここまでだ。」

「お前は、お前のやり方で、突破口を見つけろ。」


 アイデンは、もう一度、手の中の弾丸を握りしめた。


 その小さな金属の塊の中には、ただの物理的な破壊力を超えた、何か得体の知れない可能性が秘められている。

 その可能性に、彼の胸は高鳴る。


「エン……」

 アイデンは、もう一度彼の名を呼ぶ。


 だが、エンはそれ以上何も言わず、ただ暮れゆく空を見つめていた。

 ──窓の向こう、黄昏の色がゆっくりと世界を染めていく。


 黄昏の光に佇むエンの背中は、どこか寂しげで、手の届かないもののように映った。


 符紋の改変は彼が力の練習として最初に試みた手段で、いくつかの弾丸は未完成で粗が目立つものの、少しずつコツを掴みつつあった。


 だが、本当に印象に残ったのは治癒への挑戦だった。


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