残影の中の手がかり (8)
炎は静かに頷いた。
しかし、彼の胸中には、拭いきれない確信があった。
──彼はすでに、この陰謀の中心に組み込まれている。
夜行者との因縁が想像以上に深いことも、彼には分かっていた。
思考が重く沈み、無数の疑問が渦巻く。
エリヴィアの力、アレスの遺跡、夜行者の狙い──すべての要素が蜘蛛の巣のように彼を絡め取っていく。
(真実に近づくほど、危険も増す……)
アイデンは彼の表情をじっと観察し、わずかに声を低めて語りかける。
「エン、これからお前はさらに多くの困難に直面することになるだろう。
だが、ギルドはお前を全力で支援する。俺たちは決して夜行者の好きにはさせない。」
その言葉に続くように、マイルズも口を開いた。
「この戦いは、長年続いてきたものだ。
しかし、もし奴の弱点を掴めれば、ついに決着をつけることができるかもしれない。
お前の中にある"エリヴィアの力"こそが、その突破口になる可能性がある。」
炎は黙って聞きながら、心に冷たい重圧を感じていた。
(どれだけ支援があっても、戦うのは俺自身だ。エリヴィアの力が本当に使いこなせるものかも分からないのに……)
それでも逃げる選択肢はない。力が彼を選んだのなら、背負うしかない。
「……分かってる。でもその前に、少し時間が必要だ。自分の状態を整えたい。」
アイデンは満足げに微笑み、頷いた。
「分かった。必要なものがあれば遠慮なく言え。」
マイルズも静かに付け加える。
「ただし、最近の行動は慎重にな。
黒燈会と夜行者は、新たな動きを見せている可能性が高い。
どんな状況でも、お前の身を最優先にしろ。」
炎は彼らの言葉を聞きながら、わずかに肩の力を抜いた。
少なくとも、ギルドは彼を見捨てるつもりはない。
その事実だけでも、彼の気持ちは少しだけ軽くなった。
──だが、その安堵も、次の瞬間には打ち消される。
アイデンは声を潜め、さらに続けた。
「黒燈会だけじゃない。最近、闇紋会の残党の動きも確認した。
かつて大打撃を与えたが、組織を潰しきれなかった。」
マイルズの表情が硬くなる。
「夜行者が闇紋会の生き残りと接触している可能性がある。もしそうなら、厄介な事態だ。」
炎の表情がわずかに引き締まる。
(夜行者と、闇紋会……?)
黒燈会と夜行者だけでも十分に危険な存在だったというのに、
そこにさらに闇紋会が絡んでくるとなれば、脅威は計り知れない。
闇紋会は古くから存在する闇の組織であり、禁忌の魔術や秘術を操る者たちが集う。
その遺産は今もなお生き続けており、夜行者がその力を利用しようとしているならば──
彼は冷ややかに問いかけた。
「つまり……奴らは何が何でも三界の扉を開こうとしている、というわけか?」
アイデンはわずかに頷き、静かに答える。
「今の情報では、それが主要な目的の一つだろう。
夜行者はすでに魔力遺跡に痕跡を残している。行動は始まっている。」
その言葉を聞き、カルマは眉をひそめ、不満げに声を上げる。
「つまり……あなたたちはエンを“鍵”として利用するつもりなのね?
彼の力をあてにして、夜行者の計画を阻止しようと?」
マイルズは彼女の視線を受け止め、低く重い声で答えた。
「その通りだ。
黒燈会、闇紋会、そして夜行者──
やつらが手を組めば、我々の力では到底対処しきれない。
だが……"エリヴィアの力"があれば、話は違ってくる。」
その言葉を聞いた瞬間、炎の胸中に冷たい重圧がのしかかる。
──俺が、“鍵”なのか?
黒燈会や闇紋会といった巨大な組織に対抗することは、普通のハンターには到底無理だ。
それなのに、ギルドは炎に「夜行者を止める切り札」の役割を押しつけている。
だが、エリヴィアの力は彼の意志で自由に操れるものではなかった。
発動は偶然に左右され、狙って引き出すことはできない。
それどころか、一度使えば強烈な反動が襲うことも分かっている。
炎は視線を落とし、拳を軽く握った。
(この力が本当に夜行者に立ち向かえるのか? 俺にその重責を担う資格があるのか……?)
疑問が心を締めつけるが、答えは見つからない。
顔を上げると、彼の瞳に迷いの色が浮かんでいた。低く落ち着いた声で、正直な思いを口にする。
「俺には、この責任を負えるか分からない。この力は自分の意志で使えるものじゃない。
肝心な時に発動しなかったら、それこそ致命的だ。」
アイデンは一瞬沈黙し、慎重に言葉を選んで答えた。
「エン、お前だけにすべてを託す気はない。ギルドも全力で支援する。
だが、その力は夜行者に直接対抗できる唯一の希望なんだ。
だから……頼む。」
その声には命令を超えた切実な願いが込められていた。
(“頼む”か……)
炎は複雑な感情を抱えながら目を伏せる。
支援があっても、最後に戦場に立つのは自分だ。
その事実は揺るがない。
すると、隣から冷たい声が響いた。
「……甘いわね。」
カルマが静かに呟き、アイデンを鋭く見つめる。
「その力が都合よく使えると思ってるの?
エンが自由に扱えないって、分かってるでしょう?」
アイデンは無言で彼女を見つめ、マイルズも口を閉ざしたままだった。
炎は彼らのやり取りを眺めながら思う。
(この戦いは、もう俺だけのものじゃない。)
夜行者、黒燈会、闇紋会、そしてエリヴィアの力。
──すべてが絡み合い、彼を縛りつけている。
“鍵”として利用されるか、“希望”として期待されるか。
どちらにせよ、選択肢はほとんど残されていない。
(俺はどうするべきなんだ?)
その問いは、静かに彼の胸に沈んだ。