残影の中の手がかり (7)
アイデンは軽く頷き、静かに説明を続けた。
「調査を進める中で、俺たちは夜行者がエリヴィアに異常な執着を持っていることに気づいた。
彼は単なる神の力を求めているのではない。彼自身が、"彼女"そのものに囚われているんだ。」
彼の声には、わずかな警戒心が滲んでいた。
「その偏執的な執着こそが、俺たちが最も警戒している点だ。
彼はエリヴィアが遺した力を利用し、自らの目的を果たそうとしている可能性が高い。」
マイルズは冷ややかな視線で炎を見つめ、静かに言い放つ。
「そして、お前の中にある力──それこそが、夜行者が求める"鍵"かもしれない。」
彼の言葉には、圧倒的な重みがあった。
「だからこそ、どんな状況でも、お前を彼の手に渡すわけにはいかない。」
炎の胸中に、強い衝撃が走った。
彼はようやく、自分がこの争いの中でどういう立場にあるのかを理解し始めた。
──俺は、ただの"力を与えられた者"じゃない。
この力そのものが、"戦いの中心"にあるのか……?
彼は思わず拳を握りしめる。
エリヴィアの力が自分を守るためのものだと思っていたが、それと同時に──
この力が、彼をより深い陰謀へと引きずり込んでいることも確かだった。
そして、ふと脳裏に浮かぶ。
意識の奥底で、一瞬だけ見えた"白い猫"の姿。
あの紅い瞳──あれは、エリヴィアが何かを伝えようとしていたのか?
しかし、それは一瞬の幻だった。
何を言いたかったのか、彼には分からなかった。
アイデンは静かに炎を見つめ、さらに続ける。
「俺たちはずっと夜行者を阻止しようとしてきたが……
彼の力、そして手段は俺たちの想像を超えていた。
いくつもの計画を試みたが、どれも決定打にならず、希望を失いかけていた。」
彼の声には、わずかに苦い響きが混じる。
「だがある日、お前とカルマが夜行者と遭遇し、"撃破した"と聞かされた。」
アイデンは、ここで少し言葉を切り、慎重に続ける。
「もちろん、それが彼の本体ではなく"分身"だったことは分かっていた。
だが、それでも俺は驚いた。
なぜなら──夜行者の分身を倒すことができた者は、これまでにいなかったからだ。」
マイルズも静かに頷く。
「夜行者の分身だけで、ハンター数十名を壊滅させるほどの力を持っている。
それをお前たち二人が"突破"したということ……
それは、単なる偶然じゃない。」
アイデンの目が、真剣な色を帯びる。
「そして何よりも重要なのは──」
「お前が"エリヴィアの贈り物"と言われたことだ。」
炎はその言葉に、思わず息を呑む。
彼は、夜行者がそう言った瞬間のことを思い出した。
あの狂気じみた眼差し──"彼女の力が宿る存在"としての執着……。
アイデンは続ける。
「その時から、俺は考え始めたんだ。
もしかすると、お前が持つこの力こそが、
夜行者を打倒するために"足りなかったもの"なのではないか、と。」
マイルズは、冷徹な声で言い放つ。
「俺たちは、エリヴィアの力がどこまでの影響を持つのか、まだ把握しきれていない。
しかし、お前が持っているものが"鍵"である可能性は十分にある。」
アイデンが、静かに言葉を締めくくる。
「俺たちが直接、夜行者を倒すことは難しい。
だが、お前なら……"彼女の力"を通じて、それが可能になるかもしれない。」
──お前を通じて、計画を加速させる。
炎は、彼らの言葉を沈黙の中で噛み締めた。
この場の誰もが、彼に期待している。
──だが、それは本当に"希望"なのか?
それとも……"呪縛"なのか?
彼の中で、言葉にできない重みが増していく。
カルマは炎の揺らぎを感じ取り、そっと微笑んで彼に頷いた。
「彼らが何を計画していようと、最終的に決めるのはあなただよ。
どんな道を選ぼうと、私はあなたのそばにいる。」
その言葉は静かだが、確かな温かさを帯びていた。
炎はカルマの言葉を聞き、わずかに肩の力を抜いた。
心の中には未だ疑念と恐怖が渦巻いていたが、彼女の存在が微かに勇気を灯してくれた。
どんな未来が待ち受けていようと、彼は一人ではない──その事実だけでも、十分だった。
炎はふと、自分の手を見下ろした。
包帯に覆われた指先を握りしめると、記憶の中で夜行者との戦いが鮮明に蘇る。
──あの時、エリヴィアの力が彼を庇い、致命傷から救った。
その神聖な光は、まるで奇跡のように彼の体を癒やした。
……だが、今回は違う。
確かに命は助かったが、傷は完全には癒えていない。
痛みはまだ残り、体のどこかに鈍い違和感が漂っている。
炎は薄々気づいていた。
エリヴィアの力は無条件に彼を治癒するわけではない。
少なくとも、"死に至らない傷"に対しては、その奇跡は完全には作用しないのだ。
そして、もし無理にこの力を使えば──
符紋を改変する時のように、その"反動"は計り知れないものとなる。
(エリヴィアの力には限界がある……? いや、それとも、何か意図があって?)
炎が考え込んでいると、アイデンとマイルズが無言で視線を交わした。
次の瞬間、アイデンが微かに溜め息をつきながら口を開く。
「エン、今回のことは、俺たちの判断ミスだった。
もっと早く介入すべきだった……お前がこんなに深手を負うとは思ってなかった。」
マイルズも短く頷き、いつになく低い声で言った。
「確かに……責任は俺たちにある。」
だが、炎はゆっくりと首を横に振った。
「違う。これは俺自身の問題だ。
夜行者の力は……あまりにも強大だった。
俺の実力不足が招いた結果だ。お前たちを責めるつもりはない。」
彼の言葉は静かだが、その内に秘めた決意は強い。
アイデンは炎をじっと見つめ、何か考えるようにしばし沈黙した。
そして、ふと問いかける。
「エン、お前はどうしてあの遺跡へ行った?」
その問いに、炎の胸が一瞬だけ強く締め付けられる。
「あそこは滅多に人が立ち入らない場所だ。
それを、お前がどうやって見つけた?」
彼の目は鋭く、些細な違和感も見逃さない。
(……くそ、どう答えるべきか。)
炎は一瞬だけ躊躇った。
もし"アレス"の痕跡を辿ったと知られれば、さらなる追及を受けるだろう。
彼は慎重に言葉を選び、できるだけ何気ない口調で答えた。
「たまたま魔力の痕跡を感じて、気になっただけだ。
少し調べようと思ったら……まさか夜行者と遭遇するとはな。」
さらりと答えたが、内心では別のことを考えていた。
(……夜行者の出現が偶然なわけがない。)
彼は、あの男がまるで"待ち伏せ"していたかのような違和感を思い出した。
──夜行者も、あの遺跡について何かを知っていたのか?
それとも、彼自身も"何か"を探していたのか?
このすべてが、一つの線で繋がっている気がしてならなかった。
アイデンは、炎の言葉に特に疑いの色を見せず、軽く頷いた。
「……ともかく、お前が無事で何よりだ。」
そう言って、彼は静かに微笑む。
「俺たちも夜行者の動きを警戒し続ける。
次に同じことが起きないように、徹底的に監視を強化するつもりだ。」
炎は、その言葉に小さく頷きながらも、心の奥では違うことを考えていた。
(本当にそれだけで済むのか……?)
夜行者があの場に現れた理由。
アレスの残した痕跡と、彼が追っていた"真実"。
そして──エリヴィアの"贈り物"が持つ、本当の意味。
すべてのピースは揃い始めている。
だが、完成した絵はまだ霧に包まれていた。
(答えは……どこにある?)
彼は、包帯の下の拳を静かに握り締めた。




