暗影に結ばれるもの (9)
カルマは炎と共にリアを支え、慎重に、そして確実に、一歩ずつ出口へと向かって進んでいく。
途中、見張りの兵士が数人巡回しているのを見つけたが、三人は闇に紛れながら巧みにすり抜けた。
夜の帳が、彼らを優しく包み込んでくれる。
駐車地点が見えてきた。
炎は負傷した肩の痛みをこらえながらも、鋭い視線を周囲に巡らせ、いつでも追撃に対応できるよう警戒を怠らなかった。
カルマはリアをしっかりと支え、彼女の足取りを気遣いながら慎重に進む。
やがて、彼らは車に辿り着いた。
アイデンがすぐさま運転席に乗り込み、エンジンを始動させる。
カルマはリアを後部座席に座らせ、そっとシートベルトを締めてやった。
炎は助手席に腰を下ろし、短剣をしっかりと握ったまま、時折バックミラーを確認しながら後方を警戒する。
――車は静かに駐車場を離れ、夜の闇へと溶け込んでいく。
闇紋会の勢力圏から離れ、一行はつかの間の安堵を得ていた。
アイデンはハンドルを握りながら、珍しく真剣な表情を浮かべ、前方の道路を睨みつけていた。
後部座席ではカルマがリアの肩をそっと撫でながら、優しく声をかけていた。
「大丈夫よ。もう怖がらなくてもいいから」
リアはまだ緊張した面持ちだったが、カルマの言葉に少しだけ肩の力を抜いたようだった。
炎は助手席から振り返り、低い声で問いかける。
「次はどこへ?」
「近くに信頼できる知り合いがいる。とりあえず、そこで休ませてもらおう」
アイデンは目を離さずに答え、速度を落とさぬままハンドルを切る。
一秒たりとも気を抜くわけにはいかない。まだ完全に安全とは言えないのだから。
やがて、車が闇紋会の縄張りを越える頃、一同の張り詰めていた神経が、ほんのわずかに和らいだ。
カルマは小さく息を吐き、隣に座るリアの顔をそっと覗き込む。
「――私たち、成功したわね」
炎は短く頷きながらも、未だ警戒を解かずにいた。
「まずはアイデンの言う場所へ行く。それから次の行動を決めよう」
アイデンは無言でアクセルを踏み込み、夜の街を駆け抜けていく。
車窓の外には遠ざかる街の灯火がちらついていた。
それは、彼らが危機を脱したことを示す証のようにも見えた――。
◆ ◆ ◆
夜の帳に紛れながら、車は郊外の寂れたエリアへと向かっていた。
ハンドルを握るアイデンは、ときおりナビを確認しつつ、バックミラー越しにカルマとリアの様子を窺っていた——
車内の空気は依然として重く、リアは未だ震えており、身を縮めて後部座席にうずくまっていた。
その目は怯えと警戒に満ちており、まだ完全には安堵できていないようだった。
カルマはそんな彼女の肩を優しく撫でながら、低く穏やかな声で励ましていた。
一方、助手席に座る炎は、負傷した肩を押さえながらも、鋭い視線を保ち続けていた。
顔色は優れず、疲労の色が見え隠れしているが、それでもその瞳からは決して油断の色は感じられない。
彼は静かにアイデンへと視線を移し、低く尋ねた。
「その隠れ家……必要な物資は揃っているのか?」
アイデンは小さく頷く。
「ギルドのハンターさ。以前にも何度か協力してる。問題ない。」
その言葉に、カルマはわずかに息をついた。炎の傷は放っておけば行動に支障をきたすし、リアの衰弱も見過ごせない。
今の彼らにとって、その隠れ家はまさに一時の救済となるはずだった。
◆ ◆ ◆
静寂に包まれた森の中、車はゆっくりと進んでいく。
車窓の外には、月光が木々の合間からこぼれ落ち、地面に淡い光と影の模様を描いていた。
アイデンは細い山道をいくつか抜けた後、やがて森の奥に佇む小さな建物の前で車を停めた。
エンジン音が消え、周囲は再び静寂に包まれる。
「――着いたぞ」
アイデンは低くそう告げると、慎重に周囲を確認しながらドアを開けた。
カルマと炎は、未だ衰弱しきったリアを支えつつ、警戒を怠らないまま後に続く。
建物の扉をノックすると、ゆっくりと開かれた。
そこに立っていたのは、見覚えのある男――マイルズだった。
彼は公会のハンターであり、以前の闇紋会旧トンネル作戦でも共に戦った仲間の一人だ。
その表情には疲れの色が見えるものの、確固たる意志が宿っていた。
アイデンの姿を認めると、彼は軽く頷き、低い声で言った。
「……入れ。ここなら安全だ」
室内は簡素ながらも整頓され、壁際には応急処置セットや最低限の補給品が置かれていた。
逃亡者を受け入れるための、一時的な隠れ家としては十分な設備だった。
カルマと炎はリアを椅子へと座らせ、彼女の肩に毛布をそっと掛ける。
その姿を確認し、アイデンはようやく深く息をついた。
マイルズはアイデンをじっと見つめ、薄く眉を上げた。
負傷した三人を連れてきたことに、多少の疑問を抱いているようだった。
「……何があった?」彼は低い声で問いかける。
「まさかお前がここに避難しに来るとはな」
アイデンは簡潔に、影幕との遭遇とその後の経緯を説明した。
そして静かに付け加える。
「今は何よりも安全を確保するのが最優先だ。休息と補給が必要になる」
マイルズはわずかに頷くも、その表情にはどこか考え込むような色が滲んでいた。
公会のハンターとしての彼とアイデンの関係は、決して単純なものではない。
今回の事態を受け入れることが、果たして安全な選択なのか――そんな迷いが微かに見えた。
「……どうやら、相当厄介な事態に巻き込まれたようだな」
マイルズは四人を順に見渡しながら、静かに言葉を継ぐ。
その声にはどこか探るような響きがあった。
「シャドヴェルがあの“実験体”をそう簡単に諦めるとは思えんが?」
アイデンの眉がわずかに寄る。
「……思った以上に、事態は複雑になっている。」
「この魔人――リアのことも、まだ詳しくは分かっていない。
だが、何があろうと俺たちは彼女を守るつもりだ」
彼の言葉には、迷いのない決意が込められていた。