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禁忌の符紋(6)

 車は、さらに奥まった路地へと入り込んだ。


 アイデンは慎重にハンドルを切り、目立たぬ場所に車を停める。

 そのまま前方を指し示し、低く囁いた。


「ここだ。やつらの活動拠点の一つらしい。」

「何か重要な痕跡が残っているかもしれない。」

 

 三人は無言のまま、手早く準備に取りかかる。

 装備を確認し、それぞれの武器に手を伸ばす。


 エンは無意識に、ホルスターの上に指を添えた。

 いつでも、即応できるように——。

 

 エンはアイデンとカルマに一度目で合図を送り、

 すぐさま倉庫の影へと身を滑らせる。

 足音一つ立てることなく、静かに潜入した。

 

 倉庫の内部は、異様な光景だった。

 通常の貨物が置かれている形跡は皆無。

 代わりに並んでいるのは——


 得体の知れない装置、無数のガラス容器、

 液体に漬け込まれた魔物の部位——。

 

 三人は、無意識のうちに息を詰めた。

 壁には符紋の研究資料が無造作に貼られ、

 紙はところどころ破れ、何度も読み返された痕跡がある。


 この場所で、間違いなく何らかの実験が行われていた。

 

「……ここは、確実にやつらの拠点の一つだな。」

 アイデンの低い声が、張り詰めた空気の中に響く。


 その目には、わずかに怒りの色が宿っていた。

 まるで、何か過去の忌まわしい記憶を思い出したかのように。

 

 カルマは黙って作業台の上の資料に手を伸ばす。

 符紋に関するメモの束をざっと目で追い、

 軽く鼻で笑った。


「……これが ‘研究’ ?」

「魔物の肉を切り刻み、無理やり ‘力’ を引き出そうとするだけ。」

「くだらない。」

 彼女の声には、明らかな軽蔑が滲んでいた。

 

 エンは黙って装置を見つめ、何か考えを巡らせる。

 と、そのとき——


 倉庫の奥から、足音が聞こえた。

 しかも、一人ではない。

 

 三人の体が、ほぼ同時に動く。

 エンは瞬時に腰のホルスターへ手を伸ばし、

 カルマは素早く身を低くし、物陰へ。


 アイデンは低く息を吐き、囁く。

「……来たか。気をつけろ。」


 三人は即座に影へと身を潜め、

 息を殺して侵入者の動きを見守った。

 

 ギィ……。

 金属の軋む音とともに、倉庫の鉄扉が開く。

 一人の男が、足音も隠さずに歩み入ってきた。


 黒いロングコートを纏い、慎重に周囲を見回している。

 その靴音が、閑散とした倉庫内に響き渡った。

 まるで、この空間に彼しか存在しないかのように。

 

 男は安全を確認するように一巡したあと、

 懐からスマートフォンを取り出し、低く話し始めた。

「……ああ、問題ない。材料も、器具も揃っている。」

「魔物のサンプルも、あと数便で届く予定だ。」

「とにかく、急がないと ‘上’ が納得しねぇ。」

 

 男の声は抑えられていたが、

 静まり返った倉庫内では、全てがはっきりと聞き取れた。


 カルマは目を細め、小さく囁く。

「……どうやら、単なる ‘研究’ じゃないみたいね。」

「魔物を素材に、何か ‘製品’ を作ろうとしている……?」

 

 エンは微かに頷き、低く答える。

闇紋会あんもんかいの動きは、俺たちの予想よりもはるかに複雑だ。」

「ここも、連中の全容のほんの一部に過ぎないかもしれない。」

 

 通話を終えた男は、スマートフォンをポケットにしまうと、

 再び辺りを見回した。

 警戒心が増している——。


 わずかに空気の異変を察知したのか、

 ゆっくりと腰のホルスターへ手を伸ばす。

 視線が、こちらへと向けられようとしていた——。

 

 その刹那——

 アイデンが、微かに指で合図を送る。

「回り込め。」

 

 エンは即座に理解し、無音で移動開始。

 カルマもそれに続き、素早く男の背後へと回る。

 逃げ道を断つために。

 男は突如、鋭く反応した。


 バッ——!


 素早く身を翻し、アイデンを真っ直ぐに睨みつける。


「……お前、誰だ? なぜここにいる?」

 

 アイデンはまるで動じた様子もなく、

 肩をすくめながら、にこりと笑う。

「ただの道に迷った通りすがりさ。」

「ちょっと一休みしてただけだよ。」

 

 男の眼光が鋭く光る。

 その一瞬で、彼の表情が明確に変わった。


 ——疑いから、確信へ。

「……ふざけるな。」

 

 素早く腰のホルスターに手を伸ばし、

 銃口を、迷いなくアイデンへ向ける。

 引き金が引かれる——その瞬間——

 

 パンッ——!


 乾いた銃声が、倉庫内に響いた。

 

 青い閃光を纏った符紋弾が、

 男の肩口を正確に撃ち抜く。


「——ッ!」

 撃たれた瞬間、男の身体が痙攣し、

 膝から崩れ落ちる。

 

 手元から、カランッ と鈍い音を立てて武器が転がった。

 

「……貴様ら、何者だ……!?」

 男の目には、明らかな恐怖が浮かんでいた。

 

 カルマは無言で前へ進み出る。

 倒れた男を見下ろし、

 冷ややかな微笑を浮かべながら、静かに言った。

「……お前たちが ‘手を出してはいけない相手’ だよ。」

 

 彼女の碧眼が、微かに金色の光を帯びる。

 それだけで、男の全身が硬直する。

 

「……ッ!」

 反射的に逃げようと、体をよじる男。

 だが——


 バキッ

 強く踏みつけられた音とともに、

 男の動きが完全に止まった。

 

 アイデンが、無造作に彼の胸元を足で押さえつける。

 男は苦しげに呻いたが、動くことすら許されない。

 

 アイデンはゆっくりとしゃがみ込み、

 男の顔を覗き込むようにして、静かに囁いた。

「……さて、闇紋会あんもんかいの計画について、全部話してもらおうか。」

「素直に協力した方が、身のためだぜ?」

 

 男の顔が、みるみる青ざめる。

 目が泳ぎ、明らかに狼狽していた。

 やがて、諦めたように低く呟く。

「……俺は、ただの ‘材料の受け取り役’ だ……。」

「実験の責任者は別の拠点にいる。」

「研究の核心を握ってるのは、俺じゃない……。」


「…… ‘他の拠点’ だと?」

 エンが低く問いかける。

 その視線は鋭く、僅かに冷たい光を帯びていた。

 

 男は一瞬、言葉を詰まらせる。

 だが、彼の目の前には容赦のない三人の姿があった。

 

 逃げ場はない。

 男は諦めたように奥歯を噛みしめ、

 低い声で答える。

「……ああ。だが、そこは ‘普通の奴’ が簡単に近づける場所じゃねえ。」

「罠と防衛システムが張り巡らされている……。」

「それに、特殊な魔物が ‘守護’ についてる。」

 

「へぇ……?」

 カルマは唇を僅かに歪め、

 まるで**面白い遊びを見つけたかのように微笑む。

「なかなか楽しめそうじゃない?」

 

 エンは、ふっと息を吐く。

 そして、アイデンへと視線を向けると、

 簡潔かつ、断固たる口調で告げた。

「……なら、行くしかないな。」

 

 男の顔がみるみる青ざめる。

 恐怖と絶望が入り混じった表情で、

 彼らを見つめることしかできなかった。

 

 男から拠点の位置を吐かせた後、

 三人は迅速に行動を開始する。

 男を拘束し、倉庫内の残留物を手際よく調査。

 

 残された資料や装置を確認するが、

 ここには核心的な研究施設は見当たらない。


「……実験場というより、中継地点か。」

 アイデンがそう呟き、

 エンとカルマも無言でそれに頷いた。


 三人は倉庫を後にし、夜の静寂に包まれた街を歩き出す。

 ふと、アイデンが低く呟いた。

「……罠と防衛システムが張り巡らされた拠点か。」

「これだけ厳重に守られているなら、相当な機密が隠されているはずだ。」

「もし潜入できれば、闇紋会あんもんかいの ‘本当の計画’ が見えてくるかもしれない。」

「それどころか、さらに価値のある情報も……。」

 

 エンは黙って頷く。

 男の言葉を思い返す——

「特殊な魔物が ‘守護’ についている」——。


 その一言が、彼の警戒心を強く刺激していた。

「……普通の潜入任務とは、わけが違いそうだな。」

「連中は、外部からの侵入を警戒して ‘準備万端’ でいる。」

「それに、魔物を ‘守護’ に使っている以上、通常の防衛とは異なる対策が必要だ。」

 

 カルマは歩きながら、微かに口元を歪める。

「ふふ……いいじゃない。」

「罠、警備、特殊な魔物——」

「それなりに ‘歯ごたえ’ のある相手の方が、こっちも楽しめるわ。」

 

 アイデンは軽く眼鏡を押し上げ、わずかに微笑む。

「確かに、簡単な仕事じゃない。」

「だが、それだけ ‘大きな報酬’ も期待できる。」

「奴らの力がどんなものかは知らないが——」

「こんな連中に ‘それ’ を渡すわけにはいかない。」

 

 三人は足を止め、短く視線を交わす。

 そして、迅速に次の作戦を練り始めた。


 まずは——

 その拠点の詳細を掴むこと。

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