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4.討ち取ったり

 白犬から伸びた九本の青雷は、次々と鬼の心臓を仕留めていった──それは鬼ヶ島首領・悪鬼温羅とて例外ではなかった。


「ぬ、グゥッ!?」


 苦悶の表情で石畳に片膝をついた温羅は、自身の心臓を突き刺している青い稲妻を睨みつけた。


「キサマの犬……! いったい、何をしやがったぁッ……!」


 稲妻が光の粒子に変わって消えると、温羅は穴が穿たれた左胸を手で押さえながら、八天鬼が倒れ伏している広場の惨状を見回した。


「…………」


 無言でしゃがみ込んでいる桃太郎は、四肢を投げ出して目を閉じる白犬の頭を愛おしそうに撫でた。

 白犬の体温は瞬く間に失われていき、尊いその命を最後まで使い切ったのだと桃太郎の手のひらに伝えた。


「……イヌ。よくやった。本当に、よくやってくれた」


 白犬の頭から手を離し、厳かに立ち上がった桃太郎は、広場にて唯一生き残っている大鬼を冷たい眼差しで見やった。


「お師匠様のおっしゃられた通りだ……悪鬼温羅には命が二つある。それゆえに、お前だけは"二度"殺さねばならない」

「なぜそれを……!? 師匠だと──誰だそいつはッ!?」

「……答える必要がどこにある」


 顔を歪ませながらわめいた温羅に返した桃太郎。もう一つの命を斬り捨てるため、〈桃源郷〉を構えながら素早く駆け出す。

 石畳をダンッと蹴りつけて跳躍し、桃銀色の刃を光らせながら温羅の眼前に迫った。


「グルオラァアッ!」


 憤怒の形相で吼え放った温羅。桃太郎の胴めがけて黒爪が伸びる右手を渾身の力で振るう。

 しかし、ここぞとばかりに振るわれた右腕が空を切ると、その影響で体勢を崩した温羅は咄嗟に頭上を見やった。


「ぬうッ!」


 視線の先には、翼を大きく広げた緑雉の脚に掴まる桃太郎の姿。パッと手を離すやいなや、〈桃源郷〉の切っ先を温羅の脳天に差し向け、裂帛の声を張り上げた。


「ヤェエエエエエエッ!」


 赤空を背に迫りくる桃太郎を睨みつけた温羅は、反射的に両腕を頭上で交差させ、体重が乗った仏刀の重い一撃を受け止めた。


「ぬぐふゥッ──!」


 聖なる刃が頑強な鬼の肉を斬り裂く。両腕を駆け抜ける耐え難い激痛に、温羅は噛み締めた牙の隙間から熱い息を漏らした。

 筋肉の塊とも呼べる太い両腕、その中心にある鉄棒のように堅固な二本の骨までをも〈桃源郷〉は刺し貫いていた。

 しかし、見開かれた温羅の黄眼を切っ先が突こうとする寸前、桃銀色の刃はピタリと止まる。


「──チィッ!」


 舌打ちした桃太郎。温羅の反撃がくる前に両腕に足をかけて踏ん張り、突き刺さった〈桃源郷〉をズボリと引き抜いた。

 盛大に噴き上がる黒血を浴びながら軽やかに飛び退いて石畳に着地した桃太郎の姿を温羅は睨みつけた。


「グググッ……! 人の身でありながら、なんという芸当を……! ぬんッ!」


 驚愕と苦悶が入り混じった表情を浮かべた温羅は、穿たれた穴から噴き出す血を止めるため、気合いを発して両腕に力を込めた。

 モリモリと隆起していく筋肉が穴を塞いで止血する。だが、骨に穿たれた穴までは治すことができず、内側から焼ける不快な痛みに温羅は顔を歪めた。


「……鬼の身を焼くこの痛み……! キサマ、その刀、いったいどこで手に入れたのだ……!?」

「今から退治される鬼が、そんなことを知ってどうする……地獄への土産話にするのか?」


 告げた桃太郎はほんの一瞬、わずかばかり視線を持ち上げた。そのちょっとした動作を温羅は見逃さなかった。


「へへへ、言うじゃねぇかよ、桃太郎……この温羅様が──二度、同じ手を喰らうと思うたかァッ!」


 吼えると同時に天に向かって右拳を突き上げた温羅。鉄塊を思わせる鬼の拳は、温羅のうなじめがけて急降下してきた緑雉の太刀を粉砕し、体ごと殴り貫いて粉砕した。


「っ、キジッ!?」

「鳥の心配なんざあッ──してる場合じゃねえだろォよオオッ!」


 放物線を描く緑雉に向けて桃太郎が叫ぶのと、全速力で温羅が駆け出すのは、ほぼ同時だった。

 体勢を低くした温羅は、まるで山頂から転がり落ちる岩石ような猛烈な速さで桃太郎に急接近する。


「ようやっと捕まえたぜえッ!?」

「──ッ!?」


 嬉々とした声を上げた温羅。桃太郎の体を両手で握りしめながら自身の顔の高さまでグッと持ち上げ、万力のような怪力で圧迫した。


「ガアアッ──!」

「鬼の領域で、ずいぶんとッ! 好き勝手やってくれたじゃねぇのッ! オィイイッ!」

「がッ、ガあッ! がアアッ!」


 声にならない声で絶叫する桃太郎。体内の酸素が吐き出される度、温羅はさらにキツく締め上げながら満面の笑みを浮かべた。


「命一つ潰した程度で! この温羅様に勝てると思うたのが! 大間違いよォッ!」


 温羅の両腕がさらに隆起して膨れ上がると、桃太郎の全身からミシミシと嫌な音が鳴り響く。

 圧倒的に有利な温羅の状況。しかし温羅は困惑していた。持ち得る最大限の握力を発揮するも、白目を剥いた桃太郎は一向に絶命に至らなかったのだ。


「ほう、耐えるか! 並みの人間であれば、とうにへし折れるというに! 丈夫なヤツだな! ふんぬッ!」


 骨に穴を穿たれた影響かと温羅は考えた。だが、それだけではない。この桃太郎という若い男の体には、根本的に何か常軌を逸した〈超常なる力〉が宿っていることに気づく。


「ふうむ……キサマ、いったい何者だ……」


 痛みは感じているようだが、死ぬ気配がない──これはいったいどういうことだと、温羅は両腕の力を緩め、おもむろに桃太郎の頭に顔を近づけた。

 ほんのわずかでもこの謎の若武者の正体を暴くため、鼻を鳴らしてその匂いを嗅いだ。


「……桃太郎、なるほど……その名の通り、桃の匂いがするか……そうだな……確かに、ただの人間ではないようだ」


 桃色の頭髪に鼻を突っ込み、注意深く匂いを嗅ぐ。濃厚な桃の匂い。しかし、普通の桃ではない。何か、この世ならざる桃の香りなのである。

 このまま嗅ぎ続けるのは危険だと本能的に感じた温羅は、桃太郎の頭髪から慌てて顔を離した。


「キサマの手によって、鬼が大量に殺された……だが、鬼はまた増やせばいい……俺さえ生き残れば、鬼ヶ島は何度でも蘇る」


 温羅は熱くなりすぎた呼吸を整えてから、白目を剥く桃太郎の顔を至近距離で睨みつけた。


「キサマが何者か……鬼を殺す刀をどこで手に入れたのか……俺の秘密を知る師匠とやらのこと……気になることは多いが……だが、いずれにせよ」

「う……うう」


 苦痛が途切れたことによって意識を取り戻し始めた桃太郎。白目が濃桃色の瞳に転じるのを見ると同時に、温羅は悪鬼の形相を浮かべた。


「──俺の勝ちだァアアッ!!」

「ガァああああッ──!!」


 溜めに溜めた鬼の力を一気に解き放った温羅。鬼の爪も鋭く立てて、桃太郎の体を渾身の力で圧迫した。


「侵略者・桃太郎ッ! いさぎよく死ねぇええいッ!!」


 温羅が桃太郎にのみ全神経を注いだこの瞬間。これこそを茶猿は待っていた。

 もう一振りの仏刀〈桃月〉を小さな両手で担いだ茶猿が石畳を走り、温羅の背後へとひそかに迫る。そして音もなく飛び上がると、温羅の左肩めがけて桃銀色の刃をドスンと叩き込んだ。


「ッ──!? ぬぐアアアアッ!!」


 突如として左肩に走った激痛。黄眼を見開きながら吼えた温羅は両手で掴んでいた桃太郎を手放すと、巨体を大きく振って背後に取りつく茶猿に裏拳を放った。

 温羅の裏拳をもろに食らった茶猿は、「ギッ」と喉奥から声を漏らしながら宙空を舞い上がる。小さな体を石畳に打ちつけ、広場の端へと力なく転がっていく茶猿。


「ッ……!」


 その瞬間、桃太郎は意識を取り戻した。眼前に晒された温羅の無防備な背中。

 その左肩に突き刺さった〈桃月〉の柄を睨みつけた桃太郎は、跳ね上がるように飛び起きながら石畳を蹴りつけた。


「ぬうん!? やめろ、桃太郎ォッ! やめろォッ──!」


 自身の背中に桃太郎が取りついたことに気づいた温羅は必死に巨体を振り回す。だが桃太郎は、〈桃月〉の柄を掴むことに全神経を注いで応戦した。


「──鬼ヶ島首領・悪鬼温羅ッ! 討ち取ったりィイイッ!!」


 全身から白銀の波動をブワッと迸らせた桃太郎。瞳に宿る白銀の波紋を開花させながら天に向かって勝鬨の声を張り上げる。

 全体重と全膂力を〈桃月〉に乗せ、鬼を殺す桃銀色の刃を勢いよく引きずり下ろして、温羅の心臓を真っ二つに切断する。


「ギヤアアアアッ──!!」


 両腕を大きく広げ、鬼ヶ島の赤空に向けて壮絶な断末魔を吼え放った温羅。心臓から噴出する黒血を天高く飛ばし、黄色い眼球をグルンと上に向けた。

 永きにわたって日ノ本を苦しめ続けてきた鬼ヶ島首領・悪鬼温羅は、桃太郎を背中に乗せ、仁王立ちしたまま息絶えた。


「……やっ、た」


 白銀の波動を全身から霧散させながら呟いた桃太郎。〈桃月〉の刃を温羅の心臓から引き抜きながら、石畳の上に落下して倒れ込んだ。


「……やったんだ」


 銀光する瞳を濃桃色の瞳に戻した桃太郎は、静寂の広場に点々と転がる八天鬼と三獣の亡骸を見回した。

 そして這うようにして立ち上がると、三獣の亡骸を一体一体拾い集め、抱きしめながら正座して座り込んだ。


「……みんなで、やったんだ」


 大粒の涙をこぼしながら三獣に勝利を報告した桃太郎。


「……ありがとう……みんな、ありがとう」


 冷たくなった三獣に顔をうずめ、心からの感謝を伝えた桃太郎。そして石畳の上に丁重に並べて置くと、涙を拭ってゆっくりと立ち上がった。


「そこで、待っていてくれ……私には、まだ……"殺ること"があるから」


 告げた桃太郎は、濡れる双眸に暗い決意の色を浮かべた。


「これより桃太郎──"修羅"に入る」


 両手で仏刀を握りしめ、三獣の亡骸に背を向けた桃太郎。鬼を殲滅する覚悟とともに、真紅の大扉へと歩き出すのであった。

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